異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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1-62 初恋は実らない

 ――気付けば柔らかい雪が降っていた。天ヶ羽天音――あまねえとアタシ――日向陽奈子は、満月が美しく昇った夜空の下、去ってゆく雪渚たちの背中を見届けた。

 

 ――そして、アタシは、何かを既に察している様子のあまねえに言った。

 

「――あまねえ、さっきはごめんね。アタシが雪渚のことどう思ってるか……もうあまねえは気付いてて、それであまねえは少し嫌だったんだよね?」

 

「……ごめんなさい。日向さんが嫌いなわけではないんです」

 

 そのメイド服が似合う、白髪(はくはつ)のウルフカットの美女――あまねえは申し訳なさそうに(うつむ)いた。

 

「ううん、わかってるよ。えっとね、あまねえ。あまねえにはちゃんと話しておかなきゃ……」

 

「はい。聞かせてください」

 

 あまねえはアタシの目を見る。アタシはあまねえに言った。この人にだけは、ちゃんと伝えておかなければならないと思ったから。

 

「――あまねえ、アタシ……雪渚のことが好き」

 

「……はい」

 

「好きって雪渚に言おうと思う。それで……フってもらうんだ」

 

「日向さん……」

 

 あまねえはアタシの言葉に少し驚いた様子だった。

 

 ――これは、アタシが考えた結論だ。

 

「ごめんねあまねえ。あまねえからしたら迷惑な女だよね……」

 

「いえ……そんなことは……」

 

「でも……ちゃんとフラれないと、雪渚のこと、諦めきれない気がする。ちゃんと諦めないと、これまで通りあまねえと話せない気がするから……」

 

「……いえ、気持ちはわかりますよ。……あと、ごめんなさい日向さん、私も謝らなければいけません」

 

 あまねえは申し訳なさそうに言葉を継いだ。あまねえの白く長い睫毛(まつげ)が、雪の中で揺れる。

 

「日向さんはせつくんのことを好きなんだ……って気付いたとき、他の人と付き合ってくれないかなと考えてしまいました。……ごめんなさい」

 

 ――ああ、やっぱりあまねえは素敵な人だ。アタシじゃ敵わない。

 

「ううん。いいよあまねえ。アタシもね、さっきまで最低なこと考えちゃってた。あまねえがいなければアタシが雪渚の彼女になれたのかな、って。あまねえごめん」

 

 ――あまねえのことは大好きだ。あの変わった〈十天〉の面々の中でも、いつもクールでカッコいい。

 

「ふふ、お互い様でしたね。私は……日向さんだったらいいのかなって思ってます。私と日向さんの二人でせつくんと――」

 

「――ううん、ダメだよそれは。同情で言ってるならやめて。雪渚がそんな、人を傷付けるような真似しない人だって、あまねえが一番わかってるでしょ?」

 

 ――そうだ。雪渚はそんなことしない。雪渚は、地獄を必死で生きて、必死で生きて、それでも辛くて死ぬことを選んだ。誰よりも痛みを知っている雪渚が、そんなことをするはずがない。

 

「あっ……そうですね……。せつくんにも失礼な発言でした。取り消します」

 

 ――でもあまねえはアタシのことを想って言ってくれたんだよね。ありがとう、あまねえ。

 

「うん。……じゃ、あまねえ、行ってくるね」

 

「はい……」

 

 小さく頷いたアタシの身体は、眩い光に包まれる。そして、小さくジャンプ――満月が輝く、満点の星空へと飛び上がった。「光速」で雪降る夜空を駆け抜け、雪渚の後を追う。

 

 ――神話級異能、〈天照(アマテラス)〉。「光速」で空を飛んで、「光速」でブン殴って、「光速」で蹴り飛ばす。――アタシが〈不如帰会(ほととぎすかい)〉へ復讐するために、アタシが授かった異能だ。

 

 すっかり夜の(とばり)が降りた〈超渋谷エリア〉の街。夜空から見下ろすその光景は、まだ灯りが点いている建物も沢山(たくさん)あって、でもそれがどこか(はかな)げで、スゴく綺麗だった。

 

 ――ああ、今からフラれるってわかってるのに、スゴくドキドキする。「好き」って言うのって……こんなに勇気のいることだったんだ。

 

 ――さっきの幕之内くんもこんな気持ちだったのかな。悪いことしちゃったかな。

 

 ――本当は、二番目の女でもいいから雪渚に愛されたい。雪渚の彼女になりたい。でも、そんなこと言っちゃいけない。雪渚にも、あまねえにも失礼だから。

 

 「光速」で夜空を駆けてゆく。視界に映る街の光景が次々に移り変わってゆく。クリスマスも近いからか、夜の街並みは聖夜の装いだ。露出した肌に触れる雪が少し冷たい。

 

 ――〈神威結社〉に入ることはアタシにとって打算だ。雪渚は仲間のことをとても大事にしている。女として、じゃなくてもいい。この腐った新世界を共に戦うための、ただの仲間だとしても、雪渚に大事に想われたい。

 

 ――短かったなぁ、アタシの初恋。でも、アタシは雪渚の邪魔になっちゃいけない。雪渚に愛されたいなんて、願ってはいけない。

 

「あ……いた……」

 

 ――ああ、こんな街の中でも雪渚の姿なんてすぐ見つかる。アタシが雪渚のこと好きだからかな。それともアイツが変な格好してるからかな。へへ、まあなんでもいっか。

 

 ――前髪は崩れてないかな。メイクは取れてないかな。うん……大丈夫。

 

 私はゆっくりと高度を落とし、駅前の屋外喫煙所に入ろうとする雪渚たちの背後で、下降を止めた。街を彩るイルミネーションの光が、アタシを映し出していた。

 

「雪渚……っ!」

 

 アタシの声に、喫煙所に入ろうとしていた雪渚が振り向く。宙を浮くアタシを、雪渚が見上げる。竜ヶ崎ちゃんとオタクくんは、何かを悟ったのか、静かにその様子を見守っている。雪が、アタシを優しく見守るように降っていた。

 

「日向……?どうした……?」

 

 ――ああ、声もカッコいいな。心臓が、ドキドキする。

 

「雪渚、話があるの。大事な……大事な話」

 

 ――でも、アタシは今からこの人にフラれるんだ。

 

「そうか……」

 

 ――アタシは……親友の舞白(ましろ)の将来を奪ってしまった。だから恋なんてしちゃいけないんだと思ってた。そんなアタシが初めて、好きになった人。

 

「聞いてくれる?」

 

「ああ」

 

 ――言うんだ。好きって。

 

「――雪渚、アタシはアンタが好き」

 

 雪渚は少しだけ、驚いたような、そんな顔を浮かべている。でもすぐに、言ってくれた。

 

「ありがとう。嬉しいよ」

 

 ――そっか。嬉しい、って言ってくれるんだ。

 

「それにしてもいきなりだな」

 

「仕方ないじゃん。好きになっちゃったんだから……」

 

 雪渚は静かに、アタシの声に耳を傾けてくれていた。満月とイルミネーション、それと雪が、雪渚の姿を幻想的に映し出していた。

 

「ほら、さっきも超カッコよかったし……〈十天円卓会議(サミット)〉のとき銃霆音からアタシを庇ってくれたじゃん?銃霆音に歯向かうなんて……死ぬかもしれないのに……」

 

「あのときは……単純に銃霆音に腹が立っただけだ。結局誤解だったけどな」

 

 ――そんなことないよ、雪渚。雪渚があのとき、アタシのことを想って怒ってくれたの、アタシはちゃんとわかってるよ。

 

「……でも!守ってくれたのは事実じゃん!アタシすごく嬉しかったんだよ!?」

 

「……そうか」

 

「それでね、あまねえが送り出してくれたの。あまねえは凄く素敵な人だよ。可愛いし、料理も上手だし、スタイルもいいし、優しいし、クールでカッコいいし、ずっと綺麗だし、一途だし――ホント、雪渚なんかは勿体ないくらい!」

 

 ――アタシがあまねえだったらな。雪渚に好きって言ってもらえたのかな。

 

「日向な……誰の味方なんだ」

 

「へへ、雪渚、だからアタシをフってね。できるだけ……思いっきりがいいな」

 

「……わかった。それで日向が満足するなら」

 

 ――ごめんね雪渚。嫌なことさせちゃって。

 

「そりゃアタシだって雪渚とデートしたりえっちなことしたりしたいよ?でもあまねえのことも大好きだから……付き合ってくださいってのは言わないでおくね。あと、その……」

 

 ――これはアタシの我儘(わがまま)。せめて、せめて一つだけ、アタシのお願いを聞いてほしい。

 

「なんだ?」

 

「……ほ、ほら、今からアタシ初恋の人にフラれるワケじゃん?そ、その代わりってワケじゃないんだけど……えっと、あの、アタシのこと、名前で呼んでくれると嬉しいな……。あ、あれだよ!友達としてってことね!」

 

 ――アタシ、(みじ)めだな。何言ってんだろ。泣きそうになる。

 

「陽奈子って呼べばいいのか?」

 

「う、うん……。嬉しい。ありがと……。でも雪渚、これだけは覚えてて。アタシはこの先、何があっても雪渚の味方をする」

 

「わかった。ありがとう。……じゃあ陽奈子。覚悟はいいか?」

 

「う、うん……。あっ雪渚、待って……!やばいこれから雪渚にフラれると思うと泣きそうかも」

 

 アタシは、(あふ)れそうになった涙を拭って、何とか雪渚に向き直る。

 

 ――ううん、ダメだ。ちゃんとフってもらうんだ。せめて笑顔で。雪渚にこれ以上迷惑かけちゃダメだ。

 

 アタシは八重歯を覗かせて雪渚に笑顔を見せた。堂々と、両手を腰に添えて、少しだけ、宙に浮かんだまま。満月も、イルミネーションも、雪も、アタシの気持ちを溶かしてゆくようだった。

 

「――もう大丈夫!よし!雪渚!フっちゃえ!」

 

「はは……。じゃあ陽奈子」

 

「うん」

 

「俺を好きになってくれてありがとう。……でも、俺は陽奈子とは付き合えない。大事な女がいるからな」

 

「うん……。そっか……」

 

 ――そうだ。わかってたことだ。アタシが雪渚にお願いしたことだから……。

 

 ――でも、いざフラれるとこんな辛いんだ。

 

 アタシはそんな想いを振り払うように、笑顔を見せて、アタシを見上げる雪渚に言った。

 

「あー!ちゃんとフラれたら意外とスッキリするんだね。――はい!アタシの用件は終わり!はい雪渚!帰って!」

 

 ――ダメだ。泣く。

 

「ええ……一緒に帰らないのか?」

 

「うん、あまねえと一緒に帰るから」

 

「そうか……わかった」

 

「うん。ほら、竜ヶ崎ちゃんとオタクくんもっ!」

 

「……日向女史……わ、わかりましたぞ」

 

「陽奈子ォ……」

 

「竜ヶ崎女史、今は帰りますぞ」

 

「おォ……そうだなァ……」

 

 ――竜ヶ崎ちゃんとオタクくんも優しいな。ありがとう。

 

「陽奈子、じゃあ気を付けて帰ってこいよ」

 

「うん、ありがと」

 

 ――たった数時間の、本当に短い初恋だった。

 

 去ってゆく雪渚たち。雪渚の姿が見えなくなった瞬間、アタシの目から大粒の涙が溢れた。

 

「うっ……ううっ……うう……」

 

 満月と、イルミネーションと、それから雪が、アタシに寄り添ってくれるようだった。

 

 ――あーダメだアタシ。フラれたのに……まだ全然雪渚のこと好きだ。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」

 

 イルミネーションが輝く街中に、(うずくま)って泣き叫ぶ私の声は、雪降る夜の街に響き続けた。(むせ)び、泣き叫んだ。その慟哭(どうこく)は、(むな)しく、虚しく響き続けた。




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