努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
――夢の中。
真っ白な世界に、わたしは浮いていた。
床も壁も空もない。音も匂いもなく、ただ白。
「ここ……どこ?」
目の前に、文字が浮かんでいた。
いや、文字だけじゃない。
図形、数式、魔法陣の断片――
それは、昼間読んだ禁書の内容だった。
『魂の分割と保存に関する考察』
意味が分からなかった難解な理論が、今は不思議と頭に入ってくる。
「魂を……分割する?」
文字がふわりと動き、別の文字とくっつく。
今まで読んできた他の本の内容も、勝手に動いていく。
『禁じられた召喚術の系譜』『古代魔法陣の解析』『血と魂の錬成理論』
断片が、繋がっていく。
まるでパズルのピースが、勝手に正しい場所へ収まっていくみたいに。
「これって……」
図形が回転し、線が伸び、環が閉じる。
複雑な魔法陣が空中で組み上がっていく。中心から外へ、外から中へ。幾何学的な美しさで、理論が形になっていく。
――魔法陣が、完成した。
最後の環がかちりと噛み合った瞬間、図形全体がふっと光を帯びる。
細い線が脈打つように明滅し、紋の中心から柔らかな光が広がった。
「……っ」
まぶしさに目を細める。
すると――
『見事じゃ』
声がした。
振り向くと、夜色の衣をまとった老人が立っていた。
目元はあたたかく、しかしどこか眠気を誘う静けさを湛えている。
「あなた、誰?」
『名乗るほどの者ではない。ただの……『眠りの観測者』とでも思ってくれればよい』
老人は穏やかに笑う。
「ここは……?」
『おぬしの夢の中じゃ』
「夢……。じゃあ、あの魔法陣は?」
わたしは浮かんでいる魔法陣を指差す。
『おぬしが組み上げた理の図じゃ。惰眠の中で形にしたのだ』
「わたしが? 寝てただけなのに?」
『そうじゃ。寝ている間にも、脳は整理し、結び、選ぶ。おぬしは様々な書物を読み、その断片を抱えたまま眠りに落ちた。そして惰眠の中で、新しい理を"設計"したのじゃ』
老人はゆっくりと魔法陣に手をかざす。
『惰眠の中で理を設計できる者がおる。その者が使う設計を、わしらは"惰眠設計"と呼ぶ』
「惰眠……設計?」
『左様。起きているときには理解できぬ複雑な理も、眠りの中でなら組み上げられる者がおる。それがおぬしじゃ』
老人の声は静かで、でも確かな重みがあった。
『しかも、これほどの惰眠設計は、ごく一部の限られた者にしか到達できぬ領域だ』
老人は魔法陣を撫でるように、触れた。
『とてもよい魔法陣じゃな』
「ど、どうも?」
『近年では、そもそも惰眠設計自体が珍しくなってきておる。まったく、最近の若い者と言えば、すぐ努力など甘いことを言いおる』
老人はぼそぼそと愚痴を呟く。
でも。
ってことはさ。
「……わたしは寝てるだけで、魔法を作れるってこと?」
『惰眠設計は、言うほど万能なものでもない。知識を蓄え、その理を受け入れ、眠りの中で編み直す――その全てが揃ったときのみ、生まれる』
老人はわたしを見つめる。
『そして何より、渇望じゃ』
「渇望……?」
『そう、何か大きく純粋な渇望が必要なんじゃ。惰眠設計は、その者の願いに沿う形でしか発現せぬ』
「……わたしの渇望って?」
『それはおぬしが自分の心に聞いてみればよい。きっと心当たりはあるじゃろう』
渇望。
たぶん1つしかない。
わたしの願いはいつも、寝ることだけだから。
もっと具体的には――努力なんてせず、一生惰眠を貪ること――これしかない。
老人は言った。
『おぬしは知らず知らず、条件を満たしておった。おぬしが禁書惰眠と呼ぶ行為――それこそが、惰眠設計への道だったのじゃ』
「……!」
驚いた。
わたしが眠れないから始めた禁書惰眠が……?
こんなことってあるの?
「これは……夢?」
『ふぉっふぉっふぉ、間違いなく、夢じゃろう?』
真っ白な空間に、魔法陣が浮かんでいる。
こんな光景現実ではありえない。
「それはそうなんだけど、そうじゃなくて!」
『……さて、そろそろ目覚める時のようじゃな』
老人の姿が薄れていく。
「待って! この魔法陣って、何ができるの!?」
『それは、おぬし自身が知っておる。目覚めれば、すべて分かるじゃろう』
声だけがふっと残り、やがてそれも消えた。
白い世界が溶けていく。
魔法陣だけが、わたしの胸の中で輝いていた。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz ...*...*...
目が覚めた。
窓の向こうで鳥が鳴く。布団の重みが心地いい。
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
「……あれ?」
脳裏に、さっき見た図を感じる。
鮮明に。完璧に。
線の一本一本まで、くっきりと。
「わかってる……全部、わかってる!」
わたしは跳ね起き、机に走った。
紙を広げ、羽ペンを取る。手が迷わない。
夢で見た魔法陣を、そのまま紙に写していく。
複雑な幾何学模様。魔力の流れを示す矢印。術式を発動させるための呪文。
「すごい……本当に、全部分かる……!」
ペンを走らせながら、魔法陣が頭に流れ込んでくる。
――これは、人格を外部化する魔術。
自分以外の誰かの人格を、自らに宿すための術式。
「これって……」
手が止まる。
わたしの脳裏に、昨日の父の言葉が蘇る。
――努力を怠った者に未来はないのだ。
――ポンコツネムがっ!
「……ふふ」
笑みがこぼれる。
「努力なんて、わたしがやる必要ないでしょ」
別の紙をつかんで、勢いのまま書き始める。
「努力したい人に、やってもらえばいいんだよ!」
ペンが紙を滑る。
「剣の達人がいれば、わたしは剣豪になれる。魔法の天才がいれば、わたしは大魔導士になれる。勇者がいれば、わたしは勇者になれる!」
どんどん書き連ねていく。
「つまり――わたしは寝てるだけで、最強になれるってことじゃん!」
紙を胸にぎゅっと抱きしめる。
「これで、パパを見返せる! 『ポンコツ』じゃないって、証明できる!」
窓から差し込む光が、紙の上の魔法陣をきらりと照らした。
「ふふふ……あとは、誰に協力してもらうかだよね」
わたしは新しい紙を取り出して、ペンを構える。
「とりあえず……強そうな人、リストアップしよっと」
思いつくまま、名前を書いていく。
剣が強い人。魔法が得意な人。勇者とか、賢者とか。
「あ、かわいい子も入れておこう。一緒にいたら楽しそうだし」
にやにやしながら、リストを作っていく。
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《希望の惰眠プロジェクト 人格候補》
1.剣鬼ナミギリ(ちょうどいい! 引退して暇そう!)
2.賢者オルウェン(いろんな魔法極めてる! 一番欲しいまである)
3.勇者ロイラン(まぁ、一応入れとく。持久力とかありそう)
4.聖女アウレリア(回復係、絶対便利! かわいいから一緒にいたい!)
5.大魔導将(名前忘れたけど寝相悪そう)
6.その他、有望そうな人材(随時追加予定♡)
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「よし、完成! ……でも、ちょっと疲れたかも」
あくびをひとつ。
「魔法陣も完成したし、リストも作ったし……後は、ゆっくり考えよっと」
わたしは机に突っ伏して、目を閉じる。
心は、わくわくした希望で、満ち溢れていた。