努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
Side:ナミギリ
雷球が、ゆっくりと王都へと落ちてくる。
その大きさは、異常だった。
王都全体を覆うほどの、巨大な球体。
バチバチと、雷が球の表面を走る。
紫色の、禍々しい光。
それは、まるで天罰のように、王都に迫っていた。
(四天王は確実に死んだ。これが最後の攻撃か)
ナミギリは、空を見上げた。
雷球が、少しずつ近づいてくる。
いや——少しずつ、ではない。
さっきまではゆっくりだったのに、徐々に速度を増している。
バチバチッ! バチバチバチッ!
雷の音も、だんだん激しくなっていく。
球体を覆う雷も、より荒々しく、より激しく、表面を駆け巡っている。
(このままでは——)
王都が、消し飛ぶ。
(姫様は眠っておられる)
通常であれば、奥義の使用には姫様の許可が必要だ。
それは姫様を筋肉痛で苦しめないため。
(しかし——)
ナミギリは、王宮の方角を見た。
あそこに、姫様の自室がある。
あの、最高の【羊竜王のベッド】がある。
(このままでは、姫様の安眠環境が破壊される)
それは、何よりも避けねばならぬこと。
姫様は、あのベッドを何よりも大切にしておられる。
あれを失えば、姫様は確実に、この世界で生きていく希望を失うとまで仰っていた。
(姫様の安眠を守ることこそが、わしの使命)
ナミギリは、決断した。
(ならば——これは姫様のための奥義)
これは忠義に背くことではない。
むしろ、姫様のためだ。
(筋肉痛など、些細なこと。姫様の安眠環境を守る方が、遥かに重要)
バチバチバチバチッ!
巨大な雷球はさらに大きくなっているように見える。
雷の音も、さらに大きくなる。
どんどん加速していっている。
(時間がない)
ナミギリは、刀を構えた。
そして——雷球の真下へと移動する。
見上げれば、巨大な雷球。
バチバチバチバチッ!
雷の音が、さらに大きくなる。
雷球が、さらに加速している。
(さて——参りましょう)
ナミギリが、剣を構えた。
そして——
「斬霧流奥義、三の太刀——《
ナミギリの声が、静かに響いた。
次の瞬間——
ナミギリの周囲に、霧が発生した。
いや、発生したのではない。
ナミギリ自身が霧になっているかのようだった。霧が広がっていく。
「これは、斬霧流——《
銀色の、美しい霧。
それは、まるで生き物のように、渦を巻きながら広がっていく。
(霧は本来、光も音も進路を誤らせる。この太刀は"世界の進路そのもの"を誤認させる。雷の道筋すら反転し、天へと返す)
霧が、さらに広がっていく。
巨大な雷球全体を覆うほどの、巨大な霧。
そして——
雷球が、霧に触れた。
しかし、反応はなかった。
むしろ、音は穏やかに、静かになっていくように思えた。
そのとき。
雷球が、止まった。
いや、止まっただけではない。
ゆっくりと——昇り始めた。
落ちてくるはずの雷球が、天へと昇っていく。
まるで、世界が逆転したかのように。
雷球は、ゆっくりと、しかし確実に、天へと昇っていく。
どんどん、どんどん、高く。
やがて、雷球は豆粒ほどに小さくなった。
そして——
——一瞬、世界が白んだ。
ドォォォォォォォォン!!
轟音が、響き渡る。
しかし、それだけだった。
雷球は、消え去った。
被害は、ゼロ。
王都は、救われたのだ。
(これで良し)
ナミギリは、地面に向かって落ちていく。
空中から着地する。
そこは——王都の広場だった。
たくさんの人たちが、ナミギリに向かって駆けつけてくる。
「ありがとうございます!」
「剣聖様、万歳!!」
「剣聖様が王都を救ってくださった!!」
「万歳! 万歳!!」
人、人、人。
ナミギリの周りを、たくさんの人たちが囲む。
みんな、笑顔で、涙を流している。
感謝の言葉が、次々と飛んでくる。
「本当にありがとうございます! 家族が、家が、守られました!」
「剣聖様のおかげで助かりました!」
「あの雷球が落ちていたら、王都は終わりでした!」
「剣聖様は王都の守り神だ!」
(ふむ……)
ナミギリは、人々の様子を見渡した。
(姫様にも、見せてあげたいですな)
これだけの人々が、姫様に感謝している。
姫様は、これだけの人々を救ったのだ。
(姫様、お目覚めください)
ナミギリは、姫様を起こすことにした。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
Side:ネム
(……ん?)
なんか、呼ばれてる気がする。
(……もうちょっと寝たい)
『姫様、お目覚めください』
(うるさい……)
でも、ナミギリがそう言うなら、起きないと。
目を開けると——
人々の歓声。
「剣聖様、万歳!!」
「剣聖様、万歳!!」
「剣聖様、万歳!!」
(……ん?)
わたしは、ぼんやりと周囲を見渡した。
広場。
たくさんの人。
みんな、泣いて笑っている。
「剣聖様、万歳!!」
「ありがとうございます!!」
「救われました!!」
「「「「「「剣聖様、万歳!!」」」」」」
(……なんの夢?)
変な夢だ。
わたしが何かして、感謝されてる夢。
(でも、わたしが何かするとかありえないし)
夢なら、何言ってもいいよね。
わたしは、立ち上がった。
「わたしは剣聖ネム!」
周囲がざわめく。
「世界で最も可愛く! 世界で最も強い! ネメシア・ネムリヒメ・ノールタール!」
「おおおおお!!」
なんか、みんな盛り上がってる。
夢だからいいや。もっとやっちゃえ。
「この王都に災厄が訪れようとも! このわたしがいる限り! 何も恐れることはない!」
「剣聖様ァァァ!!」
「さあ、讃えるがいい! このわたしを!」
「万歳! 万歳!!」
みんな、泣きながら拍手してる。
(夢って面白いな)
わたしは、満足げに頷いた。
そして、さらに調子に乗った。
(歌っちゃおうかな)
「♪ねーむねむ、ねーむねむ、ネムは眠い〜♪」
適当な歌を歌い始めた。
「♪ふーかふか、べっどで、ぐっすり〜♪」
「おおおお!!」
なんか、みんなノッてる。
夢だから、もっとやっちゃえ。
「♪まーおうも、こわくない〜、ネムが、まもるよ〜♪」
くるくる回って——
「みんなも一緒に! せーの!」
「「「♪ねーむねむ、ねーむねむ〜♪」」」
観客が合唱し始めた。
(すごい、みんな歌ってる)
わたしは、最後に決めポーズ。
「じゃじゃーん☆」
「剣聖様ァァァァ!!」
大歓声。
(楽しい)
わたしは、息を整えて——
「でもね、みんな」
にこっと笑った。
「実はね、わたし、眠ってただけなんだ! えへへ〜」
一瞬、静寂。
そして——
「「「「「「眠っていただけで王都を救うなんて、マジですげぇ!!!」」」」」」
観客が完全に脳死状態で叫んだ。
「剣聖ネム様、最高!!」
「ねむねむ〜!!」
「お姫様〜! 可愛い!!」
(わぁ、みんな楽しそう)
わたしは、満足げに頷いた。
「じゃあ、おやすみ〜」
手を振って——
目を閉じた。
(もうちょっと寝よ)
『姫様』
(ん……?)
『お目覚めください』
(……ナミギリ?)
わたしは、もう一度目を開けた。
——空。
(……あれ?)
天井じゃない。
(……あれ?)
ベッドじゃない。
(……あれ?)
広場。
(……あれ?)
人がいっぱい。
(……え?)
そして、人々が——
「剣聖ネム様の『我が名は剣聖ネム』! カッコよかったです!!」
(……え?)
「『世界で最も可愛く、世界で最も強い』! 素晴らしいお言葉です!!」
(……え? え?)
「『ねむねむソング』! もう一度歌ってください!!」
(え、え、え!?)
「みんなで合唱したの、最高でした!!」
(え、え、え、え!?)
「ダンスが可愛すぎました!!」
(え、え、え、え、え!?)
『姫様。先ほどの演説と歌、大変好評でございました』
(え、演説!? 歌!? わたし何やったの!?)
『「我が名は剣聖ネム」から始まり、「ねむねむソング」を披露され、ダンスまで——』
(やめて! 思い出させないで!!)
わたしの顔が、真っ赤になった。
熱い。
すごく熱い。
(うわああああああ!!)
わたしは、顔を両手で覆った。
(黒歴史だ!! 完全に黒歴史だ!!)
『姫様、お顔が真っ赤ですが』
(そ、そんなことないし!!)
「剣聖様、どうされました?」
「お顔が赤いですよ?」
「可愛い!!」
(うわああああ!!)
(ナミギリ! 今すぐ自室に帰る!!)
『御意』
ナミギリに、わたしの体を交代させた。
人々の間を、するりと抜けていく。
「あ、剣聖様!?」
「お待ちください!!」
「もう一度『ねむねむソング』を!!」
(聞こえない! 聞こえない!!)
人々が呼び止めようとするけど、ナミギリは構わず進む。
そして——
気づいたら、わたしの自室にいた。
【羊竜王のベッド】が、そこにある。
わたしの聖域は、一切の被害はなく。
無事だった。
(……よかった)
やっとナミギリと体を交代する。
自分の体で、歩く。
てく、てく、てくと。
そして、わたしは、ベッドに倒れ込んだ。
ふかふかの感触が、わたしを包む。
ああ、やっぱりこのベッドは最高だ。
でも——
(うわああああ!!)
思い出してしまった。
――「我が名は剣聖ネム」「ねむねむソング」「えへへ〜」
(全部やっちゃった!! 全部!!)
わたしは、枕に顔を埋めた。
(黒歴史だ……完全に黒歴史だ……)
『姫様、しかし王都の方々は大変喜んでおられました』
(それが余計に恥ずかしいの!!)
わたしは、枕を抱きしめた。
(もう……外に出たくない……)
でも、そのとき。
さっきの、王都の人たちの笑顔を思い出した。
みんな、笑っていた。
涙を流しながら、笑っていた。
――「ありがとうございます」「剣聖様、万歳」
(……)
わたしの心が、少しだけ温かくなった。
恥ずかしいけど。
黒歴史だけど。
それでも——
みんな、笑顔だった。
(……ちょっとだけ、いいかも)
感謝されるのって、悪くない。
でも。
(やっぱり恥ずかしい!!)
わたしは、枕に顔を埋めたまま——
そのまま——
眠りについた。