異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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1-24 サクラサク

 ――〈淡墨(うすずみ)エリア〉。祠前広場。

 

 かつての記憶を取り戻した俺は、その感傷に浸っていた。白い雪が優しく、しんしんと降り続けていた。

 

「そっか……(つむぎ)ちゃん……だったんですね。御宅さんのお婆さんは……」

 

「鈴木女史……祖母を……ばあちゃんを知っているのですかな!?」

 

「知ってるも何もですよ……。紬ちゃんには……私は感謝しかないんです。八十五年経った今も……忘れるはずがありません」

 

 ――そうか。御宅の祖母は……束花(つかはな)(つむぎ)

 

「せつくん覚えてますか?紬ちゃんのお陰で……私はせつくんとお付き合いできたんです」

 

「今……鮮明に思い出した。束花さんのお陰だったんだよな、全部」

 

「……はい。あの頃の私は……私がせつくんとお付き合いしたいなんて考えるのは烏滸(おこ)がましいと思っていました。ですが……紬ちゃんがきっかけをくれたんです」

 

 天音は目に涙を浮かべている。寒緋桜の花弁が、ひらひらと雪と共に舞い降りた。

 

「そうだったな……」

 

「――ちょっと待ってくだされ……!どういうことですかな!?」

 

「御宅……いや、拓生。俺と天音はな……まあこんな時代だ、異能で生き延びたんだよ。今日(こんにち)まで」

 

「そ、そうだったんですな……」

 

「拓生。この寒緋桜は、紬さん――いや、束花さんが咲かせたんだよな」

 

「そうですぞ。ばあちゃんが小さいときに大好きだった人と、また会えるようにって……。その人とばあちゃんの大切な思い出だったと聞いておりますぞ」

 

 ――そうか。束花さんは……。

 

「その人の名前は知っているのか……?」

 

「も、もちろんですぞ。名前は……『夏瀬雪渚』……ですぞ」

 

「そうか……。拓生、お前には俺たちの本名を言っていなかったな」

 

「本名……ですかな?」

 

「――俺が――夏瀬雪渚だ」

 

「そ、そんなことが……!」

 

 拓生はその場に膝から崩れ落ち、泣き始めた。おんおんと、人目も(はばか)ることなく、泣き続けた。彼の大好きな祖母の悲願が、()しくも叶ったのだ。

 

「ばあちゃん!!!ばあちゃん!!!夏瀬先生が来てくれましたぞ!!!」

 

 ――束花紬は、俺をずっと待っていた。満開の寒緋桜に俺が気付いて、また会えるように、と。何年も、何十年も待ち続けていた。

 

 俺は祠の前に座り込み、「彼女」に言った。

 

「束花さん……ごめんな。俺は……自殺なんて選択肢しか選べなかった」

 

「せつくん……」

 

 背後で佇む天音が涙ぐんでいるのが、背中越しにも感じ取れた。俺は言葉を継ぐ。

 

「ずっと俺を待っててくれていたんだな……何年も何十年も……。寒緋桜が咲き誇るまで……。ごめんな、来るのが遅くなった」

 

「ああああああああ!!!ばあちゃん!!!ばあちゃん!!!夏瀬先生が……夏瀬先生が来てくれましたぞ……!!!良かったですなぁ……!!!良かったですなぁ……!!!」

 

「拓生……お前のお婆さんは立派な医者になったんだな……」

 

「もちろんですぞ!!!多くの人を救いましたぞ!!!夏瀬先生と天ヶ羽先生のお陰だと、ずっと言っていましたぞ!!!」

 

「……だってさ、天音」

 

「はい、紬ちゃんは……自慢の教え子ですね」

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「束花さん……恨んでるか?」

 

「そんなわけが……っ!そんなわけがないですぞ……!感謝こそすれど、ばあちゃんがお二人を恨むなど……有り得ませんぞ……っ!」

 

「そうか……」

 

 ――また、生きる理由ができてしまった。

 

「ばあちゃん!!ばあちゃん!!良かったですなぁ!!!良かったですなぁ!!!」

 

 おんおんと泣き続ける拓生の声が響き渡る。俺は、改めて祠に顔を向けて、言った。

 

「束花さん……自慢のお孫さん、借りていくぞ。大丈夫だ……俺は生きるって決めたから。天音――いや、天ヶ羽先生もついてくれてるしな」

 

「はい、いつまでも(そば)に」

 

「あああああああああああああああああああああ!!!」

 

 それから(しばら)くの間、拓生の慟哭(どうこく)は響き渡っていた。ひらりひらりと、寒緋桜の花弁が宙を舞っていた。それはまるで、俺たちを祝福してくれているかのように思われた。

 

「せつくん、寒緋桜の花言葉って知ってますか……?」

 

「ああ、確か……」

 

「はい、『あなたに微笑む』です。きっと紬ちゃんは今も私たちに微笑んでくれてますよ」

 

 天音はそう言って、雪降る空を見上げた。雪片は白い羽根のように、柔らかく舞い落ちる。天音が白い髪を掻き上げると、風に乗って寒緋桜の花弁がくるりと舞って空へ溶けてゆく。

 

「……そうだな」

 

「はい」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「雪渚氏が自殺したとニュースになったときは……小生はまだ生まれる遥か前でしたが……祖母は信じなかったと聞いていますぞ」

 

「そうか……」

 

 〈オクタゴン〉へと向かう超電導リニア――通称、エクスプレスの車内。俺を挟むように、俺たちは横並びに座っていた。落ち着きを取り戻した拓生は、俺たちに何でも話してくれた。

 

「それにしても驚きですな……。どちらにせよ、もう寿命でお二人共亡くなっているかと思っていましたぞ……」

 

「異能様様だな……」

 

「こんな時代だとは言っても……異能で老いなかったり、蘇生していたりなんて思いませんからね」

 

「まあ何にせよ、祖母の恩人であるお二人と同じクランということであれば、より張り切る理由が増えましたぞ!必ず小生は役に立ちますぞ!」

 

「ああ、拓生。期待してるよ」

 

「異能に加えて小生のお尻は鉄のように硬いですぞ。雪渚氏を傷付ける敵は必殺のヒップドロップを喰らわせますぞ!」

 

「はは、なんだそれ」

 

「ふふ……」

 

 ――俺は天音と付き合うことになって……それから……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――あの夜を(さかい)に、俺と天音――二人の関係は大きく変わった。呼び方も自然と「せつくん」と「天音(あまね)」になっていった。それは、特別な約束があったわけでもない。ただ、二人の気持ちが通じ合ったときから、自然とそうなっていただけだった。

 

 窓から差し込む夕暮れの光が部屋を優しく染める中、日々の変化を感じていた。最初は互いの部屋を行き来する程度だったが、天音の生活を知るにつれ、俺の中で罪悪感が(つの)っていった。その感情は、夜風のように冷たく胸の中を吹き抜けていく。

 

「天音、こんな遅くまで働かなくても……」

 

 深夜、「もう一つの仕事」を終えて帰って来た天音の疲れた表情を見て、胸が痛んだ。蛍光灯の明かりが彼女の顔を淡く照らし、その疲労の色をより一層際立たせている。

 

「せつくん……起きて待っててくれたんだ。ありがとう……。でも大丈夫だよ。私、頑張れるから」

 

 そう言って微笑む天音だったが、目の下の(くま)は日に日に濃くなっていた。何の仕事なのか、と何度か(たず)ねたことはあったが、その度に誤魔化されてしまったのだ。

 

「でも天音、大学もあるんだから……そうだ、少しは俺が学費を――」

 

「それはダメ。せつくんだって学費もあるし、そもそもせつくんギリギリでしょ?」

 

「……じゃあ天音、俺と一緒に住まない?」

 

「え……?」

 

「ほら、家賃を俺が半分出せば、バイトの負担も多少は減るだろ」

 

 俺は思い切って同棲(どうせい)を提案した。それっぽい理屈をつけて。

 

「せつくん……うん、ありがとう」

 

 天音は、()ぐにその提案を受け入れてくれた。

 

 より勤務先の塾に近い天音の家に転がり込む形で同棲生活が始まり、最初の頃は幸せな日々が続いた。朝は一緒に起きて、夕食を作って待っている天音に「ただいま」を言える。そんな何気ない日常が、俺にとってはこの上ない幸せだった。台所から(ただよ)う料理の香りと、彼女の温もりが、この小さな空間を満たしていた。

 

「おいしっ……何これ」

 

「クラブハウスサンドウィッチ、私の得意料理なんだよ?喜んでもらえたなら良かった」

 

 嬉しそうに微笑む天音。天音が作ったクラブハウスサンドウィッチを頬張(ほおば)る。

 

「もがもが……」

 

「ふふ、もーせつくんったら。食べるか喋るかどっちかにしてよ」

 

 天音は立派だった。必死に働き、学費を稼ぎながら、将来は人の役に立つ仕事がしたいと言って頑張っていた。そして、俺の(くだ)らない冗談でよく笑ってくれる、笑顔の素敵な子だった。彼女の笑顔は、(くも)り空さえも晴れやかにするような輝きを持っていた。

 

 天音との同棲生活では、夜は天音がいつも食事を作ってくれ、時々スーパーで一緒に買い物をするのが些細(ささい)な幸せだった。スーパーの照明の下、二人で買い物カゴを覗き込む時間はとても幸せで、永遠に続けばいいとさえ思えた。

 

「ねえせつくん、今日ご飯何がいい?」

 

 天音の声が、スーパーの陳列棚(ちんれつだな)の間に優しく響く。

 

「唐揚げ食いたいってさ……俺の食欲が」

 

「ふふ、何言ってるのもう。じゃあこれと……これもだね」

 

 買い物カゴの中で食材が重なっていく音が、幸せな生活の証のように響いていた。

 

「――あれ、天音じゃん」

 

 ふと声のした方向に顔を向けると、一人の女の子が、買い物カゴを持って立っていた。

 

「あっ……」

 

 驚きと戸惑いの入り交じった表情を浮かべる天音。その表情に、これまでの穏やかな空気が一瞬にして凍り付く。天音のその様子を不思議に思いながらも、その女の子に問い掛けた。

 

「えっと、天音のお友達?」

 

「えっ、もしかして天音の彼氏さん?よろしくー」

 

 その女の子は淡々と挨拶を返した。その声音には、どこか意地の悪い響きが混じっていた。

 

「……どうも」

 

「――てかさ天音、風俗やってるってユリから聞いたんだけどマジ?やばくね?」

 

 その言葉が、スーパーの冷たい空気の中に突き刺さる。

 

「あっ……」

 

 愕然(がくぜん)とした表情を浮かべる天音。照明の光が、その苦悩の表情をより一層際立たせる。

 

 ――そうか。天音が「もう一つの仕事」を隠していたのはそれが理由か。

 

 突然の暴露(ばくろ)に、スーパーの空気が重く沈んでいく。

 

「ち、違うのせつくん!いつか言おうとは思ってたんだけど……わ、私、せつくんに嫌われたくなくて……」

 

 天音の震える声が、静まり返ったスーパーの通路に響く。

 

 ――色町で遊んでいた俺は、夜の仕事で働く人々との付き合いも少なからずあった。そのため夜の仕事に抵抗はなかった。(むし)ろリスペクトすらある。

 

 ――天音が夜の仕事をやっていた事実に多少驚きはしたものの、確かに私立大学の学費を若い女の子が自分の身一人で稼ぐとなると、身体を売らなければ難しい部分もあったのだろう。ネオンの光が瞬く街で、必死に生きる人々の姿を、俺は知っていた。

 

 天音は愕然とした様子で震えながら(うつむ)き続ける。照明の光が、彼女の俯いた横顔に冷たい影を落とす。

 

「えっ、彼氏さんに言ってなかった感じ?あーごめんね、悪いことしちゃった!」

 

 そう言いつつも全く悪びれた様子のない女。

 

「おい愛莉(あいり)~!何しとん?」

 

 直後、その子の彼氏らしき、タンクトップで色黒の、屈強な男が、陳列棚の裏から顔を出す。

 

「おっ、この子噂の風俗女(ふうぞくおんな)?性病持ってんじゃねぇの?ばっちぃな」

 

 ――気付けば俺は、その男に殴り掛かっていた。

 

 再び空気が一瞬で凍り付く。

 

「――なっ、なんだコイツ!」

 

「――せつくん!」

 

 悲痛な叫び声を上げる天音。その制止を無視して、俺は痛む(こぶし)を振り(かざ)すのを止めなかった。

 

「――お前らが天音を語るんじゃねえよ!」

 

「――がはッ……!お、お前、やめろ……っ!」

 

 仰向けに倒れ込んだ男の腹に馬乗りになり、一方的に男の顔を殴り続ける。このときの俺は、ただ只管(ひたすら)に、この男に制裁を加えることしか頭になかった。

 

「――ちょ!やめてよ!やめてってば!」

 

 男の彼女らしき女の悲痛な叫び声を気にも留めず、一方的に殴り続ける。周囲には野次馬が集まってきていたが、そんなことは全く気にならなかった。

 

「――いでェ……ッ!悪がっだ!俺が悪がっだがら……っ!」

 

「黙れ」

 

「――ごめんなさい!やめてください!死んじゃう!死んじゃうから!」

 

 「死」というワードにハッとし、我に返ると、男は顔中から血を流し、意識を半分失っていた。

 

「二度と天音に関わるな。……行け」

 

 二人は怯えながらその場をそそくさと去っていった。俺の背後で、天音が涙を流していた。

 

 喧嘩をしたのは初めてだった。スーパーの中で喧嘩なんてやったものだから、警察まで呼ばれ、大変な事態になった。警察の事情聴取を受けた後、天音の弁解もあり、何とか厳重注意という形でその場は収まった。

 

 ――私立大学の学生は裕福な家庭の子が多い。天音のような所謂(いわゆる)苦学生(くがくせい)は少数派だろう。その上風俗で働いているとなると、場合によっては格好の的なのだろう。

 

 その帰り道、天音は大粒の涙を流しながら謝っていた。風俗店を出入りしている姿を同級生に撮影され、その写真を悪戯(いたずら)に広められたこと。それによって差別的な扱いを受けていることを打ち明けてくれた。夜の街を歩きながら、彼女の声は震えていた。

 

「ごめんね……ごめんねせつくん……ありがとう」

 

 その言葉が、冷たい夜空に消えていく。

 

 そして、この事件の後、俺は俺で翌朝、メールで大学の学長室に呼び出され、警察沙汰になったことに対し、厳しい叱責(しっせき)を受けた。エリート志向の大学の友人たちは経歴に響く、と俺から距離を置いた。

 

 親友の――いや、親友だった五六(ふのぼり)一二三(ひふみ)だけは俺を心配して定期的に連絡をくれたが、それにも連絡を返すことはなく、再び俺は次第に大学をサボるようになってしまった。塾講師のアルバイトも無断欠勤が続いた。窓の外の景色が、日に日に遠ざかっていくように感じられた。

 

「せつくん……また欠勤しちゃったの?」

 

 心配そうに(たず)ねる天音に、適当な言い訳を並べる。部屋の空気が、その嘘と共に重くなっていく。

 

「ちょっと体調が……」

 

「今日は先約が……」

 

 言い訳を重ねるたびに、天音の表情が曇るのがわかった。窓から差し込む光が、その悲しみの色を際立たせる。天音が上司へ必死に説得したことで(せき)を残してくれていたが、(つい)に一度も出勤することはなかった。

 

「私の所為だよね……ごめんね……ごめんね……」

 

 天音は自責の念に()られたようだ。何度も俺に謝罪を繰り返した。

 

「ごめん……ごめんねせつくん……私が……私が一生面倒見るから……」

 

 ――別に天音の所為じゃない。俺が勝手にやったことだ。

 

 そこからの俺はどんどん堕落し、家に居座ることが増えた。一日中天音のベッドで過ごし、ゲームやアニメ等のサブカルチャーに(おぼ)れた。天性の才能であった「無限記憶(アカシックレコード)」によって、無駄な知識ばかりが増えていった。天音が帰って来ては身体を重ね、同じベッドで眠る。それを繰り返すだけの日々。

 

 一方の天音は、立派にも学費分以上の資金を僅か二年で稼ぎ終え、俺は次第に自分の生活費すらも天音の収入に頼るようになっていた。そのため天音は夜の仕事を辞めなかった。そのマンションの一室、小さな部屋の空気は、日に日に(よど)んでいった。

 

 引き(こも)ることに飽きれば俺は夜の街に繰り出し、また(うしな)われた青春を取り戻すかのように遊びに明け暮れた。酒に女に煙草、ギャンブル……天音の稼いだ金でやりたい放題していた。それに飽きればまた引き篭る。

 

 それでも天音は俺のことを好きだと言ってくれていた。俺は天音の優しさに甘えていた。その優しさは、毒のように俺の心を(むしば)んでいった。

 

 単位の不足により、大学を除籍(じょせき)処分――つまり退学となった後も、それでも天音は俺を愛し続けてくれた。だから俺は天音以外はもうどうでも良かった。

 

 ――天音がいてくれれば俺は生きていられるから。天音さえいてくれれば――。

 

 闇のような依存が、二人の関係を深く染め上げていく。

 

 天音は俺を養うために、嫌な顔一つせず、華奢(きゃしゃ)な身体を酷使し、働き続けた。俺は完全に天音に依存し、天音も俺に依存していた。絵に描いたような共依存。夜のベッドで体を重ねる二人の歪んだ影が、部屋の壁に映し出される。

 

 ――そして、ある冬の日、俺は、自殺することに決めたのだ。




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