努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
わたしことネムは、いつもどおり机に突っ伏し、特等席である窓際のカーテン越しの陽射しを枕にしていた。
至高の昼寝タイム。
わたしにとって授業なんて、最高の寝心地を楽しむためのBGMでしかない。
――が。
「ネム姫!」
またガイルだ。
最近、やたらと話しかけてくる。
「今日も美しい! その佇まい――剣を極めた者だけが持つ風格だ!」
「はいはい、うっとおしい~」
わたしは片手をひらひらと適当にあしらい、再び机に顔を伏せた。
「頼む! もう一度、あの剣技を見せてくれ! 俺は毎日、ネム姫の剣を思い出しながら鍛錬してるんだ!」
(知らんがな)
「朝は五時から走り込み! ネム姫のような身のこなしを目指して! 夜は素振り千本! ネム姫の剣筋を再現しようと! でも……どうしても足りない!」
「へー、すごいね。がんばって」
(興味ない)
「興味ないって顔してるな! でも構わない! 俺はネム姫を理解するために、全力で研究する!」
周囲のクラスメイトたちの、ヒソヒソ声。
「またガイルじゃん」
「毎日じゃない? 朝も昼も放課後も」
「完全に信者でしょ」
「ネム様の行動、ずっと目で追ってるよね」
「食堂行ったら、ガイルも食堂にいたし」
「あれはもう恋では?」
「信者じゃない! 尊敬してるだけだ!」
ガイルが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「信者じゃなかったら、ストーカー?」
「わかる、ちょっと怖いよね」
「もう嫌われてるんじゃない?」
「尊敬と言うより、余計……」
「違う! ネム姫の完璧な技を理解したいだけだ! 殿下がいつ、どうやって鍛錬しているのか――」
「うるさい……」
わたしは深々とため息をついた。
(はぁ……昼寝の邪魔されるのが、この世界で一番の大罪なんだよね。マジで)
そのとき、女子グループの会話が耳に入った。
「……ねぇ、なんか最近のネム様、雰囲気違わない?」
「わかる! 前より姿勢いいっていうか、背筋がすっと伸びてて……」
「なんかスタイル爆上がりしてない?」
「姿勢もだけど、スカートから伸びる足も違う」
「努力してるのかな……? でもそんな姿、見たことないよね」
「あれじゃない? 毎日素振りしてるらしいじゃん?」
わたしは机に突っ伏したまま、半目でため息。
(なにが"努力"よ。してないし)
でも、そう言われて気になって、トイレついでに鏡を覗いてみた。
鏡に映る姿は、思わず二度見してしまうほど。
制服のスカートから伸びる足は、以前よりスラリとして、無駄な肉が一切ない。
腰のラインもキュッとくびれて、制服のブラウスが綺麗にウエストに沿っている。
二の腕も、ぷよっとしてたのが見事にスッキリ!
「あれ? わたし、さらに美しくなっちゃってる!?」
勘違いではない気がする。
お付きのメイドに声をかける。
「ねぇ? わたしってさらに美少女に磨きがかかっちゃってる?」
「え? ええ、ネム様。以前より、美しくなっているのは間違いないかと」
「ふふん! やっぱりそうなんだ!」
鏡に映るわたしは、何度見ても美しい。
いや、前から美しかったけどね? さらに磨きがかかったみたい。
「寝てただけなのに……可愛さレベル上がってない!? やっぱり惰眠効果すごすぎ! 世界最強の美容法認定!」
脳内で、ナミギリの声。
『姫様、当然の結果です。日々の素振り八千、型合わせ二百、歩法三十往復――筋肉は正直に応えております』
(数字はいいから。でもナミギリの鍛錬のおかげだよね?)
『はい、鍛錬の成果は確実に出ております。そして、努力の積み重ねが、剣を鍛えるのです』
ぜい肉がなくなったお腹をさする。
……いや別に最初から全然なかったけどね? ちょこ~っと、ほんのちょこ~っとだけあったぜい肉が、なくなっていた。
(……つまり――努力ゼロで超絶美少女! こんな効果もあるなんて、わたしってばやっぱ天才すぎるね!)
『……姫様、それはわしの努力の成果でもあるのですが』
(ナミギリの努力は、イコール、わたしの努力なんだから!)
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
そんな感じで【惰眠=努力】という至高の日常を過ごしていたら、また王宮に呼び出された。
「……ネム」
クソジジイこと、国王ベルトナーガは、冷たい目でわたしを見下ろしていた。
「S評価を取ったそうだな。意外だ」
「でしょー? ほら、見直した?」
「……確かに、少し姿勢や体つきは整ったようだな」
「でしょでしょ! やっぱり惰眠効果が――」
「王都での悪魔討伐も、噂では聞いている。だが、あれはガイルという学園の優秀な剣士の協力があったのだろう」
「え? 違うけど」
「だが、それは実績ではない」
国王は続ける。
「学園でのS評価も同様だ。ガイルと手合わせをしたと聞いたが、あの者が手加減したか、あるいは何らかの取引があったのだろう」
「はぁ!? そんなわけないじゃん!」
「ネムが本当の努力をするわけがない。だからこそ噂は信じられん」
(……このジジイ、全部ガイルの手柄だと思ってる!?)
『姫様、落ち着いて』
(落ち着けるか! ナミギリが倒したのに! つまり、わたしが倒したのに!)
「買収に、いくら使ったのかは知らんが、小遣いもなしだな」
「はぁ!? 買収ってなにそれ! こっちは不正なんて一切なく、勝ったのに!」
「ほう? ガイルという優秀な若者を利用したわけではないと?」
「そう言ってんじゃん!!」
……マジでムカつく。
「剣の道を歩むというのなら、剣技大会に出場し、実績を残してみせよ。ガイルの協力なしに、な。それができぬなら、潔く学業に励め」
「……大会!? めんどくさ……」
わたしは腕を組んで、じとっとにらみ返した。
なんでそんなこと、しないといけないのよ?
『しかし、姫様。物は考えようですぞ』
ナミギリが脳内で静かに話す。
(というと?)
『王様は、姫様の剣技を信じておられぬ様子。しかし、わしの力があれば、剣術大会に出場して実績を残すことなど容易い。見返すきっかけになるのでは?』
ナミギリの言葉で、1つひらめいた。
「ふっふっふ」
「……ネムよ、どうしたのだ?」
「出てあげるよ! でも、条件付き!」
「条件?」
「もし剣術大会に出場して、実績を残したら――」
わたしは指を突きつけて叫ぶ。
「今後わたしに口出ししないこと! それと……この前わたしに『ポンコツ』って言ったでしょ? ちゃんと謝れ!」
「なに……?」
「謝れ、じじい!」
空気が凍った。
大臣たちは青ざめ、近衛兵は石像みたいに固まっている。
国王は深く息を吐き、低く言った。
「……よかろう。だが、実績を残したと、予選一回戦を突破しただけで主張されても敵わん。そうだな――もしベスト4に入れば謝罪し、以降は口出しせぬことを約束しよう」
わたしは脳内でガッツポーズ。
「言ったね!? じゃあもう決まり!」
国王は小声でつぶやいた。
「……どうせそこまで行けはせぬだろうがな」
「ん? なんか言った?」
「いや……大会は王国が注目している。ここで醜態をさらせば、これまで通りとはいかぬからな」
(はっ、醜態? ナミギリがいれば余裕でしょ)
『姫様、ご期待に応えられるよう、精進いたします』
(うん、よろしくー)
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
帰り道。
歩いていると、訓練場の片隅で、汗だくになりながらも剣を振るう少年がいた。
あれってもしかして……あ。
その少年が突然振り返ると、目が合った。
やっぱり、例のストーカー男子ことガイルだった。
ガイルはものすごい速度でわたしの目の前に駆け寄った。
「ネム姫! 大会に出場されると聞いたぞ!」
……え?
情報早すぎない!? まだ夕方だよ!? どんな情報網してんのこの人……やっぱストーカー?
「素晴らしい! ネム姫の剣技が、王国中に知れ渡る! 俺も出場する! そして――殿下と戦えることを夢見て!」
「はいはい、どうぞどうぞ。努力はそっちで勝手にやってて~」
「もちろんだ! 俺はネム姫に追いつくために、全力で努力する! でも……」
ガイルの目が、キラキラと輝く。
「ネム姫には敵わないことも、分かっている。あの剣技は――完璧だったから」
「……」
「だから教えてくれ! どうすれば、ネム姫のように強くなれるのか! いつ鍛錬を? どんな修行を?」
「してないけど?」
「……え?」
ガイルが固まった。
「してない? まさか……ネム姫は、努力を隠しているのか?」
「隠してないし。本当にしてない」
「そんな……でも、あの剣技が!」
「知らない」
「なぜだ! 俺は――」
「うるさい。寝る邪魔」
わたしは完全に背を向けた。
「待ってくれ! ネム姫! 俺は本気で――」
「興味ない」
ガイルの声が、背中に響く。
「……ネム姫は、俺なんかに教える価値がないと思っているんだな」
「そうじゃなくて、本当に何もしてないの」
「謙遜だな! さすがネム姫! 俺も、もっと努力する!」
(……話、聞いてる?)
脳内でナミギリが静かに口を開く。
『……あの少年、見込みはあるのですが、少々思い込みが激しいようで』
(マジでうっとおしい……)
『ですが、姫様。あの執念は、剣士にとって重要な資質。たとえ実力で劣っていようと、折れぬ心こそ武の礎となります』
(フォローいらない! こっちは騒音被害食らってるんだから!)
『……ですが、姫様。こちらも負けるわけにはいきません』
(はぁ、ナミギリが負けるわけないよね?)
『しかし姫様、剣技大会は連戦になります。今まで以上に体作りをしっかり行っていく必要がございます。いくら技術が優れていても、身体がついてこなければ、剣を振るうことはできませぬ』
(あ~……)
『ちなみに、本日までで素振り一万二千、型合わせ三百、歩法往復五十を終えました』
(別に、数字はどうでも……って、え? 一万? 多くない?)
『いえ、このくらいは普通ですな。むしろまだまだ足りないくらいです』
(そっか)
わたしには剣技のことは分からない。
ナミギリがそう言うのならば、きっとそうなのだろう。
『筋肉は嘘をつきませぬ。努力の積み重ねが確実に剣を鍛えるのです』
(筋肉痛は嫌だけど、ま、まぁ、お腹ぺたんこになって、さらに美しさに磨きがかかってるし? まあ、許せなくもないかな?)
部屋に入ると、すぐにベッドに倒れ込む。
柔らかいベッドが体を包み込んで、至福の時間が始まる。
(ふわぁ……やっぱりベッドが一番だよね……)
『姫様、本日の鍛錬はいかがいたしましょう?』
(あー、もう今日はいいよ。疲れたし。明日からまたよろしく)
『承知いたしました。では、姫様はごゆっくり』
(うん、おやすみ~)
わたしは目を閉じて、意識を手放した。
遠くで、鐘が夕刻を告げる音が聞こえた。
でも、わたしにはもう関係ない。
今は、ただ眠るだけ。
大会のことも、ガイルのことも、ジジイのことも、面倒だったら全部ナミギリにぶん投げればいい。
剣技大会がもうすぐ始まる。
それまで、ずっと惰眠を貪ろう。