異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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2-21 2F出発ロビー:男子トイレ

「……巽サン!ワタシたちではこの男に勝てないアル!頼むアル!」

 

「ホントはボクなら勝てるけど、活躍を譲ってあげるのだ!」

 

「ガッハッハ!手毬(てまり)は相変わらずだなァ!まァ任せろやァ!」

 

「……うるさい。嫌な学生時代を思い出す……」

 

 (リー)蓬莱(ホーライ)は既に確信していた。竜ヶ崎巽と稚田(ちいだ)牛太郎(ぎゅうたろう)の異能戦が、竜ヶ崎巽の勝利で決着する、と。

 

「――巽サン!『竜ノ息吹(ドラゴニックブレス)』を使うアル!」

 

 理由は実に簡単である。竜ヶ崎巽の上級異能、〈竜鱗(ドラゴスケイル)〉による技の一つ、『竜ノ息吹(ドラゴニックブレス)』――口から火炎を噴く技であるが、泥――つまり水分を含む土に火炎放射を直撃させれば、乾燥して固まる。(すなわ)ち、物理攻撃が通用するようになると考えていたのだ。

 

「あァ?なんでだァ?」

 

 李蓬莱は竜ヶ崎巽がアホであることは十分に理解していた。しかし、その想定以上に竜ヶ崎巽はアホであった。この事実は、李蓬莱が抱いた勝利の確信を揺らがせるには、十分すぎるものであった。

 

「……な、なんでわからないアル!」

 

「巽はアホなのだ!」

 

「……何?来ない……?それなら……」

 

 稚田牛太郎は一気に竜ヶ崎巽の眼前へと迫り、その泥の身体で彼女を覆った。彼女の黒い軽装の鎧にべちょりと泥が付着する。

 

「うえッ……!なんだァ……!テメェ……!」

 

「窒息……させる……」

 

 竜ヶ崎巽の身体中の穴という穴に侵入する泥。泥が、鼻に、口に、肺に、胃に、血管に容赦なく侵入する。その痛みは耐え難く、竜ヶ崎巽は鮮血を吐き出した。鮮血が、彼女の口を塞ぐ泥に混じる。彼女の苛立(いらだ)ちを表現するかのように、太く(たくま)しい尻尾がトイレの床を激しく叩き付けた。

 

「が……ッ……はッ……!」

 

「巽サン……!」

 

「ま、まずいのだ……!」

 

「巽サン……ちょっと耐えるアル……!」

 

 李蓬莱は、片脚を高く上げ、片脚立ちの姿勢――功夫(クンフー)の構えを()った。そして、竜ヶ崎巽の腹部を目掛け、鋭い打撃を加える。

 

「……がッ……!」

 

 痛みに声を漏らす竜ヶ崎巽。――しかし、その攻撃は有効だった。上級異能、〈香薫(フレグランス)〉による、竜ヶ崎巽の体内に潜む稚田(ちいだ)牛太郎(ぎゅうたろう)の位置を嗅ぎ分けての攻撃――竜ヶ崎巽の口から、大量の泥が飛び出した。

 

「……むっ、なかなかやる」

 

「ナイスなのだ!蓬莱!」

 

「……何とかなったアル」

 

「おえッ……ぺっぺっ……!汚ェ……!」

 

 上級異能、〈泥男(マッドマン)〉を持つ稚田牛太郎にダメージはないものの、李蓬莱の拳は竜ヶ崎巽の体内に的確かつ最小限のダメージを与え、その衝撃によって物理的に稚田牛太郎を押し出したのだ。

 

「――巽サン!早く『竜ノ息吹(ドラゴニックブレス)』を使うアル!」

 

「李!だからなんでだァ!アタイは自分の意思で戦うぞォ!」

 

「――アホなのだ!炎で固めてしまえば攻撃が通用するのだ!」

 

「――バッ――手毬サン!それを言っちゃダメアル!」

 

「……手の内を晒した……?馬鹿乙……!」

 

 稚田牛太郎は、無数の泥の腕を伸ばし、トイレに備え付けられた壁面の洗面台――その全ての蛇口を勢い良く捻った。水がドバドバと溢れ出し、床に水が滝のように流れ落ちる。

 

「……これで……固められてもまた水分を吸収して泥に戻れる……対あり……」

 

「あれ?なんかまずいこと言っちゃったっぽいのだ!ゴメンなのだ!」

 

阿呆(あほう)しかいないアル……」

 

 糸目の赤いチャイナドレスの女――李蓬莱は頭を抱えた。竜ヶ崎龍、及び〈竜ヶ崎組〉によって十六年間もの間、支配下に置かれていた〈神屋川エリア〉。勉強やインターネットも許されない環境下で、〈神屋川エリア〉の住民は知恵を付けることを封じられた。李蓬莱にその一端を担ってしまった自負はあるものの、それ以上に竜ヶ崎巽や羊ヶ丘手毬のアホさ加減は度を超えていた。

 

 小綺麗な床が水で満たされてゆく。排水溝に水が轟々と流れるも、まるで排水が追い付かない。一瞬のうちに、足首ほどの高さまで水が満たしてゆく。

 

本戦進出経験者(ファイナリスト)でも最終予選組(セミファイナリスト)でもないはずアルが……普通に強いアル……!」

 

 〈極皇杯〉の出場者は上級異能が九割を占める。中級異能や下級異能の者も出場することはあるが、彼らは思い出作りで参加する場合が(ほとん)どだ。つまり、同じく上級異能を持つ竜ヶ崎巽や李蓬莱ですらも、〈極皇杯〉においては有象無象(うぞうむぞう)にすぎないのだ。

 

「――『竜ノ犬牙(ドラゴニックファング)』ッ!!」

 

 竜ヶ崎巽は稚田牛太郎の腹部を目掛けて突進――そして噛み付いた。泥の身体に風穴が空く――が、結局は「泥」なのである。()ぐに泥によってその風穴は塞がってしまった。

 

「――あァ!なんで通用しねェんだよォ!」

 

「――ッ!だから『竜ノ息吹(ドラゴニックブレス)』を使うべきだったアル!」

 

「……もう遅い」

 

 絶望的な状況。それに拍車を掛けるように、更なる絶望が押し寄せる。足から水を吸収した稚田牛太郎は、徐々に肥大化していたのだ。その違和感を初めに感じ取ったのは、他でもない、李蓬莱であった。

 

「……何か大きくなってないアルカ……?」

 

「まさか……!水を吸ったのだ……!?」

 

 蛇口から水が轟々と流れている。足場の水に足を奪われる。巨大化した稚田牛太郎は、(およ)そ全長四メートルほどにまで到達し、頭は優に天井に届いていた。稚田牛太郎は、為す術なく足場の確保に奮闘する三人を見下ろす。

 

「……〈神威結社〉……意外と大したことない。クランマスター――夏瀬雪渚の底が知れる」

 

「――あァ!?テメェ……!今なんつったァ!?」

 

「――巽サン!明らかな挑発アル!乗ってはダメアル!」

 

「そうなのだ!攻撃を誘ってるのだ!」

 

「――るっせェ!!ボスを馬鹿にしたヤツはブッ殺すぞォ!!!!」

 

 竜ヶ崎巽は怒りのあまり、冷静さを失っていた。ばちゃばちゃと激しく水音を立てながら、稚田牛太郎へと襲い掛かった。そして、超至近距離で口から炎を噴き出す。

 

「――『竜ノ息吹(ドラゴニックブレス)』ッ!!」

 

「――いや、おっそいのだ!」

 

 放たれた火炎放射。――それを受けて一瞬、稚田牛太郎の巨大な泥の身体はコンクリートのように固まった。竜ヶ崎巽はその隙を見逃さない。続け様の――攻撃。

 

「『竜ノ両鉤爪(ダブルドラゴニッククロウ)』!!」

 

 X字に稚田牛太郎を切り裂く。そのコンクリートの破片は、水で満たされた床に、ぽちゃんと音を立てて飛散した。

 

「――あれっ?倒せた……のだ?」

 

「――いやッ!まだアル!水を吸って復活してくるアル!」

 

「だったら今のうちに逃げるのだ!」

 

「ボスを馬鹿にされたまま黙ってられるかよォ!そうじゃなくても李や手毬が酷い目に遭ってンだろォがァ!」

 

「巽サン……!」

 

「問題ねェ!泥だから大した攻撃力はねェ!問題はあの厄介な、体の中に入って窒息させてくるヤツだけだァ!」

 

「次その攻撃が来たらワタシがまた助けるアル!……でも次は学習してるかもしれないアル」

 

 ――そのとき、トイレ中に散らばった破片は、水を吸収して泥へと戻り、そして再び三人の眼前に再集結する。そして()ぐに、凄まじいスピードで竜ヶ崎巽に襲い掛かる。竜ヶ崎巽の身体に纏わり付き、竜ヶ崎巽の身体の穴という穴に侵入する。再びの窒息狙いだ。

 

「……がッ……!」

 

 竜ヶ崎巽は苦しさに(もだ)えながら、水に足を取られる中、ゆっくりと、男子トイレ――その個室の扉を蹴り開けた。そして、背後で功夫(クンフー)の構えを()る李蓬莱に、目で合図を送る。

 

「巽サン……!」

 

 その意図を読み取った李蓬莱。彼女は鋭い打撃を竜ヶ崎巽に喰らわせる。(たま)らず竜ヶ崎巽の口から飛び出した泥男――稚田牛太郎は、そのまま便器の中へと吐き出される。

 

「おえっ……手毬!今だァ!」

 

「――任せるのだ!」

 

 竜ヶ崎巽の背に飛び乗り、跳躍しながら個室へと飛び込んだ羊ヶ丘手毬。彼女が向かう先は――その便器に取り付けられたレバーであった。便器の中でまるで大便のように積もった泥男は、その光景に呆気(あっけ)に取られていた。

 

「蓬莱ママ……!」

 

 竜ヶ崎巽は稚田牛太郎を逃がさない。我に返って便器の中から逃げようとする稚田牛太郎を押さえ付けるように、便座のフタを閉めた。それと同時に、羊ヶ丘手毬が便器のレバー――その「大」の方向へと勢い良く回す。――水が、勢い良く流れ出す。

 

「蓬莱ママ……!蓬莱ママぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」

 

 便器の中から木霊(こだま)する断末魔。それは洗面台の蛇口から水が流れ出す音に混じって、確かに聴こえた。李蓬莱は、洗面台の蛇口をきゅっと閉め、ゆっくりと口を開いた。

 

「……巽サン。窒息を……誘ったアルカ?」

 

「ガッハッハ!当然だろォ!〈神威結社(ウチ)〉のボスは天才だからなァ!一緒にいれば嫌でも賢くなるってモンよォ!」

 

 竜ヶ崎巽は「敢えて」窒息攻撃の話題を出すことで、その攻撃を誘ったのだ。体内に侵入される攻撃は非常に危険だが、その体のコントロール権は、飽くまで竜ヶ崎巽にあるのだ。

 

「巽サンは賢くはないアルガ……いや、見事だったアル」

 

「怒ってたのも演技だったのだ!?」

 

「あァ?いやァ、ブチギレてたのはマジだけどよォ。なんか最初からウンコみてェだなァと思ってたから流せねェかなァ、と!」

 

「多分、〈極皇杯〉でトイレに流されて敗退した奴は初めてアルヨ……」

 

「でも巽のお陰で助かったのだ!ありがとうなのだ!」

 

「巽サンも、手毬サンも、謝謝(シェイシェイ)アル。特に〈神威結社〉には助けられっぱなしアルネ……」

 

「ガッハッハ!任せろって言ったろォがァ!」

 

「あっ……でもボクが本気を出せばもっと楽に勝てたのだ!」

 

 竜ヶ崎巽と李蓬莱は、羊ヶ丘手毬の言葉に目を見合わせて笑い合う。泥が付着した目を洗面台で洗い終えた羊ヶ丘手毬は、それに気付かず堂々と胸を張っている。幼少期を共にした三人の、実に十六年来の平穏だった。

 

「――よォし!李!お前とは色々あったけどよォ、この件で手打ちにしよォぜェ!ボスならきっとそうするはずだからなァ!」

 

「……まだ許されるとは思ってないアルガ……そう言ってもらえると嬉しいアル。ワタシもまた……二人と友達に戻りたいアル」

 

「おォ!そう来なくちゃなァ!」

 

「蓬莱!ボク嬉しいのだ!」

 

 徐々に、床を満たしていた水が排水溝に流れていった。びしょ濡れの床の中、三人は男子トイレを後にする。血で血を洗う〈極皇杯〉の予選中だということを忘れさせるほどに、三人は楽しそうに語り合っていた。

 

「――それにしてもアタイら三人が同じブロックとはなァ!」

 

「〈羽成田(はねなりた)空港〉……ということはHブロックアルネ」

 

「アタイの勘だが、ボスは違ェブロックみてェだけどなァ!」

 

「そうなのだ!蓬莱、聞いてるのだ!?雪渚は今や超有名人なのだ!」

 

「先週出所したばかりアルガ……流石(さすが)にその件は耳にしているアル。なんでも〈十天〉の銃霆音(じゅうていおん)サンと異能戦を引き分けたとか……」

 

「ガッハッハ!ボスなら当然だなァ!」

 

「なんで巽が偉そうなのだ……」

 

 〈羽成田空港〉の二階出発ロビー。その大通路――コンコースの至るところに血痕が付着していた。オートウォーク――通称、「動く歩道」に、その向こうにある売店の隅、搭乗口の待合席――至るところに(のこ)された血痕が、その場所で発生した戦闘を物語っている。

 

「この辺りにいた出場者は全員敗退したか、移動したみたいアルネ……」

 

「そういやよォ、気になってたんだけどよォ、この動いてる『しすてまちっく』なヤツはなんだァ?」

 

 竜ヶ崎巽は眼前の、二基が並列したオートウォークを指し示す。糸目の女――李蓬莱は淡々と答えを返した。

 

「『動く歩道』――オートウォークというものアル。乗ると自動で前に進んでくれる代物アル」

 

「おあッ!?なんだよそれよォ!楽しそうじゃねェかァ!」

 

「勝手に動くなんてすごいのだ!ボクも乗るのだ!」

 

「――ちょっ、敵に見つかったらどうするアル!?」

 

「あァ!?倒しゃァいいじゃねェかァ!」

 

「――じゃなくて、隠れながら移動するべきアル!みんなそうしてるアルヨ!」

 

「知らねェ!(しょう)に合わねェ!」

 

「……聞いたワタシが馬鹿だったアル」

 

「そうなのだ!聞いた蓬莱(ホーライ)がバカなのだ!」

 

「ガッハッハ!」

 

 竜ヶ崎巽は、楽しげにオートウォークの手摺(てす)り部分――ハンドレールやスカートガードを飛び越えて、「動く歩道」に飛び乗る。それに羊ヶ丘手毬が続き、何とか手摺(てす)り部分から身を乗り出して、落下するように「動く歩道」に飛び乗った。

 

「――ぐえっ!痛いのだ!」

 

「おォ!手毬、すげェぞォ!勝手に動くぞォ!」

 

「えっ!?ホントなのだ!大発明なのだ!」

 

「アタイ天才的なことを思い付いたぞォ!この上で走れば一番速ェんじゃねェかァ!?」

 

「巽、もしかして天才なのだ!?競争するのだ!ボクはこっちのレーンで走るのだ!」

 

「おォ!やろうぜェ!」

 

阿呆(あほう)ばっかアル……」

 

 李蓬莱が頭を抱えた瞬間だった。彼女は右の方向から何か気配を感じ取った。(おぞ)ましく、おどろおどろしい気配。彼女がはっと目を向けると、そこには、黒い霧状の毒ガスが、()ぐそこまで迫っていた。その奥にある八番搭乗口は既に(もや)がかかったようで輪郭がはっきりとしない。

 

 ――だが、李蓬莱が恐怖を感じたのは、安全地帯の縮小ではなかった。その安全地帯のギリギリの位置を、安全地帯の縮小に合わせて、毒ガスを背にしてこちらに歩を進める一人の女。ブロンドのミディアムヘアの、気品溢れる髪型の女。神々しい剣を持ち、銀色の鎧に身を包む。(まさ)に女騎士――そう形容するに相応(ふさわ)しい女だった。

 

 李蓬莱は、最悪のエンカウントに絶望――そして恐怖する。何故なら、李蓬莱はこの女を知っていたからだ。否、この新世界の誰もが彼女を知っていたからだ。




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