異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる―― 作:衝動
――第十回〈極皇杯〉。予選開始より一時間十二分。〈神威結社〉のクランマスター、夏瀬雪渚と第九回〈極皇杯〉ファイナリスト、
巨躯を
「おいおい……二十トンだぞ……」
「ふむ……確かに痛むな……。臓器が潰れたか」
「馬絹百馬身差……マジか……」
「前言を撤回しようぞ、夏瀬の。
「おー、早く倒れてくれよ……」
――瞬間。馬絹はくるりと身体を回転させ――回し蹴り。後脚で俺を突き飛ばす。駐車された一台の車両のフロントガラスに背中から激突する。割れたガラス片が背中に突き刺さったことを自覚する間もなく、眼前に迫った馬絹は、前脚を高く上げる。
「――意趣返しである」
「ガキかよ……!」
大袈裟な動作で俺を踏み付ける馬絹。――衝撃音。すんでのところで身体を回転させ、何とかその重い一撃を回避する。馬絹の一撃によって跳ね上げられたその車両は、コンクリートの天井に激突し、大破した。車両の形を成していたはずのパーツが飛び散る。
「あっぶ……!」
馬絹は駐車場を区切る白線の上に血反吐を吐き捨てる。馬絹は俺から目を離さない。俺も馬絹の瞳を見つめたまま、ゆっくりと立ち上がり、再び馬絹と相対する。少し遠方では、
「馬鹿みてーな脚力しやがって……」
「
「馬と
「
「……あ゛……ッ!」
台詞と同時に放たれた再びの回し蹴り――に、反応が遅れる。脇腹に凄まじい火力を叩き込まれ、コンクリートの柱に頭を強打する。頭から流れる血と潰された内臓、折れた骨――三重苦の激痛が全身を駆ける。呼吸が苦しい。
「はぁ……はぁ……」
――速い……!
コンクリートの柱に背中を預けるように
――拓生や竜ヶ崎龍を倒したことで、
「……があ゛ッ……!」
――「無敵状態」になっても攻め込めない。「千倍反射状態」による攻撃も
馬絹はポーカーフェイスを保ったまま、俺を踏み付ける前脚に全体重を乗せる。全身が悲鳴を上げる中、何とか、視線だけを馬絹に向ける。
『掟:己の体重を他者に預けることを禁ず。
破れば、全ての足を骨折する。』
そう掟を定めた直後、バキッ――と痛々しい音が駐車場に響いた。通常有り得ない方向に折れ曲がった馬絹の四本足。身体の重みに耐えきれず、馬絹は崩れる。
「はあ……はあ……」
馬絹の重量から解放された俺は、
「やっと見下ろせたよ……馬絹」
眼前で姿勢を崩した馬絹――その瞳には、未だ自信と誇りが
その頭を目掛け、ポケットから取り出した〈エフェメラリズム〉――Y字型の
――いない……!?
「――遅い」
背後から襲い掛かった影は、俺の首に脚を引っ掛け、そのまま俺の身体をコンクリートの床に叩き付けた。その
「馬……絹……!」
全身を再び激痛が襲う中、馬絹は白いサラシを巻いて押し潰した豊満な胸を、俺に押し付けた。そして、俺の耳元で、誘うように
「……夏瀬の。吾輩を勝たせてくれると言うのならば、吾輩の身体を好きにさせてやろう」
「お……前……」
「
会話が精一杯。
「安心しろ、夏瀬の。生中継には乗らぬよう話しておる」
「ぐっ……」
一般的な競走馬の体重は四百キロから五百キロと言われている。その重量でミシミシと俺の身体を圧し潰す馬絹。
「それとも吾輩が約束を
対する馬絹も
馬絹の褐色の腕が伸び、力なく垂れ下がった俺の腕を掴む。そして、俺の手を自身の豊満な胸に押し当てた。
「夏瀬の……頼む。吾輩は優勝せねばならぬのだ」
「……そうまでして……勝ちたいかよ」
「――
馬絹は俺の後ろ髪を掴み、そのまま俺の頭をコンクリートの床に叩き付けた。鼻は折れ、口内を血の味で染める。
「――うが……ッ!」
「夏瀬の、吾輩では
「はぁ……はぁ……」
「だが……
そう言って、馬絹は再び耳元で
「夏瀬の、吾輩は誰にでも股を開こうというわけではない。抱かれても構わないと思えたのは……昨年の本戦で吾輩を打ち破った
頭を動かすことすら叶わない。彼女の身体から、一滴の汗がコンクリートに滴り落ちる。
「そうか……。馬絹は……去年の本戦の初戦で……
「吾輩は……銃霆音のに認められたいのだ」
彼女の言葉が嘘ではないことは明らかだった。その言葉は、彼女の心の底から漏れ出た本心だった。声色だけでも、それが十二分に伝わった。
「
地下駐車場の奥で悲鳴が聞こえる。庭鳥島がまた誰かを倒したのだろう。そして、俺は馬絹に、言葉を返した。
「……わかっ……た」
「わかってくれたか、夏瀬の」
顔は見えないが、馬絹の表情が少しだけ
全身の痛みに耐えながら、俺もゆっくりと立ち上がる。そして、やっと再び
『掟:相対する者へ恋愛感情を抱くことを禁ず。
破れば、一時的に異能の使用が禁じられる。』
馬絹は四本の脚を引き
「誓いの口付けでもするかの、夏瀬の」
「ああ……」
――ごめんな、天音。陽奈子。
凛とした表情を保っていたはずの馬絹は、少しだけ緊張した面持ちで、目を閉じた。顔を近付け、唇を重ねた。――瞬間。馬絹のケンタウロス化が解けた。否、〈
上半身は変わらず、上裸で褐色の肌にサラシで押し潰した胸、白いファーショールと白いファーカフスを身に着けているのみだが、下半身は袴のようなオーバーサイズの紺色の下衣を着ていた。両足には下駄を履き、全体的に
「なっ……!夏瀬の……
傷だらけのその引き締まった肉体からは、闘士としての誇りと
「馬絹……これでお前は偉人級異能、〈
「異能が使えない……と?」
――最初から「異能禁止」の罰を定めていれば済んだ話――そう言われれば確かにその通りだと思う。だが、俺はお互いが本気で異能をぶつけ合った上で勝ちたかった。「異能禁止」の罰を定める羽目になったのは、それだけ
馬絹は呆然と、自身の両手をグー、パー、グー……と開いたり閉じたりし始めた。「異能が使えない」という俺の言葉がブラフの類ではないことを悟ったのか、驚いた様子を見せている。
――この女は……昨年の自分を負かした銃霆音に恋愛感情を抱いているのだろう。だが、恐らく馬絹自身にはその自覚すらない。きっと未熟なのだ。だから掟に恋愛感情を絡めた。ここまで命を張り合えば嫌でもわかる。馬絹百馬身差は――心ない戦闘マシーンなどではない。
「吾輩は……異能が使えなくなった程度で敗けるようなヤワな鍛え方はしておらんよ」
「わかってるよ。そんな奴は本戦に進めないってことも」
「
「……別にいいよ。みんな〈極皇杯〉に人生懸けてんだもんな」
――いや、頭の怪我に臓器の損傷、鼻は折られ複雑骨折、全身血
「恩に着るぞ、夏瀬の。
「ああ……」
『掟:攻撃を禁ず。
破れば、全身に磁力を帯びる。』
――決着の刻は迫る。二本の足で高く跳躍した馬絹は、強烈なハイキックを繰り出した。俺はその攻撃を受け、遠方のコンクリート柱に背中から激突する。視線の奥の馬絹は、茫然自失――目を丸くして、立ち尽くしていた。
「……ありがとう。蹴っ飛ばしてくれて」
地下駐車場中に駐車された無数の車両が、宙に浮き上がり、凄まじい勢いで、立ち尽くす馬絹に向かう。ガラクタが舞う地下駐車場の中央で、馬絹はこう呟いた。
「……完敗である」
車と車がぶつかり合い、不協和音を奏でる。車が高速で行き交う高速道路であるかのように、空を切る車両が次々と馬絹に衝突する。車は大破し、車を成していたはずのパーツが宙を舞う。
俺はコンクリート柱に
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