異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる―― 作:衝動
「陽奈子ー!学校に遅刻するわよー!」
「う~ん、あと五分~」
――二〇八八年四月二十八日、〈
「おはようママ……あれ?お父さんは?」
「おはよう陽奈子。お父さんならもう仕事に行ったわよ」
まだ眠い目を
「ほら陽奈子、早くしないと遅刻するわよ」
「わかってるってママ。行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
会社員の父が三十五年のローンで購入した都内の
伸ばした綺麗な黒髪がちょっとした自慢……そんな普通の、
――その日の夕方。私は、尻尾を振りながら呼吸する愛犬のタロと
「へへっ、タロ。今日も元気だね」
「クゥーン」
「……ねーママ、パパ。私いつ異能
「そうねえ、いつかわからないけどきっとすぐ
「そうだぞ。
夕食の食器を洗いながら答える母に、テレビを観ていた父が同調する。二人のその声には、娘を
「そうだよね……でも早く異能が欲しいなあ」
「陽奈子のペースでいいのよ。
私の指をペロペロと舐めるタロ。その頭を優しく
――私の唯一の不安は異能が顕現しないことであった。現代の人間には一人につき一つ、大なり小なり何らかの異能が顕現する。早い人間だと十歳で、遅くとも大抵の場合は十六歳頃には異能が顕現する。
――しかし、私は十七歳、高校二年生になっても未だ異能が顕現しなかった。周囲の友達が異能を使いこなす中、私だけは焦りを覚えていた。その
「陽奈子、ところで進路はどうするの?進路調査、明日までなんでしょ?」
机に置かれた進路希望調査票を
「はぁ、これも異能次第でもあるんだけどなぁ」
――一昔前は進学か就職かの二択だったと聞くが、今もそれは変わらない。しかし、それは飽くまで下級異能や中級異能の人間は、だ。上級異能以上であれば異能戦によって異能犯罪への抑制に貢献しやすいし、異能戦の戦績に応じて世界六国から受け取った報酬で生計を立てることもできる。
――
「陽奈子のやりたいことをやればいいんじゃない?」
「やりたいこと……かぁ」
机に
――翌日、学校。
「――おはよ!ひなこっち」
机に座った私の視界に、二つの太陽の形の髪飾りと金色の髪が映る。
「舞白、おはよ」
この朝からハイテンションの、金髪ツインテールの女の子は
「ひなこっちー!進路希望調査票って明日までっしょ?どうするの?」
「うーん、まだ決め
舞白の疑問に、私は荷物を床に置きながら
「アタシは就職かなー!異能も下級でガン萎えだし大学行くお金ねーしでマジウケる」
「そっかぁ……私も就職しよっかな」
未だ異能が顕現しない私にとって、いずれ顕現する異能を夢見て就職しない、というギャンブル的
「え、ひなこっち就職するの!?」
「うん、そうしよっかな」
「じゃあさ!就職先同じになるようがんばろ!」
「うん!ありがと、舞白」
「いぇあ!」
舞白は嬉しそうに八重歯を覗かせて笑った。こうして私は親友と同じ道に進むことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――一年後。私は高校卒業と同時に、親友の舞白と同じ都内の食品会社に事務として入社した。社内の休憩室にて親友の舞白と昼食を取る。蛍光灯の下で、二人の会話が
「あ、ひなこっちもお弁当作った系?」
「うん、こっちの方がコスパいいかなって」
「おかず交換しよーよ!私の唐揚げあげる~!」
「ありがと舞白。じゃあエビフライあげるね」
賑やかな休憩室。入社したばかりで仕事は慣れないが、こうして親友とまた一緒に居られるというのは悪くないかもしれないと私は考えていた。窓から差し込む日差しが、その穏やかな時間を照らしている。
そしてこの一年、結局私に異能が顕現することはなかった。そのことに私は変わらず
「それにしてもひなこっちと違う
「一緒が良かったよね~。ほんとに忙しすぎ」
「それな~!てか研修雑すぎじゃね?上司も全員きしょいし!マジ休みたい!」
私は一般事務、舞白は受付事務になり、お互いに
「へへ、そうだね。早くゴールデンウィーク来てほしいよね~」
「それな!あ、てかひなこっち!ゴールデンウィークさ、アタシら二人で旅行行くのありじゃね?」
舞白の突然の提案に目を丸くするが、いつものことだ。舞白は多少強引な面もあるが、主体性がない私をいつも引っ張ってくれる。
「ありかも。じゃあ週末ウチで計画立てようよ」
「え、やった!ひなこっちママのご飯よき?」
「もー舞白、仕方ないな~。ママにお願いしとくね」
「ひなこっちありがと!あ、そろそろ昼休憩終わっちゃう!」
休憩室のデジタル時計が表示した時刻は十二時五十七分。そろそろ午後の仕事の時間だ。
「あ、そうだね。じゃあ、舞白またね」
「いぇあ!」
急いで空になった弁当箱を
自分の座席へと急ぐと、職場のお
「あ、木村さん……すみません。今戻りました」
「あのさ~日向さん、遅いんだけど。言ったよね?十三時ちょうどには座席に座って業務を始めるようにって」
木村は明らかに
――時間ピッタリ。休憩を多く取ったわけでもないんだけどな。
その横で次々と休憩から戻ってくる他の
「……すみません。次から気を付けます」
「あと日向さん、この資料間違ってるんだけど。ちゃんとチェックしたの?」
木村は資料を勢い良く私の机に叩き付ける。木村は要するに、単に私をストレス発散の
「すみません……チェックはしたんですけど……」
「はあ、ホント使えないわね」
「……すみません。確認してすぐ修正します」
「はあ……」
周囲の社員も強く言えないのか、皆が見てみぬフリをしている状況。私は、私にはこの仕事は向いていないのかもと思い始めていた。
しかし、舞白と同じ会社になんとか内定を
「日向さ~ん、お茶貰っていい?」
「あ、はい!すぐに!」
男性の上司の指示で、私は
「はあ、日向さんホント使えない。なんで
「新人の子でしたっけ?正直顔だけって感じですよねー、暗くて地味だし」
「面接で身体でも売ったんじゃないですか?なんて」
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!それ最高!」
――また木村さん。それとその取り巻き。これも日常茶飯事だ。なんだか嫌になっちゃうな。
「…………」
「あ、日向さん……」
「何?日向さん、何か文句あるの?」
「いえ……」
「いや暗すぎでしょ。行きましょ」
面白くなさそうに去っていく木村と取り巻きたち。何度強く当たられてもこの感覚は未だに慣れない。しかし、舞白や両親に心配をかけるわけにもいかない。耐えれば済む話だと私は思い込み、それ以上は考えないようにしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そして迎えた週末。今日は待ちに待った、舞白とゴールデンウィークの旅行の計画をウチで
ピンポーン!
リビングに響き渡るインターホンの音。
――舞白だ―――。
階段を駆け下り玄関の扉を開ける。待ち
「ひなこっち!お邪魔するね!」
「舞白!入って入って!」
リビングから愛犬のタロが駆け寄ってくる。嬉しそうに尻尾を振る姿に心が和む。
「ワン!ワン!」
「タロ~!久しぶり~!」
舞白はタロを撫でた後、タロと
「あらタロ、舞白ちゃんが来てくれたからって
続けてリビングから現れた母が、舞白に歓迎の言葉を投げ掛ける。母の声には、いつもの優しさが
「ひなこっちママ!ご
敬礼のポーズを取って挨拶を返す舞白。その様に思わず苦笑が漏れる。
「舞白ちゃん、ハンバーグ作ってるから楽しみにしててね!」
「わあ!ありがとうございます!」
「ほらあなた、舞白ちゃんが来られたわよ」
母がリビングの父に声を掛ける。直後、父もリビングから顔を出す。
「おー舞白ちゃん!久しぶりだね。陽奈子が会社でもお世話になってるそうで」
「いえいえ!とんでもないです!すみません、お休みの日にお邪魔しちゃって……」
「いやいや、舞白ちゃんなら大歓迎だよ。
「ありがとうございます!」
――普段は能天気で明るい舞白……フランクながら
「舞白、部屋行こっ」
「おけ!」
階段を上ろうとしたところで母から肩を叩かれる。振り向くと、白い箱を渡しながら母が優しく告げた。
「さっき買っておいたケーキよ、舞白ちゃんと食べなさい」
「あっママ、ありがとう」
「ひなこっちママ、ありがとうございます!」
「いいのよ舞白ちゃん。後でご飯できたら呼ぶからね」
「はーい!」
ドタドタと階段を駆け上り、私の部屋の扉を開ける。高校生までは毎週のようにウチか舞白の家で舞白と遊んでいたが、社会人になって忙しくなってからは久々の時間だ。胸が踊ってしまう。少し懐かしい感覚が、心を温かく包む。
部屋に入るやいなや、白い箱を床に置き、二人はベッドに腰掛けた。舞白は
「えっ舞白、買ってきてくれたの?」
「へっへっへ!こういうのはアナログに限るからね!」
「ふふ、ありがと舞白」
「いぇあ!」
各々かその雑誌を手に取り、旅行の行き先を検討する。ページを漁る。ページを
「〈
「〈渚岐南エリア〉って去年の〈
「いぇあ!めっちゃ綺麗だったくない?」
「確かにいいかもね」
そのとき、階下からインターホンの音が聞こえた。来客だろうか。
「およ?お客さんかな?それでそれで、ひなこっちは気になるとこある?」
「うーん、
「うわー!それもあり!」
「でも舞白が言ってくれたところも気になるなあ。〈桜和門エリア〉も〈常夏諸島ニライカナイ〉も行ったことないし」
「それな!悩むー」
「え、決めるの難しくない?」
「それ!マジムズい!あ、
旅行情報誌と
「そうしよっか。あ、小皿とフォーク貰うの忘れてた……」
「じゃあアタシ、ひなこっちママに貰ってくる!」
「え、いいよ舞白!私行くから」
「もう、そう言ってタロの頭撫でたいだけでしょー?」
「あちゃ、バレた?まあ、ひなこっちは雑誌見ててちょ!」
「わかったー」
舞白はそう言うと扉を開けて部屋を飛び出した。ドタドタと階段を降りる音が聞こえた後、
再び旅行情報誌のページを眺める。しかし、
――そして十分後。遅い。あまりにも遅い。舞白が戻って来ない。
――両親共に在宅しているはずだから聞けばフォークや小皿の位置はすぐにわかるはずだ。タロと遊んでいる――にしては静かすぎる。
「もー舞白、何してんだろ」
ベッドから立ち上がり、部屋の扉を開ける。
――すると、酷く不快な空気が家の中に充満しているのがわかった。加えてあまりに静かすぎる。鼻を突いたのは――血の匂いだった。
「えっ……」
何か嫌の予感を感じ取った私は、恐る恐る階下へ下りる階段に足を踏み入れる。足音が、異様なほどに大きく響く。
ギィ、ギィ。
階段を一段、また一段と下りる度に、心臓の鼓動が徐々に激しくなっていく。一段、また一段と下りて、やっとの思いで踊り場に
――そのとき、私が目にしたのは信じ難い光景だった。
――私が目にしたのは――、赤い
――心臓の鼓動が、空間を裂く。
真っ赤な血で染まった玄関に並べられた靴。その靴の
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