異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる―― 作:衝動
――「超渋谷第一体育館」。その敷地内は、異常とも呼べる人混みで、人の波に押し潰されそうになるほどだった。
「――押さないでくだされ!いっ、痛いですぞ!」
「――拓生ォ!何かいい道具ねェのかァ!」
「竜ヶ崎女史!小生はネコ型ロボットじゃありませんぞ!」
「――御宅さん!竜ヶ崎さん!大丈夫ですか!?」
「あ、天ヶ羽女史!どこにいるのですかな!?」
「――後ろです!」
「ぐぬぬ……首すら動かせませんぞ……!」
――圧死するのではないかと思うほど――いや、実際に人が圧死していても全くおかしくない人混みの中、天ヶ羽、御宅、竜ヶ崎――〈神威結社〉の三名は、既に三時間も格闘していた。
「――いつまでこの状態なんだよォ!もう三時間もこの調子でよォ!さっきから全然進んでねェぞォ!――おいッ!なんだてめェ!アタイのケツ触ンじゃねェ!」
「うおお……小生の豊満なボディが破裂しそうですぞ……!」
「――あァ!!ボスの活躍が観れねェじゃねェかよォ!大会が終わっちまうぞォ!」
「天ヶ羽女史!天ヶ羽女史だけでも……翼を広げて脱出できないのですかな!?」
「む、無理です!こんな状態では翼を広げられません!」
メイド服に身を包む、
――最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ…………!!!!
――せつくんのご活躍を見逃すなんてことがあっていいはずがない。本当に最悪だ。
――そもそもこんなことになったのも銃霆音さんの所為だ。銃霆音さんが
――せつくんは三時間前にこの人混みに突然飲まれてから、何とか出場者用出入口に押し込んだ。せつくんのご活躍の機会が奪われていいはずがない。
――そして日向さんは、神話級異能、〈
「――姉御!ボスは……!ボスはちゃんと参加できてるんだよなァ!?」
「――はい!大丈夫です!せつくんは今まさに中で戦っておられるはずです!」
「日向女史も余裕でこの人混みを抜けたとなると、あとは小生らだけですぞ!」
「……そうですね」
私は、息を大きく吸い込んだ。
――大声なんて、
「――御宅さん!!!竜ヶ崎さん!!!」
――でも、今はせつくんは見ていない。せつくん。一度だけ、私が私に課した役割を破ります。
「――死んでも突破します!!!!」
慣れない大声に喉が張り裂けそうになる。私の滅多にない大声に驚いた様子の御宅さんと竜ヶ崎さんは、水を打ったように一瞬の間を置いた後、ニヤリと笑って、返事をした。
「「――了解!!!」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――三時間超にも及ぶ格闘の末、私たち〈神威結社〉の三名は、何とか『超渋谷第一体育館』――その会場のエントランス――玄関ホールへと足を踏み入れることができた。
吊り屋根式のその巨大なアリーナは、四千平方メートルほどの広さがある。収容人数は、一万三千人にも上る巨大なイベント会場だ。
「――おォ!人はクソ多いけど外より楽だなァ!」
「いやはや、身動きが取れると一気に楽になりましたな」
「そうだなァ!外は死ぬかと思ったぜェ!」
人の往来は激しいものの、十二分に身動きは取れる。人混みに揉まれて乱れたメイド服を整えながら、駆け足で階段へと向かう。そんな私と竜ヶ崎さんの背後を、息を切らしていた御宅さんが
「ま……待ってくだされ!お二方!」
「拓生ォ!あれくらいでバテてんじゃねーぞォ!」
この玄関ホールからでも、アリーナ内の異様な熱気が伝わってくる。微かに聴こえるbeat――音楽と凄まじい大歓声。MCバトル――ラップバトルの真っ最中なのだろう。
――「EXTREME MC BATTLE」――通称、EMB。ラップバトルの世界的な大会でもあり、世界六国に六十四あるエリアでそれぞれ予選トーナメントが行われる。各エリアのEMB予選の優勝者が今宵の本戦に一同に集い、本戦トーナメントを戦い、最強のMCを決める。
その本戦会場である『超渋谷第一体育館』のアリーナは、地下一階、一階、二階に分かれている。地下一階はアリーナの中央で、ステージを真正面から
「――天ヶ羽女史!こちらの階段から地下一階と二階に行けますぞ!」
「地下一階一択です!行きますよ!」
「りょ、了解ですぞ!な、何だか天ヶ羽女史が殺気立ってますな……」
「当然です!急ぎますよ!」
「ッしゃァ!行くぜェ!」
階段を駆け下りると、広大なアリーナの空間が私たちを出迎えた。天井は高く、床には満員の観客。彼らは揃って、奥にあるステージに注目している。ステージには大型映像装置――LEDスクリーンが設置されており、ステージに立つ二人の男の顔写真とMCネームを表示している。
『――勝者、
「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」
ステージに向かい合って立つ二人の男の中央に立つ、スーツ姿の
「MC
「良かったぞー!!!」
MC Moga――敗者となってしまった男のMCネームなのだろう。会場中から賞賛の拍手と、声援が飛び交う。
走ったことで乱れた呼吸を、ゆっくりと呼吸して落ち着かせる。天井に設置されたカラフルなムービングライトの光が、ド派手にステージ上を
ステージの
「――イカしてたぜ♪」
『素晴らしいバトル……!素晴らしいバトルでしたが……惜しくもBEST4で敗退してしまいました。MC Moga、何か言い残したことがあればお願いします』
司会の男が、項垂れて悔し涙を流す男にそう声を掛ける。男は服の
「……MC
「「「「Wooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」」」」
『素晴らしいバトルを見せてくれたMC Mogaに拍手を!……さあ!次はいよいよ決勝戦です!これより十五分間の休憩を――』
この大歓声が立派に戦った男への賛辞だということは、十二分に理解できた。温かい拍手と歓声に見送られながら、MC Mogaは観客へ一礼し、ステージの裏へと去っていった。
――盛り上がっているのは大いに結構だが、はっきり言ってせつくん以外はどうでもいい。
「すッげェ……なァ。なんつー盛り上がりだよォ……!〈
「いやはや……小生は詳しくありませんが、どうやらギリギリで間に合ったようですな」
――司会の男が「決勝戦」と言っていた。となると残すはあと一試合……!せつくんは……!?
「――みんな!」
突然可愛らしい声のした方向――斜め上に目線を向けると、二階席から飛び降り、飛行しながらこちらに向かってくる全身から眩い光を放つ、小柄ながらよく目立つ女性の姿があった。彼女の金髪のツインテール――その桜色の毛先が可愛らしく微かに揺れる。
「日向さん……!」
「日向女史!合流できて良かったですぞ!」
「おォ!陽奈子ォ!」
「アタシも結局迷子になっちゃって、ほんの少し前に来たトコなんだけどね」
日向さんは発光を
――ここ数日で、せつくんと日向さんは物凄く仲良くなっている。もちろん、それは良いことだ。せつくんは
――でも、さっきの〈
「ホントごめんね……アタシだけ先に抜けちゃって」
「ホントだぞ陽奈子ォ!」
「そもそも竜ヶ崎女史が勝手に突っ走るから日向女史と
「ガッハッハ!終わったこと言っても仕方ねェだろォ!」
「竜ヶ崎ちゃん何してんの……」
――日向さんはとても素敵な女性だと思う。外見が可愛らしいことだけではない。ほんの少しだけ気が強そうに見えるが、実際は気配りもできて、他人を思いやれる心を持った素敵な女性だ。
――せつくんとお付き合いし始めた当初、せつくんのスマホを勝手に盗み見てしまったことがある。せつくんには申し訳ないけど。本当はせつくんはギャル系の女の子の方が好きなはずだ。せつくんは日向さんのような、もっと女の子らしくて可愛らしい子が好きなのかな……。
――だとしたら嫌だな……。せつくんも男の子だからな……。日向さんがもしその気になったら、勝てる気がしない。
「――あまねえ?どうかしたの?具合悪い?」
「あっ、い、いえ。大丈夫です。ありがとうございます」
日向さんの声に我に返った私は、当たり障りのない返事をする。日向さんの表情には、私を思いやる純粋な心配の色だけが滲んでいた。
「大丈夫そ?無理しないでね」
「はい、ありがとうございます」
――
「日向女史、他の〈十天〉の皆さんも来ているのですかな?」
「うん、二階の
二階の客席を見上げる。アリーナを取り巻く一階や二階の観客席は、青いスタンド席がずらりと並んでおり、観客が
凄まじい存在感を放つ彼ら――見覚えのありすぎるその面々は、各々がステージやアリーナを見下ろしている。小さな姉妹の背後には、黒い
「そ、それで日向さん――」
「わかってるってあまねえ。大丈夫。夏瀬は決勝に残ったらしいわ」
――良かった。せつくんなら大丈夫だと頭ではわかっていても、せつくんのことになるといつもドキドキしてしまう。
「そうですか。当然ですね」
「姉御ォ!良かったなァ!まだボスの試合が残ってるってことだよなァ!」
「ふふ、そうですね」
「天ヶ羽女史が嬉しそうで何よりですな」
――そのときだった。またしても、見覚えのある声がした。
「――天ヶ羽さん?」
そちらを向くと、黒いワイシャツの上から羽織った白衣が映える、ウェーブがかった短い黒髪にスマートな印象の眼鏡を掛けた、端正な顔立ちの男が立っていた。この新世界における世界的な多国籍企業――〈
「そうか。御宅君に竜ヶ崎さん、日向さんも。竜ヶ崎さんはこの前、雪渚とビデオ通話をしたときに顔を合わせたけど、直接会うのは初めてだったな」
「おォ!ボスの親友の!」
「五六氏!来てたのですな!」
「五六さん……」
「ああ、銃霆音君の
「そりゃそうですな……。まさか一週間前に蘇ったばかりの親友がその一週間後には新世界の頂点である〈十天〉と生配信で殺し合っているとは思いませんからな……」
「はは、全くだな」
――五六一二三。実のところ、私はこの男があまり好きではない。
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