異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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1-47 日向家の憂鬱

 ――日向家の日常を、絶望一色に染め上げた凄惨(せいさん)な事件から数日。日向家の長女であった日向陽奈子は()ぐに職場を去った。

 

 あれから数日の間も日向家では捜査が続けられていた。飛車角の話では、〈不如帰会(ほととぎすかい)〉の信者、会員であった木村が、職場で目の敵にしていた私の個人情報を盗み見て、会員番号一桁(ダーキニー)であった四条(しじょう)に取り入るためにその情報を売った。

 

 取り調べによって木村がそう自供したとのことだ。当然、木村はその場で逮捕(たいほ)。しかし、実行犯である四条の行方(ゆくえ)は不明とのことだった。

 

 〈不如帰会〉――発起(ほっき)して一年も経たない新興(しんこう)宗教団体ながら、様々な宗教団体を吸収し、今や世界最大の宗教団体にまで成り上がった。勧誘を拒否した場合は殺害するという極悪非道な手段を用いて、だ。その事実は〈不如帰会〉に所属する人間と警察や、〈十天〉の人間しか知らないという。

 

 私は飛車角からその話を聞いた後、愕然(がくぜん)とした様子でその場を去った。照りつける太陽が、私の着る喪服を焦がすように熱していた。普段は心地良いはずの陽光が、今はただただ不快だった。

 

 ――どうして舞白や家族がこんな目に()わなければならないのか?

 

 ――舞白が家に遊びに来なければ舞白は助かったのか?

 

 ――あの日、ケーキをママから受け取らなければ舞白は助かったのか?

 

 ――階下に下りるのが私であれば舞白は助かったのか?

 

 ――そもそも私があの会社に入社しなければママもパパも舞白もタロも、誰も殺されずに済んだのではないか?

 

 ――いや、私に異能の力があれば誰も殺されずに済んだのではないか?

 

 ――私は不幸にも――生き残ってしまった。

 

 次々に襲い来るそんな自責(じせき)の念に()られる毎日だった。その思いが、日に日に重く()()かってくる。

 

「……この辺りかな」

 

 今日は舞白の告別式だ。昨晩のお通夜は親族だけで、ということもあり、事件以降未だ舞白の両親には会えていない。学生の頃は舞白の家にもよく遊びに行っていた。マイペースながら優しい母親と柔和(にゅうわ)な父。私が遊びに行くと温かく歓迎してくれた。罪悪感が胸を締め付ける。

 

 ――あの二人に……なんと謝ればいいのだろう。

 

 そんなことを考えながら、重い足取りで葬儀場に足を踏み入れた。受付で香典(こうでん)を手渡し、大きな扉を開けると学生時代の友人、職場の同僚たち、舞白の親族らしき見知らぬ大人たち、そして――舞白の遺影(いえい)の前で泣きじゃくる舞白の両親がいた。その光景に胸が張り裂けそうになる。

 

「ああっ……舞白……どうして……どうしてこんなことに……っ!」

 

「舞白……ううっ……」

 

 ――話し掛けるべきだ。誠心誠意(せいしんせいい)謝罪すべきだ。謝っても許されないことをしてしまった。それは十二分に理解(わか)っている。それでも謝罪すべきだ。

 

 その思いが、足を前に進ませる。遺影の前で泣きじゃくる彼らの下へと歩を進めた。すると、その様子に気付いた舞白の母が表情を変える。こちらに駆け寄り、私の肩を(つか)み、式場に響き渡るほどの大声で怒鳴った。

 

「アンタ……!!!どの面下げてっ……!!!」

 

 その声には深い悲しみと怒りが混じっている。()れた(まぶた)に鬼の形相(ぎょうそう)を浮かべる舞白の母。記憶の中の優しかった舞白の母の影はない。当然だ、最愛の娘が殺されて冷静でいられるはずもない。その形相に私は言葉を失う。

 

「アンタの所為(せい)で!アンタの所為で……っ!!!」

 

 (ざわ)めき立つ葬儀場。私は彼女に何も言い返すことができなかった。舞白の父がこちらに近寄ってくる。その重い足取りから、やり場のない深い悲しみが感じられた。

 

「陽奈子ちゃん……家内(かない)も君が悪いわけではないのはわかっているんだ……ただ……」

 

 言い(よど)む舞白の父。だが、彼が何を言おうとしていたかは明白だった。舞白の父のその言葉を受け、舞白の母が言葉を(つむ)ぐ。声が、震えている。

 

「わかってる……わかってるけど……ううっ……」

 

 私の肩を強く掴んでいた両手がだらしなく垂れ、舞白の母はその場にへたり込む。

 

「――間もなく、故・青砥(あおと)舞白(ましろ)様の告別式(こくべつしき)が開式となります。受付を済まされたご参列の皆様はご着席をお願いいたします」

 

 ――数刻後、舞白の告別式が始まった。

 

「舞白ぉ……」

 

「舞白ちゃん……なんで……っ!」

 

 (すす)り泣く音が時折(ときおり)聞こえる中、司会の挨拶、読経(どきょう)弔辞(ちょうじ)弔電(ちょうでん)の紹介、焼香(しょうこう)と、|粛々(しゅくしゅく)と葬儀は進行した。深い(かな)しみの中、(おごそ)かな空気が式場を満たしている。

 

 舞白がどれだけの人に愛されていたの改めて実感する。何の取り柄もない私と違って、舞白は死んではいけないはずの人だった。

 

「――最後に、喪主(もしゅ)青砥(あおと)聡史(さとし)様よりご参列の皆様へのご挨拶となります。青砥聡史様、よろしくお願いいたします」

 

 舞白の父が立ち上がり、参列者の前に立って深く一礼した。

 

「……皆様、本日はお忙しい中、娘……舞白のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます」

 

 私は舞白の父の顔を見ることができなかった。

 

「私ども家族にとって、娘は大切な存在でした。明るく、周りの人々に愛される娘であり、まだ若い彼女には、輝かしい未来が待っていると信じておりました」

 

 舞白の父の声が震えている。耳を(ふさ)ぎたいほどの罪悪感に駆られる。

 

「しかし……突然の出来事により、その未来を失うことになってしまいました。親としてこのような形で彼女を送り出さねばならないことに、深い悲しみと無念の念を抱かずにはいられません」

 

 舞白の母が(すす)り泣く声が聞こえる。

 

 ――私はどんな気持ちでこの挨拶を聞けばいいんだろう……。

 

「娘を奪われた悲しみは言葉に尽くせませんが、多くの方々に見守られながら、娘はこの場で旅立つことができると信じております。皆様の温かいお心と、ご支援、ご厚意(こうい)に心より感謝申し上げます」

 

 参列者たちは、各々の想いを抱えながらその挨拶に耳を傾けていた。各々の想いとは言っても、それが深い悲しみであることに変わりはなかった。

 

「私どもの苦しみを共有していただき、共に彼女を(しの)んでいただけることが、せめてもの(なぐさ)めとなります」

 

 ――舞白をただ供養(くよう)したかった……その一心だった。私が告別式に足を運んだのは間違いだったのだろうか。

 

「これからも娘の記憶を胸に抱きながら、前を向いて生きていくつもりです。どうか皆様も、娘のことを少しでも心に留めていただければ幸いです。……本日は誠にありがとうございました」

 

 舞白の父が挨拶を終え、再度深く一礼する。

 

 ――その直後、式に似つかわしくない、粗暴(そぼう)な大声が、式場に響き渡った。

 

「――ヲイヲイヲイヲイヲイヲイヲイヲーイ!!!!」

 

 式場の大きな扉が蹴り開けられる。その扉から現れたのは――まるで狂人。寄り目の目、大きく出した舌、ボサボサの濃い深緑色の髪、そんな細身の男だった。

 

 ――インターホンの録画に木村と共に映っていた男、〈不如帰会〉の会員番号一桁(ダーキニー)――四条だ。その姿を見た瞬間、私の血が(こお)ったような感覚になった。

 

「ちょっと!あなた!式の途中ですよ!」

 

 司会の男が止めに入る。騒めき立つ会場。直感が、危険を告げている。

 

「あ、待って……!」

 

 私は司会の男を制止しようと立ち上がるも、時既に遅し。司会の男が一歩を踏み出した瞬間、彼の四肢(しし)血飛沫(ちしぶき)を上げながら、バラバラに宙に舞い上がる。

 

 そして――ボト、ボトと鈍い音を立てて、地に落ちた。彼の鮮血(せんけつ)で、舞白の遺影や、舞白の遺体が入った(ひつぎ)が赤く染まる。

 

「ああ……あああ……」

 

「――きゃああああああああああ!!!」

 

「――やばいって!逃げろ!!!」

 

 何が起こったのかわからない――そんな一瞬の静寂の後、突如としてパニック状態となった葬儀場。四条はその様子を()め回すように見渡した後、棺の隣にあったマイクスタンドにじわじわと歩み寄った。そこにいた舞白の父は腰が抜けてしまっている。

 

「ヲイヲイヲイヲイヲイ!パパさんさあ!」

 

「あ、ああ……」

 

「未来を失った?彼女を奪われた?何か勘違いしてないッスか?」

 

「……あなた……何を……」

 

「あんたの娘は死んだんじゃないんスよ、〈(すく)いの子〉になったんスよ」

 

「……何を言っているんですか……」

 

「おや?パパさんは警察から聞いてないんスか?俺が――」

 

 見下ろすように舞白の父に語り掛ける四条。パニックとなった葬儀場――その中でも四条の声は不思議なほどにクリアに聞こえた。その声に、底知れない狂気が感じられる。

 

 ――待て。そんなことを、言っていいはずがない。

 

 そんな私の想いも(むな)しく、四条は満面の笑みで、舞白の父に告げた。

 

「――あんたの娘を殺したんスよ」

 

 一瞬の静寂……本当に一瞬の静寂の後、舞白の父が立ち上がり、勢い良く四条に向かった。その動きには、最早(もはや)、一ミリの理性すら感じられない。

 

「てめえええええええええええええ!!!」

 

「――あなた!」

 

 続け(ざま)に響き渡る舞白の母の声。恐怖と悲しみが入り混じった叫びが、式場に響く。

 

 ダメだ、このままでは舞白のパパまでも――と、そう思った瞬間、私はすっかり乱れてしまったパイプ椅子を蹴飛ばし、駆け出していた。それと同時に、私の身体が、天女(てんにょ)かの(ごと)く、(まばゆ)く光を放ち始めた。身体が、自然と動いていた。

 

「いいよ、あんたも〈救いの子〉っス!おめでとうございやーす!」

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 そう叫んだ私の身体が焼けるほどの熱を帯び、真っ白に光り出す。そのエネルギーを、右の拳に。右の拳だけが凄まじい輝きを放っていた。

 

「……あ?」

 

 ――刹那(せつな)。全身の光を集約させた私の右腕は、四条の(ほお)を捉えた。日向陽奈子が初めて、人に危害を加えた瞬間だった。

 

 直後、凄まじい爆音と共に、四条の身体は勢い良く床に叩き付けられた。衝撃が、式場全体を揺らす。

 

「がはッ……てめえ……ッ」

 

「……ひ、陽奈子ちゃん!?」

 

 何が起こったのかわからない、といった表情で私に声を掛ける舞白の父。そこに舞白の母が駆け寄ってくる。彼らの表情には、驚きと恐れが混じっている。

 

「お二人共、逃げてください」

 

「……てめえ……〈不如帰会〉を敵に回す気っスか……?」

 

「……黙れよ殺人鬼」

 

 初めて見るそんな私の様子に、呆気(あっけ)に取られる舞白の両親。

 

「お前……なんで私の家族を殺した?」

 

「……あ?」

 

「この遺影の子と同じ日に……お前が殺した私の家族だよ……」

 

「……ああ……あんた、〈救われなかった子〉っスか……」

 

「なんで殺したって聞いてんだよ……」

 

「殺したんじゃない……〈救いの子〉にしてあげたんスよ。さっきも言ったっスよね?」

 

「――外道(げどう)が」

 

「よし、じゃあお前も〈救いの子〉っスね」

 

 四条はそう思いついたように告げると、構えの姿勢を取る。彼のとった姿勢に、凄まじいほどの敵意と殺意が(にじ)んでいる。

 

「俺の偉人級異能……〈裂刃(ジャックザリッパー)〉の前に散りなぁ!」

 

 直後、足を大きくバネのように使い、飛び掛かってくる四条。人を「殺す」ために特化したような、洗練された動きだった。

 

「……陽奈子ちゃん!危ない!」

 

 舞白の父の声を気に留めることもなく、私は不思議と冷静だった。四条の動きは止まっているようにすら見えた。避けるまでもなかった。

 

 ――直後、私の右の拳が更に(まばゆ)い光を放ち始めた。拳を開き、四条の攻撃を()ぎ払うように、勢い良く振り(かざ)す。その手刀が四条の脇腹(わきばら)に深々と突き刺さり――貫通した。光の刃が、四条の体を真っ二つに両断する。

 

「……てめえ……何者……」

 

 真っ二つに割れた四条の身体が地に落ちる。肉塊(にくかい)が徐々に眩い光に包まれる。

 

「地獄に堕ちろ」

 

「……そうっスか……嗚呼(ああ)、教祖様……俺も救いの(とき)が来たってことっスね……」

 

 不気味な言葉を(のこ)しながら、死を受け入れた様子で天に手を伸ばし、眩い光の粒子に包まれる四条。その様は、幻想的と形容せざるを得ないほどの光景だった。

 

「……ひ、陽奈子ちゃん……君は……」

 

 いつの間にか葬儀場から人の気配はなくなっていた。舞白の両親と私だけを残し、四条の身体は光に包まれ、見る見るうちに形を失い――やがて消滅した。その最期の瞬間まで、狂気の笑みを浮かべたまま。




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