努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~   作:エレティムさん

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4.黒魔術

 

 剣鬼ナミギリ――もっと堂々たる英雄を想像してたんだよね。

 

 でも、病室のベッドに転がってるその姿を見た瞬間、息が詰まった。

 片足は失われ、全身に深く刻まれた傷跡。皮膚の下から浮き上がる骨ばった体。

 

 『剣鬼』なんて呼ばれてた人には見えない。

 言われなきゃただのボロ雑巾でしょ、これ。

 

「……あなたが剣鬼ナミギリ?」

 

 その虚ろな瞳がゆっくりわたしの方を向いて、かすれ声がもれた。

 

「……いかにも。もう剣を振れぬ、剣を振るしか能のない剣鬼だがな」

 

 ……うわ、めっちゃ諦め入ってるじゃん。

 

 英雄ですら、希望を失うんだなってちょっと引いた。

 

 胸が上下するたび、喉から擦れる音がもれる。

 呼吸ひとつが大変みたいで、咳き込めば赤黒い血が唇を汚す。

 

 あーあ。大陸最強とか呼ばれてた人が、こんな風になっちゃうんだ。

 

(ほんとにボロボロ……でも、だからこそ!)

 

 胸の奥で思わず拳を握った。

 

(最高のタイミングっ! こんな完璧なシチュ、二度とないよ!)

 

 心の中でガッツポーズを決めて、にやりと笑みを隠す。

 

 一歩前に出て、胸を張った。

 

「ねぇ、もう一度――剣を振ってみたくない?」

 

 ナミギリは細めた目で、わたしを見つめる。

 

「……何を、言っている……?」

 

「あなたには、わたしの代わりに、剣を振ってもらいたいの」

 

「馬鹿な……このわしに、どうやって……」

 

 ふっふっふ!

 よくぞ聞いてくれました!

 

「わたしが惰眠設計で作った、黒魔術を使うんだよ!」

 

 ドヤ顔で言い放つ。

 

(ふふん、普通の人ならドン引きするんだろうけど、わたしは違う! 常識に囚われず、合理的に考えることができる。これは惰眠のための外注契約!)

 

「……」

 

 沈黙する剣鬼ナミギリ。

 驚きで声が出ないですか、そうですか。

 

 まあでも、それも当然かな?

 ここで死を待つだけだったのに、わたしの体で剣を振れるようになる(・・・・・・・・・・・・・・・・)って言うんだから。

 

 しばし沈黙のあと、ナミギリが重い口を開いた。

 

「…………もし、黒魔術とやらで、再び剣を振れるというのなら。この命、あなたに預けましょう」

 

 きた!

 笑みを浮かべて、たたみかける。

 

「じゃあもし、健康な体でもう一度剣を振れたら、わたしに忠誠を誓うってことでオッケー?」

 

「……ええ。もちろんです。ただ……」

 

 失われた足を見下ろして、ナミギリは言う。

 

「わしの体はもうボロボロで……たとえ――噂に聞く聖女であっても、この体を治すことはできぬでしょう」

 

「そこで質問!」

 

 腰に手を当てて、わたしは言った。

 

「わたしって、健康だと思わない?」

 

 言うが早いか、わたしは体を動かしてみる!

 

 パンチを繰り出し、へっぴり腰で回転、最後は勢い余って回転蹴りの真似。

 普段まったく運動してないから動きは……ちょっとだけぎこちないかもしれない。いや、ホントだからね! ホントにちょこ~っとだけ、ぎこちないかも。でも、どこか痛んだり、ナミギリみたく吐血したりもない。

 

 さぁ、わたしの健康さを見て!!

 

「どうかなっ!?」

 

 その瞬間、スカートがひらり。……やばっ。

 

「――っ!!」

 

 自分で気付いた瞬間、顔が真っ赤になる。

 今、絶対見られた!

 

「ど、どうかなっていうのはっ、ぱ、パンツのことじゃなくて!! ……け、健康だと思わない!?」

 

 ナミギリは苦笑して、枯れた声で答えた。

 

「……それはもう。しかし、このような老いぼれが見たところで、何も変わりはせぬ。ただ――眩しい」

 

「ま、眩しい!? なにそれ! わたしのがそんなに良かったってこと!?」

 

「……若さが、だ。わしにはもう二度と戻らぬものよ。眩しすぎて、痛いほどだ」

 

「な、なんだそりゃ……とにかく! 健康なのはわかったでしょ?」

 

「ええ、それはもう」

 

「ふふん、なら話は早い!」

 

 わたしは真剣な顔に切り替えた。

 

「じゃ、契約確認ね。もう一度健康な体で剣を振れるようになったら――あなたはわたしに忠誠を誓う。それが条件!」

 

「契約……」

 

 ナミギリは虚ろな瞳を細め、自分の胸に手を置いた。

 

「……わしはこれまで国王に忠誠を誓って生きてきた。だが、もう死にゆくだけの存在。もし姫様に忠誠を誓うのならば――王もきっと認めてくれるでしょう」

 

「よっしゃあ!」

 

 内心でガッツポーズ。

 

(キターーー! 希望の惰眠帝国第一号外注先、契約成立ぅ!!)

 

 よし、じゃああとは、黒魔術をすればOKだね!

 

「なんか、相手の同意が必要らしいから、抵抗しないでね?」

 

「なるほど……そのような黒魔術もあるのですか、この歳になっても知らないことだらけだ」

 

「ん~、そもそもこれは、多分だけど、禁書庫のいろんな禁術をまとめて作り上げたものっぽいから、わたししか知らないんじゃないかな?」

 

 

 まあ惰眠設計で行ったことだし、細かいことは分かんないけど、夢の中のイメージだと、いろんな禁書の黒魔術をベースにしているっぽかった。

 あの『眠りの観測者』とか名乗ってた老人も、そんな感じの説明だった気がする。

 

 わたしは結局、ほかの禁書に書いてある内容を理解したわけじゃなくて、惰眠設計で作った理論しかわかってないんだよね~

 理論の結果だけしか、分かっていないという。

 まあ使い方とかは、完璧にわかっているから何の問題もないよね?

 

「……恐れながら、先ほど『らしい』と言いましたが、試したことはないのですか?」

 

「そうだけど? あ、うまくいかないか心配? 大丈夫大丈夫、惰眠設計は完璧だし、魔法陣が起動するのも確認したんだから!」

 

「……そうですか。まあ死にゆく命です、姫様の道楽に付き合って死ぬのも悪くない」

 

「え? いやいや、きっとうまくいくって! ……あと、たぶんだけど実質的に死ぬことになるから、無茶苦茶痛いかも?」

 

 実際、肉体は死ぬことになるからね。

 

「あ、でも抵抗したらダメだよ?」

 

「……それは、同意が必要だからですか?」

 

「そう!」

 

「さらっとおっしゃりますが、死ぬほどに痛いのに、抵抗せず受け入れろとおっしゃっていますか? それは普通は難しいのでは。そもそも死ぬほど痛いのならば、常人は意識を失うでしょう。意識がなければ同意したとは見なされないのでは?」

 

 ナミギリの鋭い指摘。

 

「……え、た、確かに」

 

 全然気づかなかった……

 死ぬほど痛いのに、意識が飛ばないように我慢して、でも抵抗せず受け入れ『同意』する?

 あれ? わたしの完璧な惰眠設計に、致命的な問題があった!?

 

「……ど、どうしよ?」

 

「大丈夫です。わしは剣鬼と呼ばれた男です。そのくらいの精神力はあります」

 

「そっか、ならよかった!」

 

 な~んだ。よかったよかった。

 むしろ逆に考えるのだよ。

 わたしの人格になるんだから、それくらいの試練は乗り越えられないと。それくらい簡単にできる一流の『人格』のみが、対象です。

 

 そう考えると、むしろ完璧なのかもしれない。

 

 ってことで、黒魔術を準備するよ!

 

 羊皮紙とインクを取り出して、床に複雑な魔法陣を描く。

 

 魔法陣を寸分たがわず、正確に書いていく。

 この一か月魔法陣は死ぬほど書いた。

 わたしは器用な方ではないけど、それでも十分な精度は出せているはずだ。

 てか、引きこもって魔術を完成させたのは一週間くらいかと思っていたけど、実際には一か月も経ってて驚いたんだよね~

 

 窓の外では、雨が降っていて、病室には雨音が響いていた。

 雨の日は嫌いじゃない。雨音を聞きながら眠るのは、結構好きだったりするからだ。

 ん~、なんかちょっと眠たくなってきた……

 

「……あっ!」

 

 やっちゃった。

 別のことを考えていたせいか、ちょび~っとだけ、線がずれてしまった。

 

「でも……うん、これも味ってことで!」

 

 たぶん、大丈夫。

 これくらいなら、ここら辺を調整すれば……よしよし。

 

 黒魔術の線を、病室の床に引いていく。

 う~ん、多分大丈夫……だね、きっと。

 

「うわっ!」

 

 全体を気にしてしまっていたからかな?

 

 足元に意識がいってなくて、今度は足を滑らせて尻もちをついてしまった。

 

「いてて……あ」

 

 線がびよーんとずれてしまっていた。

 

「ちょっと~! 今のはノーカンでお願い! ……よっこらしょっと、うわ!」

 

 立ち上がろうとしてインク壺を蹴飛ばし、ど真ん中に黒い跡まで残しちゃった。

 幸い、ほとんど空だったけど……

 

 やばい。2次被害、3次被害。

 うん、これは――

 

 

 

「――よし! 完璧! 完璧ってことにしよう! わたしはポンコツなんかじゃないんだから! だから大丈夫!! 大丈夫だと信じる!!」

 

「いや、絶対大丈夫じゃなかろ!?」

 

「チッ」

 

 ナミギリがツッコミを入れる。

 

 仕方なく、もう一度、描きなおした。

 

「ふぅ。これでよし!」

 

 今度は本当に完璧だ。

 いや、さっきもほとんど完璧っちゃ完璧だったけどね!

 

 まあ、最初の一回目だし、ナミギリという最高の人格が手に入るかもしれないからね! 一部の隙も無い完璧にしたいよね!

 つまり、結果オーライってことで!!

 

 やがて魔法陣が完成し、どす黒い光を放ち始めた。

 

「……ぐっ……!」

 

 ナミギリが呻く。咳き込むたび血が滲む。

 それでも歯を食いしばり、声ひとつ上げない。

 

「おお……」

 

 すごく苦しそうなのに、耐えていることが分かる。

 

(わたしなら開始3秒でリタイアしてるよ!)

 

 光が一段と強まり、ナミギリの肉体は崩れ落ちた。

 

 人格だけが魔法陣に吸い込まれ、わたしの中に流れ込んでくる。

 

 

 

 

『これは……いったい?』

 

――脳内に声が響く。

 

「あ、気付いた? わたしの惰眠設計は完璧だから大丈夫だと思うけど」

 

『……そこで死んでいる老人は、もしかしなくともわしか? ……何が起きている』

 

「ふっふっふ! これがわたしが考えた最強の惰眠理論! あなたはわたしの人格の1つになったんだよ!」

 

『なに?』

 

「それで、もう一度健康な体で剣を振れるようになったら、って言ってたよね? 体の権限をあげるよ。これでわたしの体がナミギリも動かせるはず――」

 

 

 

――次の瞬間。

 

 わたし体が勝手に動いて、枕元の刀をつかむ。

 

 一閃。空気を裂いて、病室のカーテンがズバァッ! と切り裂かれて宙を舞った。

 

(うわっ! すご! 何これ!?)

 

 その剣筋は紛れもなく「剣鬼」のものだった。

 

 けれど、それを成したのは、わたしの体だった。

 

 ナミギリの動かす口が、言った。

 

「……ありがたき幸せ。この剣、姫様に捧げましょう」

 

『うん! よろしくね、ナミギリ!』

 

 くっくっく、これですべての面倒な努力や面倒なイベントごとは、ナミギリにぶん投げればよくなった。

 

 最高だよ!!!

 希望の惰眠プロジェクト第一号、爆誕だっーーー!!!

 

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