異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる―― 作:衝動
――時は〈極皇杯〉、予選開始直後に
〈
「――おあッ!?……何回やっても慣れねェなァ。この感覚はよォ……」
彼女の目の前には「7」と書かれたサインプレート、そこから反時計回りに「6」、「5」、「4」、「3」と印字されたサインプレートも微かに見える。ガラス張りの窓の向こうには奥へと延びる滑走路と飛行機が覗いていた。
「ここはァ……空港かァ……」
確かに、彼女の
彼女は上級異能、〈
――こんな頭の悪いアタイを長年の呪縛から解放してくれたボス。仲間として温かく受け入れてくれた姉御や拓生。こんな弱いアタイにも、見下すことなんかせずに優しく仲間や友達として接してくれる陽奈子。一挙手一投足が世界中に注目されるこの〈極皇杯〉――〈神威結社〉の一員として、〈
――今年のアタイは違う。これまでは考えなしに駆け回って負け続けた……。でもしっかり考えろ。ボスは「バトルロワイヤルの
「クッソォ……やっぱ難しいことは性に合わねェ。ボスならこの空港の構造なんて行かずとも把握してるんだろォけどよォ……」
彼女が立つのは〈
彼女が周囲の状況を把握すると同時に、周囲が徐々に騒がしくなり始めた。各所で戦闘が始まったようだ。このスペースには彼女しかいなかったが、正面突き当たりを曲がった先の広々とした大通路――コンコースからも、剣と剣がぶつかり合って奏でる金属音が漏れ聞こえる。
「……つーかボスはこのブロックじゃねェのかァ?」
周囲を見渡しながらコンコースへと歩を進め、そう声を漏らす竜ヶ崎巽。幼い頃から兄の支配下にあり、兄から〈
「――っしゃァ!難しいことはわかんねェ!ボスに言われた通り暴れてやるかァ!」
彼女が角を曲がる。すると、薄紫色のタイルカーペット張りの広々としたコンコースが視界に飛び込んできた。視界の端――コンコースの脇には各搭乗口が並び、コンコースの中央には、オートウォーク――通称、「動く歩道」が機械音と共に稼働し、奥へと延びている。
「――テメェはっ!」
「――竜ヶ崎巽っ!」
二本の剣が交わり、
「――竜ヶ崎巽!悪いが先に潰させてもらうぜ!」
「――〈神威結社〉の一人を倒せば大手柄だっ!」
二本の剣が竜ヶ崎巽を容赦なく襲う。――が、それより早く、竜ヶ崎巽はその鉤爪で空をX字に切り裂いていた。二人の男は、胸から血を噴き出しながら力なく前方に倒れ込み――やがて消滅した。
「……〈
竜ヶ崎巽の言葉に嘘はなかった。シンプルな戦闘力では
竜ヶ崎巽はオートウォーク越しに、コンコースの向かい側に目を向ける。八番搭乗口と、その隣には土産物を扱う売店がある。
「カステラ……
食欲に負け、
「――やめるのだ!あんまりなのだ!」
「――なんで……なんでこんなことするアル!
――この声は……。
その声音に、何か思い当たる節があったのだろう。竜ヶ崎巽は、男子トイレに
清潔に保たれた小綺麗なトイレ。小便器が並ぶその空間の床に、赤いチャイナドレスに身を包む女が、泥
「――やめるのだ!
「――
「そんなこと言ってはいけないのだ!ボクと蓬莱と巽は三人で幼馴染なのだ!」
「――むっ……ロリっ子……静かにして……」
泥
「――ぎゃっ!痛いのだ!」
「――手毬サン!」
着ぐるみの少女は、目を両手で覆い、床をのたうち回る。外傷こそないものの、視界や戦闘能力を奪うには十分すぎる攻撃だった。泥男は赤いチャイナドレスの糸目の女を上から押さえ付けたまま、高笑いする。
「むっ……トイレにカメラは入ってこないから……こんないい女とヤれるなら〈極皇杯〉……一度死ぬ価値はあるっ……!」
「
「どうせ犯罪者……真面目に生きている僕のために尽くすべし……!」
茶髪の頭の両サイドに結んだ二つの団子の上から白いシニヨンカバー――
「あっ……」
「蓬莱ママ……胸でかっ……!これは……惚れる……っ!ガチ恋……っ!」
「――『
その光景に目を丸くしていた竜ヶ崎巽が我に返り、X字に泥男の背を切り裂く。――完全なる不意打ち。泥男の身体を形作っていた泥はトイレの天井や壁に床――至るところに弾け飛んだ。
「――巽!?巽なのだ!?」
「……手毬もこのブロックだったのかァ」
「巽……サン」
「
十六年間、〈
「……巽サン。助けてもらって
李蓬莱はチャイナドレスに付着した泥を手で払い、その場を立ち去ろうとする。竜ヶ崎巽は、慌てて彼女を呼び止めた。
「――おあッ!?ま、待てよ、李ィ!」
「――蓬莱!待つのだ!折角やっと幼馴染三人が揃ったのだ!協力するのだ!」
必然か偶然か、この場に集った三者――竜ヶ崎巽、
「巽サンには合わせる顔がないアル」
「だっ……大丈夫なのだ!蓬莱がボクたちを守って〈竜ヶ崎組〉に加入したことは、ボクたちはわかってるのだ!」
「それに李は毎回、クソ兄貴に負けて傷だらけのアタイをこっそり手当てしてくれたじゃねェかァ!今更水臭ェぞォ!」
「手毬サン……巽サン……」
――しかし、三人の感動の再会は突然に壊される。その男子トイレの至るところに飛散した泥が
「――終わった感じ……出さないでほしい……」
「テメェ!まだ死んでなかったのかァ!」
「……こっちは泥……あんな攻撃……効かない」
ぼそぼそと小さな声で話す、口を結び、無表情の泥男。細めの目、口元が若干突出したアデノイド顔貌、左頬のホクロ、手入れされていない眉、無造作でギトギトの髪、地味な黒縁の眼鏡、泥の上から羽織られたチェックシャツ、色白の肌、猫背気味の骨格姿勢――言葉を選ばずに言えば、男は冴えない見た目をしていた。
「テメェ!もっとはっきり喋れやァ!」
「チーズ牛丼を食べてそうな顔のクセに……しつこいのだ!」
「――李!下がれェ!」
竜ヶ崎巽の一声に、李蓬莱は洗練された素早い身の
「この男……ワタシじゃ手も足も出なかったアル……」
「ボクはたまたま遭遇して蓬莱を助けようとしたのだ!ボクの最強の異能でも通用しない……きっと優勝候補に違いないのだ!」
羊ヶ丘手毬の発言は
「……テレビで観た。〈神威結社〉の竜ヶ崎巽……」
「あァ?だったらなんなんだァ?」
「絶壁……萌えない……」
「……あァ?何言ってんだァ?」
「巽……バカにされてるのだ」
「――おあッ!?テメェ……アタイをバカにしてんのかァ!?」
「オマケに頭も悪そう……萌えない……」
「巽!気を付けるのだ!敵は強大なのだ!」
「手毬サン……ナチュラルに巽サンに押し付けようとしてるアル……」
「はッ!問題ねェ!こんな雑魚一人倒せねェようじゃァ、ボスの右腕としてふさわしくねェからなァ!」
「……
「〈神威結社〉の竜ヶ崎巽だァ!いっちょ暴れてやらァ!」
――予選開始より五分十一秒。〈