異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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1-26 売り言葉に買い言葉

「では御三方、社長がお待ちなのです。ご案内するのです」

 

 知恵川は電動車椅子の車輪を回して方向を変えると、本を片手で開いたまま、エレベーターホールまで向かっていった。その後を追うようにして、知恵川(ちえがわ)の後に続いた。

 

 ――〈極皇杯〉のファイナリスト。(すなわ)ち、四十万人超が参戦する〈極皇杯〉の予選から、僅か八名のファイナリストの枠に残った猛者中の猛者。竹馬(ちくば)大学で出会った世界十三位の男――幕之内丈と同格ということだ。

 

 知恵川が上階行きのボタンを押下(おうか)するのと同時にエレベーターの扉が開いた。エレベーターの後方はガラス張りで、〈超渋谷エリア〉の街並みが見下ろせる。

 

 天音、拓生と共にエレベーターに乗り込み、知恵川がエレベーターの扉の脇に備え付けられたかご操作盤――その無数のボタンの中から、最上階を示す「200」のボタンを押した。エレベーターが静かに上昇し始める。

 

「噂には聞いていたでありますが……天プラのNo.2(ナンバーツー)はやはりあの知恵川女史だったのですな……」

 

「社長――一二三(ひふみ)様には遠く及ばないのです」

 

 ――一二三様、か。一二三がそう呼ばせているとは考えづらい。一二三のカリスマ性がそうさせるのか……()しくは……。

 

「知恵川さん、副社長なら忙しいだろうに来客対応とは悪いことしたな」

 

「とんでもないのです。社長から大事な親友だと聞かされているのです。私が対応するのも当然の義務なのです」

 

「そうか」

 

「――ですが……貴方に一二三様が親友と呼ぶだけの価値がある人間だとは思えないのです」

 

「……は?今、貴女(あなた)、何と言いました?」

 

 静観していた天音が怒りを露わにする。静かに上昇するエレベーターの中、俺はそっと天音に耳打ちした。

 

「……おい天音、落ち着け」

 

天ヶ羽(あまがばね)天音(あまね)さんなのです?この程度の挑発で取り乱す時点で程度が知れるのです」

 

「コホン……そうですね。初対面の相手に喧嘩を売る時点で貴女の頭の程も知れますが」

 

 そう言ってにこやかに微笑む天音の手が強く握られ、小刻みに震えている。それに反して表情は酷く穏やかで、その様はメイド然としている。

 

 ――不味(まず)いな。この二人、相性が悪すぎる。

 

「女の戦いですなぁ……」

 

 間の抜けたことを独り言のように呟く拓生を他所(よそ)に、エレベーターの扉が静かに開いた。広い空間の一面に紫色の高級感のあるカーペットが敷かれ、奥にはデスク、その背の壁は一面がガラス張りになっており、〈超渋谷エリア〉の街並みを一望できるようになっていた。

 

 エレベーターからその最上階フロア――社長室に足を踏み入れると、デスクの側の椅子に座っていた、黒いワイシャツに白衣を羽織った姿の男が、こちらに気付いて立ち上がった。

 

「雪渚、来てくれたか」

 

「おう一二三」

 

 白衣が映える、ウェーブがかった短い黒髪にスマートな印象の眼鏡、端正な顔立ちの男――五六(ふのぼり)一二三はデスクの前に回り、歓迎の言葉を述べた。一二三は、知恵川、俺の背後の天音と一瞥(いちべつ)したのちに、拓生に目を留めた。

 

「それに天ヶ羽さんと……む、君は御宅拓生君だね?」

 

「お、覚えてくれているでありますか?」

 

「無論だ。一緒に仕事をしたことがあったね。そうか、君が雪渚の仲間か」

 

「そ、そうですぞ!雪渚氏のクラン――〈神威結社〉に加入させていただきましたぞ」

 

「はは、緊張しなくても構わない。さあ、こっちに来てくれ」

 

 一二三に促されるがままに、俺たちはデスクの前へと横並びになって立った。そして俺は口を開いた。

 

「立派な会社じゃないか」

 

「雪渚にそう言ってもらえると嬉しいよ。何とか世界一の業績や年商と共に世界一のホワイト企業と呼ばれるほどに上り詰めた」

 

「そうらしいな、流石一二三だ。ここなら俺が働いてやってもいいぞ」

 

 ――〈天網エンタープライズ〉――通称、天プラ。フレックス制度を採用し、一年のうち有給休暇が驚異の六十日、有給取得率は百パーセントで残業も禁止。離職率は業界騒然の〇・〇二パーセント。他にも福利厚生は充実しており私服出勤も可能、社食も無料という誰もが羨む超絶ホワイト企業だ。

 

「はは、冗談だろ雪渚。俺にお前ほどの才能は扱えないよ」

 

「つーかお前マジで医者が副業なのな……」

 

「医者は引退して後継の信頼できる者に任せたがな」

 

「お前な……我らが東慶大学医学部が泣くぞ」

 

「言っただろう?雪渚が回復するまでの面倒を見るために建てたような病院さ。天プラの運営とは違って俺でなくとも命は救えるからな」

 

「お前一度学長に頭下げてこいよ……」

 

「ああ、そうだ。東慶大学と言えば彼女も東慶大学の出身でな。昨年文学部を首席で卒業している。この異能至上主義の新世界における彼女の異名は――『(こと)の葉のアカシックレコード』だ」

 

 そう言って一二三が指し示した電動車椅子に座る女――知恵川(ちえがわ)言葉(ことのは)は軽く頭を下げた。

 

「『アカシックレコード』ねえ……」

 

 ――第八回〈極皇杯〉、そのファイナリストの一角である知恵川言葉の異能は、偉人級異能、〈詞現(ワーズワース)〉。言葉にした名詞を具現化する異能らしい。あまりに……強力。

 

「言葉に関する知識量では雪渚や俺と同格と言って差し支えない。彼女もまた天才だよ」

 

「私は幼い頃から一二三様のお(そば)で働きたいと考えて努力を重ねたまでなのです。一二三様には到底敵わないのです」

 

「ほー、一二三。部下に愛されてるじゃないか」

 

「勘弁してくれよ雪渚。俺は何もしていない、知恵川君が優秀だったというだけの話さ」

 

「――我慢ならないのです」

 

 突然、知恵川が空を裂くように口を開いた。拳をわなわなと震わせている。知恵川の眼前に展開される、何も表示されていない黒いディスプレイが、窓から差し込む陽光を(あや)しく反射した。

 

「――知恵川君?」

 

「こんな白いボサボサ髪の品のない男が一二三様の親友などと……。一二三様の品格に関わるのです」

 

「知恵川さん……貴女、さっきからせつくんに対して無礼ですよ?」

 

「はわわわ……」

 

 拓生は俺の背に隠れて恐怖に震えている。俺は溜息を()いて、天音を落ち着かせるため言葉を発する。

 

「天音……怒ってくれるのはありがたいが落ち着け。なあ一二三、ちょっと部下の教育がなってないんじゃないか?ビジネスの場なら大問題だぞ」

 

「悪いな雪渚……知恵川君はどうにも俺に心酔してくれているようでな」

 

「いえ一二三様、そもそもこのギザ歯の男に一二三様の親友を名乗る資格などないのです。事前に調べさせていただきましたがこの男、二次試験では一問失点しているのです。一二三様の方が優れているのは明らかなのです。とても一二三様と同列に語る立場にはないのです」

 

「……知恵川君、君も満点というわけではないだろう」

 

「おいおい一二三、お前の部下は就職してまだ大学受験の話してんのか?」

 

「ほら見たことなのです。品がないからこうして()ぐに(あお)ることしか脳がないのです」

 

「最初に煽ったのあんただろ……」

 

 両手を黒いスキニーパンツのポケットに突っ込んだまま、吐き捨てるように呟いた。一二三は呆れたように知恵川を(たしな)める。知恵川は未だ本を開いたままだ。

 

「知恵川君……大学受験の点数だけが人生ではない。それに雪渚が一問失点したのも家庭の事情があったからだ」

 

「――〈極皇杯〉で白黒はっきりさせるのです」

 

 知恵川がパタン、と本を閉じて言った。一瞬の静寂が、その広々とした社長室を包んだ。知恵川の眼前に展開されるディスプレイに、「FUCK YOU」という文字列が不気味に浮かび上がった。

 

「あ?」

 

「一二三様、私に〈極皇杯〉の出場許可をいただきたいのです」

 

「それは構わないが……待ってくれ知恵川君。〈極皇杯〉で雪渚と戦うと?」

 

「回答はYESなのです。この夏瀬雪渚という男が『本物』なのであれば予選を勝ち上がることは造作もないはずなのです。私の仕掛ける『言語ゲーム』の上でボコボコにしてやるのです」

 

「……知恵川君、君は昨年は出場していなかったが……」

 

「二年前、私がファイナリストに名を連ねたときは、私が一二三様のお側に立つのに相応しいことを証明するために出場したのです。今回は、一二三様に(たか)(はえ)の害虫駆除のためなのです」

 

「……ということだが、雪渚はどうだ?」

 

「『言語ゲーム』ってあんた、ウィトゲンシュタインじゃあるまいし……。まあ構わねえよ。どうせ出場するつもりだ」

 

 ――「言語ゲーム」――言語哲学者、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが提唱した、言語活動を比喩して提唱した理論。だがまあ知恵川が言う「言語ゲーム」は、言葉で戦う異能バトル――といった意味合いだろう。

 

「一切油断はしないのです。頭脳戦で全身全霊を(もっ)て叩き潰すのです」

 

「はっ、俺に頭脳戦を挑んだこと、一生後悔させてやるよ電波女」

 

「そうか……雪渚、知恵川君。健闘を祈るよ」

 

「はいなのです。では一二三様、私は仕事に戻るのです」

 

「ああ、ありがとう知恵川君」

 

 知恵川は一二三に(うやうや)しく(こうべ)を垂れた。そして、電動車椅子の車輪を回転させながら、エレベーターで階下へと降りていった。

 

「雪渚……」

 

「なんだ?」

 

「目が変わったな。お前の今の目には、『生きる意志』がある」

 

「ああ、死ねない理由も腐るほどできたしな。生き抜いて覆して、最期には笑って死んでやるよ」

 

「せつくん……」

 

「そうか雪渚、それでいい」

 

「そういや一二三、聞きたいことがあった」

 

「む、なんだ?」

 

「クランランキング――〈天網エンタープライズ〉はSランクの世界十位だよな」

 

「そうだな。無論俺が操作したわけではない。俺は世界六国から委託されて〈世界ランク〉を視認できるアプリを開発したというだけで、〈世界ランク〉を決定するのは飽くまで世界六国だからな」

 

「まあお前の独断で〈世界ランク〉決めてりゃお前は無事じゃ済まないだろうからな……。だとすればクランランキング世界十位――これは一二三、お前の手腕による功績か?」

 

「そうだ……と言いたいところだが実情は若干(じゃっかん)異なる。クランとしての〈天網エンタープライズ〉を大きくしたのは、知恵川君による功績が大きい」

 

「あの電波女がか……」

 

「世界中の極めて優秀な人材を異能バトル――彼女の場合は異能による頭脳戦、と言い換えた方が適切だがそれによって仕事を賭けさせた。要するにヘッドハンティングだな」

 

「天プラに入社しちまえば超絶ホワイト企業の超高待遇だ。人も離れないだろうからな。それによって企業としてもクランとしても大きく成長したっつーわけか」

 

「そんなところだ。雪渚、先刻も言ったが言葉に関する知識量においては、彼女は俺たちと並ぶ。呉々(くれぐれ)も油断するなよ」

 

「お前がそこまで評価するならそうなんだろうな。肝に(めい)じておくよ」

 

「ああ」

 

「じゃあな一二三。お前とまた話せて良かった」

 

「俺もさ。また連絡させてもらう」

 

「おう」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――〈天網エンタープライズ〉を後にし、〈真宿(しんじゅく)エリア〉へと戻った俺たちは、〈オクタゴン〉までの帰路に着いていた。街中を人が行き交う。

 

「あら天音ちゃんたち!こんにちは!」

 

「こんにちは。心地の良い天気ですね」

 

「ふふ、天音ちゃんを見ると毎日癒されるわぁ。またね!」

 

「はい、お気を付けて」

 

 ――天音は〈真宿エリア〉の住民たちからの信頼も厚いようで、こうして良く声を掛けられる。俺も自然とこの街に溶け込んでいった。

 

「――いやはや、〈極皇杯〉に雪渚氏が出場となると、今年も荒れそうですなぁ。まさか知恵川女史が雪渚氏に挑戦状を叩き付けるとは……」

 

「御宅さん、あの程度の女はせつくんの敵ではありませんよ」

 

 ――幕之内丈に知恵川言葉……〈極皇杯〉、か……。

 

「むむっ、あれは……どなたですかな?」

 

 〈オクタゴン〉の敷地――その洒落(しゃれ)縦格子(たてごうし)の黒い門に差し掛かると、拓生が敷地内――その白い正八角柱の建物の玄関に目を向けて言った。玄関の前に立つ、黄色い二本の角を生やした長い黒髪の女が、玄関の扉をドンドンと叩いている。

 

「――開けんかいゴルァ!!」

 

 その女は黒を基調とした複数のパーツでできた軽装の鎧を身に着けている。陽光が、彼女の姿を劇的に照らし出していた。

 

「――出てこいゴルァ!」

 

 女はガタガタと玄関の扉を揺らし、こじ開けようとしていた。そのやさぐれた雰囲気の黒髪のロングヘアの女の姿には見覚えがあった。

 

「大阪府警かあいつは……」

 

「雪渚氏、お知り合いですかな?」

 

 門を解錠し、敷地内に足を踏み入れる。そして、荒れ狂う女に背後から声を掛けた。

 

「――おい竜ヶ崎、何の用だ」

 

「――あァ!?」

 

 頭から二本の黄色い角が生えた、黒い軽装の鎧を身に(まと)うロングヘアの女――竜ヶ崎(たつみ)はこちらを振り返ると、目を丸くして、ニヤリと不敵に笑った。

 

「そうかァ!テメェの家かァ!こんな立派な家に住みやがってよォ!やっぱ金持ってんじゃねェかァ!」

 

 竜ヶ崎の身体がメキメキと悲鳴を上げ始めた。骨が(きし)むような音が、冬の凍てつくような空気を震わせる。

 

「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォ!」

 

 竜ヶ崎の肌には鱗が現れる。黒い鉤爪の隙間(すきま)から覗く爪は、陽光を受けて一層の鋭さを見せた。黄色が映える双角は、庭園に差し込む陽の光を浴びて不気味な光沢(こうたく)を放っている。

 

「他を当たれと言ったはずだぞ……」

 

 ――新世界四日目。四度目の異能戦が、今、始まる。




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