異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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1-30 頬を伝う涙を、雨が拭い去る

「雨が激しくなってきましたなぁ……」

 

 ――〈神屋川(かやがわ)エリア〉の外周付近に構えるプレハブ住宅。羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬(てまり)が単身で暮らすその無機質な白い直方体――プレハブ住宅の中に俺たちはいた。

 

「せつくん、どうされますか?」

 

「……そうだな。拓生、メガホンとレインコート持ってたろ。貸してくれ」

 

「メガホンとレインコート……ですかな?構いませんが……」

 

 拓生は不思議そうな表情を浮かべながら、虚空から黄色い電池式のメガホン――拡声器と紺色のレインコートを取り出した。それらを俺に手渡す。

 

「わっ、なんなのだ!?拓生の異能なのだ!?」

 

「フフフ……そうですぞ」

 

 黒縁の丸眼鏡をクイッと持ち上げて拓生は自慢げに答える。

 

「お、サンキュー拓生。さて……」

 

 俺はレインコートを着て、フードを頭から被り、玄関で脱いだスニーカーを履く。玄関の扉を開くと、雨がザーザーと白線(はくせん)の引かれた車道を打ち付けていた。

 

「……せつくん?」

 

 俺はその一階建ての無機質なプレハブ住宅の屋根へと飛び乗った。簡素な造りのためか、足場が揺れたように感じる。

 

「――雪渚!?何してるのだ!?」

 

「雪渚氏……何か考えがあるのですかな?」

 

 雨が激しく打ち付けられるその屋根の上で、俺は隠れるように姿勢を低く――(うつぶ)せになり、拓生から借りたメガホンの音量を最大に設定する。メガホンを口元に近付け、大きく息を吸い込み、全力で叫んだ。

 

『――おいみんな!(たつみ)が!巽が殺された……っ!』

 

 拡声された俺の叫びが、プレハブの街に響き渡る。すると、五月蝿(うるさ)いばかりの雨音だけが響いていたプレハブの街が、徐々に騒めき立つ。

 

 住民たちが各々、傘も差さずに、木刀や刺股(さすまた)(ほうき)を片手に次々にプレハブ住宅から出てきたのだ。住民たちの表情には、怒りや悲しみの色が(にじ)んでいた。

 

「――畜生(ちくしょう)!だから……だから早く俺たちを切り捨てれば良かったんだ!」

 

「クッソ……(たつみ)ちゃんが何をしたって言うんだよ……っ!」

 

「巽……!なんで……っ!」

 

 怒号が飛び交うその車道には、大勢が集まり、その多くが目に涙を浮かべている。青筋を立てて怒りを露わにしている者も珍しくない。

 

「こうなったらやるしかねえ!お前ら!」

 

「そうだ!俺たちも戦うぞ!巽ちゃんの想いを無駄にするな!」

 

「〈十天〉の日向様が事務所に突入したんだろ!?」

 

「俺たちも日向様に続くぞ!援護するんだ!」

 

 俺は姿勢を低くしたまま、気持ちを一つにする住民たちに向け、次はメガホンを通さず、大声で叫んだ。ザーザー降りの雨の中、その声は何処(どこ)からともなく住民たちの耳に入り込む。

 

『――〈竜ヶ崎組〉の幹部が城壁の外に逃げたのを見たぞ!俺たちじゃ日向様の足手(まと)いだ!俺たちは幹部を……っ!』

 

「――外か!」

 

「日向様が空けた穴から出られるぞ!」

 

「街の反対側のヤツらにも伝えろ!」

 

「総員!幹部を囲んで潰せ!」

 

「女子供と老人は家の中に!行くぞお前ら!」

 

「巽の(かたき)だ!ぶっ殺してやる!」

 

 視線の先では敷かれた車道が城壁に阻まれ、行き止まりとなっている。住民たちはその車道をバシャバシャと水飛沫を上げながら鬼気迫る勢いで駆け出し、〈十天〉・第七席――日向陽奈子が空けた、上から大きく(えぐ)れたような城壁の巨大な穴を登って城壁の外へと出ていってしまった。

 

 すると、街の反対側からもぞろぞろとバットやスタンガンを手にした男たちが現れ、同じように鬼気迫る表情で城壁の外へと駆け出していった。次から次へと、数万人規模の男たちが押し寄せ、怒りを露わにしながら城壁の外へと飛び出していった。

 

 その様子を(しばら)く見守り、男たちが城壁の外へと出たことを見届ける。そして、そっと屋根から下り、再び手毬宅――プレハブ住宅の中へと入った。メイド服姿の天音と萌えキャラがプリントされたTシャツを着る拓生、羊の着ぐるみに身を包む手毬――珍妙な三人衆が、立ち上がったまま、驚きの色を隠せない様子で俺を出迎えた。

 

「せつくん……今の行動はびっくりしましたが……やはりそうでしたか」

 

「雪渚氏!天ヶ羽女史!ど、どういうことですかな!?」

 

 レインコートを脱ぎ、玄関先でバサバサと雨粒を払い除ける。メガホンをコンパネ仕上げが施されたグレーの床の上にそっと置いた。レインコートを(ひざ)の上で畳みながら、俺はゆっくりと口を開いた。

 

「住民たちは竜ヶ崎を迫害していたわけじゃねえ。竜ヶ崎は十六年間も地獄のような環境の中、兄貴と戦い続けた。住民たちはその様子を見ていられなかったんだろうな。だから()えて竜ヶ崎に嫌われるような行動を取った。竜ヶ崎がいつでも住民たちを切り捨てて、自由を手にできるように、と」

 

「そ、そうだったのですな……。だとすれば合点(がてん)がいきますぞ……!」

 

「そうだろ?手毬」

 

「……雪渚の言う通りなのだ。巽はきっとこのことは知らないのだ」

 

「手毬さん……」

 

 俺はスニーカーを再び脱ぎ、グレーの床を踏む。室内の中央に置かれた小さなテーブルの(そば)へ再び腰を下ろす。拓生、手毬がそれに続くように再びゆっくりと床に腰を下ろした。天音が横座りの姿勢で腰を下ろし、口を開いた。

 

「せつくん……どうされますか?」

 

「あとは……竜ヶ崎次第だな」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――一方、〈神屋川エリア〉の中心地。〈竜ヶ崎組〉事務所、壁や床に血が飛び散る二階にて。

 

『――〈竜ヶ崎組〉の幹部が城壁の外に逃げたのを見たぞ!俺たちじゃ日向様の足手(まと)いだ!俺たちは幹部を……っ!』

 

 夏瀬雪渚の拡声された声が、(かす)かに聴こえてくる。〈竜ヶ崎組〉・組長――竜ヶ崎龍は鼻で笑うように呟いた。

 

「ハッ、羽虫が法螺(ホラ)を吹くか……」

 

 突然、扉が開かれる。そこに現れたのは、金髪ツインテールに、毛先にかけて美しい桜色のグラデーションとなったへそ出しファッションの女だった。

 

「ほう?珍しい客人だな?貴様が四条を()った〈十天〉か」

 

「……来てやったわよ。アンタがボスね?」

 

 ギャル風の出で立ちの女――〈十天〉・第七席――日向陽奈子の質問を意に介さず、竜ヶ崎龍はじろじろと舐め回すように日向を観察して、呟いた。

 

「……上玉だな。乳の張りもある。俺を誘ってるのか?ん?」

 

「……さっき傷だらけの子がふらふら出ていったけどアンタがやったのね?」

 

「ああ……俺様の可愛い妹だ。……気が変わった。俺様の女になるなら見逃してやるが?」

 

「馬鹿言わないでよ。誰がアンタなんかの」

 

 日向がそう告げると、金髪オールバックの筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の大男――竜ヶ崎龍は、壁際に飾ってあった、一本の日本刀に(おもむろ)に手を伸ばした。

 

 日本刀は飛び散った血で濡れていた。竜ヶ崎龍は、妖しく光る刃物を、まるで日向に見せつけるように鞘から抜いた。

 

「――模擬刀だと思ったか?」

 

「ひっ……!ち、近付けないで……っ!」

 

「そうか、刃物が怖いか。『刃物恐怖症』とでも言うべきか。あの事件を思い出すか?ん?」

 

「な……なんでそれをアンタが知ってるの……」

 

 日向は腰を抜かす。竜ヶ崎龍はニヤリと笑って、日向を見下ろすように告げた。

 

「俺様が〈不如帰会(ほととぎす)〉の幹部――会員番号一桁(ダーキニー)でもあるからだ。そう思ったからこそ攻め込んできたんじゃないのか?ん?」

 

「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 日向が頭を抱え、悲鳴を上げる。その叫びは、痛ましいほどに悲痛なものだった。

 

「昔のトラウマから未だ脱却できてないらしい。〈十天〉……恐るるに足らずだ」

 

 竜ヶ崎龍は、激しく動揺して(うずくま)る日向の腹を蹴り上げた。日向の身体が吹き飛び、壁に激突する。

 

「……ううっ」

 

「害虫駆除が終わればゆっくりと犯してやるよ。楽しみにしておけ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――再び、雪渚サイド。夏瀬雪渚一行が手毬宅を一歩出ると、未だに雨はザーザーと、五月蝿(うるさ)いほどに降り(しき)っていた。

 

「手毬は家にいろよ。俺たちで竜ヶ崎を(さが)してくる」

 

「わ、わかったのだ。どうか、どうか巽をよろしく頼むのだ!」

 

 深々と頭を下げる手毬を見届ける。最後尾の拓生が外に出た後、扉を閉めた。――そのときだった。

 

 雨が打ち付ける、車が走っていない車道の上に、誰かの人影が見えた。その人影は、ふらふらと、ふらふらと、今にも死にそうな様子でこちらに歩いている。

 

 雨の中、俺の視界が捉えたのは――長い黒髪に、黄色い二本の角を生やした女――竜ヶ崎巽だった。全身傷だらけで、その動きには生気が宿っていない。竜ヶ崎は、俺たちの眼前の横断歩道まで差し掛かったところで、大地に(もた)れ掛かるように、前方に倒れ込んだ。

 

「――竜ヶ崎さん!?」

 

「竜ヶ崎女史!」

 

 天音と拓生が駆け寄る。天音が手を合わせ、祈るように異能で回復を試みるも、竜ヶ崎の傷は深く、とても短時間で済むような傷ではなかった。

 

「――ダメです!傷が深くて……とてもすぐには……っ!」

 

 竜ヶ崎は、ひゅー、ひゅー、と苦しそうに呼吸をしている。今にも事切れそうで、あまりにも痛々しい。そんな竜ヶ崎を、激しく雨が打ち付ける様は、見るに耐え難い光景だった。俺は竜ヶ崎へと歩み寄り、その場にしゃがんだ。そして、名前を呼ぶ。

 

「おい竜ヶ崎」

 

「お……前……かァ……。帰れって……言った……だろォが……ァ……」

 

「お前の話は聞いた。事情も知らずに二度もボコボコにしちまって悪かったな」

 

「な……ンだよ……そんなことを……言うために……!わかってんだよォ!アタイが……アタイが弱ェってことくれェよォ……!」

 

 竜ヶ崎の目は、怒りで滲んでいた。それと同時に、目が潤んでいる。それは自分の無力を痛感してか、はたまた住民たちを救えないもどかしさからか。その様子を、静かに天音と拓生が見守っていた。

 

「どうしてお前は戦うんだ?住民たちに嫌われてまでも」

 

「ここは……アタイが生まれ育った場所だァ……。アイツらが……アタイのためにアタイを嫌うフリをしてんのは知ってんだよォ……!そんなこと知ったらよォ、尚更見捨てられねェだろォがァ……。戦えるのは……アタイしかいねェんだからよォ……!」

 

「でも負けてんじゃねーか」

 

「…………ッ!」

 

「竜ヶ崎。俺も最近学んだことだけどよ……案外助けてくれる奴は近くにいるもんだぜ。助けを求めるのは……ダサいことじゃねーよ」

 

「……さっきも言っただろォが……ァ……!誰も……誰も……兄貴には勝てねェんだよ……ッ!」

 

「何度も陳腐な台詞を言わせるな。やってみなきゃわかんねーっつってんだろ?」

 

「…………ッ!」

 

 竜ヶ崎はゆっくりと身体を起こし、腰を折り畳んで両手を突く。竜ヶ崎は、びしょ濡れになった車道の地に頭をぶつけた。

 

「――こんなことアタイが言って許されるはずもねェ!重々承知の上だァ!」

 

 静かにその様子を見守る。土下座の姿勢を()る竜ヶ崎の頭から流れ出した血が、濡れた車道に滲む。

 

「――お前にしかもう頼れねェ!……助けてくれ」

 

「『お前』じゃねえ、夏瀬雪渚だ。竜ヶ崎巽――お前を地獄から救ってやる」

 

 その瞬間、竜ヶ崎の赤い目から涙が(あふ)れ出た。竜ヶ崎は土下座の姿勢のまま、感涙に(むせ)ぶ。女の頬を伝う涙を、雨が優しく(ぬぐ)う。

 

「――やるぞ、〈神威結社〉」

 

「「了解!!」」

 

 天音と拓生は、待ってました、と言わんばかりに返事をした。その表情に覚悟の色が滲んでいたことは、言うまでもない。




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