努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~   作:エレティムさん

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27.茨の四天王

 

 それから数日が過ぎた。

 

 わたしは、限界だった。

 眠れない。

 意識の中での睡眠では、十分に心が休まらない。

 頭がぼんやりとして、思考がまとまらない。

 

 完全に寝不足だった。

 

 でも——

 

(魔法使いの契約さえできれば……)

 

 それだけが、希望だった。

 

 魔法使いの人格を手に入れれば、不意打ち対策は完璧になる。

 魔法操作だけを魔法使いの人格にお願いできるのがベストだけど、そうじゃなくても、結界を張ってもらうだけでも全然違う。

 

 それだけで、自分の体で眠れるようになる。

 そうすれば——

 

 すべてが、元に戻る。

 

(だから……早く、見つけないと……)

 

 わたしは、その日も前線に配置されていた。

 いつものように、一般兵スリープとして。

 

 その時——

 

「敵襲だ!!」

「魔王軍の四天王だ!」

「くそっ、こんな時に……!」

 

 四天王——

 その言葉を聞いた瞬間、心臓が凍りついた。

 

(四天王……!)

 

 あの夜の記憶が、鮮明に蘇る。

 天井が吹き飛んだ瞬間。

 眩い光の柱。

 三体の魔物。

 

『剣聖ネム——お前を、ここで始末する』

 

 あいつらは、わたしを狙っていた。

 

 認識阻害のイヤリングを着けているのに。

 平凡な少女に見えているはずなのに。

 

 それなのに——

 魔王は、わたしを殺そうとしている。

 

 ナミギリが圧倒した。

 でも——

 

 死体が、消えた。

 何もかも、消えていた。

 

(また来るんじゃないか……)

 

 あの恐怖が、再び。

 眠っている間に襲われる。

 

 いつ、どこで、誰が。

 分からない。

 どこにも、安全な場所なんてない。

 

(また……また四天王……)

 

 体の奥底から、震えが込み上げてくる。

 心臓が早鐘を打つ。

 呼吸が浅くなる。

 

 でも——

 

 体は、震えなかった。

 ナミギリに預けているから。

 外から見れば、わたしは平静そのものに見えるはずだ。

 

『姫様』

 

 ナミギリの優しい声が、脳内に響く。

 

『ご安心ください。このナミギリがおりますれば、姫様に指一本触れさせませぬ』

 

(……ナミギリ)

 

 その言葉に、少しだけ心が落ち着いた。

 

 そうだ。

 ナミギリがいる。

 

 わたしは——大丈夫だ。

 

 遠くの空が、緑に染まった。

 無数の蔦が、空を舞っている。

 まるで生きた鞭のように、うねり、蠢き、戦場を覆い尽くす。

 

「我こそは、【茨の四天王】。今から、お前たちを皆殺しにし、森を作る。おまえたちの養分でなっ!!」

 

 全身を蔦で覆った異形の存在——茨の四天王。

 

「フフフ……人間どもよ、養分となるがよい!」

 

 四天王が手を振るうと、空を舞っていた蔦が一斉に襲いかかってきた。

 

「うわああああっ!」

「避けろ!」

「盾を構えろ!」

 

 蔦が戦場全体を薙ぎ払う。

 

 わたしのいる分隊にも、蔦が迫ってきた。

 

 しかし——

 

『防御します』

 

 ナミギリが静かに構えを取る。

 その瞬間、蔦はナミギリの周囲で弾かれるように、両断されていく。

 

 すべてのツタを近づいた瞬間に、斬っているのだ!

 まるで見えない壁があるかのように。

 

「え……?」

「助かった……!」

「なんだ、今の……?」

 

 わたしの周りにいた兵士たちは、全員無傷だった。

 

「すごい……誰もケガしてない!」

「またスリープがやったんだ!」

「なんだ、スリープか! 運が良かったな!」

「ああ、本当に運が良い! たまたま振った剣がすべてのツタを両断したんだから!」

 

 兵士たちは、いつものように喜んでいる。

 

 誰も、ナミギリの存在に気づかない。

 認識阻害のイヤリングのおかげで。

 

 でも——

 

 他の分隊は、そうはいかなかった。

 

「ぐああっ!」

「助けてくれ!」

 

 蔦に捕らえられた兵士たちの悲鳴が響く。

 

 

「前線兵士は一時交代! 魔法部隊が中心となって攻撃するんだ! 魔法は火属性魔法を中心としろ!!」

 

 ゼルギウス大魔導将の指示が響く。

 

 四方から茨の四天王に向かって、火の雨が降り注ぐ。

 

 ツタが走るも、火にあたれば燃えて止まる。

 

「フフフ……なるほど、栄養価の高そうな養分もいるではないか! では、我が茨の真髄を見せてやろう!!」

 

 その時——

 地面が揺れた。

 

「な、何だ!?」

 

 次の瞬間、地中から蔦が飛び出した。

 不意打ちだった。

 

「ぐわっ!」

「足が……!」

 

 特に狙われたのは、後衛の魔術師たちだった。

 

「魔術師を狙ってるぞ!」

「くそっ、詠唱が……!」

 

 魔術師たちが次々と倒れていく。

 

 地中からの攻撃は、完全に不意を突いていた。

 兵士たちが次々と倒れていく。

 剣を振るう者も、盾を構える者も、茨の前では無力だった。

 

「くそっ、効かない!」

「化け物め……!」

 

 絶望が戦場を覆い始める。

 その中で、一人の男が奮闘していた。

 

「退くな! 陣形を保て!」

 

 ゼルギウス大魔導将だった。

 

 彼は魔法の盾を展開し、味方を守りながら反撃を続けていた。

 

 炎の弾丸が茨の四天王に降り注ぐ。

 

「ほう......魔導将か。だが、それも長くは続くまい」

 

 四天王が嗤う。

 

 茨がさらに増殖し、ゼルギウスの魔法障壁を削り始めた。

 

「ぐっ......!」

 

 彼の額に汗が滲む。

 魔力の消耗が激しい。

 

 それでも、彼は一歩も引かなかった。

 わたしは、その光景を見ていた。

 

『姫様』

 

 ナミギリの声が、脳内に響く。

 

『……今すぐ、四天王を倒しに参りましょう』

 

(……待って)

 

『しかし、このままでは——』

 

(待って、ナミギリ)

 

 わたしは、ゼルギウスを見つめた。

 

 彼は強い。

 でも、いずれ限界が来る。

 

(もう少し……もう少し待てば……)

 

 瀕死になる。

 致命傷に近い傷を負う。

 

 そのタイミングで——

 

 わたしが助ければいい。

 そうすれば、契約に応じてくれるはず。

 魔法使いの人格が手に入る。

 

 そうすれば——

 

 すべてが解決する。

 

『……姫様』

 

 ナミギリの声に、わずかな躊躇いがあった。

 

『このナミギリ、今すぐにでも四天王を討ち取りたく存じますが……』

 

(ナミギリ……お願い)

 

『……』

 

(わたし、もう限界なの)

 

 本当だった。

 眠れない日々が続いて、頭がおかしくなりそうだった。

 思考が、まとまらない。

 

 正しい判断ができているのかも、分からない。

 寝不足だった。

 

 ただ——

 

 魔法使いが手に入れば、すべて解決する。

 

 それだけが、分かる。

 

 それ以外の方法が、思いつかない。

 

(魔法使いが手に入れば……全部、元に戻るの。リアル惰眠が……戻ってくるの。お願い、もう少しだけ……)

 

『……承知いたしました』

 

 ナミギリは、それ以上何も言わなかった。

 

 わたしは、動かなかった。

 

 ゼルギウスが苦しんでいる。

 

 兵士たちが倒れていく。

 

 わたしは——それを、ただ見ているだけ。

 

(このままで……いいのかな……)

 

 胸が、痛い。

 

 でも——

 

(でも、契約できないと……眠れないままだ)

 

 それが怖かった。

 

 このまま、ずっといつ襲われるか分からない恐怖に怯える。

 

 頭がぼんやりとしている。

 でも、正常な判断はできている。

 

 だって、そうでしょ?

 これしか、方法がない。

 

 明らかだ。

 魔法使いを手に入れる。ゼルギウスさんを手に入れる。

 

 だから——

 わたしには、これしかない。

 

「大魔導将!  危ない!」

 

 その瞬間、隙を突いた茨がゼルギウスを捕らえた。

 

「ぐっ……!」

 

 全身を締め付ける茨が、容赦なく肉を抉り、血が舞う!

 

「大魔導将ーーーっ!!」

 

 兵士たちの悲鳴が響く。

 

『姫様!』

 

 

(まだ! もう少し……あと、もう少しで……)

 

 わたしは、その光景を見つめ続けた。

 

 でも、その時——

 

 

「――エリアヒール!」

 

 美しい女の声が、戦場に響いた。

 

 空から、眩い光が降り注いだ。

 

(え——)

 

 心臓が、跳ねた。

 

(嘘……)

 

 黄金の光の塊。

 視界が優しい光でいっぱいとなる。

 

『……聖女様ですね』

 

 ナミギリの声が、静かに響く。

 

(嫌だ……)

 

 大魔導将の傷が、見る見るうちに癒えていった。

 

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