異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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2-22 2F出発ロビー:南側コンコース

「最悪……アル……!」

 

 眼前の毒ガスは統率が取れたかのように、規則正しくこちらへと迫ってくる。(リー)蓬莱(ホーライ)は、迫り来る毒ガス――ではなく、それに合わせてゆっくりとこちらに歩み寄ってくる女騎士に恐怖していた。自身の不運を呪う。

 

 李蓬莱は知っていた。自身を苦しめた〈竜ヶ崎組〉・組長――竜ヶ崎龍が〈極皇杯〉の優勝を夢見て、何度も〈極皇杯〉に挑戦していたことを。そして彼が、何度も〈極皇杯〉の予選で箸にも棒にも掛からず、予選で敗退していたことを。

 

 彼の本戦進出を(はば)むのは常に、更に上を()く強者であった。そして、この女――二年前、第八回〈極皇杯〉ファイナリスト――犬吠埼(いぬぼうざき)桔梗(ききょう)もその一人なのだと確信するのに、そう時間は掛からなかった。

 

「――(たつみ)サン!手毬(てまり)サン!逃げるアル!」

 

犬吠埼(いぬぼうざき)桔梗(ききょう)なのだ!?」

 

「ガッハッハ!ファイナリスト様の登場とは幸先がいいじゃァねェかァ!」

 

 「動く歩道」――オートウォークの上で遊んでいた二人も、その迫り来る脅威の存在に気付いていた。竜ヶ崎巽はその長い黒髪を微かに揺らしながら、余裕の笑みを浮かべている。彼女の興奮した内心を表現するかのように、彼女の太く(たくま)しい尻尾が(あや)しく波打つ。

 

「……ッ!まさか巽サン、戦う気アルカ!?」

 

「当然だろォ!敵前逃亡なんて、ボスの顔に泥ぶっかけるような真似できっかよォ!」

 

「――でも巽!こんなとこで戦ったらすぐに毒ガスに飲み込まれちゃうのだ!」

 

「――ッ!巽サン!夏瀬サンに恩義を感じているなら、いや、だからこそ今は退()くべきアル!」

 

「そうなのだ!毒ガスから逃げるのは、雪渚の顔に泥を塗る行為じゃないのだ!正しいことなのだ!」

 

「ガッハッハ!文句あんなら先に逃げりゃァいいじゃねェかァ!アタイは最初から一人で戦うつもりなんだァ!」

 

「……っ!」

 

 竜ヶ崎巽の覚悟に、羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬(てまり)と李蓬莱は気圧される。――が、異変に真っ先に気付いたのは、誰よりも犬吠埼(いぬぼうざき)桔梗(ききょう)を観察していた、竜ヶ崎巽であった。

 

「――あァ!?テメェ……!余所見(よそみ)とはどういうことだァ!」

 

 犬吠埼桔梗は歩を進めながら、こちらを真っ直ぐと見つめていた――ように見えた。犬吠埼桔梗の視線は竜ヶ崎巽ら三人を見ているようで、視線はその通路――南側コンコースのずっと奥を捉えていた。

 

「……っ!?ワタシたちを……見てないアルカ?」

 

「お、お、面白いのだ!ボクなんて眼中にないとでも言いたいのだ!?」

 

 そこで、(ようや)くブロンドヘアの女騎士――犬吠埼桔梗は口を開いた。凛とした表情のまま、刺すような冷たい視線で。

 

「――む?ああ、済まない。私に話し掛けていたのか」

 

「――マジなのだ!?」

 

 竜ヶ崎巽らが犬吠埼桔梗に話し掛けていたのは、火を見るよりも明らかであった。戦闘の形跡が残るばかりで、周囲に人影がないことがその何よりの証左である。

 

「〈神威結社〉の竜ヶ崎巽と……元〈竜ヶ崎組〉・幹部の李蓬莱……それと子供か」

 

「ワタシたちを知っているアルカ……」

 

「当然だ。正義に忠誠を誓った身だからな」

 

「――ちょっと待つのだ!聞き捨てならないのだ!」

 

「なんだ、子供」

 

「ボクは子供じゃないのだ!羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬(てまり)なのだ!ピッチピチの二十歳(ハタチ)なのだ!」

 

「……むっ、それは失礼した。容姿で判断してしまうとは……私もまだまだ未熟だな」

 

「おォ……?なんだコイツ……噂に聞いてた印象と違ェなァ……」

 

「安全地帯も狭まっている。少し歩きながら話をしようではないか。特に〈神威結社〉――貴殿らには興味があってな」

 

 歩みを止めず、そのままコンコースを歩いてゆく犬吠埼。三人は顔を見合わせて、犬吠埼に続いた。その広々とした南側コンコースの保安検査場側の壁面には、化粧品に旅行代理店等、多彩なデジタルサイネージ広告が並んでいる。

 

「ワタシらを倒さないアルカ……?」

 

「それは、『〈極皇杯〉なのに何故戦わないのか?』という意図の質問か?」

 

「それもあるアルが……犬吠埼桔梗は悪を絶対に許さないと聞いたアル」

 

「あァ?それならアタイも悪ってことにならねェかァ?ボスに言われてもう全部返したけどよォ、兄貴を殺すための金を集めてカツアゲとかしちまったからなァ」

 

「李蓬莱も竜ヶ崎巽も罪は償ったのだろう。ならば私が出る幕はない。一度の過ちで道が閉ざされることがあってはならないとも思うからな」

 

「話に聞いていたよりずっと話が通じるのだ……」

 

「噂というものは当てにならぬものだからな。ファイナリストになってからというもの、話に尾鰭(おひれ)が付いて回って、私としても困っている」

 

「おォ……なんか拍子抜けだなァ」

 

 四人の背後では、四人の歩みと同等の速度で毒ガスが迫ってくる。コンコースの一面に敷かれた薄紫色のタイルカーペットは、時折血が滲んでいた。羊ヶ丘手毬は、無垢な表情を浮かべたまま、犬吠埼桔梗を見上げて問うた。

 

「でも〈極皇杯〉なのだ。なんで戦わないのだ?」

 

「――迷っているのだ」

 

 ――犬吠埼桔梗がそう答えたとき、先頭を歩いていた竜ヶ崎巽が、壁際にクランらしき敵の集団を見つけ、嬉々として向かっていった。十六年を共にした愛用の鉤爪・〈ヴァンガード〉を妖しく光らせながら。

 

「――おっ!敵じゃねェかァ!」

 

「――うわっ!竜ヶ崎巽……!」

 

「やべえコイツ……!戦いを楽しんでやがるっ!」

 

「ガッハッハ!散れ散れェ!」

 

 男たちは斧の刃先や小銃の銃口を竜ヶ崎巽に向けて構える。しかし、竜ヶ崎巽はそれにも物怖じせず、両の鉤爪で鮮やかに男たちを刈り取った。男たちは〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が発動――消滅してゆく。その様子を遠巻きに見つめていた犬吠埼桔梗は、ふっと笑って呟いた。

 

「ふっ……(たくま)しいな」

 

「犬吠埼サン……『迷っている』とは……どういうことアルカ?」

 

「竜ヶ崎巽が今やったように、相手を殺すことで命の肩代わりをしてくれる〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉を発動させる――それが〈極皇杯〉の戦い方だ」

 

「そうなのだ。そうしなきゃ勝ち残れないのだ」

 

「この〈極皇杯〉がそれを是としているのも、それが新世界の法に反していないのも、これが興行として成立しているのも理解しているつもりだ。……だが、正義に忠誠を誓う者として、どうしても『殺さなければならない』というのが引っ掛かるのだ」

 

 第八回〈極皇杯〉・ファイナリスト――犬吠埼桔梗。彼女は雪国である〈城塞都市テンジク〉の生まれであり、現在は〈城塞都市テンジク〉直属の騎士団――その総勢九千名の騎士団の副騎士団長を務めている。国の防衛の他、異能戦争に駆り出されることも少なくない。

 

「私が〈城塞都市テンジク〉直属の騎士団で副騎士団長を務めていることは知っているだろう。幼い頃から鍛錬ばかりでな、〈極皇杯〉のことを知ったのも恥ずかしながら二年前だったのだ」

 

「〈極皇杯〉を知ったその年にファイナリストになったアルカ……」

 

「ああ、だから私がファイナリストになったときは、〈極皇杯〉のルール……〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉を発動させる――『殺さなければならない』というルールを知らないまま勝ち上がってしまったのだ」

 

 三人が歩む先では竜ヶ崎巽が次々と湧いて出てくる敵を蹴散らしている。まるで、戦いを楽しむように笑いながら。彼女の黒い髪が、彼女の動きに合わせて(なび)く。

 

「でも殺すことに躊躇(ためら)いがあるなら、ファイナリストにはなれないはずなのだ」

 

「羊ヶ丘手毬は私が戦った予選を観ていなかったか?単に運が良かったのだ」

 

「確か……犬吠埼サンは防御に徹して最後の三人まで生き残ったアル。ただ、残る二人が相討ちとなり……結果、犬吠埼サンが勝ち上がる形になったアル」

 

「そんなことがあるのだ!?」

 

「ああ、その通りだ。だから私は結局……一人も倒さずに本戦に駒を進めた。だが結局、本戦のタイマン形式の戦闘も〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉を発動させるというルールは同様。殺す気も起きず、防御に徹しているうちに敗北してしまったがな」

 

「そういうことだったアルカ……」

 

「でも、だったらなんで今年もエントリーしたのだ?」

 

「甘いことを言っていられる状況ではなくなってしまったのだ」

 

「何があったアルカ?」

 

「私が所属する〈城塞都市テンジク〉直属の騎士団は、クラン登録はしていないものの、知っての通り新世界最強の騎士団とも言われている」

 

 犬吠埼桔梗は、声のトーンを一段階落とした。新世界中に中継するカメラに音声が入らないようオフレコで、という配慮だろう。その意図を察した李蓬莱とは対照的に、何も理解していないよつすの羊ヶ丘手毬が大きな声でリアクションをする。

 

(ジョー)も強いって言ってたのだ!特に団長が強いとかなんとか!」

 

「……羊ヶ丘手毬は少し声量を下げてほしいが、その通りだ。最強と呼ばれる理由は団長――最上川(もがみがわ)真下(ました)騎士団長にあった」

 

「おっと……ゴメンなのだ」

 

最上川(もがみがわ)真下(ました)騎士団長――黒い甲冑(かっちゅう)の女騎士アルネ」

 

「ああ、私も心から尊敬している方だ。あの方のようになりたいとずっと背中を追い掛け続けていたのだが……その彼女が、単独での任務に向かった先日、失踪――行方を(くら)ませた」

 

「えっ……神話級異能の噂まであったような方アルヨ……!?」

 

「まさか……誰かにやられたのだ……!?」

 

「わからない……。だが、最上川(もがみがわ)騎士団長は望めば〈十天〉に加われたほどの強さの方だ。簡単に敵に敗れて命を落とすとは到底思えない」

 

「謎……アルネ……」

 

「だから〈極皇杯〉に出場したという次第だ。〈極皇杯〉を優勝すれば、どんな願いでも叶う――失踪した最上川(もがみがわ)騎士団長を見つけるのも容易(たやす)いだろうからな」

 

「桔梗がまた〈極皇杯〉に参加したのは、そういう理由だったのだ……」

 

「だが結局、〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉によって、殺しても実際に死ぬわけではないとは頭では理解していながらも……敵と戦うことすらできていない。悪人であれば容赦なく斬れるが……。真剣に挑んでいる、罪なき者が大半だからな。恥ずかしい限りだ」

 

「――あァ?テメェらよォ、何をヒソヒソ話してんだァ?」

 

 犬吠埼桔梗の顔を不思議そうに覗き込んだのは、敵を全滅させて戻ってきた竜ヶ崎巽であった。彼女の黄色い双角が照明を受けて輝いている。そのアホ面を見て、少し気が紛れたのか、犬吠埼桔梗はふっと笑って、告げた。

 

「いや……単なる身の上話だ」

 

「あァ?よくわかんねェけどまァいいかァ。それより早く行こうぜェ!あっちはまだ敵がいそうだぞォ!」

 

 竜ヶ崎巽は再び、コンコースの奥へと駆け出していった。赤いチャイナドレスの糸目の女――李蓬莱はその背中を目で追いながら、何処(どこ)か温かい気持ちに包まれていた。

 

「……巽サン。明るくなったアルネ」

 

「きっと雪渚たちのお陰なのだ!巽が笑えるようになってボクも嬉しいのだ!」

 

「少しだけ、竜ヶ崎巽が羨ましいな。……さて、私たちも行こうか」

 

 三人は、背後に迫り来る毒ガスを置き去りにして、駆け足で竜ヶ崎巽の背中を追い掛けた。――予選開始より二十四分五秒。この時点で竜ヶ崎巽のKILL数は、38KILLにまで積み上がっていた。




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