白銀の破壊者   作:興影

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新たな出会い

 

 歯車がむき出しのままの時計が午前十時を告げている。ゲルデ・ヨラは紐で束ねられた報告書に目を通しながら、つい先ほど退室した白銀色(プラチナ)の少年、アルアレスを思い出していた。

 

 仕事柄美しいものを見る機会は多かったが、彼を見た瞬間思わずアッと声を上げそうになった。絹のような繊細な髪がまっすぐ伸び、瞳は氷色の宝石よりももっと輝き、圧倒的な存在感を称えている。

 透き通るような白い肌に頬は健康的に色付き、動かなければ精巧な人形だと勘違いするだろう。

 美しさに圧倒され最初は気がつかなかったが、彼にはどこかちぐはぐな部分がある。少年らしい無垢な一面を見せたかと思えば、背筋も凍るような意志の強い目をするのだ。存在自体がこの世界から浮いているような、そんな危うささえ感じる。

 髪や目の色彩自体は珍しいものでもない。雪のように真っ白な服は一目で上質なものとわかるが、形は見たこともない異国のもので、旅のものであれば必ずと言っていいほど持っている俗世の気配がない。精霊族(ピビアン)とでも言われた方がしっくり来るだろう。

 

 ロメリは困っている人間がいるとほおっておけないタチだが、あれはお節介を通り越して甲斐甲斐しい父親のようだ。いくらアルアレスが美しいとは言え、彼を知る人から見れば目を見張って驚くことだろう。

 彼もアルアレスと同じように突然この街に現れ、私の前に立ち、自身のギルド入団を迫った。まだ若造だった当時から実力があり、今では『鉄の楔(マグラド)』の中でも上位のAランク団員だ。共に戦ったこともあるが、彼の剣士としての才能に溢れている。

 噂では国の騎士だったらしいが、私は他人の過去にはあまり興味がない。だが、ロメリがあれほど興味を持ち、世話をしたがる苗字を持たない少年には興味が尽きない。

 

 アルアレスが「ありがとうございます」と腰を低く頭を下げた時には本当に驚かされた。彼は慣れきった動作でその行動をやってのけたが、あれは王や皇帝、もしくは神子が神に信託を得る際に行う儀式的な動作だ。王に近い貴族は沢山いるが、人に向かって頭を下げるような奴はいない。

 人の上に立つのは神のみで、奴隷でさえ頭を垂れるべきは神のみである。この世の常識だ。

 もしかすると、彼は神に近しい存在か、神の傍らに立つものであったかもしれない。聞けば、討伐隊(スカラバ)が手を焼いた魔獣(フルフィ)を武器も使わず余裕の笑みを浮かべながら叩きのめしたというではないか。

 

「なるほど、『アルアレス』か・・・」

 

 屈託のない笑顔を向け、安心しきった表情で頭を撫でられる、戦いの神の名を持つ少年。

 神々しい彼が醜悪な魔獣(フルフィ)を打ちのめし、その亡骸を積み上げた山の頂で壮絶な笑みを浮かべ、その白い肌に毒の血を滴らせている様子を思い描いただけで、私の心は柄にもなく震えた。

 

「さて、試験の結果が楽しみだな」

 

 窓の外に目をやると、いつもと同じ平和な光景が右目に映る。久々にくり取ったせいか、抗議の声を上げるようにギョロギョロと忙しなく動く右目の瞼に触れ、優しく撫でる。

 今は直々に依頼を受けることは滅多になくなってしまったが、やはり戦いの場が懐かしい。久々に感じた高揚感に、ペンを握る手に力が入る。

 ―――これから楽しくなるぞ。確信めいた予感に、私はにやりと口角をつり上げた。

 

 

 『うちのギルドの依頼は街の事情で魔獣(フルフィ)の討伐が多い。必然的に依頼の難易度は上がるわけだから、君にはうちの入団条件であるDランクの依頼相当の試験をこなしてもらうことになる。まぁ、頑張りたまえよ、少年』

 そう言われて手渡されたのは、巻かれたぶ厚めの紙。書かれた意味不明な文字は僕の頭では解読できそうもない。まあ、ようは怪我しても自己責任だからね☆ということだろう。はいはいオッケー。

 恐らく名前を書く場所であろうところに日本語で堂々と署名する。カタカナか漢字かで迷ったが、より厨二感を出すためにあえて漢字で書いた。だって僕ここの文字わからないし。

 戦神星と書いてアルアレスと読む。・・・ちょっと失敗した感が否めないが、僕は名前の意味をチュウジツにサイゲンしただけだ。俺は悪くねぇ!

 

「これは・・・」

 

 エルピディオさんがハッとした表情で、興味深げにじっくりと文字を見る。外国の人にとっては漢字は絵に見えるらしいが、彼もそういうふうに見えるのだろうか。

 どうでもいいけど、凹凸なんかまんま絵だもんな。初めて国語の先生の字を見たときは冗談かと思ってハハッワロスワロス状態だったし。

 

「覚えていた文字で書きました。僕の名前です」

「ほう!君の故郷の文字かもしれないな」

 

 わーあたりデース。エルピディオさん中々鋭い。嘘は言ってないよ?覚えてる文字だし。

 

「そうかもしれませんね」

 

 肯定すると、彼も嬉しそうに頷く。紙を丸めて団長に提出すると、団長は僕の書いた文字を見て眉をひそめ、何か言いたげにしていた。無理やり押し切ったけど。

 試験会場・・・会場と言っていいのか、試験は森の中で行われることとなった。街から少ししか離れておらず人がよく通る場所だが、同時に魔獣(フルフィ)も大量に発生するらしい。Dランクの依頼相当の試験というのは、一定の数の小型魔獣(フルフィ)の駆除だ。

 大型を倒した僕としてはかなり楽勝な試験かと思われたが、小型の機動性を舐めてかかると大変危険とのこと。普通の動物よりも俊敏に動き、体が変態するものも多いという。吸血性のものから毒性のものまで、種類が一番多いのも小型だ。

 いいね、ようやくそれらしくなってきたじゃないか。王道のゴブリンとかの中ボスでも燃えたと思うけど、まあ現実的に考えて街の近くにそんな奴がいたらおかしいしな。

 武器の使用は自由だが、あえて選ばず素手で挑むことにした。試験官は相当心配していたが、そのことについてはエルピディオさんは何も言わなかった。まあ、僕の実力を見てればそうなりますよねー。

 

 それといつの間にかギャラリーがいる。ギルドの人なのか、かなり遠巻きだけど、僕の気配察知能力(適当)を舐めてもらっちゃ困るな。ざっと十から二十程度か。ふむ、僕の勇姿をとくとその目に焼き付けるがいい。なんちゃって。

 大勢の人の気配に吸い寄せられたのか、早速小型の魔獣(フルフィ)が顔を見せ始める。まだ昼だというのに、堂々と日の光を浴びたカピバラ大の魔獣(フルフィ)がノソノソと歩み寄ってきた。目は赤黒く、もぐらとねずみを合わせてミキサーにかけたようなグロテスクな見た目だ。

 

「ボルボだ!」

 

 ギャラリーの誰かが声を上げる。内心おえーっとゲロ吐き鳥のような状態になったが、ニッと笑って立ちはだかった。さてボルボとやら、君は僕の力加減の実験台となる栄えある第一号だ。せめて最初は痛みを感じる暇も与えず殺してやろう。

 魔獣(フルフィ)という性質のせいかグロイ見た目のせいか、本能的にゴキブリを叩き潰すように殺すことに対しての罪悪感は全く沸かない。グロは悪。悪は倒すべし。幼い頃からアニメやゲームで叩き込まれた固定概念だ。ただ変な汁とかがついたら嫌だなぁと思うくらいで。

 

 ボルボはシェーシェーと変な音を出しながらぐちゃぐちゃの顔面から触手を伸ばし、物凄い勢いで僕に飛びかかってくる。文字通り、地面を蹴り上げ空を飛んで。おいおい、そんな重たそうな見た目からは想像も出来ない軽やかさだな!

 ツッコミを入れつつ、やはりスローモーションのように見えるボルボの顔面に『超手加減した』拳を叩き込む。殆ど手は添えるだけ状態だが、やはりボルボだった肉片はパーンと音を立てて四方八方に飛び散り、僕はモロにその液体をかぶるハメになった。

 生暖かい感触を感じながら現実逃避。これを考えるとやっぱ殴って穴が空く程度ですんだあいつは強かったんだなぁ・・・。生臭い匂いが全くしないだけでも良しとしよう。

 だが緑色のネバネバした液体と、内臓の一部であろう細長い物体が鼻先に引っかかり、鬱陶しいことこの上ない。引きつった笑みを浮かべながら指でつまんで臓物を地面に投げ捨てると、試験管は「ひっ」とまるで化物を見るかのような目で僕を見た。失礼な。

 エルピディオさんを見ると、彼は口パクで「がんばれ、あるあれす!」とやってから小さく手を振った。授業参観か。

 

 僕はまだ一歩も動いていない。ちなみに試験も終わっていない。まだまだ物陰から僕の様子を伺っている奴がいるからだ。よーしどこからでもかかってこい。僕はまだテンションが上がり始めたばかりだぞ。

 右足を踏み出そうとすると、茂みから翼を持つ蛇のような細長い魔獣(フルフィ)が飛び出し、僕の腕に絡みつこうと体をくねらせる。大きく開いた口からは鋭い牙が何本も生えそおっているのが見え、僕はそいつの頭を掴んで強制的に口を閉じさせた。

 蛇に襲いかかられたときはこうして頭や顎を掴むのがいいと聞いたことがある。近くで見ると蛇の頭部というより、深海魚のようなイメージに近いかもしれない。

 

「ギュエエェ!」

 

 蛇もどきは耳を塞ぎたくなるような甲高い奇声を発しながら、僕の腕に勢い良く絡みつく。またギャラリーから悲鳴が上がった。本来なら人間の腕なんか簡単にへし折ることができるのだろうが、僕はなんともない。軽くマッサージを受けているような圧迫感はあるけれど。

 苦しげにコウモリのような羽をバタバタさせているのを眺めていると、今度は逆方向から何かが突進してきた。またもや潰れた動物をミックスさせたようなグロテスクな外見の魔獣(フルフィ)だ。もはや例えるものが見つからないほどグチャグチャしている。

 

「ゴグアァアァァ!」

 

 妙に細長い足で駆け寄り、爪を尖らせて僕の足を切り裂こうとするが、回し蹴りをすると爪が食い込む前に、ダルマ落としのように頭だけが吹っ飛んだ。

 頭部は草むらにすっ飛んで行き、どこに行ったのか見えなくなる。首がなくなってもまだヨタヨタと歩いてみせる生物は、なるほど魔獣(フルフィ)と呼ぶのにふさわしい。

 暴力も殺すのも嫌いだ。だけど、こいつらは別だ・・・。僕にとってこいつらは害虫も同然なのだ。

 僕は頭が吹っ飛んで首から黄色い液体を垂れ流そうとも、僕に一撃を与えようとする魔獣(フルフィ)を見て魔法生物に対する知的興奮を覚える。右手に蛇もどきを掴みながら、純然たる悪である生物に語りかけた。

 

「さあどうした?まだ首がちぎれただけだぞ、かかってこい。体を変化させろ、首を再構築して反撃しろ。さあ戦いはこれからだ、お楽しみはこれからだ!早く、早く、早く、早く、早く(ハリー、ハリー、ハリー、ハリー、ハリー)!!」

 

 思いっきり叫んでスカッとする。やっぱりアーカードの決め台詞はかっこいい。一回思いっきり言ってみたかったんだよね、これ。彼はこんな気分だったのだろうか・・・。試験官が失禁しそうな勢いだが、僕はやりたいようにやるだけだ。

 最初はフラフラと歩いていたが、よほど失血したのかパタリと倒れ込んで動かなくなる。僕はてっきり魔物らしく姿を変化させて襲いかかってくるものだと思っていたから、拍子抜けしてしまった。なんだ案外脆いな・・・期待はずれだ。

 いい加減鬱陶しくなった蛇もどきを握りつぶし、長い胴体を引きちぎって臓物と同じように地面に捨てる。あまり長い間こんなものに触れていたくない。変温動物なのか冷たいんだもんこいつ。

 僕が想像していた魔物はもっとかっこよかったり、可愛かったり、まだ真っ当な動物の形をしている生物だったのだけれど、これは違う。これはクソゲーモンスターより酷い生物だ。

 強くて順調ってのも面白くないもんだな。こんなもの闘争じゃない。ただ一方的にいたぶっているだけで、まるで僕がいじめているみたいじゃないか。

 まあ本体の目的は力の調節と試験の合格だけれども。他の魔獣(フルフィ)たちは僕の実力を知って恐れをなしたのか、気配が大分遠ざかってしまった。興奮状態から徐々に落ち着き、段々と冷静になってきて。

 

「・・・魔獣(フルフィ)がいないようですが、試験はこれで完了でしょうか」

「は・・・は、はひぃ」

 

 始めてから十分もかかってない。にっこり笑って試験官に問うと、試験官は息も絶え絶えといった様子で、ガタガタと震えながら壊れた人形のように首を縦に振った。ギャラリーはシーンと静まり返ってしまっている。大変ギャラリーが息してない。

 あっちょっと黒歴史刻んじゃったかも・・・、と反省するが、後悔はしない。僕はリアルにモンスターが狩れて満足だ。

 

「ありがとうございます、お疲れ様でした」

 

 試験官に向かってぺこりと一礼。顔から緑色の液体が垂れ、服には色とりどりのシミがついているのが目に飛び込んだ。おいおい僕の服はキャンパスじゃないぞー。前衛芸術みたいな感じになってるじゃないか。

 顔を上げると、ハンカチを持ったエルピディオさんがニコニコしながら歩み寄ってきた。

 

「凄いじゃないか!きっと最短記録だぞ」

 

 ハンカチを受け取ると、顔に降りかかった液体をガシガシぬぐい取る。前と同じように綺麗になれーと念じながら青い炎で血だけを燃やした。そのままハンカチを返すと、笑いを堪えるようにクツクツと肩を揺する。

 

「やっぱり便利だなあ、それ」

 

 不思議パワーを見ての感想がそれって、ある意味この人も超大物だと思う。この服もどうにかならないかなぁとキャンパスと化した服をジーッと見つめていると、足元からチリチリと青い炎が燃え上がり、全身を瞬く間に覆い隠す。

 青い炎に包まれて見る世界は不思議だ。自分が水槽の中に沈んでガラスの向こう側を覗いているような心地になって、とても安らいだ気持ちになる。青い炎は全身を這うように進み、頭の先まで燃え尽くしたあと幻のように掻き消えた。

 改めて全身を見てみると、元通り真っ白な服になっていた。べたついてた髪もサラサラに早変わり、しかも朝着た時よりも綺麗になっている気がする。この青い炎本当に便利だ。もしかして洗濯いらずなんじゃ・・・

 

 おおー、と地味に感動していると、視界の端に見たことのある紫色がちらついた。長髪なのにムカつくほどワイルドで男らしい雰囲気のギードだ。奴も僕の試験を見学しに来たのか。

 静かに僕のことを眺めていて、チャラチャラした気配はなりを潜めている。喋ると残念なイケメンというやつだ。バッチリと目が合い、僕は友好的に微笑みながら腕を振る。この世界に来てからの数少ない知り合いは、手を振る僕を凝視して辺りを見回す。

 おいおい、僕は君に手を振っているのだよ。知らんぷりされるかもしれないがめげずに手を振り続けていると、かなり控えめに手を振り返された。めちゃくちゃ戸惑っていて笑いそうになった。なんだ、面白いやつじゃないか。

 

「誰に手を振っているんだ?」

「ギードさんです」

 

 エルピディオさんの機嫌が急降下した。本当にギードのこと嫌いなんだな。というか無意識で腰に下げた剣に手をかけようとするのはやめてほしい。

 

「アルアレス、奴には関わらない方がいい」

「同じギルドメンバーじゃないですか。仲良くしましょうよ」

 

 僕のような子供に正論を言われ、エルピディオさんが言葉に詰まる。(ことわ)っておくと、最もらしいことを言うが、僕はただ奴をからかいたいだけなのだ。

 僕が推測するに、ギードはギルドの中でも嫌われ者の位置にいて、他人から滅多に接触されることのない人だろう。魔人種(フェルアン)というのは種族的にも孤独を好み、集団生活に向かない性格であるらしいから、僕の友好的な態度に相当驚いたはず。

 当分は奴に絡みまくって、記憶を読まれたことに対する嫌がらせをすることにしよう。一人が好きな奴にとっては居心地が悪いはずだ。実際、あの飄々とした顔が引き攣るのを見るのは楽しいしな。僕を敵に回したことを後悔するがいい!そしていつか内臓を痛めてしまえ!

 

「・・・君は優しいな」

 

 んなわけねーだろ。こちらとて二十数年生きた社会人だぜ、腹ん中真っ黒だよ。と心の中で返すが、無難に「そうですか?」とすっとぼけてみる。大人ってこわいねぇ。

 今度は駆け寄ってやろうかとニヤニヤしながらギードが立っていた方角を見るが、彼は既にその場を去ったあとだった。チッあいつ逃げやがったな。

 

 街に戻るとちょうど昼時を過ぎた時間で、通りを街の人が大勢歩いていた。東の要塞都市(アハタ・ヴリンデル)は周りを大自然に囲まれているが魔物が多すぎるため、要塞の外に出ることはあまりない。

 この街に出入りするには装甲馬車に乗り、ギルドに依頼を出すか傭兵を雇って守りを固めながら移動しなくてはいけないため、よそ者もあまりやってこない。街独特の文化が長く守られ、服も食べ物も独自に進化したものが多いのが魅力だという。

 ほとんど食料や衣食住も自給自足で成り立ち、輸出するくらい余っているため、よその街に比べて裕福で治安もいい。エルピディオさんも若い頃にこの街にふらりとやってきて、僕のようにギルドの試験を受けてこの街の住人となった。都会の忙しい生活に疲れてだと言っていた。

 

 日本も都会から田舎に引っ越して、でも不便な生活に慣れず挫折する人は多い。この世界で便利さに差が大きく出るということはあまりないと思うが、それでもギルドという収入の安定しない職業を選ぶのは勇気がいることだと感じる。

 地球にいる頃の僕だったら能力があれば当然収入の安定した職業を選ぶと思うし、危険なことからはなるべく遠ざかりたいと考えるだろう。今は『能力』をフルに使ってあえて危険なことに突っ込んでいっているが。

 赤色のスープに固いパンをひたし、柔らかくして食べる。店の看板娘であろうウェイトレスは人と猫が混ざったような外見をしていて、ピンと伸びたヒゲと黒くふちどりされた目元が可愛らしい。

 ゆらゆら揺れる尻尾を目で追っていると、あまり魔法族(ビビリオ)の尻尾を見てはいけないと注意されてしまった。僕はまだ少年だからいいものの、成人男性が見るとセクハラになってしまうという。尻を見るようなものか。まだまだ勉強しなきゃいけないな。

 

「試験に合格しても、正式にギルドメンバーになれるのは翌日からだ。それまでに街の人に大々的に宣伝して回るのが『鉄の楔(マグラド)』の習わしだよ」

「宣伝?」

 

 首を傾げると、エルピディオさんは親指で心臓を指す。

 

「名前を売るってことだ。名が売れると依頼を取りやすくなる」

 

 例えば、高額の依頼にはそれなりの争奪戦が起こる。依頼人は複数のギルドメンバーから依頼を受ける人を選ぶわけだが、そこそこ名前の知れている人とそうでない人なら、当然知っている人を選ぶ。

 依頼を達成すると更に名が売れ、評判も上がっていく。そうしてギルドメンバーの持つランクというものが上がる仕組みとなっているのだ。いくら強くても態度が悪ければランクは一向に上がらないし、パーティーも組み辛い。

 食べログみたいな感じだろう。よくできた仕組みだ。依頼人自らが団長に評価を伝えるため、インターネットと違って誰だかわからない人が適当に評価を付けることができない。クチコミというのは偽装することができないものだ。

 

「街の中心部に人が集まる広場がある。そこで君の実力と顔を広めるんだ。」

 

 広間や道端で大道芸を行う人を思い浮かべる。あれも一種の宣伝だ。僕は玉乗りやジャグリングなんかはできないけど、ああいうことをするのだろう。

 

「パフォーマンスするってことですね」

「ああ。私も剣技を披露したことがある」

 

 レベルの高い大道芸だった。宴会芸レベルの一発芸も何も持ってないぞ、どうするよ・・・。青い炎出してクリーニング能力を披露したところで、主婦からの洗濯の依頼しか来なさそうだし。流石に嫌だよ、毎日洗濯するなんて地味すぎる。

 怪力披露するにしたって、下手したら公共のものを破壊しそうだし。強すぎる力ってカッコイイけど結構不便だな。

 僕が得意なもの・・・得意なもの・・・。ダメだ、高校の時に習った柔道と剣道くらいしか実践に役立ちそうなものがない。柔道だって完璧にできるわけじゃないし、剣道の形だってうろ覚えだ。いやしかし、もうこれにすがるしか・・・。

 

「よし、やりましょう!」

 

 ようはそれらしく見せればいいのだ。目立つのは苦手だが、気合で乗り切ろう。果汁水を飲みきり、僕は勢い良く立ち上がった。

 

 

 

 街は僕が思っているよりも巨大で、中心部の広場までは徒歩では時間がかかりすぎるため、乗り物に乗って移動しなくてはならない。駆竜(カルカ)の出番だ。

 昨日ぶりに駆竜(カルカ)に会いにいくと、長い首を背中に乗っけて、逞しい両足を体の下に畳み込んでぐっすりと眠っていた。ふかふかの藁の上が彼の寝床だ。馬具のようなものは完全に外されていて、恐竜のような前足さえ見えなければ大きな鳥のようで可愛い。

 エルピディオが近づくとすぐに目が覚めた。大きな目で彼を見上げ、ご主人様を待ちわびた犬のように勢い良く飛び上がり、クルクルと甘え声で寝床の中を忙しなく動く。

 口に器具を付ける時も嫌がりもせず大人しくしているのを見ると、随分と愛情を込めて世話されているのだとわかった。僕も懐いてくれるペットが飼いたい。

 

「広場は昔から新人ギルドメンバーのお披露目の場として使われていてな。『ギルドの登竜門』とも呼ばれているんだ」

「団長もそこで?」

 

 椅子に座って堂々としている姿しか見ていないせいか、技や芸を披露しているヨラ団長は想像がつかない。

 

「ああ。百年続く伝統だからな」

「百年!」

 

 想像していたよりも『鉄の楔(マグラド)』は歴史の長いギルドでびっくりした。今のゲルデ・ヨラ団長は『鉄の楔(マグラド)』の五代目の団長らしく、女性の団長としては初代だという。

 

 話しながら着々と準備を進めていき、エルピディオさんは駆竜(カルカ)をある場所へと移動させた。そこは大きな倉庫のような場所で、扉を開けると中に人力車の座る場所のような乗り物が何台も置いてあった。

 そこで駆竜(カルカ)に取り付けられたのは鞍ではなく、荷物を引くときに使う道具だ。全て取り付け終わると、ファンタジーものの映画や時代ものとかでよく見る馬車そのもののような格好になる。

 ただし、豪華な装飾とかは一切ない実用的でシンプルな形だけれど。当然屋根はない。

 一頭だけで二人を運ぶなんて大丈夫かと心配になるけれど、駆竜(カルカ)の馬力を舐めてはいけない。あの鋭い爪でキックを受けると人間の腕なんか簡単に吹き飛ぶくらいの強さがあり、重たい荷物も難なく運ぶことができる。実際、荷馬車として使われるのを街中でよく見た。

 ここは森の中ではないので全力疾走はできないが、トカトカと爪を石畳に叩きつける音を響かせながら街道を走る。体幹がしっかりしているのか、思ったよりも揺れは感じなかった。

 最初はあまり整備されていない道だったが、中心に向かうにつれて段々と道の段差がなくなり、スムーズに走れるようになる。段差が平になるほど車輪で削れ、それだけ人の交通が多くなっているということだろう。

 

 馬車は大通りを通り抜け、五階以上ある建物が円形に取り囲んだ開けた広場へとたどり着いた。なるほど、ここにも様々な姿をした人達が集まっていて、噴水に段々になったお立ち台みたいなものまで付いている。

 中にはお立ち台に立ち、パフォーマンスをしてお金を稼ぐ人も多いという。娯楽が少なそうなこの街ではそういった芸人みたいな人が喜ばれるのだろう。

 名前を売るためとはいえ、行き当たりばったりでこんなことをする羽目になるとは・・・。異世界に来て二日目なのに展開が早すぎる気がする。

 

「さ、行っておいで」

 

 エルピディオさんがいい笑顔で手のひらをお立ち台に向ける。実はこの状況を楽しんでないか?この人。

 

「・・・はい」

 

 とはいえ僕も腹を決めなければ。促されるままお立ち台に登っていき、頂上で広場を見下ろす。真っ白な服と髪が災いしてか、それともお立ち台に立ったせいか、わいわい談笑していたはずの皆がザッと僕を見た。

 色とりどりの瞳が僕を見上げ、一体今から何が始まるのかと期待を込めた目で眺めている。ああ、嫌だ嫌だ。僕は素人なんだぞ、そんなに期待しないでくれよ・・・。僕の心境とは裏腹に、広場には爽やかな風が吹き抜けた。

 とりあえず、自己紹介からはじめよう。名前を売っておくのは基本だしね。

 

「僕はアルアレスです!明日からマグラドの一員となりますので、よろしくお願いいたします!」

 

 深々とお辞儀をしてから頭を上げると、観客はポカーンとした表情をしている。・・・うん、やっぱり変に見えるみたいだな・・・これからお辞儀は控えるようにしよう。

 さて、問題はパフォーマンスだ。素人でもそれなりに印象に残るものといえば、今まで見たことのない物珍しいものに限るだろう。だが青い炎、てめーはダメだ。僕がある程度出来るものでなおかつ戦闘に役立ち、物珍しいもの、それは・・・。

 足を肩幅以上に開き、手を前でクロスさせて息を整える。手はクロスさせたままゆっくり頭上へ持っていき、円を描くように滑らかに下におろし、両手を合わせた。顔はにこやかに、でも目は真剣に。

 空手をやっていた兄から無理やり仕込まれた形だ。あくまで見かけだけのなんちゃって空手だが、実戦ではまともに使えないけど、初めて教え込まれて良かったと思う。

 観客はその動作だけで目論見通り引き込まれたようで、にやりと口を歪める。掴みは上々。外国人はNINJA好きだもんな。

 

「演武、します」

 

 フッと息を吐き、勢い良く左手を前につき出す。衝撃で袖がふわりと動き、動きが収まらないうちに拳を握り、数度殴り付ける動作を繰り返したあと、左拳を正面に向かって静止させた。風を切る音が響き、ビュオッと広場に向かって風が吹き付ける。

 身体能力も格段に上がっていて、思い通りに体が動く。なにこれ楽しい。調子乗って足運びも付け足して、突きの動作をすると同時に右足を思い切り蹴り上げる。白くて長い服の裾を巻き込んで足を上げるので、見た目も凄く華やかだ。

 手足を動かすのが楽しくて、周りの目が段々と気にならなくなる。蛇のように手を動かし、静と動を使い分け、軽々と蹴り上げた。覚えている形を一通りこなし、カンフー映画のワンシーンのように側転とバック転を繰り返す。どれをやってもプロ並みの仕上がりだ。

 一つ一つをやるたびに歓声が上がり、僕が満足するまで動き回った。今ならオリンピックに出場待ったなしだ。演武を止める頃にはスタンディングオベーションが沸き起こり、口笛を鳴らす人まで出る始末。

 予想以上に動けた。これだけ動けるなら是非実践でも活用したいものだ。

 

「いいぞーアルアレスー!」

「期待の新人だな!」

「キャーアルアレスサーンー!」

 

 こいつらの中に日本人が混ざっている気がするが、ツッコミはしないでおこう。僕はルンルン気分でお立ち台を降りていき、近くで待っていたエルピディオさんに駆け寄った。

 さすが戦いが基本の生活を送っているせいか、僕の演武について色々と聞きたそうな顔をしている。やばい、何も覚えてない設定が全く生かせていない。

 

「凄かったなぁ!見たことのない動きだ」

「あー、えっと、体が覚えてたというか・・・」

「そうか!戦い慣れた動きだったからなぁ」

 

 ふー危なかった。彼はかなり苦しい言い訳にも全く疑問をもつ素振りも見せない。かなり失礼だけど、エルピディオさんが単純でよかった。

 あんなに激しく動き回っても、僕は汗の一つもかかない。本当に今更だけど、僕は本当に人間なのだろうか?姿かたちは丸っきり人間だけど、地球人的感覚で見れば超人の域を超えている。

 何枚も重ねた瓦を頭で割る女の人や指でココナッツを割る人ならテレビで知ってるけど、僕なら巨大な一枚岩を小指で粉砕できちゃったり出来そうだからなぁ。まあ、誰も「詐称してんじゃねぇよ」と抗議していないわけだし、当分は人間ということで過ごすか。

 指摘されてもすっとぼけるけどな。

 

「あ・・・あの!」

 

 背中側から小鳥の(さえず)りのような可憐な声が聞こえ、パッと振り返る。数歩ほど離れた位置に、ひとりの碧い目で栗色の髪の少女が立っていた。凛とした顔立ちの美少女だ。少女といっても、僕の姿より少し大人びて成人に近いような年頃。

 他の街の人よりスカートの丈が短く、動きやすい服装をしている。こういう服装はギルドの食堂でもよく見かけた。ということは、彼女もギルドメンバーの一人なのだろうか。

 しかし、僕と彼女に面識はない。もしやエルピディオさんの関係者かと思い彼のアクションを見てみるが、彼も肩をすくめて首をかしげた。どうやら彼も知らないようだ。

 

「・・・僕ですか?」

 

 そう言うと、少女はブンブンと首を縦に振る。一体全体、僕に何の用があるのだろうか。彼女の顔をジーッと見つめると、ぼっと顔を赤くして震えだす。

 

「わ、私、スティナです!一目惚れしちゃいました!ぜ、是非っ結婚してくだしゃい!」

 

 一息に叫びバッと両手を差し出され、そのまま硬直した。しかも最後は噛んでるし。僕は叫ばれた言葉をじっくり理解し、それでも頭上にハテナが飛び交った。一目惚れ?結婚?もしかして僕、出会ったばっかりの美少女に求婚された?

 キモオタ歴十余年、彼女いない歴二十余年の僕が、こんな美しくて可愛い少女に出会って三秒で求婚されるだなんて・・・!やっぱ顔か、男は顔で決まるのか!オタクでも顔さえよけりゃいいのか!ガッデームッ!

 こういう時はどういう反応すりゃいいんだ!?振るのはもったいないし、かといっていきなり結婚するわけにもいかないし、まずは友達からってか!?どうする、どうするよ俺!ライフカード!

 脳内で大暴走していると、無意識のうちに手が彼女、スティナちゃんの手をしっかり握り返していた。あ・・・ありのまま今起こった事を(以下略)。いわゆるポルナレフ状態だ。これだから童貞をこじらせると怖いんだ。

 落ち着け・・・どんな美少女でもいきなり付き合うのはまずい。それに後ろには保護者(エルピディオ)さんがいるんだ。ちゃらい男だとは思われたくない・・・となると答えは一つ。

 

「知り合いからお願いします」

「ぐはっ・・・!」

 

 倫理的に間違っちゃいないけど!友達からお願いしますよりだいぶ距離開いちゃったよ!スティナちゃんは絶望の表情で足元に崩れ落ちた。ああ・・・ごめんよ、そんな突き放すような言い方するつもりじゃなかったんだ・・・。

 いたいけな少女をたぶらかしたみたいで、罪悪感が半端ない。明らかに見た目は僕の方が年下だけど。女子慣れしてないんだよ察しろ。

 

「せ、せめて友達からで・・・」

 

 滅びかけのゾンビのような状態で這い蹲りながらスティナちゃんが呻く。可愛らしい声で息も絶え絶えに言われると、一層哀れみが増すようだ。というか必死過ぎてなんか怖い。

 

「アルアレス・・・かわいそうだから友達になってやれ・・・」

 

 紳士なエルピディオさんも悲壮感を込めた声色で言う。だけど女の子の友達なんかどう扱えばいいんだよ、男友達もオタク仲間でディープな奴としかつるめなかったのに。

 絶対「キモ・・・」って言われて手のひら返しされるに決まってるよ!僕のガラスのハートは粉々になってしまうよ!で、でも・・・この美少年の外見なら・・・もしかして・・・。

 僕は跪いてスティナちゃんの肩に手を置く。彼女の混じりけのない碧い瞳がすぐ近くに見え、物凄く犯罪臭いけど、僕の心臓はキュンと高鳴った。

 

「・・・じゃあ、友達からお願いします」

 

 はにかみながら言うと、彼女は周りに花を飛ばしそうな勢いで機嫌が急上昇し、僕の手をその柔らかな手で握り締めた。新発見、女性はいい香りがすると昔からよく聞いたけれど、女の子は本当にいい匂いがする。

 

「よろしくです、アルアレス様!」

 

 なんて栗色の髪を揺らしながら頬を赤らめて言うもんだから、僕はもうたまらない。可愛い子に様付けで呼ばれるなんて男の夢の一つだよね。結婚しよ。

 ニヤニヤしながら手を握り続けていると、エルピディオさんが呆れた表情で僕の頭を軽く小突いた。特に理由のない暴力が僕を襲う!いや、女性を地べたに座らせておくのは紳士的にはアウトか。やれやれだぜ。

 スティナちゃんを立ち上がらせて、ようやく彼女の手を離した。

 

「ところで、君もギルドの人なのかな?」

「いえ、私は武者修行のために旅をしているんです」

 

 何と、ギルドにも入らずたった一人で旅をしているらしい彼女は、まだ十八歳だという。僕からしたらピッチピチの女子高校生くらいの感覚だが、この世界では成人していてもう立派な大人という認識らしい。

 スティナちゃんみたいに女性でも一人旅をして、実力も申し分ない人も珍しくない。ある意味男女平等な世界でそう言う意味では差別なんかはなさそうだ。地球じゃ女性は守られるべき人という意識が強いからなぁ。

 

「一人で怖くないのか?」

「私は魔法族(ビビリオ)の血を引いていますからね。そこらの魔狩人(フェネス)には引けをとりませんよ!」

 

 エルピディオさんの質問にも強気で答える。どうやら魔法が使えるらしく、普通の人間よりかは強いみたいだ。格闘派に剣士に、魔法使いが加わればパーティーとして申し分ない。あとはドラクエ的に考えて僧侶担当だけだな。

 気付けばスティナちゃんが僕に密着して腕に手を絡ませ、なおかつ絶妙な角度で胸をいやらしくない程度に押し付けている。なるほど、この無駄に洗練された無駄のない無駄な動きは、確かに戦闘経験のない一般女子には無理な動作だろう。

 感心して胸の感触を堪能していると、保護者に咳払いされた。ちぇっいいじゃねぇかよ!こちらとて健全な(二十代半ば)男子なんだい!

 

 こうして新たな友人を手に入れ、僕はグダグダと異世界二日目を終えた。明日はいよいよギルドメンバーとしてデビューだ。

 

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