努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~   作:エレティムさん

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28.アウレリア

 

(やだ……)

 

 わたしの中で、何かが崩れていく。

 

(やだよ……)

 

 そして——

 

 茨に捕らえられていた他の兵士たちも、次々と回復していく。

 

「これは……!」

「傷が治ったぞ!」

「助かった……!」

 

 兵士たちが歓声を上げる中、空から勇者パーティが降り立った。

 

「間に合ったな」

 

 勇者が剣を抜く。

 

 その剣が、光を放ち始める。

 

 まるで太陽を宿したかのような輝き。

 

「みんな、一気に片付けるぞ!」

 

 聖女が杖を振るい、広範囲の治癒魔法が戦場を包む。

 

 ……ヒール域、広っ。

 

 傷ついた兵士たち全員が、瞬時に回復していく。

 

『……』

 

 ナミギリは、何も言わなかった。

 

(……)

 

 わたしも——

 

 何も言えなかった。

 

 賢者が魔法陣を展開し、四天王の動きを封じる。

 

「何だと……! この私が、動けない……」

 

 四天王が驚愕の声を上げる。

 

「光よ、悪を断て——《勇光剣(ブレイブ・ソード)》!」

 

 勇者の剣が、眩い光の軌跡を描きながら、四天王の体を貫いた。

 

「グアアアアアアッ! バカな……!? なんという威力だ! だが、私には、人間を養分に、どれだけでも無限回復することができる!」

 

「それも封じてあります」

 

 マグヌスの声。

 茨の四天王から伸びる、ツタはすべて先端が凍らされていた。

 

「馬鹿な!? 回復できない! 人間どもを養分とするはずが……」

 

「止めだ! ――《勇光弾(ブレイブ・ショット)》」

 

「グアアアアアアアアアアアア!? この私が……四天王が……こんな簡単に……!」

 

 四天王は崩れ落ち、茨は枯れていった。

 

 戦いは、あっという間に終わった。

 

「勇者様!」

 

「助かった! ありがとうございます!」

 

 兵士たちが、勇者パーティを取り囲む。

 

 わたしは——

 

 呆然と、その光景を見ていた。

 

(……嘘)

 

 心臓が、ドクドクと激しく鳴る。

 

(嘘でしょ……)

 

 せっかく。

 

 せっかく、チャンスだったのに。

 

 魔法使いの人格が手に入るかもしれなかったのに。

 

 なのに——

 

(聖女様が……)

 

 一瞬——

 

 ほんの一瞬だけ。

 

(助かった……)

 

 そう思ってしまった自分がいた。

 

 ゼルギウスさんが助かった。

 

 兵士たちが助かった。

 

 みんなが——

 

 でも——

 

(違う……違うの……)

 

 わたしは、そう思っちゃいけなかった。

 

 わたしは、ゼルギウスさんが瀕死になることを待っていたんだ。

 

 魔法使いの契約のために。

 

 なのに——

 

 助かってよかったなんて、思っちゃいけない。

 

(矛盾してる……わたし、おかしくなってる……)

 

 全部——

 

 全部、台無しになった。

 

 わたしには、何もできなかった。

 

 何もできないまま——

 

 チャンスが、消えた。

 

(わたし……何してたんだろう……)

 

 人が瀕死になるのを、待ってた。

 

 それなのに——

 

 助かってよかったって、思ってしまった。

 

(わたし……もう、分からない……)

 

 無力感が、胸を満たしていく。

 

 何もかもが、分からなくなる。

 

『姫様……』

 

 ナミギリの声が、優しく響く。

 

 でも——

 

 わたしには、何も答えられなかった。

 

 ただ——

 

 空っぽになった心が、そこにあるだけ。

 

『流石は勇者殿、聖女様……』

 

 ナミギリが、静かに呟く。

 

『見事な連携でございました』

 

(……聖女様に、会わないと)

 

 わたしは、身体の操作を、ナミギリから奪うように取り戻す。

 

 限界だった。

 

 もう、我慢できなかった。

 

 そして、ふらふらとした足取りで、その中心に歩いていく。

 

 中心で微笑む、聖女様に。

 

「聖女様……」

 

 わたしは力なく、聖女様に声をかけた。

 

「あなたは……」

 

 聖女が、わたしを見る。

 

 でも、認識阻害のイヤリングのせいで、わたしが誰なのか分からない様子。

 

 わたしは、認識阻害のイヤリングを外した。

 

「スリープ! おい、何してる!」

 

 周りの兵士が慌てた声を上げる。

 

「剣聖様!」

 

 聖女が駆け寄ってくる。

 

「嘘でしょ!?」

「スリープが……剣聖様!?」

 

 兵士たちの驚愕の声が響く。

 

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 

「……」

 

 元気?

 

 元気なわけない。

 

 毎日、死の恐怖に怯えて。

 

 眠ることもできなくて。

 

 何もできなくて。

 

「剣聖様……?」

 

 聖女の優しい声。

 

 その瞬間——

 

 堰が切れた。

 

「ひどい!」

 

「え?」

 

「助けなければよかったのに!」

 

 涙が溢れてきた。

 

「せっかく……せっかくチャンスだったのに……魔法使いの人格が手に入るかもしれなかったのに……聖女様が来るから……」

 

 ぽろぽろと、涙が止まらない。

 

 自分でも分かってる。

 

 八つ当たりだって。

 

 でも——

 

 止まらなかった。

 

「……やだよ」

 

 声が震える。

 

「怖い。毎日、襲われるんじゃないかって……そう思ったら、全然眠れない。眠ろうとすると、あの襲ってきた魔物を思い出しちゃう……リアル惰眠が、できなくなっちゃった……」

 

 聖女が、わたしを優しく抱きしめてくれた。

 

「大丈夫ですよ」

 

「……っ」

 

「もう大丈夫です」

 

 その優しさに——

 

 さらに泣いた。

 

 どうしても、止まらなくなった。

 

 どうしようもないほどに、涙がこぼれていく。

 

 どれだけ我慢していたんだろう。

 

 どれだけ怖かったんだろう。

 

 全部、溢れ出てくる。

 

「わたしね、実は……何も、できない……」

 

 わたしは、嗚咽しながらも、言葉を紡ぐ。

 

「ただの、ポンコツ……何も、できない、ポンコツ、なの……」

 

 聖女はただ黙って聞いている。

 

「わたしは、何も、変わって、いない……」

 

 ひっく、ひっく、と。

 

 嗚咽でうまくしゃべれない。

 

「わたしは、全部、他人任せで……聖女様、みたいな、本物の、英雄、じゃない……」

 

 聖女を見る。

 

 聖女はまっすぐにわたしを見ていた。

 

「ひっく……ごめん……止まらなくて……」

 

「謝らなくていいんですよ」

 

 聖女は、ずっと抱きしめ続けてくれた。

 

「ゆっくり、休んでください」

 

 わたしは、聖女の腕の中で1つお願いをした。

 

「お願いがあるの。わたしを……眠らせて」

 

「眠らせて……ですか?」

 

「うん……お願い……」

 

 わたしは必死だった。

 

「もう……ちゃんと眠れてなくて……」

 

「え……」

 

「脳内惰眠だけで……つらくて……」

 

 声が震える。

 

「でも、怖くて……襲われるんじゃないかって……」

 

 聖女は、わたしの手を優しく握った。

 

「分かりました。今夜、わたしが護衛します」

 

「本当!?」

 

「はい。安心して眠ってください」

 

 聖女は優しく微笑んだ。

 

 

 

……*……*……(っ˘ω˘c)zzz……*……*……

 

 

 

 その夜。

 

 聖女が結界を張った部屋で、わたしは久しぶりに現実の体で横になった。

 

「大丈夫ですよ。わたしがずっと見ていますから」

 

 聖女の優しい声。

 温かい光に包まれた部屋。

 安心感が、全身を包み込む。

 

 久しぶりに、ベッドの中で自分で体を動かす。

 

「聖女様……」

 

「はい?」

 

「ありがとう……」

 

 まぶたが重くなる。

 久しぶりの、リアル惰眠。

 

 安心して——眠れる。

 その安堵感に、涙が溢れてきた。

 

「あ……」

 

 ぽろぽろと、涙がこぼれる。

 

 止まらない。

 

「剣聖様……」

 

 聖女が、優しく頭を撫でてくれた。

 

「大丈夫ですよ。もう大丈夫ですから」

 

 その優しさに、わたしはさらに泣いた。

 

 どれだけ我慢していたんだろう。

 

 どれだけ怖かったんだろう。

 

 全部、溢れ出てくる。

 

「ごめん……止まらなくて……」

 

「謝らなくていいんですよ」

 

 聖女は、ずっと頭を撫で続けてくれた。

 

「ゆっくり、休んでください」

 

 わたしは、泣きながら——

 

 久しぶりに、深い眠りに落ちていった。

 

 

 

……*……*……(っ˘ω˘c)zzz……*……*……

 

 

 

 目が覚めると、朝だった。

 

 久しぶりに、すっきりとした目覚め。

 体が軽い。

 頭もはっきりしている。

 

 そして——

 部屋の隅で、聖女が魔法の鍛錬をしているのが見えた。

 

 淡い光の球を操りながら、複雑な魔法陣を展開している。

 何度も何度も、同じ動作を繰り返している。

 集中した表情。

 汗が一筋、額を伝う。

 

(聖女様……鍛錬してる……)

 

「あ、起きましたか」

 

 聖女が気づいて、微笑む。

 

「おはようございます、剣聖様」

 

「あ……おはよう……」

 

「よく眠れましたか?」

 

「うん……すごく」

 

 本当に、久しぶりに熟睡できた。

 リアル惰眠の素晴らしさを、改めて実感する。

 

「それなら良かったです」

 

 聖女は嬉しそうに微笑んだ。

 

 でも——

 

 聖女様……いつから起きてたんだろう……?

 

「いつ、起きたの?」

 

「実は寝ていません」

 

「えっ!? 寝た方がいいよ!」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 聖女は何でもないように微笑んだ。

 

「聖女の祝福で、眠らなくても体は万全ですから」

 

「え……眠らなくても……?」

 

「はい。だから、剣聖様が安心して眠れるように、ずっと見守っていました」

 

(眠らなくても……平気なんだ……)

 

 わたしが、あんなに苦しんでいた「眠れない」という状態。

 

 聖女様にとっては、当たり前のこと。

 

「……やっぱり、すごい」

 

「そんなことありません……」

 

「え?」

 

「私、思うんです……昨日、剣聖様はわたしのことを『本物の英雄』って言ってくれましたけど――

 

 

――わたしは、世界に選ばれただけの小娘にすぎません」

 

 聖女は、静かに首を振った。

 

「眠らなくても平気な体も、強力な治癒魔法も、すべて世界から与えられただけです」

 

「でも……」

 

「それよりも剣聖様の方が、実力で手に入れた地位なんですから、わたしよりもよっぽど英雄です」

 

「そんなこと……」

 

「わたしは不安なんです」

 

 聖女は、窓の外を見つめた。

 

「世界に選ばれただけの小娘だとしても、実力や精神性でも他の英雄の方々に追いつきたい。私は聖女としての使命を全うするため、いつも努力してきました」

 

「……聖女様」

 

 聖女は、わたしを見た。

 

「昨日、剣聖様が眠れなくて苦しんでいたのを見て……初めて分かりました」

 

「え……?」

 

「眠れないことが、どれほど辛いことなのか」

 

 聖女は、少し寂しそうに微笑んだ。

 

「わたしは眠らなくても平気です。でも、それが当たり前すぎて……眠ることの大切さを、忘れていました」

 

「……」

 

「だから——」

 

 聖女は、優しく微笑んだ。

 

「剣聖様も、十分に頑張っていると思います。自分を責めないでください」

 

「……ありがとう」

 

 わたしは、何も言えなかった。

 

(聖女様も……悩んでるんだ……)

 

 完璧に見える聖女も、努力している。

 不安を抱えながら、前に進もうとしている。

 

 そして——

 人間らしい「眠り」すら、忘れてしまったのかもしれない。

 

「じゃあさ、今度一緒にちゃんと寝ようよ!」

 

「一緒にですか?」

 

「うん……そう! 魔王倒したら、もう鍛錬する必要もないでしょ? そしたら、一緒にちゃんと寝ようよ! わたし、久しぶりに寝たら、やっぱりちゃんと寝るってすごくいいんだって思い出した」

 

 本当に、久しぶりに熟睡できた。

 リアル惰眠の素晴らしさを、改めて実感したよ。

 

「なら、約束ですね」

 

 聖女は嬉しそうに微笑んだ。

 

「うん!」

 

「魔王を倒したら、一緒に寝ましょう」

 

「そうだ、聖女様」

 

「はい?」

 

「温泉……一緒に、行かない?」

 

「温泉、ですか? 今から?」

 

「うん、近くにあるって聞いて、実は前から行きたかったんだ。それに……聖女様も、少し休んだ方がいいと思う」

 

 聖女は少し驚いたように目を見開いた。

 

「わたしが……休む……?」

 

「うん!」

 

 聖女は少し考えてから、微笑んだ。

 

「分かりました。一緒に行きましょう」

 

 

 

 

……*……*……(っ˘ω˘c)zzz……*……*……

 

 

 

 

 わたしたちは温泉に来ていた。

 

 森の奥。

 湯気が立ち上る天然の露天風呂があった。

 魔物が出る危険性のある場所だけど、聖女様と一緒なら大丈夫。

 

「わぁ……」

 

 乳白色のお湯が、岩場から湧き出ている。

 

「綺麗でしょう」

 

 聖女が微笑む。

 

「ほんとに魔物とか大丈夫かな?」

 

「大丈夫ですよ。四天王が来ても大丈夫な結界を張りますから」

 

 聖女が杖を振ると、周囲に淡い光の壁が現れた。

 

「これで、魔物は入ってこられません。ゆっくり入りましょう」

 

 

 

……*……*……(っ˘ω˘c)zzz……*……*……

 

 

 

 温かいお湯に浸かりながら、わたしは久しぶりに体の力が抜けていくのを感じた。

 

「気持ちいい……」

 

「ふふ、良かったです」

 

 聖女も隣で湯船に浸かっている。

 

 しばらく、二人とも黙って温泉を楽しんでいた。

 

 そして——

 

「剣聖様」

 

「ネム」

 

「え?」

 

「剣聖じゃなくて、ネムって呼んでほしい!」

 

「分かりました。でもそれなら、わたしのことも聖女ではなく、名前で呼んでください」

 

「名前……アウレリア、だよね?」

 

「はい、アウレリアです」

 

「……綺麗な名前だよね」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

「分かった、アウレリア! よろしくね!」

 

「よろしくお願いします、ネム様」

 

「様、いらない!」

 

「え?」

 

「お互い『様』もなし! ネム、で……いいよ?」

 

「じゃあ、ネム……ちょっと気恥ずかしいですね」

 

 そうアウレリアは、はにかんだ。

 

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