異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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2-12 方々から迫る脅威

 ザーザー降りの雨の中、俺の眼前に立つのは独特な風貌の、大柄の女だった。金髪のモヒカンに厚い唇。日焼けした筋骨隆々の肉体の上から着ているのは赤いビキニと、メンズ用のラッシュパンツ。長い睫毛(まつげ)とギョロギョロとした目。体格だけで言うならば、以前戦った〈竜ヶ崎組〉の組長、竜ヶ崎龍にも引けを取らない。

 

「あらぁ♡アタシの攻撃に眉一つ動かさないなんて、さっすが〈十天推薦枠(ワイルドカード)〉ね♡」

 

 ――最終予選組(セミファイナリスト)。例年の予選で、本戦進出は逃したものの、残り生存者数が一桁になるまで生存した経験のある者をそう呼ぶ。

 

最終予選組(セミファイナリスト)――忌住(きすみ)鱚子(きすこ)か……」

 

 ――忌住鱚子。プロレス界隈で知らぬ者はいない女子プロレスラーだ。その戦闘スタイルは「正々堂々真っ直ぐ力で叩き潰す」。

 

「あらぁ♡アタシのこと知っててくれてるのね♡嬉しいわぁ♡」

 

「――せつな!」

 

 庭鳥島がプールの上空で赤い翼を大きく広げ、まるで舞うように羽根型の刃を飛ばした。この本館屋上のスカイプールにいた出場者たちに一撃で〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉を発動させた代物だが――忌住はその飛び道具を真正面から(てのひら)で受け止め、握り潰した。忌住の拳からプールサイドに血が滴る。

 

「……なかなかやるったい」

 

「ふふ♡それに萌ちゃんも♡会えて嬉しいわぁ♡まさかアナタたちが手を組んでるとは思ってなかったけど♡」

 

 ――序盤からバッキバキの難敵……!運が悪――いや、違うな。どうせ勝ち残りを狙うなら衝突は避けられない敵だ。(むし)ろ体力の消耗の少ない段階で戦えるならラッキーか。

 

 そう自分に言い聞かせながら、俺は〈エフェメラリズム〉の照準を忌住に合わせる。思いっ切り撃ち抜いた『貫通弾』が、風を切って忌住に迫る。

 

「舐められてるわねぇ♡」

 

 先刻、サブマシンガンを扱う男の心臓を軽々射抜いた渾身の一撃を、忌住はまるで部屋に沸いた(はえ)でも叩き潰すかのように、大きな掌で叩き落とした。

 

 ――マジか……。

 

「ふふ♡そんなおもちゃ屋で買ったような武器でアタシを殺そうだなんて、面白い子ね♡」

 

 ――極めて冷静……こういう相手には『雪華弾(せっかだん)』も効きやしない。容姿はネタキャラの域だがその実力は本物か。

 

 三人がそれぞれ、次の出方を(うかが)っている。先刻までホバリングしていた上空の一点は既に黒いガス状の霧――触れれば即死の毒ガスに覆われ、この本館屋上が安全地帯外となるのも時間の問題だった。

 

「いくわよ♡」

 

 そう宣言して拳を構えたのは、雨が打ち付ける、ラグジュアリー感のあるプールサイドに立つ忌住。――そして凄まじい速度のラッシュ攻撃を俺に繰り出した。俺の頭や胸に、次々に拳が命中する。掟の罰により痛みはない。――が、その一発一発の威力は最早(もはや)、ガトリング砲だ。

 

 ――さて、開けた場所で跳弾作戦も使えない。〈エフェメラリズム〉で勝てる相手ではない。〈天衡(テミス)〉の掟で攻撃するために無敵状態を解くしかないのだが……この拳の威力なら、解いた瞬間に四肢が爆散しても不思議はないな……。

 

「夏瀬ちゃんの異能はわからないけど、だったらアナタの命尽きるまで穿(うが)つのみよ♡」

 

 ――不味(まず)いな……。隙のないラッシュで無敵状態を解くタイミングがない。

 

「――防御力は見事♡だけどそれじゃ勝てないわよぉ♡」

 

 ――忌住は〈世界ランク〉を非公開設定にしているのか、異能の詳細はわからない。だが、この拳の威力は人間が鍛えて到達できる域ではない。この威力は筋力の倍加なり、何らかの異能によるものだということは確定事項だろう。

 

「――せつな!加勢するばい!」

 

「いや、一人で戦う」

 

「そげんこつ言って!変なプライドは捨てんと勝てんばい!」

 

 ――さっきはっきりとわかった。俺は自分の力で〈極皇杯〉を勝ちたいんだ。庭鳥島の力を借りて得た勝利に何の意味がある。

 

「一人で戦う。大人しく見てろ」

 

「…………っ!だったら何も言わん。実力ば見極めさせてもらうばい」

 

「――立派ねぇ♡でも一人で戦いたいなら共闘なんてしなきゃいいのに♡――と思っちゃうのはアタシだけかしら♡」

 

「ははっ……何も言い返せねえよ……!」

 

 降り(しき)る冷たい雨の中、兵器並みの威力の高速ラッシュを繰り出す忌住を対象に、脳内で掟を定める。

 

『掟:一切の攻撃を禁ず。

 破れば、与えたダメージと同等のダメージを己の身に受ける。』

 

 ――罰をダメージの「反射状態」にすればこちらはダメージを受けないが、この罰ならば、俺もダメージを受ける代わりに、受けた「総ダメージ」を忌住にも与えられる。

 

 ――踏み台にしてやるよ……!最終予選組(セミファイナリスト)……!

 

 掟を定めたその瞬間、忌住の拳が、俺の左胸に直撃した。ガトリング砲なんてモンじゃない。弾道ミサイル――そう形容しても申し分ない、訳のわからないほどの痛みを感じながら、俺の身体は後方のプールサイドチェアとパラソルまでブッ飛ばされる。

 

「――せつな!」

 

「いってぇ……けど……大丈夫だ」

 

 倒れてきたパラソルと壊れたプールサイドチェアから頭を出し、遠方の忌住に目を向ける。視線の奥の忌住は、小刻みに巨躯(きょく)を震えさせながら、苦痛に顔を歪ませていた。その光景はまるで、見えない何かに四方から殴られているようであった。

 

 俺は数分間、忌住の超速ラッシュを受けきった。その「総ダメージ」が、一気に忌住に襲い掛かったのだ。雨が打ち付けるプールサイドに血反吐を吐きながら、よろよろと忌住に近付いてゆく。

 

 ――だが、この程度で勝てるとは思っていない。倍プッシュだ。

 

『掟:攻撃を受けることを禁ず。

 破れば、その身に雷が落ちる。』

 

 時々血反吐を吐きながら、徐々に傷が増えてゆく忌住の身体。それに追い討ちを掛けるかのように、忌住の上空の黒雲から、雷が落ちた。雨足は強い。雷が直撃した忌住の身体から煙が立ち上り、肉の焼けたような不快な臭いが鼻に突く。

 

 ――雷霧の〈雷槌(トール)〉には及ばないが、倒すには十分……。これで〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が発動して……。

 

「うへぇ……こら耐えられんたい……」

 

 庭鳥島がプールの真上で停空飛翔しながら、その決着を見守っていた。――そして、煙が晴れる。

 

 プールサイドには筋肉質な女の影が。白目を剥くその女――忌住は気絶しているのか、立ったまま上空を見上げて痙攣(けいれん)を起こしている。猛攻を受けきった忌住の身体から煙が立ち上る。そして、雨がまた彼女の身体を濡らす。

 

 ――いや、ダメ押しだ。もう一度……!

 

『掟:攻撃を受けることを禁ず。

 破れば、その身に雷が落ちる。』

 

 ――すると、ぴくっと忌住の身体が震えた。――と、認識したのも束の間、まるで瞬間移動したかの如く、俺の眼前に、忌住が現れた。

 

「――やるじゃない♡」

 

 ――……ッ!不味(まず)い……!今攻撃を受けると……!

 

 頬を、渾身の力で横殴りに撃ち抜かれる。またしても吹き飛ばされた俺は、広々としたインフィニティプールの中にドボンと音を立てて落ちる。耳に鼻――身体中の穴という穴に、水が勢い良く流れ込んでくる。

 

 水中から見上げる遥か上空には雷雲が。〈天衡(テミス)〉によって無敵状態になろうにも、視認できる範囲に対象がいなければ〈天衡(テミス)〉は使えない。

 

 ――くそ……っ!自滅オチかよ……!

 

 そのときだった。彼女は赤い翼を大きく広げ、俺を庇うようにその雷雲の真下に飛び出した。水底に沈んだ金縁の眼鏡を慌てて掛け直し、水面から顔を出す。

 

「――ぶはっ!庭鳥島……!?」

 

「せつな!何しとっと!」

 

 ――マジか……!ナイス……!

 

 雷に打たれる――その瞬間。俺は庭鳥島を対象に掟を定める。両手で掬い上げた水を、水面でホバリングする庭鳥島にぶっ掛けながら。

 

『掟:水に濡れることを禁ず。

 破れば、一切のダメージを受けない。』

 

 掟を定めると同時に、落雷が轟々と頭上に降り注ぐ。その赤い翼で自身の頭を覆った庭鳥島へ向けて〈天衡(テミス)〉の裁きが下される。掟を破った俺たちへの天誅――。プールサイドに立つ忌住は神の裁きに恐れをなしたのか、目を丸くしたまま、身動き一つ取れずにいた。

 

 ――刹那、落雷。頭上の庭鳥島が眩い電撃に包まれる。プールの中から、俺は静かに庭鳥島を見つめていた。――そして、数秒の沈黙の後、煙を上げる庭鳥島が(ようや)く口を開いた。

 

「――おおっ!?痛くなかばい!」

 

 ――〈天衡(テミス)〉の掟は両者に課される。当然、掟を破れば俺にも罰が下される。庭鳥島がいなければ危ないところだった。

 

 プールサイドに上がった俺は背後を振り返り、庭鳥島に言葉を返す。水を吸収した赤のニット帽やトランプ柄の柄シャツが重く感じられる。

 

「庭鳥島、助かった。……が、話はコイツを倒してからだ」

 

「そ、そうたいね!毒ガスに飲み込まれるのも時間の問題ばい!」

 

 眼前の忌住へと視線を戻す。未だ状況を理解できない様子で、ギョロギョロとしたその目を丸くして驚いている。無理もないことだ。

 

「隙だらけだったのによく動かなかったな?」

 

「……『動かなかった』んじゃなくて……『動けなかった』のよ……♡」

 

 ――そりゃそうだ。忌住からすれば、俺の神話級異能、〈天衡(テミス)〉の詳細も不明……どころか俺がどの階級の異能かすら知らないのだから。その状況下で、今にも雷に打たれる俺たちに近付いてくる人間はいない。

 

「忌住鱚子……お前の異能がわかったよ」

 

 雨がプールサイドを激しく打ち付ける。既に、安全地帯を徐々に狭める霧状の毒ガスは、俺の頭上十数メートルの位置にまで迫っていた。

 

「あら♡噂通り賢いのね、夏瀬ちゃん♡答え合わせをしてあげようかしら♡」

 

「まあお前の異能は、新世界中が観ている中で暴露されても弱体化するタイプじゃないもんな」

 

「そうよ♡」

 

「――せつな!忌住の異能がわかったと!?」

 

「――『体表が水に濡れた状態で、筋力を倍加させる異能』だろ」

 

 忌住は不敵な笑みを浮かべた後、(おもむろ)に口を開いた。雨は、ザーザーと、ザーザーと降り続けていた。

 

「――正解よ♡」

 

 そう忌住が述べると同時に、忌住の顔が眼前に飛び出してくる。脳内で掟を定めると同時に、続け様に放たれた拳を敢えて己の身に直撃させる。

 

『掟:攻撃を受けることを禁ず。

 破れば、その攻撃を相対する者へと反射する。』

 

 またしても、まるで見えない何かに頬を思いっきり殴られ、(ひる)んだ様子の忌住。その苦痛に歪んだ表情も、その傷も、決して演技ではないことを物語っていた。

 

「うふふ♡どんな異能かわからないけど……効くわね♡」

 

 ――思い返せば忌住がこの場に現れたのは、「雨が降り出したのと全くの同時」だった。それが全くの偶然だと考えるほど、俺は馬鹿じゃない。その必然から導き出される忌住の異能は、「体表が水に濡れた状態で、筋力を倍加させる異能」だ。肌の露出の多い格好もそのためだろう。

 

 忌住は次々に俺に拳を繰り出すが、全て反射される。忌住が拳を繰り出す度に俺も同様の掟を定める。一度罰が下れば掟は効力を失うからだ。眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げ、俺は背後の庭鳥島に背中越しに告げた。

 

「庭鳥島、もう一人いるぞ」

 

「せつな?何言うとると?」

 

「『雨を降らせる異能』を持つ人間が隠れてるはずだ。そいつと忌住は共闘してんだよ。俺たちのようにな」

 

「ぜんっぜん『正々堂々』じゃなかばい!」

 

 ――初めから正々堂々戦う気なんて忌住にはない。じゃなきゃ突然雨に紛れて奇襲なんてしない。忌住鱚子という女に――「信念」なんてない。

 

「……っ♡全部……バレてるのね♡」

 

 忌住が拳を繰り出す度に、その攻撃が忌住へと跳ね返る。それでも、忌住は攻撃を()めようとはしなかった。この女にあるのは、勝利への執念――それだけだった。

 

「――いいよ鱚子。だったら二対二で勝つだけ。」

 

 直後、遠方から、だがはっきりと声が聴こえた。言い淀む忌住の様子を見兼ねたのか、物陰からぬっと姿を現したのは、黄色いレインコートに身を包む女だった。フーディ姿の女はポーカーフェイスを保ったまま、こちらにゆっくりと近付いてくる。

 

「……虚次元(きょじげん)ちゃん♡」

 

「……隠れていて悪かったわね。私は最終予選組(セミファイナリスト)――冴積(さえづみ)虚次元(きょじげん)。異能は偉人級の〈降雨(ハットフィールド)〉」

 

「改めて、同じく最終予選組(セミファイナリスト)――忌住鱚子よ♡異能は偉人級、〈海衣(マゼラン)〉♡」

 

 堂々と名乗った冴積に続いて、攻撃の手を止めた忌住も、今度こそ正々堂々と名乗った。冴積の身を包む黄色のレインコートが雨粒を弾いている。

 

 ――「レインメーカー」の異名を取るアメリカ合衆国の気象学者、チャールズ・ハットフィールドに大航海時代の航海者、フェルディナンド・マゼランか。

 

「〈十天推薦枠(ワイルドカード)〉――夏瀬雪渚だ」

 

「偉人級異能、〈彩羽(グールド)〉――庭鳥島萌ばい!まあ知っとるやろうけど!」

 

「さて、名乗ったとこ悪いが時間もない。終わらせるか」

 

「――ふふ♡やってみなさい♡」

 

 忌住が三度(みたび)、俺に猛烈なラッシュを放つ。掟によって「反射状態」にある俺には全く通じないが。忌住は時折、反射攻撃に蹌踉(よろ)めきながらも、その目は全く勝利を諦めてはいなかった。泥臭く、手段を選ばず、勝利に固執する。それがこの地獄のような新世界で生き抜くために、最も必要なことだ。

 

「……負けない……から」

 

「うーん、強かったら隠れる必要なかけんね!」

 

 相対するフーディ女――冴積と庭鳥島。だが、庭鳥島は意気揚々とそう告げると、翼を広げたまま冴積へと無数の赤い羽根を放ち、懐からは細い紐を投げ放つ。そしてそれらは、赤い羽根で覆われた幾つかの風船を形作った。さながら遊園地でピエロが片手に持つバルーンだ。

 

「なっ……何を……!」

 

 動揺した様子のフーディ女――冴積を他所(よそ)に、赤い羽根風船――その紐がくるくると冴積の身体に巻き付く。そして、そのまま風船はふわふわと浮き、高度を上げてゆく。俺は忌住の拳を受けながら、その様子を見届けていた。為す術なく浮き上がる冴積の華奢な身体。安全地帯外まで、あと二メートル、一メートル……。

 

「まっ……待って!私の……!私の負けでいいから……っ!」

 

「萌ちゃんの必殺・『浪漫飛行(ろまんひこう)』ばい!」

 

 冴積の身体が安全地帯外の毒ガスに触れた瞬間、冴積の皮膚が紫色に変色した。――そして、弾けた。粉微塵に。血や肉塊を飛散しながら。――そして、次の瞬間には消滅した。〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉の発動だ。

 

「虚次元ちゃん……っ!」

 

「うわぁ……庭鳥島……容赦ねえな……」

 

()るか()られるか――それしかなかばい!〈極皇杯〉は!」

 

 ――そうだ。俺が手を抜けば、ああなるのは俺だ。〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉がある以上、これは「殺人」ではなく、四十八万人が人生を懸けて戦う「真剣勝負」だ。

 

 冴積の予選敗退により雨が()む。しかし、忌住の身体がまだ濡れている以上は、忌住の偉人級異能、〈海衣(マゼラン)〉は有効だ。

 

「よくも……やってくれたわね……♡」

 

 忌住の顔が少し、怒りに歪む。それは仲間が敗退したことに対する怒りか、全く攻撃が通用しないことによる苛立ちか。だが、既に俺の興味はそこにはなかった。

 

『掟:攻撃を受けることを禁ず。

 破れば、その攻撃を相対する者へと千倍の威力で反射する。』

 

「きっと強いんだろうな、忌住は。数年後にはファイナリストとなる器なのかもしれない」

 

「あっ――♡」

 

 次に忌住が繰り出した拳を鼻に食らった瞬間、忌住の巨躯は――爆ぜた。血肉を撒き散らし、そしてそれらと共に消滅する。

 

「ただ……相手が悪かったな」

 

 血の雨を浴びながら、俺は上空を見上げる。既に毒ガスは、目測数メートルの距離にまで迫っていた。血の雨が降り注ぐ中、俺は静かに目を閉じる。勝利の瞬間を、全身で感じ取るように。




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