異能至上主義に花束を ――神話級異能〈テミス〉は新世界を成り上がる――   作:衝動

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2-29 2F出発ロビー:16番搭乗口

 ――〈羽成田(はねなりた)空港〉、二階出発ロビー。喫煙室を出ると、横に延びる広々とした大通路――北コンコースが広がっていた。眼前には「動く歩道」――オートウォークや、その奥には「16」のサインプレート――(すなわ)ち、十六番搭乗口が見受けられる。

 

「――あれは……どうなってるのだ!?」

 

 竜ヶ崎巽らが喫煙室を出て、まず目を奪われたのは、十六番搭乗口の奥の全面ガラス張りの窓――その窓越しに見える、外の滑走路であった。滑走路には、立派な飛行機が横並びに何機も停まっている。

 

 ――が、問題はそこではなかった。ドゴォン、ドゴォン――と、連続して衝撃音が響き、空港の床が揺れている。その滑走路には、まるで流星群かのように、次々に隕石が降り注いでいた。比喩表現ではない。文字通りの隕石だ。一機の飛行機が、降り注いだ隕石と衝突し、轟々と炎上する。

 

「異能……アルカ?」

 

「なんだよあれはァ……!めちゃくちゃじゃねェかァ……!」

 

「あんなの……まさか神話級の異能なのだ……?」

 

 すると、隕石衝突の衝撃波によるものか、窓ガラスはパリンと音を立てて一斉に崩れ去った。薄紫色のタイルカーペットにガラスの破片が飛散する。飛行機を包む揺らめく炎がガラス片に映り込む様は、恍惚(こうこつ)とするほどに美しかった。

 

 竜ヶ崎巽は再び滑走路の、隕石が落下した地点に目を向ける。――が、しかし、そこにはあるはずのものがない。滑走路に衝突したはずの隕石が見当たらないのだ。滑走路には、炎上する機体を含めた数機の飛行機と、地表を(えぐ)り取るように凹んだ無数の跡――クレーターだけが残されていた。

 

「隕石を落下させる異能……じゃないアルカ?」

 

 あまりに衝撃的な光景に、三人は言葉を失ってしまう。そんな三人を見て、犬吠埼(いぬぼうざき)桔梗(ききょう)は凛とした表情を浮かべたまま、口を開いた。

 

「貴殿らが〈神屋川(かやがわ)〉エリアに幽閉されていたと言っても、奴の名を知らないはずはない。第八回〈極皇杯〉の準優勝者……」

 

 〈神屋川(かやがわ)エリア〉出身の竜ヶ崎巽、羊ヶ丘(ひつじがおか)手毬(てまり)(リー)蓬莱(ホーライ)の三名――特に城壁の中で二十年を過ごした羊ヶ丘手毬は、元〈竜ヶ崎組〉・組長――竜ヶ崎龍による情報統制に遭っていた。――が、〈極皇杯〉の話題は新世界中で一年中語られるホットワードだ。羊ヶ丘手毬ですら、〈竜ヶ崎組〉の元構成員らがそのような話をしているのを耳にしていた。

 

「まさか……あの人アルカ!?」

 

「だとしたらまずいのだ!」

 

「ああ、名を夜空野(よぞらの)彼方(かなた)という男だ。今年は出場しないと思っていたのだが……最悪の展開だ」

 

「関わり合いにならない方がいいアルネ……」

 

「誰かが倒してくれるのを待つのだ」

 

「――それで犬吠埼よォ、アタイと戦うんだろォ?」

 

「ああ。とは言え貴殿の戦いを一方的に見てしまったからな。私だけ情報を持っているのは貴殿としても納得がいかないだろう」

 

「あァ?そうかァ?アタイは気にならねェけど……」

 

「……そうか。だが私が納得しないのだ」

 

 そして犬吠埼桔梗は、十六番搭乗口まで歩を進めた。何のことかもわからないまま、竜ヶ崎巽、羊ヶ丘手毬、李蓬莱の三名は顔を見合わせて、犬吠埼桔梗の後に続く。床一面に敷かれたタイルカーペットのあちこちに血痕が(のこ)されている。犬吠埼桔梗は、滑走路が覗くガラス張りの窓の前で歩みを止めた。

 

「見ていろ」

 

 そう言ってブロンドヘアの女騎士――犬吠埼桔梗は、腰の(さや)から〈聖剣エクスカリバー〉を抜いた。その剣先は神の祝福を受けたように煌々(こうこう)と輝いている。剣身は千の松明(たいまつ)を集めたかの如き、神々しい光を放っていた。

 

 犬吠埼桔梗は、〈聖剣エクスカリバー〉の剣先を、隕石が降り注ぐ窓の外に向ける。そして、横薙(よこな)ぎに剣を振るった。

 

 ――竜ヶ崎巽、羊ヶ丘手毬、李蓬莱の三名の視界に映る光景は、驚くべき光景だった。十六番搭乗口から搭乗するために駐機していた飛行機が、スパッと真っ二つに割れたのだ。断面はあまりに綺麗で、惚れ惚れするほどだった。エンジンを巻き込んだのか、飛行機はやがて炎に包まれてゆく。

 

「……これが私の偉人級異能、〈聖王(アーサー)〉によって授かった〈聖剣エクスカリバー〉の力だ。先程も話したが、この剣は、決して折れず、(こぼ)れず、あらゆるものを両断する」

 

「……こんなの、一撃でも喰らったら終わりアルヨ……」

 

 そして犬吠埼桔梗は、〈聖剣エクスカリバー〉を納めていた魔法の鞘にそっと触れる。

 

「そしてこの魔法の(さや)がある限り、私はどんなに傷を受けても血を失わない」

 

「すごいのだ!桔梗もボクの〈十二支〉に入ってほしいのだ!」

 

「ふっ、確かに私が所属する騎士団はクランではないのでな。クランに加入すること自体は可能だろう」

 

 羊ヶ丘手毬が期待の眼差しを向ける中、犬吠埼桔梗は少し嬉しそうに口角を上げる。そして言葉を継いだ。

 

「誘いはありがたいが……今は結論を保留とさせてもらおう。戦ってみたい女がいるものでな」

 

 犬吠埼桔梗は真っ直ぐに、眼前の竜ヶ崎巽の赤い瞳を見つめる。竜ヶ崎巽は、きょとんとした様子で言葉を返した。

 

「おォ……テメェの異能がすげェのはわかったがよォ。だからなんなんだァ?わざわざそんなことが説明したかったのかァ?」

 

「……それもあるが、猿楽木(さるがき)天樂(てんらく)との死闘を終えて満身創痍の貴殿と戦おうというほど、私は卑怯でありたくない」

 

 そう言って、犬吠埼桔梗は、〈聖剣エクスカリバー〉をボロボロの竜ヶ崎巽へと向ける。そして、〈聖剣エクスカリバー〉をまたしても横薙(よこな)ぎに振るった。

 

「――なッ!?」

 

 ――だが、今回は周囲に被害はない。――否、変わった点があるとすれば、竜ヶ崎巽の肉体である。

 

「――おあッ!?傷が治っただとォ!?」

 

「……言ったはずだ。〈聖剣エクスカリバー〉はあらゆるものを両断する。貴殿の傷を断ち切っただけの話だ」

 

「そんなこともできるアルカ……」

 

「すごいのだ!すごいのだ!」

 

「さて……これで条件は対等。竜ヶ崎巽、私との勝負、受けてくれるな?」

 

「ガッハッハ!いいぜェ!犬吠埼ィ!」

 

 待合席が並ぶ十六番搭乗口。付近には売店がある。竜ヶ崎巽と犬吠埼桔梗は向かい合い、お互いから視線を逸らさない。独特の緊張感が漂う中、李蓬莱は思考していた。

 

 ――巽サンは強い……。猿楽木(さるがき)サンを倒したことで、間違いなくファイナリスト候補に名乗りを上げたアル。……でも、犬吠埼サンは、魔法の鞘によって「血を失わない」。巽サン……どうやって勝つつもりアルカ……?

 

 李蓬莱の疑問は当然のものだった。――しかし、竜ヶ崎巽はアホである。竜ヶ崎巽は、何も考えていなかった。竜ヶ崎巽は、「一撃も受けてはならない」のにも関わらず、果敢に犬吠埼桔梗へと向かっていった。

 

「――『竜ノ尻尾(ドラゴニックテイル)』!!」

 

 犬吠埼桔梗の眼前に迫り、身を(ひるがえ)して、(たくま)しい尻尾で犬吠埼桔梗の頭を殴り付ける。派手な音が響く。――だが、犬吠埼桔梗はびくともしない。

 

「……その程度か?竜ヶ崎巽」

 

「――チッ!」

 

 跳躍しながら後方へと退()く竜ヶ崎巽。彼女の長い黒髪がその動きに合わせて(なび)く。竜ヶ崎巽は、足りない頭で必死に策を巡らせた。

 

 ――いや……ダメだ。無策で突っ込むのはダメだ。普通に戦って勝てる相手じゃねェ。考えろ……!

 

 犬吠埼桔梗は〈聖剣エクスカリバー〉を振るう。胸を反らし、間一髪のところで竜ヶ崎巽はその必殺の一撃を回避する。後方の売店が真っ二つに割れ、音を立てて崩れる。

 

 ――この攻撃力も厄介だがァ……より厄介なのは「血を失わない」魔法の鞘……まるで姉御みてェな――待てよ……!姉御と陽奈子の親善試合(エキシビションマッチ)で、ボスが言ってた言葉……!

 

 犬吠埼桔梗の止まらぬ猛攻。竜ヶ崎巽は回避に専念しながら必死に頭を回転させる。先刻の親善試合(エキシビションマッチ)で、自身が忠誠を誓うボス――夏瀬雪渚が発した言葉を思い起こす。

 

 ――「天音を倒そうと思えば一撃必殺しかない」――そうか!血を失わなくても、一撃必殺なら防ぎようもねェ……!

 

「避けてばかりか?竜ヶ崎巽。それでは試合にならぬぞ」

 

「ガッハッハ!必死に考えてたんだよォ……!テメェに勝つ方法をなァ!」

 

 「動く歩道」――オートウォークの(そば)では李蓬莱が、物陰から現れた重装甲の男たちに囲まれて死闘を繰り広げている。……必死に逃げ惑う羊ヶ丘手毬を庇いながら。

 

 犬吠埼桔梗が振るう〈聖剣エクスカリバー〉が、十六番搭乗口の待合席を真っ二つに一刀両断した。外では隕石が次々に降り注ぐ。隕石の衝撃波によるものか、奥でガラスが割れたような音が響く。

 

「――貴殿が思い至ったのは『一撃必殺』だろう」

 

「――あァッ!?」

 

「図星か。確かに、一撃必殺は私に極めて有効だ」

 

 犬吠埼桔梗は、〈聖剣エクスカリバー〉を振るいながら告げる。竜ヶ崎巽はその猛烈に責め立てる斬撃を必死に跳躍して回避する。また、竜ヶ崎巽の背後で何かが音を立てて崩れた。犬吠埼桔梗は言葉を継ぐ。

 

「だが一撃も喰らえない状況下では、先刻の猿楽木(さるがき)天樂(てんらく)戦のように、受けたダメージに応じて筋力を増加させる『竜ノ逆鱗(ドラゴニックレイジ)』は使えまい。強化しなければ私を一撃で(ほふ)ることは不可能だ」

 

「よく喋るなァ……!確かにテメェの攻撃力は厄介だけどよォ……!陽奈子の攻撃の方が何倍も痛ェ!」

 

「だが今の貴殿では私を(ほふ)れまい。魔法の鞘の加護によってな」

 

「よく考えりゃァ血を失わねェってだけだろォがァ!姉御の防御の方が何倍も硬ェ!」

 

 竜ヶ崎巽は一撃必殺のチャンスを(うかが)う。しかし、犬吠埼桔梗には一切の隙が見当たらない。竜ヶ崎巽は、策を塗り替える。

 

「――『竜ノ犬牙(ドラゴニックファング)』ッ!」

 

「――なにッ!」

 

 犬吠埼桔梗が〈聖剣エクスカリバー〉を振り下ろし、竜ヶ崎巽がその斬撃を回避するのと同時――竜ヶ崎巽は一気に犬吠埼桔梗の下へと詰め寄り、その剣に噛み付いた。顎の力を強める。

 

「……成程(なるほど)。〈聖剣エクスカリバー〉を壊そうということか」

 

「ほうはァ!ほほへんほほはひへひはへはははひほはひはァ!」

 

「……言っただろう。〈聖剣エクスカリバー〉は『決して折れず、(こぼ)れず』……と。――無駄だ」

 

 犬吠埼桔梗は、剣に噛み付いて離さない竜ヶ崎巽を振り飛ばそうと、〈聖剣エクスカリバー〉を力強く振り下ろした。到底、顎の力だけでは敵わない。その力に、竜ヶ崎巽はタイルカーペット張りの床に叩き付けられた。

 

「――うぐッ!」

 

 犬吠埼桔梗は、剣先を下へ向け、〈聖剣エクスカリバー〉を両手で床へと突き立てた。――途端、地が割れる。床に大穴が空き、そのまま階下へと落ちる。羊ヶ丘手毬や李蓬莱――そして彼女らと戦っていた男らも巻き込んで、階下へと崩れ落ちる。

 

「――おあッ!?」

 

 世界が引っ繰り返る。竜ヶ崎巽の視界が揺れる。彼女の視界を、瓦礫が埋め尽くす。――だが、竜ヶ崎巽と犬吠埼桔梗は、その中でもお互いを見据えていた。お互いがお互いの目を離さない。

 

 ――そして、竜ヶ崎巽は何とか無事に着地する。瓦礫が積み重なるその場所は――手荷物受取所であった。本来はスーツケース等、搭乗客が搭乗の際に預けた手荷物を受け取るためのエリアだ。「A」、「B」、「C」――それぞれのサインプレートの真下に回転式のベルトコンベアが設置されており、機械音と共に稼働している。

 

 瓦礫の上に立つブロンドヘアの女騎士――犬吠埼桔梗は竜ヶ崎巽を見下ろして、告げた。それと同時に、竜ヶ崎巽は、信じ難い光景を目にした。

 

「竜ヶ崎巽。貴殿を評価していたのだが見当違いだっ――」

 

 ――犬吠埼桔梗は、何が起こったのかわからないといった様子のまま、全身を切り刻まれた。細切れになった、賽子(サイコロ)大の正立方体――肉片が散らばる。

 

「……は?」

 

 そして肉片は、血痕だけを(のこ)して消滅した。――竜ヶ崎巽が攻撃を仕掛けたわけではなかった。

 ――そして、細切れにされたのは、犬吠埼桔梗だけではなかった。竜ヶ崎巽は、動揺を隠せないまま、ゆっくりと視線を後方に移す。そこに上階から共に落下したはずの、羊ヶ丘手毬や李蓬莱、重装甲の男らもまた、賽子(サイコロ)状に細切れにされ――肉片と共に消滅した。

 

「なんだよ……これはよォ……」

 

 ――予選開始より一時間三十二分三十秒。安全地帯を囲う毒ガスが急激に迫る。安全地帯の縮小は、最終段階を迎えようとしていた。




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