異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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1-39 The Descended Angel

 ――二一一〇年十二月七日。新世界七日目。俺が目覚めて、一週間が経過しようとしていた。

 

 窓から差し込む陽光を受けながら、階段を下り、リビングに足を踏み入れる。そして欠伸(あくび)を一つ。すると、卵だろうか――朝食の香ばしい匂いとジュージューというフライパンの音が俺を温かく迎え入れた。

 

「天音、おはよう」

 

「あっ、おはようございます、せつくん。お早いお目覚めでしたね」

 

 メイド服姿の天音が優しく俺に朝の挨拶を返す。ニコニコと微笑んで、楽しそうな様子だ。手馴(てな)れた様子でフライパン返しを決める。時計を見ると時刻は十時を過ぎたところだった。

 

 ――全く「お早いお目覚め」ではないが、天音が俺に甘いのは日常茶飯事だ。

 

「あれ、拓生と竜ヶ崎はまだ寝てるのか?」

 

「いえ……それが竜ヶ崎さん、早朝から起きていたみたいで、ずっと地下でトレーニングされてます。どうやら御宅さんもそれに付き合わされているようでして。竜ヶ崎さん、せつくんの役に立つって張り切ってましたからね」

 

「ほー、そうなのか」

 

「――ボス!起きたかァ!」

 

 タイミング良くリビングに現れたのは、元気溌剌(げんきはつらつ)といった様子の、黄色い二本の角を生やした長い黒髪の女――竜ヶ崎だ。その背後には対照的に、疲労困憊(ひろうこんぱい)といった様子で息を切らす拓生の姿もあった。相も変わらず萌えキャラが描かれたTシャツを身に着けている。

 

「おう、拓生、竜ヶ崎。おはよう」

 

「おォ!ボス!気持ちのいい朝だなァ!」

 

「……おえっ。おはようさんですぞ雪渚氏……」

 

「おいおい……大丈夫か、拓生」

 

「……いやはや竜ヶ崎女史が元気なもので」

 

「だらしねェぞォ!拓生ォ!運動しねェからぶくぶくと太るんだァ!」

 

「あれは運動ではなく訓練と呼ぶべきですぞ竜ヶ崎女史……。申し訳ないですが、もう一眠りしてきますぞ。天ヶ羽女史、朝食は後でありがたくいただきますぞ」

 

「か、かしこまりました……」

 

「お、おう。ゆっくり休んでこい拓生……」

 

「馬鹿野郎拓生ォ!姉御のメシを後回しにするとは何事だァ!」

 

 拓生は今にも倒れそうな様子で、ふらふらと階段を上っていった。竜ヶ崎との過酷なトレーニングの様子が(うかが)える。

 

「竜ヶ崎……お前何時から拓生とトレーニングしてたんだ?」

 

「おォ?そうだなァ……アタイが四時に起きてよォ……拓生のヤツを叩き起こしてからずっとだなァ!今が十時過ぎだからァ……二時間くれェかァ!」

 

 ――眠い中、深夜に突然叩き起こされてぶっ続けで六時間のトレーニング。そりゃ今は飯どころじゃないわ。

 

「おーアホめ。六時間だ。トレーニングは結構だが程々にな。本来拓生は戦闘員じゃねーからな」

 

「おォ!ボスがそう言うならそうするぜェ!」

 

「竜ヶ崎さん、せつくんのお役に立ちたいというお気持ちは痛いほどわかりますが……あまり無理をされては逆効果ですよ?」

 

「でもよォ姉御ォ。頑張らねェと〈極皇杯(きょくのうはい)〉で勝ち上がれねェだろ?」

 

「なんだ竜ヶ崎、お前〈極皇杯〉に出るつもりか」

 

「当然だァ!ボスが出るならアタイも出場しねェとなァ!〈神威結社〉でワンツーフィニッシュだァ!」

 

 ――〈極皇杯〉。四十万人を超える全参加者が八つの予選ブロックに分かれ、バトルロワイヤルを異能バトルで戦い抜く。そして、各ブロックで最後に残った一名――計八名のみが本戦に進むファイナリストとなる。そこからのトーナメント戦を勝ち残った者が優勝者となる。

 

「去年の参加者は四十万人を超えたんだろ?その中でワンツーフィニッシュとはお前……大口叩くじゃねーか」

 

「ボスが優勝でアタイが準優勝だァ!いい案だろォ?」

 

「はっ、悪くねえ。元より優勝するつもりだしな」

 

「さすがボスだァ!話が早ェ!」

 

「ふふ、お二人共頑張ってくださいね」

 

「まあそれはいいとして竜ヶ崎、お前……部屋着ダサすぎるだろ……」

 

 竜ヶ崎はいつもの外着兼戦闘スタイルの黒い軽装の鎧ではなく、白いTシャツを着ている。無地Tならば特筆することはないのだが、その中央に達筆に「忠誠」と書かれている。まるで外国人が日本旅行に訪れた際に土産屋(みやげや)で買っていくような代物だ。

 

「なっ……!?ボス!姉御ォ!このセンスがわからねェのかァ!?」

 

「いや、好きにすりゃいいけどよ……」

 

「そうですね……。まあ、右に同じです」

 

「ガッハッハ!そうさせてもらうぜェ!」

 

 天音が食卓に、サラダやソーセージが添えられた目玉焼き、ライスにコーンスープ、グラスに注いだ麦茶を並べる。竜ヶ崎が待ってました、とばかりに(よだれ)を垂らして席に着く。それに(なら)うようにして俺と天音も着席した。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 麦茶を一口飲み、まず喉を潤す。良い具合に冷えた麦茶が喉の奥まで染み渡る。醤油を目玉焼きに垂らし、目玉焼きを口に放り込む。咀嚼(そしゃく)の度に、(はじ)けた黄身が口内を満たし、その美味しさに感動すら覚える。

 

「うっま……!」

 

「うめェうめェ!姉御の料理は天才的だなァ!店出せるんじゃねぇかァ!?」

 

「マジでそれな……」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 天音が嬉しそうに微笑むと、再び、リビングに丸々と太ったデフォルメの効いた体格の男が姿を現した。その丸眼鏡の男――拓生が口を開く。

 

「何やら美味しそうな匂いがしますな……」

 

「おォ拓生ォ!結局メシに釣られて出てきてんじゃねェかァ!」

 

「コイツ(しばら)く痩せねーな……」

 

「いやはや……食欲には勝てませんな」

 

 拓生は照れ臭そうにおかっぱ頭を掻きながら食卓に近寄ってくる。

 

「ふふ。あ、御宅さん、すぐに準備しますね」

 

「ああいえ、天ヶ羽女史は座っていてくだされ。小生が取って参りますぞ」

 

 御宅が料理を食卓に置き、着席する。各々が箸を進める中、天音が俺に問い掛けた。

 

「ところでせつくん、今晩は〈十天円卓会議(サミット)〉ですが……せつくんはその前に予定があると仰っていましたよね?」

 

「ああ、それにも関係するんだが……前に言ってた一攫千金(いっかくせんきん)の策な。今日動くぞ」

 

「おっ、雪渚氏、いよいよ動くのですな?」

 

「おォ?ボス!何かするのかァ?」

 

「まあな。日向との待ち合わせは〈歌舞姫町(かぶきちょう)エリア〉で二十時だ。俺の予定も丁度(ちょうど)そのタイミングで終わるからそこで合流しよう」

 

 ――〈歌舞姫町エリア〉。この〈オクタゴン〉がある〈真宿(しんじゅく)エリア〉に隣接する、夜の歓楽街だ。この〈オクタゴン〉からでも十二分(じゅうにぶん)に徒歩圏内だ。

 

「おォ!じゃァ、ボス。それまでアタイは〈真宿エリア〉と〈歌舞姫町エリア〉で金を奪っちまったヤツらに金を返しに行きてェ!」

 

「小生も(いく)つか仕事を済ませてから二十時までに〈歌舞姫町エリア〉に向かうようにしますぞ」

 

「となると二十時までは単独行動ということになりますね。せつくん、私も食材の買い出しなどその間に済ませてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、助かる。であれば二十時に〈歌舞姫町〉エリアに再集合だな」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――〈歌舞姫町エリア〉。夜の(とばり)が下りた中でも、その街は(にぎ)やかな色町(いろまち)の様相を呈する。ネオンライトが彩る派手な看板が建ち並び、通りを着飾った男女が行き交っている。

 

 ――そんな〈歌舞姫町エリア〉の中心街。ビルの壁面の「I♡歌舞姫町(アイラブかぶきちょう)」という縦の文字列に沿って赤い光を放つ巨大なネオンサインが目を()く。

 

 そのビルの前で、夏瀬雪渚を除く〈神威結社〉の三名、そして〈十天〉・第七席――日向陽奈子は、一人の男を待っていた。

 

「……おっそいわね、夏瀬のヤツ」

 

「一攫千金の策……と言っておりましたな。いやはや雪渚氏はどういうおつもりですかな?」

 

「姉御は何も知らねェのかァ?」

 

「残念ながら私にもさっぱりです。せつくんは常に私の思考の遥か上を行きますから……」

 

「――うー、さむ。悪いな、待たせた」

 

 俺は両手に()めた白い手袋を擦り合わせて彼らの下へ現れた。一同が俺に声を掛ける。

 

「おォボス!」

 

「せつくん!」

 

「雪渚氏!」

 

「ちょっと遅いわよ夏瀬!アタシめっちゃ待ったんだからね!?」

 

 そう言って可愛らしく不満を口にする金髪ツインテールに桜色の毛先のギャル――日向陽奈子。ヘソ出しファッションに見せパンスタイルという露出の高い格好で俺を出迎えた。月光を受けて前髪を留めた太陽のバレッタ――髪飾りが輝いている。

 

「悪い悪い、思ったより参加者が多くてな」

 

「参加者……?何の話……?」

 

 ――周囲に広がる夜の歓楽街。それを(きら)びやかに演出するネオンライトに行き交う若者たち。その賑やかな光景は、八十五年前、俺が腐っていた頃に度々訪れたあの街のままだ。

 

「それより竜ヶ崎はちゃんと金返せたか?」

 

「おォ!バッチリだァ!ニュースの件もあってむしろ同情すらされたぞォ!」

 

「話が早くていいんじゃねーか?」

 

「あァ!みんな優しくていいヤツらだァ!」

 

 俺は、無数の視線が浴びせられているのを感じ取っていた。周囲の若者たちが立ち止まり、騒めき立っている。

 

「おいあの人〈十天〉の陽奈子ちゃんじゃねーか?」

 

「ホントだ顔良っ」

 

「一緒にいるの昨日ニュースに出てた奴じゃね?」

 

「え?誰?」

 

「ほらあの白い髪の奴」

 

「あーなんか五六(ふのぼり)社長と並ぶ天才……とかいう?」

 

「ねえ見て、メイドの人めっちゃ美人じゃない?」

 

 ――〈十天〉の日向に昨晩のニュースで話題に挙がった俺……か。あまり注目を集めるのも良くないな。

 

「さあ、〈十天円卓会議(サミット)〉だろ。行こうぜ」

 

「いよいよですな!」

 

 ――そのときだった。何処(どこ)か見覚えのある、浴衣姿の長身の男が、ぬるっと物陰から顔を覗かせた。

 

「――やっと見つけましたよォ!」

 

「えっ……!?誰この人……!」

 

 日向は少し怯えた様子を見せる。その男の姿には、少なくとも、日向以外の俺たち〈神威結社〉の四名には見覚えがあった。

 

 その浴衣姿の長身の男は、オールバックの黒髪を掻き上げるような仕草の後、耳にこびり付くようなねっとりとした口調で俺たちに告げた。

 

「ニュースを観て驚きましたよォ……!組長は捕まってしまいましたが……〈竜ヶ崎組〉は不滅……!私が復活させますからねェ……!」

 

「テメェ……!(はかり)……!」

 

「貴方は確か〈竜ヶ崎組〉の幹部の……」

 

 怒りを露わにする竜ヶ崎と、思い出したように呟く天音。その男は間違いなく、〈竜ヶ崎組〉・幹部――計大車輪、その人だった。

 

「おやおやメイドのお嬢さん!先日はしてやられましたが、確かにあのときは私の判断ミスでしたねェ!真っ先に……頭を潰すべきでしたァ!」

 

「……何を仰るのですか?」

 

 ――刹那(せつな)。計は凄まじいスピードで俺の眼前にまで迫ると、懐からナイフを取り出し――俺の胸元に突き刺した。

 

「――良くも組長を……ッ!」

 

「……なっ!」

 

「――せつくん!」

 

「夏瀬……!」

 

 呼び掛ける仲間たちの声が、徐々に遠ざかってゆく。薄れゆく意識の中で、俺は一筋の光明を見た。

 

 俺がよく知るその白い髪のウルフカットに、メイド服がよく似合う美女。彼女の背中から、メイド服を突き破って、三対六枚(さんついろくまい)の、白く、大きな翼が生えた。神々しく輝く輪が、頭上に浮かんでいる。

 

 翼を広げて舞い上がった彼女。足許(あしもと)に立っていた計大車輪は文字通り――「消滅」した。まるで神の怒りに触れたかのように。為す術もなく。

 

 月光をバックに、三対六枚の白い翼を生やし、頭上に天使の輪を浮かべた彼女は、天界から地上に舞い降りた天使を想起させる。そんな神々しい姿だった。

 

 俺は遠のく意識の中で、一つの確信に至った。世間に正体が隠されたままの、世界上位十名――〈十天〉・第二席、その正体。思えば、もっと早く気付くべきだったのだ。

 

 ――〈十天〉・第二席に座するのは、天ヶ羽天音なのだと。

 

 「I♡歌舞姫町」という文字列に沿って赤い光を放つビルの壁面のネオンライトと、燦々(さんさん)と輝く月輪(がちりん)をバックに、白い翼を生やして宙に浮かぶ、美しい白い髪のメイド。彼女が此方(こちら)を見下ろす様は、それはそれは幻想的な風景を映し出していた。




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