努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
白い光が消えると、そこは見知らぬ街だった。
石畳の道、木造の建物、遠くから聞こえる人々の喧噪。でも、王都とは明らかに違う緊張感が空気に漂っている。
「ここは?」
わたしが周囲を見回すと、勇者が答えた。
「最前線からもっとも近いところにある街、ハイゼンベルグだよ」
「ほへー」
適当に相槌を打つ。
(さて、まずは魔法使いを探さないと)
そんなわたしの思惑を知らず、勇者が一歩前に出てきた。
「ネム殿下、ああ、麗しの姫君。やっと僕たちのパーティに入ってくれる気になってくれて、とても嬉しいよ」
なんかキザなセリフを言う勇者。
その横で、聖女がキラキラした目でこちらを見ている。
「剣聖様……私たちと共に歩んでいただけるのですか!?」
なんか、すごく期待した顔してる。
「えっ、いや、わたし勇者パーティには入らないけど?」
「……え?」
勇者が固まった。
「……え?」
聖女も固まった。
あれ? もしかしてなんか勘違いされてる?
『あのタイミングであれば、姫様が心変わりして勇者パーティに入ることにしたと捉えられても仕方ないかと』
(あー、やっぱり)
『ええ……これは姫様が悪いですな……』
(そっかぁ)
「あー、えーと、あはははは……ごめん、言い方が悪かったかも? 転移魔法で連れてってもらえるなら便利だなーって思っただけで」
「そう……ですか」
聖女は一瞬寂しそうな表情を見せたが、すぐに明るい笑顔を取り戻した。
「でも、剣聖様らしいですね! 自由でいらっしゃるところも、とても素敵だと思います」
……聖女様ってやっぱり優しい。
「それに、剣聖様が自由に動けることも大切ですから。困ったことがあれば、いつでも私たちを頼ってくださいね」
「ありがとう」
わたしは素直に頷いた。
一方の勇者は、
「……そう、か」
と、残念そうな顔をする。
「君が居れば必ず魔王を倒すことができる!」
「今でもできるでしょ?」
勇者はパーティメンバー、聖女、賢者、聖女の騎士、魔法使いの姿を見た。
「それはそうだが……君がいればより確実なものとなる!」
「えー、大丈夫だって」
そのとき、聖女が言った。
「剣聖様! ひとつよろしいでしょうか」
そう言って、聖女が小さな箱を取り出した。
「認識阻害のイヤリングです。調査をするのなら、使ってみてもいいんじゃないでしょうか?」
「認識阻害?」
「はい。これを着けていると、周囲の人があなたの顔を認識しにくくなります。王女様だとバレずに行動できますよ」
「あ、便利! ありがとう!」
イヤリングを受け取ると、賢者が口を開いた。
「ネム殿下には、是非ともパーティに加入していただきたいところですが……」
「剣聖様の意思を尊重しましょう」
聖女が答える。
勇者パーティと別れる直前、わたしは思い切って聖女に声をかけた。
「あ、そうだ。聖女様!」
「はい、何でしょう?」
「マグヌスって怪しいから、警戒してよね!」
「大丈夫ですよ、剣聖様が懸念している通りなら、審問を突破できず、こちらに来ることはないでしょう」
聖女は、微笑んだ。
わたしは嫌な予感がする。
マグヌスのあの笑み。何か策があるんじゃないか――それこそ、わたしとナミギリが突破したような裏技が。
わたしは聖女に言った。
「とにかく、もし審問を突破したとしても、ほんとに怪しいと思うから! 気をつけてね!」
「はい、わかりました。剣聖様が心配してくださるなら、注意してみます」
聖女は優しく微笑んだ。
「聖女様、じゃあね!」
わたしは手を振った。
「剣聖様も!」
聖女が明るく手を振り返してくる。
(……ほんと、聖女様は優しいなぁ)
...*...*...*...
勇者パーティと街の入口で別れた。
彼らは街を出て最前線へ向かう。
わたしは街に残って、独自の調査——という名目での人格狩り——を始める。
まあ、ついでに勇者パーティ手伝うかもだけど……
『姫様……!』
ナミギリの声が脳内に響いた。なんか、期待してる感じの声だ。
かもってだけだからね! あくまで"かも"!
慌てて訂正する。
(それにしても、マグヌスはなんか突破してきそうだよね)
『ええ。姫様、あの男には引き続き警戒を』
(わかってる。ナミギリも気をつけててね)
『承知いたしました』
ただ、直近のすべきことは……
まず冒険者登録!
ギルドに登録すれば、依頼の情報とか、冒険者の情報とかが手に入るはず。
瀕死の魔法使いを探すにも、情報網は大事だよね!
それに、身分証明にもなるし。
王女だってバレずに行動するには、ちゃんとした冒険者として登録しておいた方がいい。
一応、褒章でもらった金貨は持ってきた。
だらだらしながら、ゆっくりする手もある。
でも、すぐに魔法使いを見つけて契約したい。
まあ最前線だし、いい感じに瀕死の魔法使いが転がっているでしょ! さっさと契約して、王都に帰ろう!
わたしは街の中心部へ向かって歩き出した。
通りを歩く人々の表情は、王都とは違う緊張感に満ちている。
武装した冒険者たちがあちこちで話し込み、行商人が声を張り上げている。
「昨日、また魔物の群れが出たらしいぞ」
「前線が押されてるって噂だ」
そんな会話が聞こえてくる。
(うわぁ、なんか物騒な街だね)
しばらく歩くと、街の中心に大きな石造りの建物が見えてきた。
冒険者ギルドだ。
扉を開けると——
「おい、聞いたか!?」
「王都で剣聖が四天王を倒したって!」
「しかも謎の魔法使いと一緒に魔物の大群も殲滅したらしいぞ!」
「その魔法使い、マグヌスっていう名前らしい」
「で、そのマグヌスが勇者パーティに加入するって話だ!」
「マジか!? 勇者パーティ、ますます強くなるじゃん!」
「転移魔法でもう着いてるかもな」
「剣聖が王都を守ってくれるなら、勇者も安心だな!」
「2人で、しかも勇者も聖女もなしで四天王を倒すとか、強すぎるだろ!」
「いや話では、四天王は剣聖がたった一人で倒しちまったらしいぞ!」
わあわあと賑やかな声が飛び交っている。酒の匂いと汗の匂いが混じった独特の空気の中、冒険者たちが興奮して話し込んでいた。
ほへー、冒険者ギルドは初めてだよ!
なんか、酒場みたいな雰囲気だね。
……なんかわたしの話も聞こえるけど……このイヤリングつけてきて正解だった。
受付には若い女性が立っていて、わたしを見て笑顔を向けた。
「いらっしゃいませ。冒険者登録ですか?」
「はい」
「お名前は?」
「スリープです」
適当な偽名を告げる。
スリープは古い言葉で「睡眠」という意味らしい。
眠りに関する名前なら覚えやすいし、わたしらしい。
「スリープ様ですね。では、こちらの用紙にご記入ください。お名前と職業をお書きいただければ結構です」
受付嬢が羊皮紙を差し出してくる。
わたしは羽ペンを手に取って、名前を書いた。
そして、職業欄を見て——少し悩んだ。
剣士? でもわたしが戦ってるわけじゃないし。
魔法使い? まだ魔法使いの人格手に入れてないし。
わたしは迷った末に、ペンを走らせた。
――【職業:眠り姫】
「……え?」
受付嬢が固まった。
「眠り、姫……ですか?」
「はい」
わたしは堂々と頷いた。
「わたし、眠るのが仕事なので」
『姫様……それでよろしいのですか?』
(だって本当のことだし)
『確かに間違ってはおりませんが……』
「あの……」
受付嬢が困ったような顔をする。
「職業は自由に書いていただいて構いませんが、パーティを組んだり、依頼を受ける時に不利になる可能性がありますよ?」
「大丈夫です」
わたしは自信満々に答えた。
「わたし、パーティとか組まないので」
(それに、不利とか関係ないし。わたしには最強の剣士がついてるんだから)
『……姫様のそういうところ、嫌いではありませんが』
「そ、そうですか……」
受付嬢は諦めたような表情で、登録を進めてくれた。
さて、ここからが本番だ。瀕死の魔法使い、どこかに転がってないかな?
わたしは周囲を見回しながら、次のターゲットを探し始めた。