努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
それから数日が過ぎた。
わたしは、限界だった。
眠れない。
意識の中での睡眠では、十分に心が休まらない。
頭がぼんやりとして、思考がまとまらない。
完全に寝不足だった。
でも——
(魔法使いの契約さえできれば……)
それだけが、希望だった。
魔法使いの人格を手に入れれば、不意打ち対策は完璧になる。
魔法操作だけを魔法使いの人格にお願いできるのがベストだけど、そうじゃなくても、結界を張ってもらうだけでも全然違う。
それだけで、自分の体で眠れるようになる。
そうすれば——
すべてが、元に戻る。
(だから……早く、見つけないと……)
わたしは、その日も前線に配置されていた。
いつものように、一般兵スリープとして。
その時——
「敵襲だ!!」
「魔王軍の四天王だ!」
「くそっ、こんな時に……!」
四天王——
その言葉を聞いた瞬間、心臓が凍りついた。
(四天王……!)
あの夜の記憶が、鮮明に蘇る。
天井が吹き飛んだ瞬間。
眩い光の柱。
三体の魔物。
『剣聖ネム——お前を、ここで始末する』
あいつらは、わたしを狙っていた。
認識阻害のイヤリングを着けているのに。
平凡な少女に見えているはずなのに。
それなのに——
魔王は、わたしを殺そうとしている。
ナミギリが圧倒した。
でも——
死体が、消えた。
何もかも、消えていた。
(また来るんじゃないか……)
あの恐怖が、再び。
眠っている間に襲われる。
いつ、どこで、誰が。
分からない。
どこにも、安全な場所なんてない。
(また……また四天王……)
体の奥底から、震えが込み上げてくる。
心臓が早鐘を打つ。
呼吸が浅くなる。
でも——
体は、震えなかった。
ナミギリに預けているから。
外から見れば、わたしは平静そのものに見えるはずだ。
『姫様』
ナミギリの優しい声が、脳内に響く。
『ご安心ください。このナミギリがおりますれば、姫様に指一本触れさせませぬ』
(……ナミギリ)
その言葉に、少しだけ心が落ち着いた。
そうだ。
ナミギリがいる。
わたしは——大丈夫だ。
遠くの空が、緑に染まった。
無数の蔦が、空を舞っている。
まるで生きた鞭のように、うねり、蠢き、戦場を覆い尽くす。
「我こそは、【茨の四天王】。今から、お前たちを皆殺しにし、森を作る。おまえたちの養分でなっ!!」
全身を蔦で覆った異形の存在——茨の四天王。
「フフフ……人間どもよ、養分となるがよい!」
四天王が手を振るうと、空を舞っていた蔦が一斉に襲いかかってきた。
「うわああああっ!」
「避けろ!」
「盾を構えろ!」
蔦が戦場全体を薙ぎ払う。
わたしのいる分隊にも、蔦が迫ってきた。
しかし——
『防御します』
ナミギリが静かに構えを取る。
その瞬間、蔦はナミギリの周囲で弾かれるように、両断されていく。
すべてのツタを近づいた瞬間に、斬っているのだ!
まるで見えない壁があるかのように。
「え……?」
「助かった……!」
「なんだ、今の……?」
わたしの周りにいた兵士たちは、全員無傷だった。
「すごい……誰もケガしてない!」
「またスリープがやったんだ!」
「なんだ、スリープか! 運が良かったな!」
「ああ、本当に運が良い! たまたま振った剣がすべてのツタを両断したんだから!」
兵士たちは、いつものように喜んでいる。
誰も、ナミギリの存在に気づかない。
認識阻害のイヤリングのおかげで。
でも——
他の分隊は、そうはいかなかった。
「ぐああっ!」
「助けてくれ!」
蔦に捕らえられた兵士たちの悲鳴が響く。
「前線兵士は一時交代! 魔法部隊が中心となって攻撃するんだ! 魔法は火属性魔法を中心としろ!!」
ゼルギウス大魔導将の指示が響く。
四方から茨の四天王に向かって、火の雨が降り注ぐ。
ツタが走るも、火にあたれば燃えて止まる。
「フフフ……なるほど、栄養価の高そうな養分もいるではないか! では、我が茨の真髄を見せてやろう!!」
その時——
地面が揺れた。
「な、何だ!?」
次の瞬間、地中から蔦が飛び出した。
不意打ちだった。
「ぐわっ!」
「足が……!」
特に狙われたのは、後衛の魔術師たちだった。
「魔術師を狙ってるぞ!」
「くそっ、詠唱が……!」
魔術師たちが次々と倒れていく。
地中からの攻撃は、完全に不意を突いていた。
兵士たちが次々と倒れていく。
剣を振るう者も、盾を構える者も、茨の前では無力だった。
「くそっ、効かない!」
「化け物め……!」
絶望が戦場を覆い始める。
その中で、一人の男が奮闘していた。
「退くな! 陣形を保て!」
ゼルギウス大魔導将だった。
彼は魔法の盾を展開し、味方を守りながら反撃を続けていた。
炎の弾丸が茨の四天王に降り注ぐ。
「ほう......魔導将か。だが、それも長くは続くまい」
四天王が嗤う。
茨がさらに増殖し、ゼルギウスの魔法障壁を削り始めた。
「ぐっ......!」
彼の額に汗が滲む。
魔力の消耗が激しい。
それでも、彼は一歩も引かなかった。
わたしは、その光景を見ていた。
『姫様』
ナミギリの声が、脳内に響く。
『……今すぐ、四天王を倒しに参りましょう』
(……待って)
『しかし、このままでは——』
(待って、ナミギリ)
わたしは、ゼルギウスを見つめた。
彼は強い。
でも、いずれ限界が来る。
(もう少し……もう少し待てば……)
瀕死になる。
致命傷に近い傷を負う。
そのタイミングで——
わたしが助ければいい。
そうすれば、契約に応じてくれるはず。
魔法使いの人格が手に入る。
そうすれば——
すべてが解決する。
『……姫様』
ナミギリの声に、わずかな躊躇いがあった。
『このナミギリ、今すぐにでも四天王を討ち取りたく存じますが……』
(ナミギリ……お願い)
『……』
(わたし、もう限界なの)
本当だった。
眠れない日々が続いて、頭がおかしくなりそうだった。
思考が、まとまらない。
正しい判断ができているのかも、分からない。
寝不足だった。
ただ——
魔法使いが手に入れば、すべて解決する。
それだけが、分かる。
それ以外の方法が、思いつかない。
(魔法使いが手に入れば……全部、元に戻るの。リアル惰眠が……戻ってくるの。お願い、もう少しだけ……)
『……承知いたしました』
ナミギリは、それ以上何も言わなかった。
わたしは、動かなかった。
ゼルギウスが苦しんでいる。
兵士たちが倒れていく。
わたしは——それを、ただ見ているだけ。
(このままで……いいのかな……)
胸が、痛い。
でも——
(でも、契約できないと……眠れないままだ)
それが怖かった。
このまま、ずっといつ襲われるか分からない恐怖に怯える。
頭がぼんやりとしている。
でも、正常な判断はできている。
だって、そうでしょ?
これしか、方法がない。
明らかだ。
魔法使いを手に入れる。ゼルギウスさんを手に入れる。
だから——
わたしには、これしかない。
「大魔導将! 危ない!」
その瞬間、隙を突いた茨がゼルギウスを捕らえた。
「ぐっ……!」
全身を締め付ける茨が、容赦なく肉を抉り、血が舞う!
「大魔導将ーーーっ!!」
兵士たちの悲鳴が響く。
『姫様!』
(まだ! もう少し……あと、もう少しで……)
わたしは、その光景を見つめ続けた。
でも、その時——
「――エリアヒール!」
美しい女の声が、戦場に響いた。
空から、眩い光が降り注いだ。
(え——)
心臓が、跳ねた。
(嘘……)
黄金の光の塊。
視界が優しい光でいっぱいとなる。
『……聖女様ですね』
ナミギリの声が、静かに響く。
(嫌だ……)
大魔導将の傷が、見る見るうちに癒えていった。