努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
あれから一週間が経った。
わたしの朝は、ガイルの説教で始まる。
「ネメシア殿下、今日こそはちゃんと素振りしたのか? ……いや、どうせしてねぇよな」
「してないよ。っていうか、なんであんたまだいるの?」
「そりゃ、国王陛下の命令だからな!」
もう毎日、ガイルはわたしの所へ来る。
(また……?)
『姫様、この者を排除いたしますか?』
(ん~、交代するのも面倒だし、さすがにそろそろ諦めるでしょ)
『だといいのですが……』
ガイルが言う。
「あと、今日は剣術の授業があるから、できれば出てほしいが――まあ、無理だよな」
「……え、剣術の授業?」
「ああ、だが、殿下には関係ないだろ?」
ガイルは肩をすくめた。
(……むっ)
なんか、馬鹿にされてる?
そういえば、パパが言ってたよね。
『特技を示せ』って。
(今日は成績ブーストするよ! ジジイに「特技を示せ」とか言われたし、さくっと結果出して黙らせよう!)
『ええ、ついに素振りの成果を見せる時が来ましたね』
「じゃあ、出るよ」
「――は?」
「剣術の授業、出るって言ってるの」
「え、ええええええええ!?」
ガイルが大声を上げた。
周囲のクラスメイトたちも、一斉にこちらを見る。
「ネム様が、剣術の授業に!?」
「嘘だろ……」
「いや、でも最近放課後に素振りしてるって噂は……」
「まさか、本気で取り組んでたのか?」
「ネム様がまともに授業を受ける姿が見られるかもしれねーぞ!」
ざわめきが広がる。
(ナミギリ、S評価、取れるかな?)
『姫様。姫様はただ命じていただければ、この剣鬼ナミギリが、S評価を手に入れましょうぞ』
(えっと、じゃあ、ナミギリ! わたしのために、S評価を取ってきて!)
『御意』
(ってことで、任せた! わたしは寝るから~)
『姫様っ!?』
(……zzz)
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
Side:ナミギリ
姫様は眠ってしまわれた。
しかし、今こそ、忠義を示す時だ。
剣術の授業。
素振りや組手を行っていく。
どうやら、最後に自由鍛錬があり、ここでよい結果ならば、良い評価を得られるようだ。
木刀が手に馴染む。
久しぶりの、実戦だ。
毎日姫様に認められている30分の鍛錬。
身に余る光栄ではあるが――やはり、実践に勝る喜びはない。
たとえそれが、このようなひよっ子相手だとしても。
「では、自由鍛錬に移る! ペアを組め!」
教官の声が響く。
わしは静かに前を見据えた。
――この中で、一番マシな相手は。
「ガイルとやら」
「……ネム様?」
ガイルへ声をかけた。
学園最強と呼ばれている少年だ。
(……少しは楽しめるといいが)
わしは言った。
「手合わせ願う」
「え? あ、ああ。もちろん構わないが……」
周囲がざわめく。
「おい、ガイルがネム様と……」
「これ、大丈夫なのか?」
「ガイルも怪我させる真似はしないと思うが」
ざわめきは、気にならない。
ただ、目の前の相手だけを見つめる。
訓練場の中央に立つ。
ガイルも剣を構えた。
その構えは――悪くない。
基礎がしっかりしている。
だが、まだまだ青い。
ガイルが動いた。
「はぁああっ!」
ガイルの踏み込み。
初動は速い。
まっすぐとわしを狙ってくる。
だが――
(甘いな)
わしは動かない。
ただ、立ち位置、剣の向き。
それらをほんの僅かに傾けただけ。
それだけで、ガイルの軌道が――ズレた。
まっすぐだったはずの剣が、わしを紙一重で避ける軌道を走っていた。
気付いた時にはもう、ガイルの剣は空を切っている。
――当たらなければ、さらすのは無防備な体。
ガイルの左半身に、明確な隙が生まれている。
そこを突けば、即座に決着がつく。
だが――
(せっかくだ。もう少し楽しませてもらおう)
わしはあえて、その隙をスルーした。
「――っ!」
ガイルが着地し、すぐさま体勢を立て直す。
その顔には、驚愕と――屈辱が浮かんでいた。
「馬鹿なっ……! お前は千載一遇のチャンスを逃した……!」
ガイルの声が震える。
「今の隙を、なぜ突かなかった!」
わしは押し黙る。
姫様との約束で、わしが口を動かして話のは原則禁止としているからじゃ。
口調が違えば、余計な疑いが発生するかもしれぬ。
「……まさか、今の隙にも気付いていないのか!」
ガイルの顔が、紅潮する。
「舐めるな!」
ガイルが再び踏み込む。
今度は、フェイントを入れた攻撃。
右から左へ、そして本命は袈裟斬り。
わしには、手に取るようにわかる。
もちろん、先ほどのように軌道そのものをズラすことも容易い。
だが、せっかくの機会だ。
わしは相手の木刀を正面から迎え撃つ。
ガキン!
木刀同士がぶつかり、金属音のような音が響いた。
(ふむ)
音で技量はある程度分かる。
木刀でも金属音のような音が鳴るのは、少なくともこの少年が一人前の剣士と言えるレベルに到達していることの証左だ。
「……!」
ガイルの目が、驚きに見開かれる。
しかし、その目に宿る闘志は燃えている。
(よかろう。では、受けに回ってやろうか)
「はああああっ!」
ガイルの連撃が始まった。
一撃、二撃、三撃。
わしはそのすべてを、正確に受け止める。
ガキン、ガキン、ガキン。
金属音が連続して響く。
「くっ……!」
四撃、五撃、六撃。
ガイルの攻撃は速い。
力も入っている。
だが――
――苦しくなっていくのは、相手の方。
わしは、ただガイルの攻撃に木刀を合わせているだけ。
一方、ガイルは息が上がり、汗が滴る。
(そうだ。お前は一人前の剣士と言えるレベルにある。だからこそ苦しくなっていく)
強いからこそ、わしからのカウンターが見えている。
致命的なカウンターを食らわないように、気を付けている。
そこに残るのは、純然たる技量の差。
ガイルの攻撃に合わせて、こちらも木刀を振るう。
その合間に、ほんの半歩、間合いを詰める。立ち位置をズラす。それだけで、ガイルは苦しくなるのだ。
七撃、八撃、九撃。
「はぁ……はぁ……!」
ガイルの動きが、鈍くなってくる。
そして、十撃目。
ガイルは、苦しい体勢から。
「はぁっ――!」
渾身の一撃。
わしは、それに真っ向から木刀をぶつける!
等速。同じ重さ。
同じ剣。
ガキィン!
一際大きな音が響く。
そして――
「――っ!」
ガイルが、しりもちをついた。
木刀を持つ手が震え、息が上がっている。
わしは静かに木刀を下ろし、冷たく告げた。
「その程度か、学園最強」
「ッ!」
ガイルの顔が、悔しさに歪む。
せっかくの実戦だ。
これで終わってしまってはつまらない。
「はああああああっ!」
ガイルは立ち上がり、再び踏み込んできた。
それでいい。
わしには、まだまだ試したいことが山のようにある。
そして、ガイルと鍛錬を続けた。
もちろん、勝負を決着させるようなことはしない。
姫様には少し悪いかとは思うが、寝ておられるし、この授業中くらいは自由に鍛錬させてもらう。
ガイルは、何度倒れても、立ち上がる。
なかなか根性の入った少年だった。
その目は折れることなく、むしろ輝きを増し続ける。
(この少年……確かに見込みがある)
わしは内心で、評価を改めた。
だが、体は正直だ。
ガイルの動きは、どんどん鈍くなっていく。
足がもつれ、息が上がり、汗が滴る。
それでも――諦めない。
「もう……一度……」
ガイルは、震える足で立ち上がった。
(よかろう)
わしは静かに構えた。
――そして。
「手合わせ、終了だ!」
教官の声が響いた。
ガイルは、その場に崩れ落ちた。
「俺は……一度も、かすることすらできなかった……いったいどれだけ努力をすれば……」
ふむ。
いつの間にか、授業の終わりの時刻になっていたようだ。
(もう少し相手をしてやりたかったが……仕方ない)
久々の実戦。
やはり、剣を振るうことは――楽しい。
わしは静かに訓練場を後にした。
「ネメシア殿下、S評価とする!」
教官の声が背中に響く。
周囲の生徒たちは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「あれが……ネム様?」
「嘘だろ……」
「ガイルが、一度も勝てなかった……」
「遊んでいたようにすら……」
「が、ガイルが手を抜いていたんじゃ」
「むしろ手を抜いていたのは、王女殿下の方では?」
ざわめきが広がる。
だが、わしの役目はここまで。
建物の陰に座り、頭の中へと声を投げかける。
(姫様、お疲れ様でした)
『zzz』
(姫様! 起きてください!)
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
意識が覚醒する……
『姫様、起きましたか』
(あれ、え~と?)
訓練場の景色。
(あ、剣術の授業受けたんだっけ?)
『ええ、ご命令通り、S評価を獲得いたしました』
「おお!」
さすが、わたしのナミギリだ!
ん~、と立ち上がって伸びをする。
「んんん?」
クラスメイトたちが呆然とこちらを見ている。
ガイルは、地面に座り込んで、震えている。
(うん、何があった?)
「……ガイル?」
「ネメシア殿下……」
一瞬、言葉を飲み込み。
「いえ――ネム姫!」
ガイルの目が、涙で潤んでいた。
え?
ねむ……ひめ……?
「俺が……間違っていました……!」
「え、何が?」
「ネム姫は……裏で努力していたんですね!」
「は?」
ガイルが、わたしの前で土下座した。
「俺は、ネム姫を『ポンコツ』だと思っていた! でも、違った! 姫様は、誰よりも努力していたんだ!」
「え、えっと……」
(な、何これ!? ナミギリ、何やったの!?)
『S評価を取ってまいりました』
(そういうことじゃなくて!)
「あの剣技……今まで見たどの剣よりも美しかった!」
ガイルの目がキラキラしている。
「俺に、教えてください! ネム姫の剣を! 努力の方法を!」
「え、いや、別に……」
「お願いだ!」
ガイルは深々と頭を下げた。
(……これ、どうしよう)
『姫様の栄光です』
(いや、これ、むしろめんどくさいことになってない!?)
その時、クラスメイトの一人が恐る恐る近づいてきた。
「ね、ネム様……」
「なに?」
「その……本当に、悪魔を倒したんですか?」
あ。
そういえば、そんなこともあったね。
「うん、倒した。楽勝だったよ」
「「「「「やっぱり!!!」」」」」
教室がざわめく。
「じゃあ、白銀の髪の剣士って……」
「ネム様だったのか!」
「でも、いつもあんなに寝てるのに……」
「裏で努力してたんだよ、きっと!」
噂は、一瞬で学園中に広がっていった。
(……え、なんか、話が変な方向に)
『姫様の栄光です』
(いや、これ、本当にめんどくさいことになってる!!)
わたしは頭を抱えた。