努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
虹の上で眠りに落ちてから、どれくらい経ったのだろう。
ゆっくりと目を開けると、見慣れた自室の天井があった。
「……ん、よく寝た」
体を起こして、大きく伸びをする。
窓の外からは、鳥のさえずりが聞こえてくる。
「あれ? わたし、いつの間に部屋に戻ってきたんだっけ?」
『メイドが運んでくださいました。姫様は虹の上で、そのまま眠り続けておられましたので』
「そっか。ナミギリ、ありがとね」
『いえ、むしろわしこそ、感謝を』
ベッドから降りて、窓を開ける。
爽やかな風が部屋に入ってきた。
『それで、姫様。どうでしょうか……?』
「え、何が?」
『わしの力が見たいと言っていたでしょう』
「あ~」
確かに。
悪魔戦のきっかけは、ナミギリの強さを確認したかったからだったね。
そして、結果は――
「――もちろん、文句ないよ!」
『ありがたき幸せ』
「むしろ、わたしの体はどうだった?」
『素晴らしいの一言に尽きますな。若さというのはこれほど良いものだったとは……』
「ならよかったよ。それじゃあ、契約通り、わたしに忠義を尽くしてくれるってことでいい?」
『ええ、この剣鬼ナミギリ、一生姫様に忠義を誓います』
うんうん。
「これでわたしの人生は安泰だね!」
窓から差し込む日差しは、温かかった。
すごくいいお天気。
お昼寝日和だ。
わたしは、本能に任せるまま、お昼寝タイムとしゃれこむのだった。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
次の日。
目が覚めると、地獄が始まった。
「――っ!?」
体を動かそうとした瞬間、全身に鈍い痛みが走った。
「い、痛い……!? 何これ!?」
脚が、腕が、背中が、全身が悲鳴を上げている。
『姫様、これは筋肉痛というものでして』
「筋肉痛!? なんで!? わたし、何もしてないのに!?」
『奥義を使用した反動かと。姫様の体は、まだあの動きに耐えられる筋力がございませんでした』
「うそでしょ……感覚遮断してたのに!?」
『姫様とわしは同じ体を共有しています。つまり、筋肉痛も共有するのです』
「そんな……」
その日から、わたしは地獄を見た。
寝返りを打つだけで激痛。あくびをしただけで全身が痛む。くしゃみなんてしたら泣きそうになった。
最悪だった。
そして5日目。ようやく動けるようになったとき、ナミギリが提案してきた。
『姫様。このままでは、剣を振るたびに筋肉痛に苦しむことになります』
「……それは、嫌だ」
『ならば、鍛錬を。基礎体力をつければ、このような事態は防げます』
「でも、鍛錬って……めんどくさい」
『もちろん、鍛錬はわしが行います。姫様は感覚を切って、お休みになっていればよいのです』
「……それなら」
毎日ちょっとだけ、ナミギリの鍛錬する時間を作ることにした。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
王宮の庭園。
木刀を振るう"わたしの身体"を、わたしはぼんやりと眺めていた。動かしているのは、ナミギリ。
「……ありがたき幸せ。この老いぼれが、また刀を振れるとは……しかも日常的に」
声は感極まっていた。木刀は鋭く風を裂く。
剣の軌跡は、素人のわたしでも美しいと思えるものだった。
でも、ナミギリ曰く、頭の中のイメージの半分も出せていないらしい。体作りが必要とかなんとか。まあ、わたしは剣なんてほとんど振ったことないしね。
「ああ、身に沁みます。剣を振れるだけで、こんなにも……」
(はいはい、感激してるとこ悪いけど、素振りは任せたからね。わたしは脳内でお昼寝するから〜)
「承知いたしました」
(あ、今は誰もいないけど、会話は脳内限定で。外に聞こえたら色々めんどいから。基本ナミギリは喋らなくていいよ、剣だけ振ってて)
『……ええ、脳内でのやりとり、精進いたします』
ナミギリの声が脳内に響いた。
肉体は黙々と素振りを続ける。
わたしは感覚をスッと引いて、脳内で大あくび。
(あ〜……感覚切っとくとマジで楽。惰眠設計にこんな機能ついてたとか、わたし天才すぎ。ノーベル惰眠賞があったら受賞確定だよね)
どれだけナミギリの素振りが大変だとしても、その感覚を切ってしまえば、関係がない。
ノイズとなる感覚は切って、脳内でお昼寝することにした。
外の世界では、木刀が風を裂く音が一定のリズムで刻まれていた。
内側では、わたしは気持ちよく眠りにつくのだった。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
それから数日が経った。
学園。昼下がりの教室。
わたしは机に突っ伏して寝ていた。
授業を受ける気なんてゼロ。
カーテン越しの陽だまり、まぶたの裏に金の粒がちらちら漂って、眠気がきもちいい。
「おい、また寝てるぞ」
「久しぶりに戻ってきたのに、何も変わってねぇな」
「でも聞いたか? 例の悪魔退治の話」
「ああ、ガイルが倒したんだろ?」
「いや、目撃者の話だと、白銀の髪の少女が倒したって」
「白銀の髪……一体誰なんだ」
ひそひそ声が聞こえてくる。
「ネム様……なわけないか」
「寝ることで有名なお方だぞ?」
「少女の正体は分からないが、もしかしたらガイルと協力して倒したのかもな」
わたしは机に顔を埋めたまま、むにゃむにゃと寝返りを打つ。
(……なんか、噂になってる?)
『ええ、どうやら姫様の武勇が知れ渡っているようで』
(めんどくさ……わたし、虹で寝てただけなのに)
と思っていたら。
「――ネメシア殿下」
突然、声をかけられた。
顔を上げると、見覚えのある少年が立っていた。
整った顔立ち、真っすぐな瞳。学園の制服をきちんと着こなしている。
「あ、えっと……」
「俺は、ガイル・ロードナイトだ。実は、国王陛下から頼まれてさ」
「え? パパが?」
ガイルは少し気まずそうに視線を逸らした。
「ああ。殿下に、剣の基礎を教えてほしいって」
その時、確信する。
(……あ、これパパの嫌がらせだ)
同時に、脳裏に国王の顔が浮かんだ。
――ポンコツネムがっ!
「いらないよ……そんな面倒なことすると思う?」
「でも、国王陛下の命令だし――」
「いらないって言ってるでしょ!」
ガイルは困ったように眉を下げる。
「はぁ……国王陛下の言った通りだ」
「え?」
「毎日寝てばかりの『ポンコツ娘』だって聞いてたけど、本当なんだな」
「……なに?」
それは禁句だ。怒るよ?
「まあ、だから俺が呼ばれたんだろうけど」
ガイルは少し考えるように腕を組んだ。
「とりあえず、まず基本からだな。言っておくけど、この世は努力だ」
「……」
「どれだけ努力するかで、すべてが決まる。才能がなくても、努力で補える」
「……そんなことないし、話が終わったんならどっか行って」
「終わってないだろ。これからが本番なんだよ」
ガイルの声が、少しだけ熱を帯びる。
「俺も才能があるわけじゃない。でも学園最強って呼ばれてる。なぜだと思う?」
「学園最強? 知らないけど」
(……あれ? この人、どこかで)
『姫様、あの日の悪魔と戦っていた少年かと』
(あ! そうだ!)
目の前の少年を見つめる。
確かに、あの日の少年に似ている。
「……もしかして、悪魔と戦ってた?」
ガイルの目が、僅かに見開かれた。
「……ああ。先日、上級悪魔に遭遇してさ」
そして、ガイルの表情が変わる。
「そのとき、白銀の髪の剣士に助けられたんだ」
「白銀の髪……」
「そう。女性だった。あの剣技は、まるで剣鬼様みたいで……」
ガイルの目が、遠くを見つめる。
「俺、あの人に憧れてる。いつか追いつきたいんだ」
(……え、わたしのこと?)
『どうやら、姫様とは気づいていないようですな』
(そりゃそうだよね。わたし、寝てただけだし)
「まあ、殿下も白銀の髪だけど――いや、違うな」
ガイルは首を振った。
「あの剣士は、凛々しくて、強くて、美しかった。君とは……その、全然違うタイプっていうか」
(……なんか、ちょっとムカつく)
『姫様、落ち着いて』
「話を戻すけどさ」
ガイルは真剣な目でネムを見つめた。
「俺が学園最強なのは、努力してるから。ただそれだけなんだ」
「努力……」
「ああ。睡眠時間を削って、朝早くから夜遅くまで鍛錬する。それが、俺の強さの秘訣だ」
「あのね、ガイル」
わたしは、大きなあくびをしながら遮った。
「わたし、努力とか興味ないから。それに、睡眠時間を削るとか、人生の損失だし」
「は? 人生の……損失?」
ガイルが呆然とした表情を浮かべる。
「うん。寝る時間削るとか、ありえないでしょ。睡眠は人生で一番大事なんだから」
「で、でも――」
「努力すれば誰でも強くなれるとか言ってたけど、わたしには関係ないし。そういうの、めんどくさいから」
「めんどくさい……!?」
ガイルは信じられないという顔をしている。
「もういい。わたし、寝るから」
わたしは、机に顔を伏せた。
「ま、待ってくれ! 少しでいいから話を――」
「zzz……」
即、寝た。
「……そっか。変わった人だな」
ガイルは小さくため息をついて、教室を出ていった。
足音が遠ざかっていく。
(はぁ〜、めんどくさい人来ちゃった……)
『姫様、あの少年は真面目ですな』
(真面目すぎて疲れるタイプだよね。わたしとは正反対〜)
『努力、努力と……少々暑苦しい印象を受けました』
(でしょ? 睡眠時間削るとか、正気じゃないよ)
わたしは、まどろみの中へと落ちていった。
今日も平和な、惰眠ライフ。
カーテン越しの陽射しが、とても心地よかった。