努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~   作:エレティムさん

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3.剣鬼

 

 剣鬼ナミギリは、王都の貴族用病院でただ死を待っていた。

 

 白いシーツに包まれたその身体は、かつて無数の修羅場をくぐり抜けた英雄のものとは思えぬほど痩せ衰えている。

 骨と皮だけになった腕には、無数の傷跡が刻まれていた。

 立ち上がろうと試みれば、脚はもはや自分のものではないかのように膝から崩れ落ちてしまう。

 

 当然、刀を持つことすら叶わない。

 愛刀は、ベッドの端に置かれている。

 腕を動かせば、なんとかまだ、触れることはできた。けれど、それだけで疲労困憊。ドラゴンを倒すがごとき、疲労を感じる。

 そして、もうすぐ触れることすら叶わなくなるだろう。

 

 この現状に、かすかな苦笑を漏らすしかなかった。

 

「……これが、剣鬼の末路か」

 

 誰にともなく呟く。

 窓の外からは、雨音が聞こえてくる。その音だけが、病室に響いていた。

 

 剣聖は目を閉じ、今までの日々を振り返っていた。

 

 

 

...*...*...*...*...*...

 

 

 

 村を覆うのは、恐怖の咆哮だった。

 魔物が現れ、家々をなぎ倒し、逃げ惑う村人の叫び声が夜を震わせる。炎が建物を舐め、煙が空を覆っていた。

 

 幼いナミギリは、母の腕に抱きつき、必死に身を縮めていた。

 

「ナミギリ、目を閉じて……!」

 

 母の声は震え、涙が頬を伝っていた。その腕は小さな息子を守ろうと、必死に抱きしめていた。

 

 魔物の足音が近づいてくる。

 地面が揺れ、壁が軋む。辺りからは悲鳴ばかりが聞こえてくる。

 

「……え?」

 

 家を破壊して、入ってくるソイツ。

 その魔物と目が合ってしまった。

 

 ……ああ。 

 次に悲鳴を上げることになるのは自分なんだと、幼いながらも理解した。

 

 しかし、死は訪れなかった。

 それは悲鳴ではなかった。

 

「ハァアアアアアアッ!!!!!!」

 

 ひとりの冒険者が駆け込んできた。

 

 刹那。

 抜き放たれた剣が、夜の闇に閃光を描く。

 

 次の瞬間、魔物の巨体は音もなく両断され、血飛沫が舞った。

 あまりに速すぎて、幼いナミギリの目には剣筋すら見えなかった。ただ光が走ったと思ったら、魔物が倒れていた。

 

「……見えなかった。剣が……消えたみたいだ……」

 

 少年は目を見開いたまま、その光景を凝視していた。

 

 心の奥底に焼き付いた光景。

 母を守った、あの圧倒的な強さ。

 その瞬間から――ナミギリにとって剣は至高となった。

 

 あの境地に至りたい。その渇望こそが、彼の生涯を決定づけた。

 

 

 

...*...*...*...*...*...

 

 

 

 その日を境に、少年は剣を握った。

 朝に剣を振り、昼も剣を振り、夜は傷だらけの体を引きずって眠りにつく。

 血にまみれた修行の日々は、村の誰もが止めるほど過酷なものだった。

 

「ナミギリ、もうやめなさい!手が血だらけじゃないか!」

「いいんだ、母さん。これくらい」

「でも……」

「あの人みたいになりたいんだ。誰かを守れる強さが欲しい」

 

 少年の目は、決して揺らぐことがなかった。

 

 やがて少年は村を出ることにした。

 危険な魔物と死闘を繰り広げるようになった。

 一歩間違えば命を落とす戦場で、体に無数の傷を刻みながらも勝ち続ける。

 倒れることはあっても、立ち上がらなかったことは一度もない。

 

 『剣鬼』。

 いつしか、そう呼ばれるようになった。

 

 魔物を斬り、時には人をも斬った。

 剣のためだけに生き、剣のためだけに戦い続けた。

 そうして積み重ねた年月が、後に「剣鬼」と呼ばれる存在を形づくっていった。

 

 

 

...*...*...*...*...*...

 

 

 

 王都の貴族用病院。

 老いたナミギリは、静かに横たわっていた。

 

 数々の武勲により「名誉貴族」の地位を得た。

 王国を救った英雄として、その名は歴史に刻まれている。

 ただの村の子供に過ぎなかった自分の最後が、この場所で迎えられるというのなら――それは十分に誇れる生き方だったのかもしれない。

 

 母はもうこの世にいない。

 肉親も残っていない。

 

 彼の胸にあるのは、ただひとつ――剣への思いだけだった。

 窓から差す光は優しいはずなのに、彼にはただ遠いものにしか思えない。

 

 枕元には一振りの剣。

 若き日から共にあった、唯一の伴侶。

 黒曜石のような刀身が、薄暗い部屋の中で静かに佇んでいる。

 

「……ああ、もう一度だけでいい……剣を振れたなら……」

 

 痩せ細った指先が震えながら剣に伸びる。だが握る力もなく、虚しく力を落とす。

 

 剣はここにある。

 技は冴えている。

 頭では完璧な剣筋が描ける。

 だが――体は、もう動かない。

 

「……皮肉なものだな」

 

 枯れた声がこぼれる。

 浅い呼吸を繰り返すたびに胸が焼けるように痛み、咳き込めば血が滲む。

 剣を振るどころか、歩くことすらできない己の姿に、ナミギリはかすかな苦笑を漏らした。

 

 技量は極みに達した。

 だが肉体は衰え、ただ無力な存在となった。

 最強と称された剣士に訪れるのは、栄光ではなく、終焉。

 ナミギリは天井を見つめ、静かに目を閉じかけた。

 もう、すべてが終わるのだ――

 

 そのときだった。

 

 

 

――ガチャリッ!

 

 扉が乱暴に開かれる音が、死を待つ病室を揺らした。

 

「おじゃましまーす!!」

 

 明るい声。

 それはまるで差し込む陽光みたいに、淀んだ空気を一瞬で吹き飛ばした。

 

 目をやると、そこには少女が立っていた。

 白銀の髪が光をはね返し、宝石みたいな瞳がきらきらと輝いている。

 

 ただ美しく若い――それだけじゃない。

 

 その瞳には「これから未来はもっとよくなる!」と信じて疑わない光が宿っていた。

 

 敗北も衰えも知らない強さ。

 まだ何者にもなれる可能性を秘めた、若さの輝き。

 

 その眼差しは、老いたナミギリにはまぶしすぎるほどに、まぶしかった。

 

「……誰だ?」

 

 ナミギリは目を細め、かすれた声で問う。

 

 少女は胸を張り、堂々と名乗った。

 

「あなたが剣鬼ナミギリ?」

 

「……いかにも。もう剣を振れぬ、剣を振るしか能のない剣鬼だがな」

 

 ナミギリは自嘲するように笑い、枯れた声を吐き出した。

 

「わたしはアークノール国第四王女――ネメシア・ネムリヒメ・ノールタール!」

 

 少女は誇らしげに名乗り、そして付け加えた。

 

「ネムって呼んでいいよ!」

 

 老剣鬼は、その若々しい力に押されるように、思わず息を呑む。

 

「……まぶしい光だ。わしには、もう二度と手に入らぬものよ……」

 

 呟きは、羨望と諦めの入り混じった響きを帯びていた。

 

「……王女殿下が、なぜこのような場所へ。こんな病床の老いぼれに、どのようなご用向きで?」

 

 ネムはにかっと笑い、ためらいなく言い放った。

 

「ねぇ、もう一度――

 

 

――剣を振ってみたくない?」

 

 衝撃。

 

 その言葉は、雷鳴のようにナミギリの胸を撃ち抜いた。

 驚愕に目を大きく見開き、彼の呼吸が荒くなる。

 止まりかけていた鼓動が、不意に強く打ちはじめた。

 

「……何を、言っている……?」

 

「あなたには、わたしの代わりに、剣を振ってもらいたいの」

 

 ネムの瞳は真剣だった。

 冗談でも慰めでもない。本気の眼差しだった。

 

「馬鹿な……このわしに、どうやって……」

 

「わたしが惰眠設計で作った、黒魔術を使うんだよ!」

 

 少女は、ニカッと微笑んだ。

 その笑顔には、狂気が混じっているように見えた。

 

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