異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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1-3 医学部次席入水自殺事件

「『異能』……?『異能』って言ったのか?」

 

「そうだ雪渚。この『異能』が跋扈(ばっこ)するのがこの世界だ」

 

「……馬鹿げてる……と言いたいが、山田さんと言ったか。その看護師さんは腕捲(うでまく)りをしていた。タネや仕掛けはなさそうだな」

 

「その適応力と冷静な分析力は流石(さすが)だな、雪渚。ああ、山田さん、ありがとう。仕事に戻ってくれて構わない」

 

「はい、では失礼します」

 

 看護師は一礼すると、足早にその場を去っていった。

 

「その都度(つど)突っ込んでたらキリねえからな。それで?その『異能』が、天音が老いていない理由とどう関係するんだ?」

 

「無論『異能』と一口(ひとくち)に言っても、多種多様な種類がある。山田さんの、『小石を自在に操る異能』のような然程(さほど)珍しくない下級異能から、『下半身を馬の肢体(したい)へと変貌させる異能』、『ダイヤモンドの装甲を(まと)って不壊(ふえ)の防御力を手にする異能』――のような、偉人級異能や神話級異能に分類される強力な異能までな」

 

成程(なるほど)……異能にも階級がある、と……。いや、それはいいんだよ。らしくねえぞ一二三。結論から話してくれ」

 

「この話を避けては通れないんだよ。つまりだ、天ヶ羽さんが老いていないのは天ヶ羽さんの異能によるものだ」

 

「天音の……異能……」

 

「ここからは私がせつくんにお話します」

 

 背後で天音がそう告げると、天音は電動車椅子に腰掛ける俺の前に立って、俺と目線を合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。

 

「天音……」

 

「せつくん……私の異能は端的に言えば『癒し』です。戦闘能力はございませんが、回復に特化した異能です」

 

「回復に特化……それと老いないのと何の関係が――いや、そういう理屈か」

 

「気付いたか雪渚」

 

「ああ」

 

 ――老化。老化の最大の原因は、「活性酸素による細胞の酸化」である。活性酸素が細胞を傷付け酸化――()びさせる。これをダメージと捉えるならば、確かに回復によるアンチテーゼは可能だろう。

 

 ――まあ(もっと)も、そんなことができないからこそ人は老いるわけだが、先刻の、タネや仕掛けが本当にない石投擲(とうてき)マジックを見せられた後では、「異能」とはそういうものだと考えるしかない。

 

「天音……つまり天音は、その回復の異能で老化のダメージを相殺(そうさい)しているんだな」

 

(おっしゃ)る通りです。せつくん」

 

 ――この俺をまるでご主人様かのように扱う天音。だとすれば天音がこんなことになってしまった原因は……。

 

「一二三……俺が相模湾(さがみわん)入水(じゅすい)自殺を図ったのは確かだよな?」

 

 しゃがんだ姿勢のまま、俺の目を見つめていた天音が悲しそうな顔をして(うつむ)く。

 

「……そうだな。天ヶ羽さんや俺にとってはあまりに残酷な話だ」

 

「悪い、大事なことだ。俺は、『死んだ』よな?」

 

「雪渚……俺はお前のことを親友だと思ってるんだ。そんなことを言わせるか?しかもお前を愛する天ヶ羽さんの前で……」

 

「答えてくれ」

 

「…………ああ、『死んだ』よ。夏瀬雪渚はあの冬の夜、死んだ。お前は有名人だからな、マスコミが随分と騒がしかった……」

 

「入水自殺を図る直前に身体中の臓器に穴を開けて、死後に腐敗ガスが溜まって浮かないようにした。死ぬ寸前に身体を丸めて浮く確率を下げた。真冬の冷たい海、かつ水深が深い海を選んだのも浮かないためだ。それでも発見される可能性はあるだろうが……俺が考えた最もお前ら二人に迷惑を掛けずに死ぬ方法だった」

 

「やめろ雪渚……聞きたくない。お前の自殺の意図なんて聞かせるな。キレるぞ……」

 

「ううっ……せつくん……」

 

 頭を抱えて眉間に(しわ)を寄せる一二三に、再び涙ぐんでしまった天音。その二人の様子を見て、俺は言葉を()いだ。

 

「すまなかった、俺も結論から言うべきだったな」

 

 そして俺は、俺の足下で(なみだ)を浮かべて泣きじゃくる天音の柔らかい(ほお)に触れた。天音が電動車椅子に座る俺を見上げて、サファイアブルーの瞳で俺を視界に捉えた。

 

「――天音……異能で……俺を(よみがえ)らせたのか」

 

「雪渚……お前は……」

 

「――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」

 

 俺が天音に問うた瞬間、天音は突然、俺の膝にしがみつき、泣きながら早口で謝罪の言葉を並べ始めた。

 

「せつくんが死にたいって思ってたのに……!私……せつくんにあんな絶望したまま死んでほしくなくて……!せつくんに会いたくて……っ!勝手なことをしました……!ごめんなさい!お許しください!」

 

 天音のメイド服の、露出した胸元。その隙間から見覚えのある、くしゃくしゃになった白い封筒が顔を出していた。何度も読んで、何度も泣いて濡らしたことが読み取れるほどに、涙が乾いた跡が幾重(いくえ)にも重なり合っている。

 

 ――俺の遺書だ。

 

「雪渚……もうお前なら理解(わか)るだろう」

 

 ――異能が何をエネルギーとしているのか、()しくはエネルギーを必要としないほどの超常現象なのか。現状で判別は不可能だが、少なくとも、人一人を蘇らせるほどの力。そんなことをした人間が、無事でいられるわけがない。

 

「俺を蘇生させた……代償……」

 

「そうだ。天ヶ羽さんは……お前に会いたいが(ため)に、お前に幸せになってほしかった為に、人としての禁忌(きんき)を犯した。そして天ヶ羽さんは……『壊れた』んだ」

 

「うわあああああああああああああああああああん!!!ごめんなさい!ごめんなさいせつくん!せつくんが遺してくれた遺書に、『泣かないで』って書いてくれたのに!私は!私は……っ!」

 

 ――天ヶ羽天音。親から逃避し、夜の街に逃げ、多額の借金を負って腐っていた俺を、懸命に支えてくれた。大変な仕事を掛け持ちし、それでも笑顔を絶やさないでキラキラと輝いていた、優しい子だった。私立大学の名門、青鱈(あおたら)学院大学へ通い、将来は人の役に立つ仕事がしたいと言っていた。

 

 ――そんな彼女の輝かしい未来――八十五年にも及ぶ彼女の人生を、俺が奪ってしまった。

 

「私ね、私ね、せつくん!せつくんが居なくなった日に、仕事から帰って来たらせつくんのお手紙が置いてあって!私、せつくんと離れるの嫌だったから!警察に連絡してしまいました!ごめんなさい……っ!!」

 

「……雪渚、捜査は難航を極めたと聞いている。お前の目論見(もくろみ)通りな。天ヶ羽さんや警察の必死の捜査で何とかお前の特徴と一致する客を乗せたというタクシーの運転手が見つかった。海上保安庁によってお前の遺体が相模湾の水深一〇〇〇メートルの海底から見つかったのは十年後だったよ」

 

「せつくん!ああっ、せつくん!ごめんなさい!ごめんなさい!泣いてしまってごめんなさい!!」

 

「だが……お前が死んで数週間が経った頃だったか。世界中で(まば)らに、『異能』の存在が確認されるようになった」

 

「せつくん!あああああぁあぁぁあぁあぁああぁあぁ!!!勝手なことしてごめんなさい!ごめんなさい!せつくんには生きててほしいって思っただけなんです!!あぁああああぁああぁああぁああああぁああぁ!!」

 

「……そしてそれは天ヶ羽さんにも。異能が顕現した天ヶ羽さんは『せつくんと一度でいいから話がしたい』、『せつくんにもう一度会いたい』、『せつくんに幸せになってほしい』――そればかり言っていた」

 

 その光景はとても、病院の診察室だとは思えなかった。電動車椅子の男にしがみついて大声で泣き(わめ)白髪(はくはつ)ウルフカットのメイド服の巨乳の女に、眉間に皺を寄せて苦しそうに言葉を(つむ)ぐ副業で医者をしているアンドロイド。

 

「それは俺も同感だった。お前が大学を辞めたと聞いてからも、お前は俺の連絡を返してくれることはなかったが……それでも俺はお前を親友だと思っている。俺もお前と話がしたい、そうでなければ納得できない。雪渚がいつ見つかるかわからないからと、異能で早々に自身の老化を止めた天ヶ羽さん――俺には老化を止める異能はない。だから持てる頭脳を使って肉体改造をした」

 

「一二三……」

 

「結果的にそれで良かった。あのときそうしなければ、俺はもう一〇八歳。()うの昔にくたばっていてもおかしくない歳だ。アンドロイドになったお陰でこうしてお前とまた会えた」

 

 ――それが、真相。俺の自殺が産んだ、二人の狂気。

 

「お前の過去は天音さんに聞いていたが、お前は弱いな。親の所為(せい)にして、環境の所為にして、お前は逃げたんだ」

 

「……そうだな。俺は弱いから逃げた。そんな想いしてても頑張って生きてる奴なんて腐るほどいるのにな。全部俺の弱さが招いたことだ。そんなことは死ぬ前からわかってんだよ」

 

「せつくん!せつくん!そんなこと言わないで!!せつくんは弱くなんか……弱くなんかないですよ!私を守ってくれたじゃないですか!あのときから私は……私は……っ!」

 

「お前を愛する天ヶ羽さんをこれほどまで悲しませて……お前は(クズ)だよ」

 

「わかってんだよそんなことは……俺は天音に寄生して天音を悲しませて挙句の果てに自死を選択した屑だ。話戻せよ馬鹿アンドロイドが」

 

「違う!違います!せつくんはクズなんかじゃないです!せつくんは辛くて落ち込んでただけで!せつくんは凄い人なんだから……っ!」

 

「天音……」

 

「……雪渚、お望み通り話を続けるがな。そしてお前を探し続けて十年間、遂に見つかったお前の白骨化した遺体を見て、絶望した。お前が大学に来ていた頃の姿なんか見る影もない。変わり果てたお前のあの遺体は……俺たちの脳裏から一生離れないだろうな」

 

「……………………っ!」

 

「そして天ヶ羽さんは警察や海上保安庁の静止を振り切って、異能によってお前を蘇らせた。とは言っても人を蘇らせる異能なんて本来あってはならないんだ。人は必ず死ぬ――それを破った天ヶ羽さんは代償を払った。覚悟してのことだっただろうがな」

 

「わ、私は!私のことなんかどうでもいいから!せつくんに!せつくんに生きてほしくて!!生きてたら楽しいことが絶対あるってせつくんに言ってあげたくて……っ!」

 

「結果、天ヶ羽天音はぶっ壊れた。お前の所為でな。それも()ぐに蘇ったわけでもない。白骨化した遺体をベッドに横たわらせて年月が過ぎた。いくら回復の異能とて、蘇生の力なんてないのかと何度も疑った。そして八十五年間のうち最初の五十年間、半世紀は本当に徐々に、徐々にお前の遺体に肉が付いていっただけだった」

 

「せつくん……!せつくん……!あぁあああああぁああああああぁああぁああぁああ!」

 

「だが半世紀が過ぎ、お前の遺体に完全に肉が戻ってもお前は目を覚まさなかった。それから更に三十五年間……。八十五年間もの間、天ヶ羽さんは(ほとん)どお前の(そば)を離れることはなかった。そして先刻、お前が突然、蘇った」

 

 ――俺は……天音になんて言葉を掛ければいい。

 

「――これが事の顛末(てんまつ)だ。八十五年も経てば、世界を構成する人間も大きく変わる。この時代にお前のことを知る人間はもう天ヶ羽さんと俺……あとは幼少期に名前を聞いたことがあるくらいのお年寄りだけだろうな」

 

「せつくん……っ!せつくん……っ!あぁああぁああぁあああぁぁああああぁあぁあぁあぁあぁ!!!」

 

 ――これがこの空白の八十五年間に起こったことの全て。俺の死後、俺との再会を待ち望んで八十五年間もの孤独な時間を俺に捧げた天音。俺と話すために自身に文字通りの肉体改造を(ほどこ)した一二三。そして世界中で起こった異能の顕現。

 

 呆然(ぼうぜん)とする俺と、泣き喚く天音。

 

「……話は済んだ。少し一人になりたい。病人はさっさと病室に戻れ」

 

 ――夏瀬雪渚、二十二歳。彼の二度目の人生が、始まる。




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