努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~   作:エレティムさん

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2.禁書惰眠(下)

 

――夢の中。

 

 真っ白な世界に、わたしは浮いていた。

 

 床も壁も空もない。音も匂いもなく、ただ白。

 

「ここ……どこ?」

 

 目の前に、文字が浮かんでいた。

 いや、文字だけじゃない。

 図形、数式、魔法陣の断片――

 

 それは、昼間読んだ禁書の内容だった。

 

『魂の分割と保存に関する考察』

 

 意味が分からなかった難解な理論が、今は不思議と頭に入ってくる。

 

「魂を……分割する?」

 

 文字がふわりと動き、別の文字とくっつく。

 

 今まで読んできた他の本の内容も、勝手に動いていく。

 

 『禁じられた召喚術の系譜』『古代魔法陣の解析』『血と魂の錬成理論』

 

 断片が、繋がっていく。

 まるでパズルのピースが、勝手に正しい場所へ収まっていくみたいに。

 

「これって……」

 

 図形が回転し、線が伸び、環が閉じる。

 複雑な魔法陣が空中で組み上がっていく。中心から外へ、外から中へ。幾何学的な美しさで、理論が形になっていく。

 

――魔法陣が、完成した。

 

 最後の環がかちりと噛み合った瞬間、図形全体がふっと光を帯びる。

 細い線が脈打つように明滅し、紋の中心から柔らかな光が広がった。

 

「……っ」

 

 まぶしさに目を細める。

 

 すると――

 

『見事じゃ』

 

 声がした。

 

 振り向くと、夜色の衣をまとった老人が立っていた。

 目元はあたたかく、しかしどこか眠気を誘う静けさを湛えている。

 

「あなた、誰?」

 

『名乗るほどの者ではない。ただの……『眠りの観測者』とでも思ってくれればよい』

 

 老人は穏やかに笑う。

 

「ここは……?」

 

『おぬしの夢の中じゃ』

 

「夢……。じゃあ、あの魔法陣は?」

 

 わたしは浮かんでいる魔法陣を指差す。

 

『おぬしが組み上げた理の図じゃ。惰眠の中で形にしたのだ』

 

「わたしが? 寝てただけなのに?」

 

『そうじゃ。寝ている間にも、脳は整理し、結び、選ぶ。おぬしは様々な書物を読み、その断片を抱えたまま眠りに落ちた。そして惰眠の中で、新しい理を"設計"したのじゃ』

 

 老人はゆっくりと魔法陣に手をかざす。

 

『惰眠の中で理を設計できる者がおる。その者が使う設計を、わしらは"惰眠設計"と呼ぶ』

 

「惰眠……設計?」

 

『左様。起きているときには理解できぬ複雑な理も、眠りの中でなら組み上げられる者がおる。それがおぬしじゃ』

 

 

 老人の声は静かで、でも確かな重みがあった。

 

『しかも、これほどの惰眠設計は、ごく一部の限られた者にしか到達できぬ領域だ』

 

 老人は魔法陣を撫でるように、触れた。

 

『とてもよい魔法陣じゃな』

 

「ど、どうも?」

 

『近年では、そもそも惰眠設計自体が珍しくなってきておる。まったく、最近の若い者と言えば、すぐ努力など甘いことを言いおる』

 

 

 老人はぼそぼそと愚痴を呟く。

 

 

 でも。

 ってことはさ。

 

「……わたしは寝てるだけで、魔法を作れるってこと?」

 

『惰眠設計は、言うほど万能なものでもない。知識を蓄え、その理を受け入れ、眠りの中で編み直す――その全てが揃ったときのみ、生まれる』

 

 老人はわたしを見つめる。

 

『そして何より、渇望じゃ』

 

「渇望……?」

 

『そう、何か大きく純粋な渇望が必要なんじゃ。惰眠設計は、その者の願いに沿う形でしか発現せぬ』

 

「……わたしの渇望って?」

 

『それはおぬしが自分の心に聞いてみればよい。きっと心当たりはあるじゃろう』

 

 渇望。

 たぶん1つしかない。

 わたしの願いはいつも、寝ることだけだから。

 

 もっと具体的には――努力なんてせず、一生惰眠を貪ること――これしかない。

 

 老人は言った。

 

『おぬしは知らず知らず、条件を満たしておった。おぬしが禁書惰眠と呼ぶ行為――それこそが、惰眠設計への道だったのじゃ』

 

「……!」

 

 驚いた。

 わたしが眠れないから始めた禁書惰眠が……?

 こんなことってあるの?

 

「これは……夢?」

 

『ふぉっふぉっふぉ、間違いなく、夢じゃろう?』

 

 真っ白な空間に、魔法陣が浮かんでいる。

 こんな光景現実ではありえない。

 

「それはそうなんだけど、そうじゃなくて!」

 

『……さて、そろそろ目覚める時のようじゃな』

 

 老人の姿が薄れていく。

 

「待って! この魔法陣って、何ができるの!?」

 

『それは、おぬし自身が知っておる。目覚めれば、すべて分かるじゃろう』

 

 声だけがふっと残り、やがてそれも消えた。

 

 白い世界が溶けていく。

 

 魔法陣だけが、わたしの胸の中で輝いていた。

 

 

 

...*...*...(っ˘ω˘c)zzz ...*...*...

 

 

 

 目が覚めた。

 

 窓の向こうで鳥が鳴く。布団の重みが心地いい。

 朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。

 

「……あれ?」

 

 脳裏に、さっき見た図を感じる。

 

 鮮明に。完璧に。

 線の一本一本まで、くっきりと。

 

「わかってる……全部、わかってる!」

 

 わたしは跳ね起き、机に走った。

 

 紙を広げ、羽ペンを取る。手が迷わない。

 夢で見た魔法陣を、そのまま紙に写していく。

 複雑な幾何学模様。魔力の流れを示す矢印。術式を発動させるための呪文。

 

「すごい……本当に、全部分かる……!」

 

 ペンを走らせながら、魔法陣が頭に流れ込んでくる。

 

――これは、人格を外部化する魔術。

 自分以外の誰かの人格を、自らに宿すための術式。

 

「これって……」

 

 手が止まる。

 わたしの脳裏に、昨日の父の言葉が蘇る。

 

――努力を怠った者に未来はないのだ。

――ポンコツネムがっ!

 

「……ふふ」

 

 笑みがこぼれる。

 

「努力なんて、わたしがやる必要ないでしょ」

 

 別の紙をつかんで、勢いのまま書き始める。

 

「努力したい人に、やってもらえばいいんだよ!」

 

 ペンが紙を滑る。

 

「剣の達人がいれば、わたしは剣豪になれる。魔法の天才がいれば、わたしは大魔導士になれる。勇者がいれば、わたしは勇者になれる!」

 

 どんどん書き連ねていく。

 

「つまり――わたしは寝てるだけで、最強になれるってことじゃん!」

 

 紙を胸にぎゅっと抱きしめる。

 

「これで、パパを見返せる! 『ポンコツ』じゃないって、証明できる!」

 

 窓から差し込む光が、紙の上の魔法陣をきらりと照らした。

 

「ふふふ……あとは、誰に協力してもらうかだよね」

 

 わたしは新しい紙を取り出して、ペンを構える。

 

「とりあえず……強そうな人、リストアップしよっと」

 

 思いつくまま、名前を書いていく。

 

 剣が強い人。魔法が得意な人。勇者とか、賢者とか。

 

「あ、かわいい子も入れておこう。一緒にいたら楽しそうだし」

 

 にやにやしながら、リストを作っていく。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

《希望の惰眠プロジェクト 人格候補》

1.剣鬼ナミギリ(ちょうどいい! 引退して暇そう!)

2.賢者オルウェン(いろんな魔法極めてる! 一番欲しいまである)

3.勇者ロイラン(まぁ、一応入れとく。持久力とかありそう)

4.聖女アウレリア(回復係、絶対便利! かわいいから一緒にいたい!)

5.大魔導将(名前忘れたけど寝相悪そう)

6.その他、有望そうな人材(随時追加予定♡)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「よし、完成! ……でも、ちょっと疲れたかも」

 

 あくびをひとつ。

 

「魔法陣も完成したし、リストも作ったし……後は、ゆっくり考えよっと」

 

 わたしは机に突っ伏して、目を閉じる。

 心は、わくわくした希望で、満ち溢れていた。

 

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