異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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2-16 本館B1F:地下駐車場

 ――第十回〈極皇杯〉。予選開始より一時間十二分。〈神威結社〉のクランマスター、夏瀬雪渚と第九回〈極皇杯〉ファイナリスト、馬絹(まぎぬ)百馬身差(ひゃくばしんさ)は、一面コンクリートの地下駐車場にて相対していた。

 

 巨躯を蹌踉(よろ)めかせながら四本足で立ち上がった馬絹は、凛とした表情を崩さぬまま、俺の目をしっかりと見据えていた。俺は、半分驚きながら、半分呆れながら、漏らすように言葉を吐いた。

 

「おいおい……二十トンだぞ……」

 

「ふむ……確かに痛むな……。臓器が潰れたか」

 

「馬絹百馬身差……マジか……」

 

「前言を撤回しようぞ、夏瀬の。(なれ)は強者であるな」

 

「おー、早く倒れてくれよ……」

 

 ――瞬間。馬絹はくるりと身体を回転させ――回し蹴り。後脚で俺を突き飛ばす。駐車された一台の車両のフロントガラスに背中から激突する。割れたガラス片が背中に突き刺さったことを自覚する間もなく、眼前に迫った馬絹は、前脚を高く上げる。

 

「――意趣返しである」

 

「ガキかよ……!」

 

 大袈裟な動作で俺を踏み付ける馬絹。――衝撃音。すんでのところで身体を回転させ、何とかその重い一撃を回避する。馬絹の一撃によって跳ね上げられたその車両は、コンクリートの天井に激突し、大破した。車両の形を成していたはずのパーツが飛び散る。

 

「あっぶ……!」

 

 馬絹は駐車場を区切る白線の上に血反吐を吐き捨てる。馬絹は俺から目を離さない。俺も馬絹の瞳を見つめたまま、ゆっくりと立ち上がり、再び馬絹と相対する。少し遠方では、庭鳥島(にわとりじま)が宙を舞いながら羽根を飛ばし、雑魚狩りをしていた。庭鳥島に狩られた重装甲の若者たちが次々に消滅してゆく。

 

「馬鹿みてーな脚力しやがって……」

 

近接格闘(インファイト)は不得手か?夏瀬の」

 

「馬と()ったことねーから知らねーよ……」

 

(いず)れにしろ……(なれ)にとっては難敵であろ?」

 

「……あ゛……ッ!」

 

 台詞と同時に放たれた再びの回し蹴り――に、反応が遅れる。脇腹に凄まじい火力を叩き込まれ、コンクリートの柱に頭を強打する。頭から流れる血と潰された内臓、折れた骨――三重苦の激痛が全身を駆ける。呼吸が苦しい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ――速い……!

 

 コンクリートの柱に背中を預けるように(もた)れ掛かる俺。俺が立ち上がる隙など、馬絹は与えてはくれなかった。高く上げた前脚で、俺の身体を踏み付ける。――全体重を乗せた一撃は、俺の表情を苦痛に歪ませるには十分であった。全身の骨が(きし)む音は、悲鳴のようだった。

 

 ――拓生や竜ヶ崎龍を倒したことで、何処(どこ)かで偉人級異能を軽視していたかもしれない。……世界に二百人前後しか存在しないとされる偉人級異能――これほどまでに強いか……!

 

「……があ゛ッ……!」

 

 ――「無敵状態」になっても攻め込めない。「千倍反射状態」による攻撃も(かわ)される。「メタル化」による自由落下で臓器を損傷させても、平気でこのパフォーマンスが出せる。こんな化物にどう勝てばいい……!

 

 馬絹はポーカーフェイスを保ったまま、俺を踏み付ける前脚に全体重を乗せる。全身が悲鳴を上げる中、何とか、視線だけを馬絹に向ける。

 

『掟:己の体重を他者に預けることを禁ず。

 破れば、全ての足を骨折する。』

 

 そう掟を定めた直後、バキッ――と痛々しい音が駐車場に響いた。通常有り得ない方向に折れ曲がった馬絹の四本足。身体の重みに耐えきれず、馬絹は崩れる。

 

「はあ……はあ……」

 

 馬絹の重量から解放された俺は、蹌踉(よろ)めきながら立ち上がった。最早(もはや)、ズキズキと痛む頭や腹部を押さえる余力などなかった。頭から垂れた血が、コンクリートに滴り落ちる。

 

「やっと見下ろせたよ……馬絹」

 

 眼前で姿勢を崩した馬絹――その瞳には、未だ自信と誇りが(にじ)んでいる。彼女は油断など一切していなかった。馬絹の下半身の毛並みには汗が浮き上がり、湯気のように水蒸気が立ち上る。

 

 その頭を目掛け、ポケットから取り出した〈エフェメラリズム〉――Y字型の(さお)を持ち、『貫通弾』と共にゴム紐から手を離す。手を離すと同時に放たれた超至近距離の『貫通弾』。この一連の動作を終えるまでに〇・〇一秒。だが、ゴム紐から手を離したその瞬間に気付いたことがあった。

 

 ――いない……!?

 

「――遅い」

 

 背後から襲い掛かった影は、俺の首に脚を引っ掛け、そのまま俺の身体をコンクリートの床に叩き付けた。その(たくま)しい身体で俺の身体を圧し潰す。俺の身体に全身を預けるように、彼女の褐色の肌が密着していた。その褐色の肌や毛並みからは湯気が立ち上る。

 

「馬……絹……!」

 

 全身を再び激痛が襲う中、馬絹は白いサラシを巻いて押し潰した豊満な胸を、俺に押し付けた。そして、俺の耳元で、誘うように(ささや)いた。

 

「……夏瀬の。吾輩を勝たせてくれると言うのならば、吾輩の身体を好きにさせてやろう」

 

「お……前……」

 

(なれ)にとっても悪い話ではなかろう?」

 

 会話が精一杯。(うつぶ)せになった状態の俺には、馬絹の姿を視界に捉えて〈天衡(テミス)〉を使うことも困難だった。全身がミシミシと悲鳴を上げている。

 

「安心しろ、夏瀬の。生中継には乗らぬよう話しておる」

 

「ぐっ……」

 

 一般的な競走馬の体重は四百キロから五百キロと言われている。その重量でミシミシと俺の身体を圧し潰す馬絹。肋骨(あばらぼね)()うに折れ、俺の身体も既に限界に近かった。

 

「それとも吾輩が約束を反故(ほご)にすることを危惧しておるのかの?」

 

 対する馬絹も最早(もはや)、五体満足とは言えない。「メタル化」の罰による自由落下をモロに喰らい、それに加えて四本足を骨折している。この交渉も、馬絹にとっては苦肉の策なのだろう。

 

 馬絹の褐色の腕が伸び、力なく垂れ下がった俺の腕を掴む。そして、俺の手を自身の豊満な胸に押し当てた。

 

「夏瀬の……頼む。吾輩は優勝せねばならぬのだ」

 

「……そうまでして……勝ちたいかよ」

 

「――嗚呼(ああ)、勝ちたいに決まっておろう」

 

 馬絹は俺の後ろ髪を掴み、そのまま俺の頭をコンクリートの床に叩き付けた。鼻は折れ、口内を血の味で染める。

 

「――うが……ッ!」

 

「夏瀬の、吾輩では(なれ)の〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が発動するまで(なれ)を攻撃する体力は既に残っておらぬ」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「だが……(なれ)も同じであろう。吾輩に対し『圧倒』するほどではないと見た」

 

 そう言って、馬絹は再び耳元で(ささや)いた。彼女の吐息が、耳を(くすぐ)る。

 

「夏瀬の、吾輩は誰にでも股を開こうというわけではない。抱かれても構わないと思えたのは……昨年の本戦で吾輩を打ち破った銃霆音(じゅうていおん)のと、(なれ)のみぞ」

 

 頭を動かすことすら叶わない。彼女の身体から、一滴の汗がコンクリートに滴り落ちる。

 

「そうか……。馬絹は……去年の本戦の初戦で……雷霧(らいむ)に負けたんだったな……」

 

「吾輩は……銃霆音のに認められたいのだ」

 

 彼女の言葉が嘘ではないことは明らかだった。その言葉は、彼女の心の底から漏れ出た本心だった。声色だけでも、それが十二分に伝わった。

 

(なれ)を認めた上での交渉である。受けてくれるな?」

 

 地下駐車場の奥で悲鳴が聞こえる。庭鳥島がまた誰かを倒したのだろう。そして、俺は馬絹に、言葉を返した。

 

「……わかっ……た」

 

「わかってくれたか、夏瀬の」

 

 顔は見えないが、馬絹の表情が少しだけ(ほころ)んだのを感じ取った。俺の身体に()()かっていた馬絹は、折れた脚を引き()りながら俺の背から降りた。

 

 全身の痛みに耐えながら、俺もゆっくりと立ち上がる。そして、やっと再び相見(あいまみ)えた馬絹を見据えながら、脳内で掟を定めた。

 

『掟:相対する者へ恋愛感情を抱くことを禁ず。

 破れば、一時的に異能の使用が禁じられる。』

 

 馬絹は四本の脚を引き()りながらゆっくりとこちらに歩を進め、耳元で(ささや)く。馬絹の黒髪のポニーテールが微かに揺れた。

 

「誓いの口付けでもするかの、夏瀬の」

 

「ああ……」

 

 ――ごめんな、天音。陽奈子。

 

 凛とした表情を保っていたはずの馬絹は、少しだけ緊張した面持ちで、目を閉じた。顔を近付け、唇を重ねた。――瞬間。馬絹のケンタウロス化が解けた。否、〈天衡(テミス)〉の罰によって解かされたのだ。

 

 上半身は変わらず、上裸で褐色の肌にサラシで押し潰した胸、白いファーショールと白いファーカフスを身に着けているのみだが、下半身は袴のようなオーバーサイズの紺色の下衣を着ていた。両足には下駄を履き、全体的に何処(どこ)か和風の装いだ。

 

「なっ……!夏瀬の……(はか)った……のか」

 

 傷だらけのその引き締まった肉体からは、闘士としての誇りと矜恃(きょうじ)が読み取れた。彼女のその脚から流れる血は、紺色の下衣に痛々しく滲んでいる。

 

「馬絹……これでお前は偉人級異能、〈覇駆(チンギスハン)〉を使えなくなった」

 

「異能が使えない……と?」

 

 ――最初から「異能禁止」の罰を定めていれば済んだ話――そう言われれば確かにその通りだと思う。だが、俺はお互いが本気で異能をぶつけ合った上で勝ちたかった。「異能禁止」の罰を定める羽目になったのは、それだけ馬絹(まぎぬ)百馬身差(ひゃくばしんさ)という女が「強者」だった故だ。

 

 馬絹は呆然と、自身の両手をグー、パー、グー……と開いたり閉じたりし始めた。「異能が使えない」という俺の言葉がブラフの類ではないことを悟ったのか、驚いた様子を見せている。

 

 ――この女は……昨年の自分を負かした銃霆音に恋愛感情を抱いているのだろう。だが、恐らく馬絹自身にはその自覚すらない。きっと未熟なのだ。だから掟に恋愛感情を絡めた。ここまで命を張り合えば嫌でもわかる。馬絹百馬身差は――心ない戦闘マシーンなどではない。

 

「吾輩は……異能が使えなくなった程度で敗けるようなヤワな鍛え方はしておらんよ」

 

「わかってるよ。そんな奴は本戦に進めないってことも」

 

(なれ)には無礼な真似をした。……すまぬ。心から詫びよう」

 

「……別にいいよ。みんな〈極皇杯〉に人生懸けてんだもんな」

 

 ――いや、頭の怪我に臓器の損傷、鼻は折られ複雑骨折、全身血(まみ)れ。良くはないが……満身創痍はお互い様か。

 

「恩に着るぞ、夏瀬の。(なれ)が気に入った。正々堂々決着をつけようぞ」

 

「ああ……」

 

『掟:攻撃を禁ず。

 破れば、全身に磁力を帯びる。』

 

 ――決着の刻は迫る。二本の足で高く跳躍した馬絹は、強烈なハイキックを繰り出した。俺はその攻撃を受け、遠方のコンクリート柱に背中から激突する。視線の奥の馬絹は、茫然自失――目を丸くして、立ち尽くしていた。

 

「……ありがとう。蹴っ飛ばしてくれて」

 

 地下駐車場中に駐車された無数の車両が、宙に浮き上がり、凄まじい勢いで、立ち尽くす馬絹に向かう。ガラクタが舞う地下駐車場の中央で、馬絹はこう呟いた。

 

「……完敗である」

 

 車と車がぶつかり合い、不協和音を奏でる。車が高速で行き交う高速道路であるかのように、空を切る車両が次々と馬絹に衝突する。車は大破し、車を成していたはずのパーツが宙を舞う。

 

 俺はコンクリート柱に(もた)れ掛かったまま、ポケットから煙草とオイルライターを取り出した。一本の煙草を口に(くわ)え、その先端に火を灯す。若干の水気を含んだ煙草の味は不味(まず)く、とても吸えたものではなかった。




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