白銀の破壊者   作:興影

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鉄の楔

 

 沈むような深い眠りに、精神の全てが遠い向こう側にあるように感じるが、誰かが床を踏みしめる音と話し声で急速に意識が体に戻ってくる。体に力を入れ、全身を伸ばして眠っている間の筋肉の硬直をほぐせば、ふわぁと緊張感のないあくびが漏れた。

 目の前にあるのは幾何学模様が描かれた天井だ。知らない天井だ、と誰にも聞こえないような声で呟いて、ひとりでフフ、と含み笑う。オタクなら誰しもこのセリフを言ってみたくなるだろう。

 昨日言いそこねたセリフを言う達成感に満ちていると、鎧を身につけていないラフな格好のエルピディオさんが寝転がったままの僕を覗き込んだ。

 

おはよう(ティリオー)、アルアレス」

「てぃりおー、エルピディオさん」

 

 この世界独特の言葉なのか、エルピディオさんにしかり店員さんにしかり、時々意味のわからない単語を言う時がある。いちいち意味を訪ねていたらキリがないので、今のように、意味が察せるものは僕はあえてスルーしている。

 僕は今まで寝転がっていた大きなソファーから体を起こして、目をこすりながら窓の外の風景を眺めた。薄いカーテンのかかっている窓の向こう側の柵に、小さな極彩色の鳥が一羽とまっていて、忙しなく首を動かしているが、やがて飛び立っていった。

 どの世界でも朝の風景はあまり変わらないようで、僕はどこか懐かしさを覚えながら小さな鳥を見送る。

 

 ところで、僕のいる場所は東の要塞都市(アハタ・ヴリンデル)、日本でいうオフィス街のような雰囲気の場所にあるギルド、『鉄の楔(マグラド)』のメンバーが寝泊りする建物の三階だ。寝る前に懇切丁寧に教えてもらった。

 一階は依頼の受付や待合室など仕事用のスペースになっていて、三階から五階までがギルドメンバーの寝泊りする部屋になっている。二階部分はまるまる食堂になっていて、皆が集まっても溢れることはないという。

 あのあと野宿するわけにもいかない僕は、エルピディオさんの部屋のソファーで眠って(僕をベッドに寝かそうとしてちょっともめたが)そのまま朝を迎えた。当然着の身着のままではなく、ゆったりとした麻のような素材の服を着て。体格が違うのでゆったりというか、なんだかダボダボとしているが。

 見た目はともかく凄く着心地がいい。なんというか庶民的な感覚が根付いている僕にとって、はじめ着ていたような服は汚してはいけないような気がして落ち着かないのだ。この服だって汚していい訳ではないけれども、うん。

 

 そんなことよりお腹がすいた。僕は朝食をとらないと昼までに餓死してしまうようなタイプの人間なので、朝はびっくりされるほどよく食べるのだ。既に目が覚めてから時間が経過しているので、もうお腹が鳴りそうだ。

 僕の様子に気付いてか気付かないでか、エルピディオさんが朝食を食べに行こうと誘う。もそもそとハンガーにかけてあった白い服に袖を通し、手鏡よりも少し大きな壁掛けの鏡を覗き込んで寝癖をなおし、濡れタオルで顔を拭く。

 ここでは日本人が想像するような風呂はなく、お金のない人は濡れタオルで体を拭くか、風呂があってもシャワーのみというものが多いらしい。近くに水源のないところでは水はとっても貴重なのだ。

 人形のように綺麗な少年の顔が鏡に映る。陶器のような白い肌に透き通った泉のような瞳、輝く白銀の髪は繊細で、癖もない。美しすぎて逆に怖くなる。

 

「へぶしゅっ」

 

 ふいに吸い込んだ埃でくしゃみ。鏡で顔が歪むぶさいくな瞬間を見たせいか、ちょっと安心した。

 

「アルアレス、ちょうど食事が出来たみたいだ」

「はい!今行きます」

 

 紳士がドアの向こう側から声をかける。それに返事をして部屋を出ると、エルピディオさんは既に外出用の服に着替えていた。深緑色の生地に、茶系のベルトとブーツ。おしゃれで渋くてかっこいい。さぞ女性にモテることだろう・・・。宝塚歌劇団みたいな僕が恥ずかしくなってきた。白って本当に目立つな。

 二人並んで階段を下りていると、同じように階段を下りてくる人達がギョッと僕を見た。昨日も相当街の人にジロジロ見られたが、僕はあまり人の視線にさらされるのは好きじゃない。日本のオタクというのは暗がりでコソコソしてこそだ。

 だがここで彼の影に隠れてコソコソする必要もない。僕は視線と視線を絡めて、ニッコリと微笑んだ。オリエンタル・スマイル。本心を隠すことに関しては誰よりも達者だ。

 笑顔は最大の防御であり、攻撃である。僕を見ていた人は何か言いたげにウロウロと視線をさ迷わせたあと、ようやく前を向いた。

 

「ダメだこの服なんとかしないと・・・」

「?」

「いえ、なんでもないです」

 

 人の視線を浴びるのは服だけの問題ではないと気づくのに、少し時間がかかったのは言うまでもない。

 二階には既に人がごった返していて、実に多種多様の人種がいた。中にはマッチョな青みがかった色のリザードマンや、角やら羽やらが生えた悪魔みたいな人なんかもいる。僕にしっぽが生えていたとしたら、千切れんばかりに振り回していたことだろう。

 空いている席はほとんどないものの、ちょうど二人がギリギリ入れるくらいの隙間があった。エルピディオさんは気を使ったのか、無理やり広めのスペースを作り、そこに僕を座らせる。やってもらっておいてなんだが、彼は僕に対して少々過保護ではないのだろうか。

 

「あの、僕、狭くても大丈夫ですので・・・」

 

 いたたまれなくなってそう言ってみるものの、周りの人も何だか僕に気を使っているようだ。わざわざ間を詰めて「どうだ、座りやすいか」とキラキラした笑顔を向ける。

 気にかけてもらえるのは嬉しいが、特別待遇はやめてもらいたい。これから僕が快適に過ごすためには、普通の対応が必要なのだ。

 そうこうしているうちに、エルピディオさんが二つのトレーを持って席に戻ってきた。言ってくれれば取りに行ったのに、ご丁寧にも僕の分の朝食もある。献立は、緑色の何かが沈んでいるオレンジ色のスープと、見た目は普通の丸パン、それと乳白色の飲み物。とても美味しそうな香りがする。

 

糧に感謝を(イルタハフィ)

「いるたはふぃー」

 

 席に着き、コップを掲げてそう唱えるとようやく食べ始める。日本で言ういただきます、だろうか。僕も見よう見まねでコップを掲げて唱えると、周りから和やかな目で見られた。なんだそのお爺ちゃんが孫を見るような目は。

 エルピディオさんも同じような目で見ていた。この裏切り者め。

 ふてくされてパンに齧り付くと、予想外の硬さに驚く。本場のフランスパンの表面みたいな硬さで、スプーンで叩くとコンコンと音がしそうなほどだ。手でちぎって中の柔らかい部分を食べようとするが、驚きのパサパサ感。喉に詰まりそう。

 

「アルアレス、ほら、こういうふうにスープに浸して食べるんだ」

 

 見かねたエルピディオさんがパンをスープに浸して見せる。すると水分を吸収したパンは柔らかくなり、すんなり表面まで歯で噛みちぎれるようになった。なるほど、そのためのスープか。

 スープを吸い取ったパンはしっかり味がついていて美味しい。ほとんど味がないのも、スープの風味を引き立たせるものなのだ。こんな食べ方は日本では下品だとされているが、それはパンをふやかす必要がないほど柔らかいからなのか。

 パンが主食だと、どうしても保存が効くように作らなくてはならず、結果固いパンが出来上がると聞いたことがある。確かに日本のパンよりお腹が膨れてしっかり食べたような感じがするので、あとでお腹が空くということもなさそうだ。うまうま。

 

「よお」

 

 もしゃもしゃパンを頬張っていると、頭上から声が降ってきた。見上げると、ひとりの男が僕を見下ろしている。二十代半ばくらいの、まだ若くやんちゃそうな青年だ。日本にいた頃の僕と同じような年代だろうか。

 エルピディオさんが紳士系なら、この男はワイルド系だ。少しとんがった耳、濃い紫色の長い髪に、赤みがかった紫の瞳。よく鍛えられた肉体が服の上からでもわかる。この世界の人の色彩は基本的に派手だ。

 エルピディオさんはワイルド系を見た瞬間、面倒くさそうに顔をしかめる。うん、面倒くさい人なんだってことがひしひし伝わってきたよ、エルピディオさん。

 

「そんな嫌そうな顔すんなって、ディオ。俺は挨拶しに来ただけだぜ?」

 

 彼の肩に先が歪な矢尻のような形をした長い尻尾がかけられる。ビックリして尻尾のもとをたどると、ワイルド系の背中と腰のさかいからしっかりとした尻尾が生えているのが見えた。映像と実際見るのとはかなり違い、なんだか筋肉の動きとかが生々しくてグロイ。

 それよりディオという単語に反応しかけて焦った。何とか押しとどまったが、某人間をやめた吸血鬼を思い出して「こいつぁくせェーッゲロ以下の匂いがプンプンするぜェ――ッ」なんて言いたくなるから困る。

 

「こいつは無視していいぞ」

「はい」

 

 辛辣な言葉に微笑みながら即答する。面倒くさい奴は嫌いだ。

 

「おいおい坊ちゃん、そりゃねーぜ!」

 

 ガシガシと頭をかき撫でられ、首がグラグラ揺れる。こいつの馴れ馴れしさは一体なんなんだ。とりあえずされるがままになっていると、エルピディオさんが怒ったような声で「ギード!」と叫ぶ。

 中々威圧感のある声だ。鬼軍曹に向いているんじゃないか。ギードと呼ばれたワイルド系はおちゃらけたように僕の頭から手を離し、「怖い怖い」と身を震わせた。いちいちカンに触る。

 

「朝から噂で持ちきりだぜ。堅物のお前が貴族の子供を誘拐したってなァ」

「でたらめだ。森で迷子になっているところを助けただけだ」

 

 間髪いれずに答えると、ギードは腕を組んで云々と頷く。こんな胡散臭いやつ呼び捨てで充分だ。僕は余計な口は挟まず、乳白色の飲料を飲みながら事の成り行きを見守ることにした。飲むヨーグルトのような味がして美味しい。

 彼は上から見下ろすように顎を上げて、腰に手を当ててフン、と鼻で笑いながら言う。

 

「いくらお前が世話好きだって、いきなり連れ帰ったガキの面倒を見るなんて行き過ぎてるぜ。何か事情があんだろ?皆気になってしょうがねぇんだよ」

 

 ギードの言うことは最もだ。しかも職場に連れてきてご飯までご馳走しているとなると、よほどの訳があるのではないかと勘ぐられるのは自然なこと。・・・まぁ確かに、いきなり別の世界にやってきて変な力を手に入れて、怪物を十八禁状態にしたことはよほどのことだ。

 ここで包み隠さず僕のことを話したとして、誰が得をする?僕が話し疲れるだけだ。こんな超常現象がありふれていそうな世界で、一体誰が僕のつまらない生い立ちに興味を持つと言うのか。エルピディオさんは親身になって聞いてくれそうだが。

 彼は僕の偽りの事情を信じ込んでいて、きっと不憫に思い、それを僕が傷つくから皆に公表すべきではないと考えている。仲の良さげな店員にすら、お酒が入っても僕に関することを頑なに言わなかった。

 騙してはいないと胸を張って言えるが、嘘はついている。彼の誠実な行動に少しだけ胸が痛んだ。なんと言うべきか頭を悩ませているであろう彼の変わりに、僕は椅子から重い腰を上げる。気合を入れるためだが、遠巻きに話を聞いていた人たちの視線を浴びる結果となった。

 僕はギードの赤みがかった紫色の瞳を見上げて、いつものように目を細めて微笑む。彼は驚いたように半歩後ろへ下がった。

 

「僕はアルアレスです。名前が思い出せなかったので、エルピディオさんに名付けて頂きました。」

 

 視線がエルピディオさんに流れる。彼が心配そうに僕を見上げるが、僕は気にせず続けた。それまでの笑みを潜めて、さも悲しそうな顔をつくり、少し下を向く。

 

「僕はこの世界の殆どのことを思い出せません。食べ物も、動物も、言葉や物の名前も・・・。彼は僕のことを心配して、食事や寝る場所を貸してくださいました。彼は何も悪いことはしていませんし、僕の一生の恩人です。悪口はやめてください」

 

 ストレートな物言いにグッと息を詰まらせたギードは、「別に悪口じゃ・・・」と口ごもってバツが悪そうに頭を掻いた。一瞬静かになった食堂が、時が進みだすように活気を取り戻していく。エルピディオさんの行動と僕の存在に納得がいったのだろう。

 やれやれ。これで不審に思われることも少なくなるに違いない。不幸を不幸とも思っていない前向きな少年を演じれば、意地の悪いやつと空気の読めないやつ以外は話を蒸し返してこようとする人も減るはずだ。

 まったく、こつが絡んできたせいでスープがぬるくなってしまったじゃないか。言われたとおり無視を貫けばよかった。心の中でグチグチ悪態をついていると、隣でブルブルと腕を震わせているエルピディオさんが見えた。

 

「アルアレス・・・!」

 

 感激したような表情で僕を見る。父性本能を刺激されまくったのか、我が子の成長を喜ぶ親のようで「お父さん感激だ!」と叫びだしそうな勢いである。僕とは実年齢が十ほどしか違わないはずだが、まるで父親と接しているような気分になった。彼の包容力にはただ感心するばかりだ。

 横を向くと、ズイッと目の前にギードの顔面が迫っていて、僕は何事かと少したじろいだ。どうやら目線を合わせているらしい。よく見ると、瞳孔が縦に長くて猫の目のようになっている。

 

「俺はギード・バルデルラバノ。いきなり絡んで悪かったなァ」

 

 早口言葉みたいな名前だ。バルデルラバノ、バルデリュッ・・・あとで特訓しよう。それにしても悪魔っぽい見た目とは裏腹に礼儀はしっかりしているようで、好感度が少しだけ上がった。素直に謝れるというのは美徳だ。

 

「いえ、誤解がとけてよかったです」

 

 ニコニコと笑うと、ギードはまじまじと僕の顔を眺める。この美しい顔がどうかしたのだろうか?ハッ・・・いけないいけない、ナチュラルにナルシスト発言するのはよくないことだ。うっかり口に出して言えば確実に痛い子扱いされる。

 そのままじーっと目を合わせていると、彼の瞳がじわじわと色を変えているのに気がついた。ティーにミルクを少しずつ混ぜるかのように、時折万華鏡のように虹彩が変わりながら変化していく。不思議な光景に魅入っていると、エルピディオさんに強い力で腕を引かれた。

 よろけて視線がずれると、ギードはチッと舌打ち、つまらなさそうに彼を睨む。そこでようやく僕は彼に何かされかけていたことに気がついた。油断ならないやつめ。せっかく上がった好感度がマイナスだ。

 

「記憶を覗き見るなと何度言ったらわかる!」

「・・・喚くなよディオ、こいつの言ってることが本当か確かめただけだ」

 

 記憶を覗ける?そんな便利な能力を持っているなんて羨ましい。相手のトラウマを抉ったり動揺させるのに良さそう・・・じゃなくて、もしかして僕の嘘がこいつにバレたかもしれないのか?内心凄く動揺するが、勿論表には一切出さない。

 

「こいつの記憶はほとんどからっぽだ。何も知らねぇってのは嘘じゃねぇらしいな」

「当たり前だろう!二度とこんな真似するな!」

 

 苛立ったように叫ぶエルピディオさんに、ギードはカラカラと笑う。何かを隠しているような軽い笑みだ。僕は電池が切れたおもちゃのように、順調に進んでいた食事の手を止める。

 全てを暴露された僕がエルピディオさんに罵倒され、見捨てられるところまで想像しただけで、冷や汗が滲み軽く吐き気を覚えた。僕は自分が思っている以上に彼のことを親しく感じていたらしい。

 僕は精神衛生のために今すぐこいつの軽そうな口を割らせる必要がある。

 

 一体どんな記憶を見たのかは知らないが、こいつの能力は厄介だ。僕の邪魔になるようなら、始末する必要もあるだろう。今の僕ならこいつを森の奥深い場所に捨てて永遠に黙らせてやることもできるのだ。

 微笑みを顔に貼り付けて、目だけは冷ややかにギードを見る。冷静な頭で、いつから僕はこんな冷酷なことを考えるようになったのかと考えるが、思い返せば僕はいつだって想像の中で誰かを殺したり叩きのめしていた。実行に移さなかっただけだ。

 食事の手が止まった僕をエルピディオさんが心配そうに見るが、僕は『いつものように』微笑む。周りはもとの喧騒を取り戻し、わいわい賑やかな雰囲気だ。ギードは口元に笑みをたたえながら探るような冷たい眼差しで僕を見て、静かに食堂を出て行った。

 僕もその様子をにこやかに見送る。僕が僕のために行うの行動はただ一つ。見 敵 必 殺(サーチ・アンド・デストロイ)。敵は皆僕の手で排除する。

 

 

 食堂を出たギード・バルデルラバノは、自室に戻ると喉元からせり上がってくるものを堪えるように、口元を長い手で覆った。残虐で不気味なものを見慣れている彼でも、アルアレスと名乗る白銀色(プラチナ)の少年の記憶はゾッとするほどちぐはぐで気味の悪いものだったらしい。

 水を飲んで気分を落ち着ける。記憶を見たあとでは、どうして『現場』を見たはずのエルピディオ・ロメリがあの少年に親しげに接することができるのかと理解に苦しんだ。

 アルアレスの微笑みを思い出して、ギードは本能的な恐怖に見舞われる。

 

 彼が覗き見たアルアレスは目に映るものすべてが新鮮なようで、目覚めてからあちこち観察したあと、巨大な三尾の魔獣(フルフィ)と対峙した。

 それは正しく討伐隊(スカラバ)が何度も挑んだ魔獣(フルフィ)で、気配を消すのに長け、その巨体に似合わぬ速さと攻撃の威力には何人もの隊員が犠牲になったという怪物だ。それを右も左もわからない赤ん坊のような少年が、たった二発の攻撃で文字通り怪物を八つ裂きにしたのだ。

 アルアレスは向かってくる怪物を残酷な言葉で罵り、顔面を砕いて歯を飛ばし、胴体の内臓と骨を砕いて木の枝に引っ掛けるという行為をやってのけだ。それも、おもちゃで遊ぶ幼い無垢な子供のような嬉しげな顔で。

 虫の足を一本一本引きちぎって転がすように容易く。殺意もなく、明確な意図もなく、当然のように生物を壊して喜んでいた。

 臓物と血を垂れ流す怪物が動かなくなると、途端に興味をなくしたのか、アルアレスの興味は遠くから様子を見ていたエルピディオに移る。彼はそれまでの残虐な様子を潜め、今のような礼儀正しく丁寧な雰囲気を纏った。それこそ、何事もなかったかのように。

 

 純粋で無知で子供らしい好奇心はあるが、アルアレスは死に対してあまりにも抵抗がなさすぎる。訓練を受けていない普通の人間なら、襲ってくる生物から真っ先に逃げようとするだろう。ましてや武器になるものを持っていないのなら余計に。

 作り物のような顔も相まって、アルアレスからは人間らしい気配が伝わってこないのだ。意思を持つ生物なら誰しもが持つ感情の揺れというものが、彼からは微塵も感じない。凪いだ湖畔のように静かだ。精巧に造られた人形だと言われた方が、まだ納得がいく。

 

 ギードは良きギルド仲間であるエルピディオを思い浮かべた。お人好しで天然なところがある彼は、アルアレスをいたく気に入っている。そして彼もエルピディオによくなついているようだった。

 彼にアルアレスの異常性を伝えたところで、不快そうな顔をして先ほどのように威嚇されて終わるだろう。『余計なこと』をすれば、不要な芽を詰むよういとも簡単に殺されるかもしれない。ギードは重い溜息を吐いた。

 もとより彼は魔法族(ビビリオ)の中でも自己主義的な性格の魔人種(フェルアン)で、単独行動を好む傾向にある。仲間の安全と自分の身の安全を天秤にかけるまでもない。

 

 実際はアルアレスの力ははじめて身につける力の制御、手加減の調節ができなかっただけであり、意図的に殺しにかかったわけではない。魔獣(フルフィ)に立ち向かったのもRPG的な雰囲気にテンションが上がってノリで行動しただけである。

 腹黒い性格だがグロの耐性は低く慎重な性格、もといビビリ屋さんなので、ギードが考えているような純粋さや性格的な異常さはどこにもない。少々変わってはいるものの、同じ日本人から見ても実に日本人然とした青年である。

 ただ、日本では普通なことも異文化圏において異様であることは確かだった。斜め上に勘違いされているとは露知らず、アルアレスはエルピディオの部屋のソファーにもたれかかって脱力している。

 

 

 部屋に戻っても口数の少ない僕を心配したのか、エルピディオさんはぽつぽつとギード・バルデルラバノという人と能力について知っていることを話し始めた。

 

「ギードは魔人種(フェルアン)だ」

「ふぇるあん?」

 

 首をかしげると、サイドテーブルにカップが置かれる。紅茶の茶葉のような品のある懐かしい香りがした。棚には瓶詰めされた茶葉らしきものが沢山並んでおり、窓の近くには束ねられたドライフラワーのようなものまで吊るされている。

 男らしいのに趣味が女子力高すぎて、園芸にはまったベテラン主婦を見ているような気分になる。紅茶に口をつけてみると、ちょうどいい温度と絶妙な味が広がり、思わずホッと息をついた。

 もうギルドやめて喫茶店でも開いたらいいんじゃないかな、と思えるほど、ど素人ながらにも凄く美味しく感じる。

 

「長い尻尾と縦に割れる瞳孔があっただろう。その二つの特徴を持ち魔法を扱える種族を魔人種(フェルアン)と呼ぶんだ」

 

 目を覗き込まれたときのことを思い出す。猫のような目と、筋肉が詰まっている様子がよくわかる太い尻尾。いつか動物園で見たカンガルーの尻尾のような逞しさがあった。

 先っぽが矢尻型なせいか悪魔のような印象を受けたが、どうやらそういう邪悪なものではないらしい。食堂では誰からも遠巻きに見られ、嫌われているなという気配は感じたが。

 

「ギードは『(さとり)』の能力を持つが、人の心までは見ることはできない。精々記憶を覗き見る程度だ」

 

 エルピディオさんが僕を安心させるように相向かいに笑いかける。僕は肩の力を抜き、ソファーの背もたれにもたれかかった。どうやら粛清の必要はなさそうだ。いらぬ心配をしてしまったな。

 

「そうなんですね・・・心まで読まれていたかと思うとあまりいい気持ちではなかったので、良かったです」

 

 正直にそう言うと、彼はそうだろうとも、と僕の意見に同調する。たとえ僕の行動を彼に告げ口されようとも、僕は痛くも痒くもない。どうせ彼にはあの凄惨な現場をバッチリ見られているし、今更取り繕っったてもしょうがない。

 僕だって無闇やたらに殺すなんてことはしたくない。人間、もしくは人間の形をした生物であれば尚更だ。僕の心は鋼で出来ているわけじゃない。動物の死骸を見ても精神が削られるような思いになるし、元々僕は小心者で臆病だ。痛いのも喧嘩も嫌いだ。

 ただ、今の僕には圧倒的な力がある。石仮面をかぶったわけでもエイジャの赤石を手に入れて究極生物になったわけでもないが、妙な自信というものが内々からエネルギーとなって溢れてくるのがわかるのだ。

 自分の爪がのびるのを止められない人間がいるだろうか?いない・・・ 誰も爪をのびるのを止める事ができないように・・・持って生まれた『サガ』というものは誰もおさえる事ができない・・・・・・。 どうしようもない・・・困ったものだ。

 僕はこの手に入れた能力を発散せざるを得ないという中二病の『サガ』を背負ってはいるが・・・『幸福に生きてみせるぞ』!

 

 飲み干したカップをテーブルに置く。幸福に生きるための第一歩。誰にも不審がられず、過剰なおせっかいも受けず、しかし全く関わりを持たないという事態に陥らないために、僕はこの街で働き口を見つけるのだ。

 森で修行することも考えたが、僕は文化的な生活を送りたいのだ。子供の外見をしている僕が働ける場所など限られている。まずは力のコントロールを習得し、僕が街にとって危険因子でないことをアピールしなくては。壁にかけられている剣を見つめ、口を開く。

 

「ところでエルピディオさん、僕がギルドで働くことは可能でしょうか?」

 

 エルピディオさんは驚いたように目を見開くと、苦虫を噛み潰したような顔をして「可能ではあるが・・・」と口ごもる。おおかた力があるとはいえ子供の姿をしている僕を、恐らく危ない仕事が多いであろうギルドで働かせるというのは気が引けるのだろう。

 だが、僕だって昨日まではきちんと会社に行って、あらゆる意味において社会に貢献していた立派な社会人である。いつまでもチヤホヤと子供の立場に甘んじているわけにもいかない。お世話になった彼にショタコンという汚名が被る前に、ここを出て行かなくては。

 利用するものはなんでも利用するが、僕だって何も感じない訳ではないのだ。僕の顔が美しい(笑)がために彼が性犯罪者扱いされるのは忍びない。

 

「ずっとお世話になるわけにもいきませんし、僕はこの街で暮らすために働きたいんです」

「・・・わかった。アルアレス、君の意見を尊重しよう」

 

 渋々といった様子ではあったが、溜息をはいて了承する。もう何年も親の顔を見ていないせいか、彼が僕を想って悩む姿に両親の姿とかぶって見えた。僕はすっかり彼を保護者のような存在として認めてしまっているようだ。

 礼を言うと、しょうがないなこいつは、といったような顔でガシガシと頭を撫でられた。きっとエルピディオさんも僕の保護者になったような気持ちなのだろう。本当に子供に戻ってしまったようで、なんだかむず痒い。

 

「善は急げだ。今日はギルド団長がいるはずだから、君のことを紹介してみよう。きっと入団試験を受けるよう言われるはずだ」

「はい!」

 

 オラわくわくしてきたぞ。憧れのギルド!チートと現代知識を駆使して敵を殲滅、男のロマンだね。入団試験くらいチョチョッと終わらせてやる。

 

 団長はギルドの最上階、つまり五階の一室にいるらしい。果たしてどんな人物であろうかと、厳つい顔の男を想像する。きっと筋肉ムキムキで体中に傷がある百戦錬磨の手練に違いない。

 僕は軽い足取りで上の階に向かうエルピディオさんのあとをついて歩く。長い裾が階段を上がる時に邪魔で、女性のように両手で服の裾を持ち上げて登るのが面倒だ。無駄に綺麗な顔のせいで、喋らなかったら女性に間違われるんじゃないだろうか。

 うん、お金を手に入れたら真っ先に服を買いに行こう。

 そうこう考えているうちに、ギルド団長の執務室に到着した。なるほど、ほかの部屋とは違い扉からして重厚な作りで、ここに偉い人がいるというのが一目瞭然だ。エルピディオさんは服の乱れを気にして直しつつ、扉を数回ノックする。

 

「団長!お話したいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか」

「構わん、入れ」

 

 扉越しに声が響く。想像していたよりも声が高い・・・というか、女性の声だ。女性にしては落ち着いた低い声で、年齢で言うと四十代くらいの人だろうか。ハマーン様のような威厳のある声に、僕は若干の緊張を覚える。

 

「失礼致します」

 

 扉が開かれた。部屋の壁は本棚で埋め尽くされ、その奥にある大きな窓の前に装飾の美しい机がある。革張りの椅子に腰掛けているくすんだ金髪の女性こそ、『鉄の楔(マグラド)』の団長なのだろう。厳格な雰囲気と鋭い気配が彼女が常人でないことを物語っている。

 ちらりと見えた手にえぐられたような傷がいくつもあり、さらに目を引いたのは左右で違う色の目だ。薄い眼鏡をかけ、眼鏡越しにギョロリと目玉が左目だけ動く。右目はあっちこっちを向いたあと、ようやく僕を捉えた。

 

「ほう、また珍しいのを連れてきたな。」

 

 ホラーだ。いけないと思いつつも、視線は右目に集中してしまう。挨拶もなにもできたもんじゃない。

 恐らく四十代半ばであろう団長は僕の視線にこたえるように右目に手をやり、「ああ、これか?」と指を目に差し入れた。えぐり取るようにボロりと露出する右目に鳥肌がぶわりと立つが、女性はなんでもないかのような顔をして右目を手のひらでコロコロと転がす。

 

「義眼だ。といっても、こいつは生きた眼球で、私はこいつのおかげで目が見える」

 

 眼球は慌てたように手のひらで震え、細い糸のようなものを出すと右目の空洞に伸ばし、せっせと元の位置に収まった。一体どういう仕組みなのか。生きた右目なんて目玉親父でもあるまいし、冗談のような光景だ。

 「ひぃっ」と小さく悲鳴をあげ、すっかり萎縮してエルピディオの影に隠れると、女団長はいじめっ子のようなあくどい顔で肩をゆすり、カラカラと笑った。

 一方のエルピディオさんは慣れっこのようで、やんわりと団長を諌める。

 

「団長、そうやって来る人来る人を脅かさないでください」

「いや、すまんすまん。」

 

 どうやら常習犯のようだ。そんな一発芸みたいなノリで右目を外さないで欲しい。心臓に悪い。

 

「私は『鉄の楔(マグラド)』団長のゲルデ・ヨラだ。それで、君は誰だね?」

 

 優しい口調で聞かれ、僕は彼の背から一歩前に踏み出す。ギョロリと僕という人を品定めするかのように右目が忙しなく動いた。うう、あの木に引っかかったグロ死体よりもSAN値削られる気がする。

 

「あ、あの。僕はアルアレスです。ここで働かせてください!」

 

 千尋ばりに叫ぶと、途端に団長の目つきが険しくなる。エヴァのゲンドウのようなポーズをして、まるで拒絶するかのような圧迫した空気を醸し出した。就活での圧迫面接より気が重い。こ、こんなはずでは・・・。

 

「ここは子供の遊び場ではない。小遣い稼ぎならよそでやれ」

「・・・・・・ここで働かせてください!」

「却下だ」

 

 取り付く島もない。僕の格好を見て、貴族の道楽でここにやってきているとでも思われたのだろうか。表情だけ笑顔をキープしたまま唖然としていると、見かねたエルピディオさんが助け舟を出してくれた。ありがとう、ハク・・・!女子力高いとか思ってごめん!

 

「ヨラ団長、アルアレスの実力は私が確認しています。それに彼には身寄りがありません。試験だけでも受けさせてやってくれませんか」

「なるほど、ロメリ・・・お前のお墨付きというわけか」

 

 威圧した左目の視線がそらされても右目はまだこちらを見ている。こ、怖ェー!下手なホラーより怖ェーッ!

 緊張したまま右目を見つめてると、右目の突き刺さるような視線もようやくそらされた。だが気を緩めることはできない。この圧迫面接を乗り切らなければ、ギルドで働くという僕の目標が達成されないのだ。森で修行だけはいやだー!

 団長は革張りの椅子にもたれかかり、思案する。どれほど時間が経ったのか覚えていないが、やがて彼女が重い口を開いた。

 

「よかろう、試験を受けさせてやる。子供だからといって容赦はせん。皆と同じ内容だ」

「ありがとうございます!」

 

 癖でガバリとお辞儀をすると、二人が驚いたような反応をした。お辞儀が珍しいのか?まあ日本の作法だしなぁ。今日も彼に助けられてばかりになりそうだ。乱れた髪を直しつつエルピディオさんに感謝の意を込めて笑いかけると、今度は控えめに頭を撫でられた。

 その様子を見た団長に「まるで親子だな」と呆れた口調で言われるまで、お花畑のようなほんわかした雰囲気は続いた。

 




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