異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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1-23 天音ちゃん

 ――綺麗だ。

 

 天ヶ羽(あまがばね)先生への第一印象はそのようなものだった。

 

「あ、ちょうどいいところに。天ヶ羽先生。こちらが、今日から入られた夏瀬先生です」

 

「はじめまして、天ヶ羽(あまがばね)天音(あまね)です。よろしくお願いしますね」

 

 にこやかな笑顔で頭を下げる彼女。その声には優しさが混じっていた。俺は思わず見惚(みと)れてしまい、返事が少し遅れる。

 

「あ、えっと、夏瀬雪渚と申します。ご指導よろしくお願いします」

 

「ええ。では夏瀬先生、早速授業へ行きましょうか」

 

 天ヶ羽先生の授業は、俺の知る「教育」とは全く違うものだった。幼い生徒一人一人に寄り添い、生徒の理解度に合わせて説明を変え、決して()かすことなく、かといって甘やかすこともない。かつての俺とは違い、生徒たちは楽しそうに勉強に(はげ)んでいた。そんな授業を行う天ヶ羽先生の姿に、俺は次第に魅了されていった。

 

「じゃあ夏瀬先生、ここから授業を交代してみましょうか。私は後ろで見ていますね」

 

「えっ、早速ですか?」

 

「夏瀬先生は東慶大学医学部へ次席で合格されたとニュースでもお名前を何度も拝見しましたし、教員陣の間でもその話題で持ち切りだったんですよ?お手並み拝見とさせていただきますね?」

 

 そう言って天ヶ羽先生は不敵に笑った。まるで俺を揶揄(からか)うかのように。

 

「はは……天ヶ羽先生……結構意地悪ですね……」

 

 天ヶ羽先生に代わり教壇に立つ。年端もいかない、小学校高学年の二十名程度の生徒たちが、俺の顔をまじまじと見つめている。

 

 ――ガキ相手に緊張するのも馬鹿らしい。……が、まあ少し緊張していた方が好印象か。

 

「……ゴホン。では、天ヶ羽先生に代わって授業を続けさせていただきます、夏瀬雪渚と言います。皆さんよろしくお願いしますね」

 

「「「よろしくお願いしまーす!!!」」」

 

 元気に挨拶の言葉を返す子供たち。彼らの目はキラキラと輝いている。まるで勉強そのものが楽しい、とでも言うかのように。それが天ヶ羽先生の功績であることは、容易に(うかが)えた。教室の後方――生徒たちの後ろで、椅子に座った天ヶ羽先生は、ニコニコとこちらに微笑んでいる。

 

 ――いや、ここまで固くやる必要もないか。礼儀は払いつつ、多少フランクな方が生徒も接しやすい。

 

「はい、よろしくお願いします。じゃあさっきの続きからだね」

 

「せんせー!!」

 

「あれ、どうしたの?えっと……束花(つかはな)さん?」

 

 教壇に置かれた座席表には「束花」とある。手を挙げたのは、白ブラウスの上から黒いタータンチェック柄のジャンパースカートを着た、内巻きの銀髪ボブスタイルの可愛らしい女の子。左右のサイドには白いポンポンヘアゴムを着けている。クラシカルな服装と相反して、かなり快活な印象だ。

 

「夏瀬せんせーは頭いいんでしょー?ニュースで見たことあるよー!?」

 

「ああ、超絶怒涛(ちょうぜつどとう)の天才だ。喜べガキ共、俺がお前らを合格まで導いてやる」

 

「天才ーーー!!!」

 

「ギャハハハハ!何だこのせんせー!」

 

「ヤバい人きたー!!!」

 

 教室の後方で天ヶ羽先生がくすくすと笑っている。盛り上がりを見せる教室。生徒たちの心を掴んだ――そんな実感があった。

 

「――というわけで理由を聞かれたときの記述問題は『~から。』、『~だから。』と回答すれば間違いない。それに続きそうな文を本文中から探せばいいわけだな」

 

 先程とは打って変わって、真剣に板書する生徒たち。かつての俺とは異なり、皆が楽しそうに勉学に励んでいる。――キーンコーンカーンコーン――そして、授業の終了時刻を(しら)せるチャイムが鳴った。

 

「お、ここまでだな。じゃあみんな、お疲れ様でした」

 

「「「ありがとうございましたー!!」」」

 

 天ヶ羽先生がこちらに歩み寄り、促されるように共に教室を出た。

 

「ねー夏瀬先生の授業めっちゃ面白くなかった?」

 

「わかる。歯ギザギザだけど」

 

「ね、面白かったよね。わかりやすいし」

 

 教室から生徒たちの声が漏れ聞こえてくる。俺の初授業は好評だったようだ。天ヶ羽先生が微笑みながら口を開いた。

 

「流石でしたね夏瀬先生。『ガキ共』って発言はヒヤッとしましたけど……」

 

「うーん……中学受験させる親なんて経験上ヤバい人しかいないんで心配になってきました」

 

「ふふ……夏瀬先生、問題発言ですよ」

 

「まああの感じなら大丈夫そうですね。生徒たちも良い子たちでしたし」

 

「そうですね」

 

 最初の頃、俺は母から開放された反動か、塾の仕事にもよく遅刻してしまった。深夜までゲームをしたり、色町で仲良くなった友人と飲み明かしたり。自由を謳歌するあまり、生活が乱れがちだった。

 

「夏瀬先生、また遅刻ですか?」

 

 ある日、天ヶ羽先生は心配そうな表情で声をかけてきた。その声には不思議と母のような責めるような調子はなく、純粋な心配が込められていた。

 

「すみません……昨夜つい」

 

「もう、夏瀬先生ったら。生徒さんたち、夏瀬先生の授業を楽しみにしているんですよ。夏瀬先生が教えてくれる数学の裏技が面白いって」

 

 その言葉に、少し照れ臭くなる。母に強制されてきた勉強が、誰かの役に立っているという実感が、心地良かった。

 

「いえ……そんな。天ヶ羽先生ほどじゃないですよ……」

 

「そんなことありません。夏瀬先生しかできない教え方があるんですよ。私は夏瀬先生の授業、面白くて好きですよ」

 

 彼女の励ましの言葉に、俺は少しずつ自信を持てるようになっていった。

 

 授業前の教材準備や、休憩時間の何気ない会話。そんな日々の積み重ねの中で、俺たち二人の距離は自然と縮まっていった。

 

「夏瀬先生、このプリントの印刷お願いしてもいいですか?」

 

「天ヶ羽先生、もちろんです」

 

 教育の話題が中心だったが、そんな会話を交わす中で、俺たちは徐々に打ち解けていった。お互いの呼び方も「先生」からくん付け、さん付けへと自然に変化していった。

 

「――というわけだ。この『みはじ』を使えば道のり、速さ、時間の問題は楽勝だ。全部解ける」

 

「すげー!簡単だ!」

 

 終礼のチャイムが鳴る。いつもの通り、挨拶をして、教材を片付け、教室を出ようとすると束花さんが俺のスーツの袖を掴んだ。

 

「あの……夏瀬先生……」

 

「束花さん……?どうした……?」

 

「ちょっと相談があって」

 

「……場所を変えようか」

 

 ――空き教室に二人、束花さんと向かい合うように机を挟んで座った。

 

「それて束花さん……相談って……?」

 

「うん……あの、思ったより成績が伸びないのが不安で……」

 

 ――成績が伸びない、か。俺は考えたこともないようなことだが……。

 

「パパやママは無理せず紬のペースでいい、って言ってくれてるんだけど、私、どうしてもお医者さんになりたいから……」

 

「そっか……」

 

 ――束花紬の成績は優秀だ。当時の俺と比べるのは酷だが、第一志望の中学校に合格するだけの学力はあると見て問題ない。懸念点があるとすれば……成績が安定しない国語か。

 

「束花さんのこの前回の模試の成績表を見る限り、束花さんが懸念してるのは国語――特に漢字ってことだね?」

 

「うん……夏瀬先生なら何とかしてくれるかなって……」

 

「漢字の書き取りとか……小学校の宿題で出されるだろ?」

 

「うん」

 

「あれに意味があるとは俺個人的には思わない。要は普段からどれだけ興味を持って言葉に接するか、だ」

 

「どれだけ興味を持って……言葉に接するか……」

 

「中学受験に関係しない漢字でもなんでもいい。気になる漢字や気になる言葉があればどんどん質問してくれ」

 

「わかった!」

 

「『俺がお前らを合格まで導いてやる』って言ったろ?大丈夫、束花さん。俺がいて合格しないなんて有り得ないよ」

 

「うん!ありがとう、夏瀬先生!」

 

「おう」

 

 彼女は無邪気な笑顔を見せた。無機質な教室の中で、彼女の銀髪の毛先が微かに揺れた。

 

 ――ある日の仕事終わり、天ヶ羽先生と偶然同じ時間に帰ることになった。すっかり日も暮れた街を歩きながら、自然と会話が(はず)む。

 

「夏瀬くんは、どうして塾講師を?」

 

 ふと、天ヶ羽さんが(たず)ねてきた。仕事を離れた場面での、柔らかな口調に、少し心が和む。

 

「あー、色々あって借金が……あっ」

 

 思わず本音が漏れる。すると彼女も、自分の家庭のことを話してくれた。

 

「そっか、大変だったね。私もね、実家の事情があって。学費も自分で工面(くめん)しないといけなくて」

 

 その言葉に、俺は彼女との共通点を見出した気がした。

 

「そっか……」

 

 何も知らない天ヶ羽さんの前で、大学の講義に全く出席していない自分を()じた。彼女の(まぶ)しさに当てられてからか、少しずつ、俺は大学に顔を出すようになっていった。

 

「夏瀬先生!これなんて読むの?」

 

 ある日の授業終わり。束花さんが国語の教材を持って教壇に駆け寄ってくる。彼女が指し示したのは、小説の中にあった、「寒緋桜」という文字。

 

「ああ、これはカンヒザクラだな」

 

「カンヒザクラ……?」

 

「簡単に言えば冬の時期に咲く桜だな。濃い紫紅色(しこうしょく)――濃いピンクの花弁をつけるんだ」

 

「へえ……桜なのに冬に咲くの?」

 

「桜は休眠打破――冬の時期の五度くらいの低温に晒されることで春に目覚めるんだ。カンヒザクラの場合はその低温要求が低くてな。十五度くらいの低温でも目覚める……」

 

「そっか!その分カンヒザクラは目覚めるのが早いんだ!」

 

「そういうこと。だから秋の時期の低温に晒されて冬に目覚めるんだな」

 

「へえ……それがカンヒザクラかぁ……。ねえ夏瀬先生、カンヒザクラの写真とかないの?」

 

「お、ちょっと待っててな……」

 

 スマホのブラウザ――その検索窓に「カンヒザクラ」と入力し、画像検索をかける。すると、鮮やかな紫紅色の花弁をつけた寒緋桜の画像が、スマホの画面に一面に広がった。スマホの画面を束花さんに見せる。

 

「わぁ!きれいだねー!」

 

「はは、そうだな」

 

「私カンヒザクラ好き!」

 

「そうか、でもあれだぞ束花さん。俺がスマホ使ったの他の先生には内緒だぞ。業務中はスマホ禁止だからな……」

 

「へへへ!二人だけの秘密だね!」

 

 そう言って束花さんは、屈託のない笑顔を浮かべた。廊下からその教室を、天ヶ羽先生が覗いて微笑んでいたことを、このときの俺は知る由もなかった。

 

 それからの数週間、天ヶ羽先生とは次第に他愛(たあい)もない会話も増えていった。疲れているときや、話が盛り上がったときは、自然と言葉遣(ことばづか)いも柔らかくなっていく。

 

「夏瀬くん、この問題の別解考えてみたんだけど……」

 

「あーこれ面白いね。教材の回答解説よりわかりやすい」

 

 彼女と話すときは、自然と肩の力が抜けていくのを感じた。

 

「ほんと!?よかった!」

 

「うん。いいと思うよ」

 

「ふふ、なんか……夏瀬くんに褒められると嬉しいな」

 

 視線が(から)んで、二人共、少し照れたように微笑む。そんな二人だけの職員室に、束花さんがやってくる。

 

「夏瀬先生!天音先生!」

 

「お、束花さんか」

 

「紬ちゃん、どうしたの?」

 

「ねーねー!二人はいつ付き合うの?」

 

「なっ……!」

 

「ちょ、ちょっと紬ちゃん!それは言わないでって!」

 

 天ヶ羽先生が顔を真っ赤にして、それを隠すようにして両手で顔を覆う。

 

「おー、束花さん。どうしてそう思ったんだ?」

 

「みんな言ってるよ、二人はお似合いだって。天ヶ羽先生がずっと夏瀬先生を目で追いかけてるのみんな気付いてるし」

 

「――紬ちゃん!ほら!教室に戻って!授業始まるよ!」

 

 天ヶ羽先生は顔を赤らめたまま、束花さんを教室に戻るよう促す。再び、二人きりとなった職員室に気不味(きまず)い時間が流れる。天ヶ羽先生がゆっくりと口を開いた。

 

「あの……夏瀬くん、今のは聞かなかったことにしてくれないかな?」

 

「……あ、ああ」

 

 天ヶ羽先生と授業前の準備や片付けを一緒にする時間が増えていくにつれ、自然と会話も増えていった。仕事の話から、他愛もない日常の話まで。そんなやり取りを重ねるうちに、「天ヶ羽さん」は「天音さん」へ……そしていつしか自然と「天音ちゃん」になっていた。

 

「雪渚くん今日なんか眠そうじゃない?」

 

 ある日の職員室。天音ちゃんが心配そうに俺を(のぞ)き込んでくる。

 

「あー天音ちゃん。昨日、レポート終わんなくてさあ……」

 

「雪渚くん東大だもんね……。大変そう……」

 

「あんの馬鹿教授め……致死量のレポート出しやがって……」

 

「ふふ、それ問題発言かもだよ?でも雪渚くん、ちゃんと休まなきゃダメだよ?」

 

 彼女の柔らかな返事に、心が温かくなる。

 

 シフトも示し合わせるようになり、退勤後は途中まで一緒に帰る。夜道を一緒に歩きながら、お互いの大学生活の話をする。

 

 彼女は昼は大学で学び、夜は塾講師、余裕がある日は他の仕事もして必死に学費を稼いでいるという。親の援助も受けず、私立大学の高い学費を一人で懸命(けんめい)に稼ぐ彼女。その健気(けなげ)な姿に、胸が締め付けられる。

 

「雪渚くん、昔の話もう少し聞かせてほしいな」

 

 街灯の下で、彼女が優しく問い掛ける。

 

「俺は……」

 

 言葉に詰まる俺。思い出すだけでも辛くなるような地獄の日々だった。涙が出そうになる。彼女は静かに(うなず)いて俺の頭を優しく抱き締めた。

 

「ごめんね、辛いこと聞いちゃったね。……(えら)いよ、雪渚くんは偉いよ」

 

 その言葉に、目頭が熱くなる。

 

 休憩時間や授業の合間、時には深夜のメールでも、二人は少しずつ心を通わせていった。

 

「雪渚くん、お疲れ様。今日も遅くまで」

 

 終業後、彼女が差し出してくれた缶コーヒー。

 

「ありがとう……。天音ちゃんはこれから別の仕事?」

 

「うん、頑張らなくちゃ」

 

 美しい彼女の蒼い瞳にうっすらと(くま)が見えた。

 

 ――そうか、俺は……。

 

 季節が移ろい、木々の緑は枯れ落ちてゆく頃。いつものように二人で帰路についていたある夜、俺は決心した。街灯が二人を淡く照らし、冬の冷たい風が(ほほ)()で、雪が静かに降り積もっている。

 

「――天音ちゃん」

 

 立ち止まって振り返る、赤いマフラーを首に巻いた彼女に、言葉を重ねる。少しだけ前を歩いていた彼女は、俺の言葉に足を止め、こちらを振り返る。

 

「俺、天音ちゃんのことが、ずっと好きでした」

 

 月明かりの下、彼女の白い髪が銀色に輝いている。突然の告白に、彼女は目を丸くする。

 

「最初に会ったとき、蛍光灯の下で見た姿から。それから少しずつ、一緒に過ごす時間が増えていって」

 

 初めての愛の告白。辿々(たどたど)しく言葉を探しながら、心からの想いを伝える。

 

「天音ちゃんの優しさに触れて、俺は少しずつ変われた気がします。だから、良かったら俺と……」

 

 ――人を好きになったことなんてなかった。こんなにも素敵なことだとは思わなかった。

 

「付き合ってください」

 

「雪渚くん……」

 

 彼女のサファイアブルーの蒼い瞳に、涙が光っている。寒空(さむぞら)の下、涙を(ぬぐ)いながら彼女は答えた。

 

「嬉しい……。私も……。ずっと好きでした。雪渚くんの真面目なところも、優しいところも、面白いことを言って笑わせてくれるところも、時々見せる寂しそうな表情も。たまについ(なま)けちゃうところも。全部、全部……」

 

「天音……ちゃん」

 

 俺は、彼女を優しく抱き寄せた。街灯の光が、二人の交わした(くちびる)を優しく包み込む。

 

 幼少期の蛍光灯の明かりで照らされた机での辛い記憶は、この優しい光の中で、少しずつ(いや)されていくように思えた。




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