異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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2-28 竜猿相搏つ

 十数の分身体が次々に繰り出すアクロバティックな波状攻撃。分身体も〈如意棒〉を持ち、的確に刺突を挟んでくる。竜ヶ崎巽が必死に鉤爪を振り(かざ)して応戦するも、洗練された身の(こな)しで()なされる。その猛攻は、竜ヶ崎巽が限界を迎えるには十分なダメージを生んでいた。

 

 ――第十回〈極皇杯〉、予選Hブロック。予選開始より一時間十四分三十八秒。竜ヶ崎巽vs(バーサス)猿楽木(さるがき)天樂(てんらく)の異能戦――その決着の刻は近い。

 

「クッソ……がァ!うざってェ……!」

 

「しぶといなぁ、ライターの姉ちゃん。策もないんやったら諦めた方が楽やで?」

 

 猿楽木天樂は、攻撃を分身体に任せて後ろに控えている。しかし、その目は一切油断していなかった。

 

「……違ェよォ!待ってたんだよォ!この刻をォ!」

 

「はぁ?なんや?」

 

「――『竜ノ逆鱗(ドラゴニックレイジ)』ィィィ!!!」

 

 そう竜ヶ崎巽が叫んだ瞬間、竜ヶ崎巽は怒気を具現化したような赤いオーラを身に纏った。竜ヶ崎巽の身体を覆っていた鱗が逆立ち、全身が刺々しい姿へと変貌する。竜ヶ崎巽の黄色い双角が禍々しく変貌し、その異様な姿が鏡張りの壁面に映し出される。

 

「――『竜ノ両鉤爪(ダブルドラゴニッククロウ)』!!」

 

 竜ヶ崎巽の両の鉤爪が十字に空を切り裂く。――すると、竜ヶ崎巽を取り囲んでいた猿楽木天樂の分身体は、一人残らず霧のように消えてしまった。

 

「――なっ!なんや!?」

 

「『竜ノ逆鱗(ドラゴニックレイジ)』――コイツは受けたダメージの分、アタイ自身の筋力を跳ね上げる技だァ!陽奈子との修行で得たアタイの必殺技ってヤツだなァ!」

 

 〈世界ランク〉のソロランキング――〈極皇杯〉の開会式時点で竜ヶ崎巽の順位は九十八位であった。竜ヶ崎巽は、既に、夏瀬雪渚が目覚めたあの日、「五六(ふのぼり)総合病院」の駐車場で呆気なく敗北した竜ヶ崎巽ではなかった。

 

「たはー!やるやん?でもこんなもんでイキったらアカンで、ライターの姉ちゃん!――『帰化猿(きかざる)』!」

 

 猿楽木天樂は口から煙を吐き出す。その煙は、雲のような形を成した。筋斗雲(きんとうん)である。猿楽木天樂は筋斗雲に飛び乗り、喫煙室の天井の位置から満身創痍の竜ヶ崎巽を見下ろす。猿楽木天樂のボサボサの金髪――その赤い毛先が(なび)く。

 

「――おあッ!?そんなんアリかよッ!?」

 

 「煙草を吸わなければ力が出ない」という先刻の猿楽木天樂の発言。その意図は、「煙草を吸わなければ戦う気力が起きない」ではなく、「煙草を吸えば戦う力を得ることができる」が正しい。喫煙によって猿楽木天樂が口腔に留めておいた煙――それこそが(まさ)に、筋斗雲の正体であった。

 

「『帰化猿(きかざる)』……このための喫煙だったアルカ……!」

 

「すごいのだ!巽も天樂もすごいのだ!」

 

 竜ヶ崎巽は筋斗雲に乗って頭上を徘徊する猿楽木天樂から目を離さない。猿楽木天樂は筋斗雲の上から一方的に〈如意棒〉による激しい刺突を繰り返す。――が、『竜ノ逆鱗(ドラゴニックレイジ)』によって跳ね上がった筋力、それによる跳躍力で華麗に回避する。そして、竜ヶ崎巽は叫ぶ。

 

「――『竜ノ両鉤爪(ダブルドラゴニッククロウ)』!!!」

 

 バネのように跳び上がって筋斗雲と同じ高さに達する竜ヶ崎巽。その両の鉤爪が、猿楽木天樂をX字に切り裂く。猿楽木天樂はこのとき初めて、防御行動を選択した。

 

「――っ!あかん!『岩猿(いわざる)』っ!」

 

 筋斗雲を突き破り、空中で巨石と化した猿楽木天樂。重力に従って床へ落ちてゆく。――その巨石を、竜ヶ崎巽はX字に切り裂いた。

 

「――おらァ!!」

 

 その岩石に大きな亀裂が入る。舞い上がる粉塵。破片が周囲に飛び散る。完全に砕かれる寸前、その巨石は人の姿へと戻った。――が、猿楽木天樂の身体にはX字の深い傷が刻まれている。見るに痛々しい傷であった。

 

「……はぁ、はぁ。『岩猿(いわざる)』が砕かれるとは思わんかったわ……。やるやん、ライターの姉ちゃん」

 

「ガッハッハ!そろそろ決めようぜェ!」

 

 だが、竜ヶ崎巽も既にボロボロであった。お互いの肉体の限界は近い。扉越しにその戦闘を見守っていたブロンドヘアの女騎士――犬吠埼(いぬぼうざき)桔梗(ききょう)が、声を漏らす。

 

「竜ヶ崎巽……もしかすると……もしかするぞ……!」

 

 竜ヶ崎巽と猿楽木天樂。二人は何か心の奥底で通じ合ったかのように頷き合い、同時に距離を詰めた。竜ヶ崎巽の鉤爪による斬撃、そして猿楽木天樂のアクロバット。先刻とは異なり、刺々しい姿に変貌した竜ヶ崎巽の攻撃も、次々に猿楽木天樂を追い詰めてゆく。

 

「――巽!すごいのだ!天樂に攻撃が通じてるのだ!」

 

「巽サン……どれだけ強くなってるアルカ……!」

 

 だが、猿楽木天樂も一歩も譲らない。偉人級異能、〈三猿(グドール)〉。毛髪で分身を作り出し、身体を岩石へと変貌させ硬化、そして煙を雲の形状に変えるという、複合的な能力の異能。曲芸師として活躍する彼女の本来の強さも相俟(あいま)って、爆発的な機動力と隙のなさを生んでいる。

 

 両者一歩も退()かぬ、激しい攻防。〈如意棒〉が竜ヶ崎巽の身体を穿(うが)ち、〈ヴァンガード〉が猿楽木天樂の身体を切り刻む。お互いの血が飛沫のように喫煙室に飛散する。二人の実力は、拮抗(きっこう)していた。この勝負の勝敗は――次の一手で決まる。

 

「……っ!執拗(しつこ)い女はモテへんで!ライターの姉ちゃん!」

 

「誰が言ってんだァ!猿女ァ!」

 

「なんで自分みたいなのが最近まで無名やったんや!?化物やんけ!」

 

「あァ……クソ強ェ!こんなんばっかりかよォ!〈極皇杯〉よォ!!最高じゃねェかァ!!」

 

「手段選んでられへんわ!『帰化猿』っ!!」

 

 猿楽木天樂が再び吐き出した煙は、またもや雲の形を成す。そしてその雲――筋斗雲は、竜ヶ崎巽の視界を覆うように絡み付いた。竜ヶ崎巽は、暗闇の中で思考する。

 

 ――視覚妨害……ッ!だが、わかるぞ……お前ほどの強者……!存在感がハッキリとわかる!

 

「――いてまえっ!」

 

 猿楽木天樂がアクロバティックに繰り出す拳――竜ヶ崎巽がそれを避けたタイミングで的確に繰り出される、〈如意棒〉による刺突。竜ヶ崎巽の脳天を揺らし、全身を強い衝撃が襲う。暗闇の中で、竜ヶ崎巽は必死に叫んだ。

 

「アタイはァ!!!〈神威結社〉のお荷物になりたくねェんだよォ!!!」

 

「それがライターの姉ちゃんのホンマの気持ち?ええやん、負けても!〈極皇杯〉は来年もあるで!」

 

「アタイが負けてもボスや姉御、拓生も陽奈子もアタイを見捨てねェ!!!でもよォ!!!アイツらの顔に泥ぶっかけたくはねェんだよォ!!!!」

 

「……終わらせるで!」

 

 絶え間なく続く、猿楽木天樂のアクロバティック攻撃と伸縮する〈如意棒〉による刺突。筋斗雲に(はば)まれ、未だに視界が晴れない竜ヶ崎巽。気持ちを奮い立たせるように、竜ヶ崎巽は叫んだ。

 

「――アタイはァ!!!今年じゃなきゃダメなんだよォォォ!!!!――『竜ノ逆鱗(ドラゴニックレイジ)』!!!」

 

 竜ヶ崎巽の『竜ノ逆鱗(ドラゴニックレイジ)』の重ね掛け。更に竜ヶ崎巽の筋力が強化される。眼前に立つ猿楽木天樂は、にやりと口角を上げた。

 

()ぃや!ライターの姉ちゃん!――『終猿(おわらざる)』!!」

 

「――『竜ノ衝突(ドラゴニッククラッシュ)』!!!」

 

 視界が覆われた中で、闇雲――否、的確に放たれた、竜ヶ崎巽の攻撃。脚の筋肉をバネに、全身をフルに使った突進攻撃。竜ヶ崎巽のその渾身の攻撃は、猿楽木天樂に、「入った」。

 

「が…………ッ!!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォ!!!」

 

 鏡張りの喫煙室内に響く、凄まじい衝撃音。猿楽木天樂の身体が、大きく飛ばされる。扉の外で、羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬(てまり)(リー)蓬莱(ホーライ)犬吠埼(いぬぼうざき)桔梗(ききょう)の三名が固唾を呑んで決着を見守る。

 

 ――やがて、竜ヶ崎巽の赤い瞳に纏わり付いていた雲が晴れる。喫煙室の鏡張りの壁に空いた大穴から、隣の男子トイレの小便器が覗いた。彼女のその視界の先には、壁を突き抜け、その小便器に激突して、力なく項垂(うなだ)れている猿楽木天樂の姿があった。

 

「アタイの勝ちだなァ……」

 

「…………ウチの負けや、堪忍な……。……せや、名前教えてや」

 

「よォし!生中継観てるヤツも全員耳の穴かっぽじってよく聞けやァ!クラン・〈神威結社〉の一番槍、竜ヶ崎(りゅうがさき)(たつみ)だァ!頭に叩き込みなァ!」

 

「わはは、こんなアホには勝てんわ……。巽の姉ちゃん、ウチの首切って〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉を発動させてくれや」

 

「……いいのかァ?」

 

「当たり前や。早よ楽にしてくれや」

 

「わかったァ……」

 

 竜ヶ崎巽は壁に空いた穴を通り、男子トイレに足を踏み入れる。そして、鉤爪・〈ヴァンガード〉の切っ先を猿楽木天樂の頸動脈に添えた。竜ヶ崎巽の長い黒髪が微かに揺れる。

 

「巽の姉ちゃん……勝つんやで」

 

 竜ヶ崎巽は、鉤爪の先端で猿楽木天樂の首に触れたまま、指先を軽く右に動かした。猿楽木天樂の首から血飛沫が上がる。がくりと項垂(うなだ)れた猿楽木天樂は、やがて消滅した。〈犠牲の心臓(サクリファイスハート)〉が発動し、敗退が確定――〈天上天下(てんじょうてんげ)闘技場〉へと強制送還されたのだ。

 

「退屈しなかったぜェ……。猿女ァ……」

 

「――巽!巽!」

 

「巽サン……っ!」

 

 背後のガラス張りの扉を勢い良く開け、喫煙室内に羊ヶ丘手毬と李蓬莱が雪崩(なだれ)込んでくる。二人は信じられないといった面持ちを浮かべながら、竜ヶ崎巽を賞賛していた。

 

「す、すごいのだ巽!〈極皇杯〉の本戦進出経験者(ファイナリスト)を倒したのだ!」

 

「巽サン……これは……世界が動くアルヨ……」

 

 このとき、竜ヶ崎巽は直感していた。竜ヶ崎巽を見る、世界の目が変わったことを。〈極皇杯〉の本戦進出経験者(ファイナリスト)を倒したことで、世界が夢物語だと笑っていた竜ヶ崎巽の「ワンツーフィニッシュ宣言」は、この十数分の死闘で現実味を帯びた。

 

「確実に……確実に今、巽サンはファイナリスト候補に名乗りを上げたアル!」

 

「――って巽!そもそも戦うんじゃないのだ!ボクのクランメンバーなのだ!」

 

 ポカポカと竜ヶ崎巽の黒い軽装の鎧を殴る羊ヶ丘手毬。竜ヶ崎巽は『竜ノ逆鱗(ドラゴニックレイジ)』を解き、通常のドラゴニュート形態へと戻る。戦いの余韻に浸りながら、竜ヶ崎巽は言葉を返した。

 

「だからァ……そもそもアタイと手毬も敵同士なんだぞォ……」

 

「ふふん!でもいいのだ!ボクがファイナリストに残り、天樂は後でお説教なのだ!」

 

「手毬サン……今の戦いを見てよく言えるアルネ……」

 

 何か、喫煙室の外から、連続して衝撃音が聴こえてくる。しかし、満身創痍の竜ヶ崎巽にはそんなことを気に留める余裕はなかった。

 

 一方、犬吠埼(いぬぼうざき)桔梗(ききょう)は、目を丸くしたまま、通路に突っ立っていた。そして我に返ると、談笑する三人に歩み寄った。

 

「あァ?犬吠埼ィ、どうしたァ?」

 

「どうやら私は……貴殿を(あなど)っていたようだ。騎士として、貴殿の強さに震えた」

 

「おォ!アタイの強さがわかったってことかァ!偉いじゃねェかァ!」

 

「竜ヶ崎巽……貴殿と手合わせがしたい。――無論、ファイナリストの座を懸けて」




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