異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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1-17 ふふふ

「何がおかしいんだ?」

 

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 

「テメェ……!ぶち殺してやるからな!」

 

「――お、落ち着いてくだされ幕之内氏!」

 

「――拓生!離しやがれ!ダチが()られたんだぞ!落ち着いてられっかよ!」

 

「ふふふふふ……待ってよ幕之内くん。まだ私が犯人だと決まったわけじゃないの。だって田中さん……貴方(あなた)の推理、穴だらけなんだもの」

 

「まだ全部話してないんだ。反論があるなら全部跳ね返してやるぞ」

 

「ではお言葉に甘えさせてもらおうかしら……。異能を偽証、と言ったわね?でも私は確かに〈念力(テレキネシス)〉を、貴方の前でも使ったハズよ?ほら、ゴキブリを窓の外に手も触れずに放り投げたでしょ?」

 

「そうだな。あんたは俺の前で確かに異能を使った。下級異能、〈念力(テレキネシス)〉だと見せかけてな」

 

「見せかけた?実際に〈審判ノ書(バイブル)〉に記されたのもそうだったわ」

 

「大空さんも〈念力(テレキネシス)〉なんだろ?会議中に大空さんがそう言っていたのを俺が忘れているとでも?」

 

「ふふふふふふ……そうね。でも貴方忘れてるわ。女性である私の力では、もし仮に私が大空くんを殺したとしても、自殺に見せかけて、大空さんの大きな身体を持ち上げて天井に(くく)り付けた縄に首を通すなんてできないわ」

 

「そうだな。だからあんたは自身の本当の異能を使ったんだ。」

 

「……へえ、貴方は私の異能を何だと思ってるの?」

 

「ネクロマンサー……死体を意のままに動かす異能だろうな」

 

「…………っ!……どうして……そう思うのかしら?」

 

「あんたがゴキブリを手も触れずに窓の外に放り投げたのは間違いないよ。でもあれは違和感があった。死んだハズのゴキブリを〈念力(テレキネシス)〉――サイコパワーで動かすならそのまま宙に浮いて吹っ飛ぶだろ。死体を生き返せる異能じゃないんだからな。でもあのときのゴキブリは……確実に羽ばたいていたように見えたぞ」

 

「…………そう。それで死体を操る異能だと推理したわけね」

 

「ああ。その異能で絞殺した大空さんの手足が切り取られた遺体を操り、自ら首を吊らせた――というのが事の顛末(てんまつ)だ。手足がなくとも、ロープに首が引っ掛かるように死体自身が椅子からジャンプして飛び降りればいい」

 

「…………そう」

 

「まああんたがそのモコモコのアウターを脱げば(わか)るだろ。赤いアウターなのも……滲んだ血を目立たせないためか?」

 

「…………わかったわ」

 

 綿貫(わたぬき)がそう力なく言うと、綿貫は赤いモコモコのアウターを脱いだ。中から現れたエプロンは、返り血で塗れている。そして、その袖から、何かが床に落ちた。

 

「……手じゃな」

 

 床に落ちた大空(おおぞら)飯亜(めしあ)の片手の手首。それが物語るのは、言うまでもない、綿貫(わたぬき)(わたし)が殺人を犯した犯人だという、他でもない証左だ。

 

「わ、綿貫女史が……」

 

「クッソ……が……!」

 

 幕之内はキャスター付きの椅子を蹴飛ばした。またも、壁に激突して倒れた椅子。その脚の四つのキャスターは、カラカラと音を立て、(むな)しく空転している。

 

「で、では田中氏……学長殿が殴られたのは……」

 

「まあ口封じだろうな。ノコギリを会議室まで取りに行くのに、会議室に残った学長が邪魔だった。口封じに、同じ工具セットに入っていたハンマーを使って、姿を見せないよう背後から襲ったんだろう。皆が幕之内の捜索に行くタイミングで、こっそり縄とハンマーを持ち出していたんだろうな」

 

「――綿貫!テメェ!どういうつもりだ!?ぶち殺されてェのか!?」

 

「ふふ……幕之内くん」

 

 幕之内は綿貫の胸ぐらを掴み、わなわなと怒りで拳を震わせている。それとは対照的に、糸目の女――綿貫は恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべている。

 

「まあ綿貫がずっと幕之内――あんたに向けていた視線を見ればわかる。どうせもう成就しない恋だ。綿貫――あんた幕之内が好きなんだろ」

 

「……そうね。私は幕之内くんが好きよ。殺人に手を染めてしまうほどにね」

 

「――テメェ……ッ!」

 

「い、意味がわかりませんぞ!幕之内氏が好きだからといって、大空氏を殺す必要があったとは思えませんぞ……!」

 

「さあ……殺人を犯すような狂人の考えは俺にはわかんねえよ」

 

「ゴホッゴホッ……終わったようじゃな……」

 

「幕之内、手を離してやってくれ」

 

「あァ!?なんでオメーに指図されなきゃいけねぇんだ!?」

 

「一応検証だ。綿貫の異能……改めて〈審判ノ書(バイブル)〉で明らかにしようじゃないか」

 

「そ、そうですな。死体を操る異能だと確定させた方が良さそうですな」

 

「ちっ……しゃーねーな。おい綿貫、〈審判ノ書(バイブル)〉に手を翳せや」

 

 幕之内が手を離すと、綿貫は大人しくそれに従った。

 

「……わかったわ」

 

 綿貫が、机の上に開かれたままの〈審判ノ書(バイブル)〉――その黄ばんだ白紙のページに手を翳す。先刻とは異なり、アウターを着ていない状態で。すると、そこには、先程とは異なる文字列が並んでいた。

 

――――――――――――――――――――――――

            上級

            幽船

          Ghost ship

――――――――――――――――――――――――

 

「テメェ……やっぱり嘘()いてやがったのか……!」

 

「待って……幕之内くん、この異能は死体を操る異能なんじゃないわ」

 

 ――コイツ……一旦認めた癖にまだ足掻(あが)くか。

 

「おい綿貫、あんた執拗(しつこ)いぞ……」

 

 俺はそう言うと同時に、脳内で〈天衡(テミス)〉を発動させる。

 

『掟:偽証を禁ず。

 破れば、吐血する。』

 

「テメェ……まだ言うか……!?」

 

「命が惜しくなったでありますか……?」

 

「そ、そうね、あれよ。死んだ人を生き返せる異能で――がはッ……!」

 

 綿貫は突然、床に血反吐を吐いた。

 

「あ?なんだ?今度は具合が悪いフリか?」

 

「いや、幕之内。俺が異能を使った。嘘を()いたならば吐血するようにな」

 

「で、ではやはり死体を操る異能……というわけですな」

 

「ああ確定だ。綿貫、もう反論はないな?」

 

「――貴方の所為(せい)よ」

 

「は?」

 

「――貴方さえいなければ……っ!貴方さえいなければ!私は幕之内くんと結ばれたのに!」

 

 そう言って、綿貫は、涙を流しながら俺の胸に掴み掛かった。その力は、あまりにも強い。するとその瞬間、背後に、天音とは別の気配があるのに気付いた。

 

「――せつくん!」

 

 後ろを振り返ると、先程まで白い布に覆われて仰向けに横たわっていたはずの、手首と足首のない大空飯亜――だったものが、俺の背中に(もた)れ掛かっていた。

 

「――綿貫!テメェ!どこまで死者を侮辱するつもりだ……ッ!」

 

 怒り狂う綿貫と手首と足首のない遺体――その板挟みにあった俺は、両腕を回転させるように振り回し、綿貫と遺体を無力化させた。

 

 ――本当の「罰」を下すのは警察の仕事だ。俺は無力化するだけでいい。

 

「綿貫……あんた、俺が神話級異能なの忘れたわけじゃないよな?」

 

「ふふふふふ……このまま引き下がったら私は捕まるのよね?だったら最後に暴れてやるわ」

 

「おい田中、待て……。オレが綿貫をちゃんとフってやらなかった所為だ。オレが相手する」

 

「あんなイカれた女、フってたらもっと暴走してたよ。……幕之内、悪いけど俺にやらせてもらえないか。コイツはそれをお望みのようだしな」

 

「……しゃーねーな。何してくるのかわかんねえ。気を付けろよ」

 

 金色(こんじき)の頭髪を掻きながら、幕之内が俺に告げる。ゆっくりと糸目の血濡れの女――綿貫が立ち上がり、俺に鬼の形相を向けている。その表情には、会議のときに抱いた温厚そうな印象は――ない。

 

「ああ」

 

「せつくん……」

 

「大丈夫だ。天音、危険だから離れてろ」

 

「かしこまりました。ご健闘を」

 

 ――タイムトラベルを経て、新世界二日目。二回目の異能戦が、始まる。

 

「――殺すっ……!」

 

 天音が俺から数歩離れるのと同時に、再び勢い良く飛び掛かってくる綿貫。またそれと同時に、背後で立ち上がった手首と足首のない遺体が、手首のない腕を俺の脇の下に差し込み、がっしりと俺の両腕をホールド――羽交(はが)い締めにした。

 

 ――〈幽船(ゴーストシップ)〉。死体を操って多対一の有利な状況で戦える異能か。

 

 俺は遺体に両腕をがっしりと掴まれたまま、左脚を勢い良く前方に突き出した。鬼の形相で飛び掛かってきた綿貫の腹を、思いっきり、穿(うが)つ。綿貫が苦しそうに(うめ)き声を上げた。

 

「うっ…………!!」

 

 俺の蹴りがクリーンヒットした綿貫が、凄まじい勢いで吹き飛び、会議室の壁に衝撃音と共に激突する。

 

「……うわあ、痛そうですな……」

 

「ふふふ……貴方、か弱い女の子のお腹を蹴るなんて、最低の男ね」

 

「あのな……か弱い女の子は死体操らねーよ」

 

 ――この際だ。〈天衡(テミス)〉の検証を進めるか。

 

 その様子を、天音、黒崎、幕之内、御宅、学長の五名は、静かに見守っていた。そして透かさず、壁際に(もた)れ掛かって、立ち上がれず座ったまま呼吸を整える綿貫を対象に、俺は脳内で掟を定める。

 

『掟:第三者を用いて他者を拘束することを禁ず。

 破れば、即死する。』

 

 やはりと言うべきか、会議室の奥でゆっくりと立ち上がる綿貫に、変わった様子は見られない。

 

 ――不可能だという確信があったからこの掟を試してみたわけだが、やはり無理だな。罰として直接的な死は指定できない。

 

「綿貫、あんたさ。なんで殺人なんか犯した?」

 

「何を言ってるの?幕之内くんの周囲の人間を消せば、最後に残るのは私でしょ?」

 

 ――この女、イカれてる。

 

「テメェ……!そんな理由で飯亜を……!」

 

「クレイジー糸目女が……」

 

 ――よし、次だ。

 

『掟:呼吸を禁ず。

 破れば、一時的な頭痛に襲われる。』

 

 ――瞬間。俺の頭に、割れるような痛みが走る。

 

「――ああっ!」

 

 それは再び、向かってくる綿貫も同じだったようで悲鳴を上げ、その場に(うずくま)ってしまった。

 

 ――やはり掟は両者に課される。そして「呼吸をした者」という、(むし)遵守(じゅんしゅ)するのが非常に困難な掟でも定められる、か。だが俺も同じ罰を食らう分、重い罰は指定できないな。よし、次――遺体の方が邪魔だな。

 

『掟:直立以外の姿勢を執ることを禁ず。

 破れば、一時的に異能の使用が禁じられる。』

 

 すると、俺を背後から羽交い締めにしていた大空飯亜の遺体が、力なくその場に倒れ込んだ。

 

 ――成程。異能の使用禁止という罰も可能か。強力だな。

 

「なっ……!?何をしたの?」

 

「ご丁寧に解説してやるほど俺も馬鹿じゃないんでな。それよりあんた、『ノックスの十戒』って知ってるか?」

 

「何が言いたいの……?」

 

「興醒めだって話だよ。ミステリーに異能なんざご法度だよ糸目女」

 

「……っ!」

 

 ――よし、次。

 

『掟:呼吸を禁ず。

 破れば、右手に(しび)れを感じる。』

 

 すると、案の定、俺の右手が一瞬、ぴりっと痺れを感じた。俺は会議室の隅に立つ天音に問うた。

 

「天音、今右手が痺れなかったか?」

 

 天音は不思議そうに答えた。

 

「いえ、ご主人様。私は特に何も感じておりません」

 

 ――〈天衡(テミス)〉の対象は、俺と敵の一人だけ、か。よし、両手も自由になったしそろそろ決めるか。

 

『掟:攻撃を受けることを禁ず。

 破れば、気絶する。』

 

「――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……っ!!」

 

 俺は黒いスキニーパンツのポケットから、スリングショット――〈エフェメラリズム〉と付属のゴム弾を取り出す。そして、再び立ち向かってくる綿貫の脳天を目掛け、撃った。

 

「……なっ!?」

 

「あんたも執拗(しつこ)いな」

 

 コーン、と痛快な音を奏でて綿貫の脳天に直撃したゴム弾。昼に買ったばかりでまだ弾を入れ替えられていないため、殺傷力はないものの、この程度の敵ならば何も問題はない。

 

「安らかに眠れよメンヘラ女」

 

 綿貫はその場に背中から倒れ込んだ。その様はまるで、スローモーションかのように見えた。そしてそれは同時に、この異能バトルの決着を示していた。

 

「お、終わったのですかな……?」

 

 床に倒れた綿貫は、仰向けのまま気を失っている。

 

(ふた)を開けてみれば見事なまでの完勝……お見事でしたね。田中様」

 

「黒崎さん……あんた……犯人わかってたろ……」

「さて、何のことでしょうか」

 

 ――食えない奴め。

 

「田中……悪かったな。何から何までアンタに任せちまって……」

 

「気にするなよ幕之内。あとは明日を待って、警察に任せようぜ」

 

「おう、そーだな……」

 

 ――大空さんが殺害されてしまったのは悔やまれるが、〈天衡(テミス)〉の詳細が判明したのと、世界十三位の幕之内に借りを作れたのは数少ない収穫か。

 

 ――〈天衡(テミス)〉は一見複雑な異能だが、実態はそう難解ではない。自身と一人の間に掟を定める。同時に掟を破った際の罰を決めることができるが、直接的な死以外であれば自在に指定できる。〈天衡(テミス)〉の掟は「掟を破って罰が下る」か「掟を上書きする」の(いず)れかによって効力を失うと考えて良さそうだ。

 

「ゴホッゴホッ……」

 

「幕之内氏!今のうちに綿貫氏を拘束しますぞ!」

 

「お、おう拓生。紐ならウチの部室にあるぜ」

 

「取りに行きますぞ!」

 

 そう言って、幕之内は御宅と共に綿貫を縛るための(ひも)を捜しに向かった。いつの間にか、時計の針は二十三時を回っていた。そして、窓の外に見える雪は止んでいた。

 

「せつくん、お疲れ様でした。上級異能とは言え、やはりせつくんにとっては造作もない相手でしたね」

 

「ああ天音。そうだ、警察を呼んでもらえるか?雪も止んだようだし()ぐ来るだろ」

 

「かしこまりました」

 

「――まだよ……っ!」

 

 すると突然、気絶していたハズの綿貫が起き上がり、(ふところ)から、何か怪しげな瓶を取り出した。その表面には、ドクロマークが描かれた、如何(いか)にもなラベルが貼られている。綿貫はその蓋を開けると、その中身を俺にぶちまけた。

 

 ――その瞬間、天音が俺を庇う形で、綿貫の前に立ち(はだか)った。ぶちまけられた液体――硫酸は、天音の顔やメイド服を痛々しく濡らす。

 

「――天音……っ!」

 

「す、鈴木女史……!」

 

 メイド服は溶け、天音の顔が(ただ)れたように見えた――のも(つか)の間、天音の服や顔が、見る見るうちに再生していく。

 

「……そんな……っ!嘘でしょ……」

 

「……貴様……せつくんに何をした?」

 

 今まで見たこともないほどの、天音の怒りに震えた口調と形相。俺はそんな天音に、少し、恐怖を覚えた。

 

 天音は、黒い革製の低いヒールの靴――ロリータパンプスで、綿貫の後頭部を勢い良く踏み付けた。綿貫の額が地面に激突し、綿貫は思わず(うめ)き声を上げる。

 

「うっ……!」

 

「二度とせつくんに関わるな。近寄るな。さもなくば殺す」

 

 ――こうして俺は、二度目の異能戦を終えた。結果は完全勝利。夜が、更けてゆく。




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