「っていうことがあったんだよね」
「あわわわわわわわわわ」
「へぇ?ボクが居ない間にそんなことが。セルマ、埋め合わせは必須だと思わないかい?」
「あばばばばばばばば」
現在、セルマは馬車の中でフィアの圧力に屈しようとしていた。何故こうなったのかと、ここに至るまでの出来事を振り返ってみた。
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月光が満ちる自然の舞台でのダンスを行った次の日。つまり今日から夏休み開始とのことで、クラスメイト達は自分の家の馬車を迎えに来させての帰省ラッシュが始まっていた。当然停留所付近は大混雑しているためどうしたものかと遠くから見ていたのだが、そんな時にドアがノックされた。開けてみるとセルマが従者を侍らせて立っていた。
「2人とも、おはよう」
「おはよーセルマ」
「おはようございます。その様子だと今日からセルマの実家にお邪魔する感じでしょうか?」
「言ってなくてごめん・・・・」
「そう思って準備してるから大丈夫だよー」
準備しておいてほしいと言うのを忘れてしまっていたセルマが悲しそうな声音になるとフォローするかのようにフェルが自慢げに話す。
「いつ行くのか、というのは言われていなかったので初日から行けるように準備しておきました」
「ありがと・・・・・」
「でも今はやめておいた方がいいよ?ここから見えるけど、馬車だらけで混雑してるし」
「問題ありません。少し離れたところで馬車を待機させていますので。そこまでは少し歩くことになりますが、大丈夫でしょうか?」
セルマの従者が馬車の混雑を予測していたらしい、というところでその従者が頭を下げた。
「申し遅れました。私、セルマお嬢様の従者をしております、アリーシャと申します。フェル様、ティナ様、以後お見知り置きを」
「アリーシャさんね。こちらこそよろしく」
「よろしくお願いしますね」
「では時間も惜しいですし、今から出発しましょうか」
そうして鞄を持ちながら歩いていると、ラナに出会った。ラナも同じく鞄を持って同じ方向に歩いていた。
「あれ?セルマは分かるけどフェルとティナはどうしたのかしら?」
「いやー、理由はラナもなんとなーく分かると思うけど、セルマの家にお呼ばれしちゃってね。一緒に行くことになったんだよ」
「そうだったのね。もしその後の予定が無いなら、私のところにも顔を出してくれないかしら?」
「予定が空いていたら行きますね」
するとラナは小さな紙をティナに手渡した。中には簡単な地図と名前が書かれていた。
「これは?」
「実家の場所よ。教えていなかったら来ることも出来ないでしょう?」
「確かに。ありがとね、ラナ」
「別に構わないわよ。それじゃあ、夏休みを楽しみなさいよ」
そのままラナは自分の馬車に乗って学園から離れていった。
「では、私達も行きましょうか」
「そだねー」
「セルマの家に行く前に、王都の『シュガーラッシュ』に寄って貰えませんか?フィアを迎えに行かないといけないので」
そうしてゆったりと馬車の中で過ごし、そのまま『シュガーラッシュ』でフィアも無事に迎えに行けた、までは良かった。問題はその後だった。
「セルマ、キミは昨日お楽しみだったみたいだね?」
「えっ」
何故かフィアが昨日のことを知っていた。これはつまり、学園に居ないからとはいえフェルとティナを贔屓した形になる。冷や汗が止まらない。
「昨日キミがフェルやティナと踊っていたのを見たんだよ」
「そうなんだよー。昨日ねー?」
そして冒頭に繋がる。
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「フィアは、どうして知って・・・・」
そもそも王都から学園までは馬車で半日かかる距離である。なので陰で見守っていたに違いない。
「ボクは水魔術と氷魔術が得意だからね。索敵魔術にレンズみたいにした水と氷で大抵のところは覗けるよ。どんなに距離が離れていてもね。あぁもちろん音は聞こえていないから安心して欲しいな」
「ひっ」
だがフィアから出てきた言葉は想像の斜め上だった。つまりフィアは超が付くほどの遠距離から、昨日の舞踏を見ていたというのだ。音が聞こえていないのは安心材料にはならない。
「だからといって乱用するつもりは無いよ。それともキミは、プライベートな事も根掘り葉掘りバラされたい派の人かい?」
その言葉には首をブンブン横に振り否定するセルマ。ただバラされた想像もしてしまい、それはそれで良いなと思ってしまった。
「セルマが1人で出歩いていたから、念の為にね。キミが2人を探していたから問題無かったけど、1人の時に例えば元婚約者から逆恨みで何かされたら、ボクも嫌になるからね。取り残される人の気持ちっていうのは、結構心にくるものがあるから」
そうしてどこか遠くを見ているような虚ろな目になるフィア。それを見て何も言えなくなっていると、隣に座るティナから頭を撫でられた。
「わぷ」
「フェルから渡された宝石があるからそんなことにはならないと思いますが、念の為ですよ。フィアも心配性なんです。彼女も私たちと同じですから」
「ティナ?今その話をここでするのかい?」
「問題ないですよね?」
「何の話を・・・・・」
「はぁ、別にいいよ。大した話でも無いし。―――ボクも小さい時に両親を亡くしていてね。近所だったソフィーティア姉妹、つまりフェルとティナに助けられたんだよ。2人との付き合いはそこから。あの時は3人で生きていかないといけなかったから、色々知識を身につけたりしてたんだ。まぁそれが役に立ったから、今セルマに教えてたりするけどね」
どこか懐かしむように、思い出すように話したフィアは儚げな笑みを浮かべる。それを見て馬車の中だというのに思わずセルマは対面のフィア目掛けて抱きついた。
「セルマ、どうしたんだい?」
「わ、私の家を帰る場所にしていいからっ」
「大丈夫だよ。昔のボクならいざ知らず、今のボクは色々と成長したからね」
だから心配しなくても大丈夫、と言いながらもセルマを抱きしめ返すフィア。
「お嬢様」
「わひゃぁっ」
そんなことをしていたら、馬車の扉が開けられており御者をしていたアリーシャがセルマに声をかけていた。扉がノックされていたことも、開けられていたことにも気付かず抱きしめていたセルマは驚きすぎてちょっとその場で飛び上がった。
「良い雰囲気だったから、アリーシャさんが開けたのを言わないでみた!」
「フェーーーーールーーーーー!!!」
気付けなかった原因はフェルだったようだ。犯人のフェル目掛けてポカポカと頭を叩くセルマ。アリーシャはため息をつくがその表情は微笑ましく、暖かい目で見守っていた。
「その様子だと、カーシュ家に着いたのでしょうか?」
「その通りです」
「微笑ましいね?」
「も、もうっ!」
セルマは照れ隠しでぷんすか怒っていたが、馬車からぞろぞろと降りてみると、貴族らしいお屋敷とその前にはよく管理された庭園が広がっていた。庭師さんが優秀なのだろうと庭園を見渡していると、近くで作業していた庭師さんが近付いてくるのが見えた。
「セルマ。帰ってきたんだね」
「はい、お父様」
「お父様ァ!?」
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セルマの父は子供の頃から土弄りが好きだったらしく、自分の家を持った時には自分の手で庭を管理すると豪語していたらしい。この家を継いだ時にその念願が叶って庭師は雇わず自分で剪定などを担当することになったそう。
そして今、そんなカーシュ卿の書斎に通された途端フェルは頭を下げ続けた。
「セルマのお父上だと知らずに無礼な態度をとってしまい、本当に申し訳ありません!」
「構わないよ。貴族の家では大抵庭師を雇うのだし、セルマも言ってなかったみたいだからね。驚くな、と言う方が無理がある。それでキミ達がセルマの婚約者達でいいかな?」
「は、はい!フェル・ソフィーティアです!」
「ティナ・ソフィーティアです。フェルは同い年の姉です」
「カーシュ卿、ご無沙汰しています。〈砂糖の魔女〉フィア・グレイスです」
フェルが冷や汗ダラダラかきながら頭を下げてそれでも足りないと思ったのか土下座するのを見て、セルマが噴き出した。
「大丈夫だよフェル。お父様は優しいから許してくれると思う」
「いやいや、あんな大きい声であんなこと叫んじゃったんだから平謝りするしかないでしょっ」
「フェルさん、顔を上げて。これからは密接な関係を結ぶことになるから、その体勢では対等にお話することも出来ないよ。だから顔を上げて」
「は、はいぃぃ・・・・・」
カーシュ卿にそこまで言われてしまっては面を上げざるを得なくなり、フェルは縮こまりながら立ち上がった。
「〈砂糖の魔女〉殿はお久しぶりですね。以前の夜会以来でしょうか?」
「いえ、つい最近のセルマを鍛える話の時に」
「そういえばそうでしたね。まさか〈砂糖の魔女〉殿直々にセルマに魔術をご教授いただける日が来るとは」
「ボクもまだまだ他の魔術師には遠く及びませんよ」
「何をおっしゃいますか。つい先日も新しい魔術理論を発表されたばかりではありませんか。それにセルマも手紙で貴女のことが大好きだと報告してくれていますよ」
「お、お父様!?」
そしてフェルを元に戻してからはフィアとカーシュ卿による雑談が始まった。いつもとちょっと違うフィアの話し方にセルマが驚き、秘密を暴露されて顔が赤くなる。
「フェルと違ってボクはたまに社交界に出るからね。カーシュ卿とは知り合いだよ」
「フィア!?私が言いたそうなことがどうして分かったの!?」
「だってフェルは顔に出やすいからね。分かりやすいんだよ」
チラッとセルマの方を見るフェル。セルマが目を逸らした為フェルが恥ずかしさのあまりいたたまれなくなった。そうしているうちにカーシュ卿が皆をソファに座らせ、アリーシャがソファの前の長テーブルに紅茶を置いて退出した。
「では本題に入りますが、セルマ」
「はい」
「気持ちは、変わらないね?」
「私は、彼女達に生涯を捧げるつもりです」
「分かった。ではステイル伯爵にはこちらから連絡しておこう。それと式場も決めておかないといけないね」
「そんなに簡単に決めていいんですか?」
なんかトントン拍子でセルマとの結婚が決まった。唖然とするフェル。ティナは不思議に思って聞いてみた。
「いいとも。ステイル伯爵令息との婚約はいわゆる政略結婚だ。だけど伯爵令息には既に婚約破棄に踏み切れる材料がいくつも集まっているし、娘が自分で考えた婚約者を連れてきたのなら、多少は無理をしてでも娘の願いを叶えてあげたいと考えるのが親というものだよ」
「そうですか。分かりました」
するとティナはフェルを見てフィアを見て、2人とも頷いた。セルマは怪訝な顔をするが、ティナは真剣な顔になってカーシュ卿に話しかける。
「少しカーシュ卿と2人きりでお話をしても?」
「構わないよ。セルマ。少しの間世話をするのだから、2人を案内してあげなさい」
「分かりました。2人とも、ついてきて」
「りょーかーい」
「セルマの自室とかどんな風になってるのか気になるなぁ」
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そうして書斎はティナとカーシュ卿の2人だけになった。まずはどう切り出そうかと悩んでいると、カーシュ卿から先制してきた。
「キミ達は」
「はい」
「キミ達は、―――なのだろう?」
「―――よく分かりましたね。長年生きてきた経験則というやつでしょうか?」
「ああ。セルマやアリーシャからの手紙を見ていて小さな違和感があってね。今日実際に会って分かったんだ。それをあっさり認めるということは何か言いたいことがあるのだろう?」
「そうですね。これは知っていますか?」
先制攻撃を軽くいなして、ティナは長テーブルの上にポケットから取り出した懐中時計を開いて置く。訝しげに見ていたカーシュ卿は懐中時計に焦点を合わせ、何かが分かった瞬間戦慄する。
「まさかそれは。ということはキミ達が―――」
「おや、ご存知でしたか。それなら話が早いですね」
カーシュ卿の表情が驚愕と畏敬を湛えたものに変化する。対してティナは、威張ることも鼻を高くすることもなく、ずっと変わらず同じ表情で淡々と話し続ける。
「金銭面で問題になっているのであれば支援できますよ。アーロンさんに盗られた分の補填とかもそうですし、家計自体が苦しいとかセルマへの小遣いとかも」
「代償は何かな?」
「必要ないですよ。むしろ喧伝してもらえると助かります。ステイル伯やノルン伯などセルマの敵になりそうな人物が居ますし、それらが寄り付かせないためにも」
「その辺りは後で議論しようか。今は―――」
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カーシュ邸は典型的な貴族のお屋敷で、カーシュ卿たっての希望で少し庭園が広いとのこと。庭園の中心にはお茶会が開けそうなガゼボも存在していてその周囲は特に綺麗に整備されていた。
屋敷の方はというと、一階部分はエントランスと表階段、社交場にもなる大広間やゲストルーム、二階部分に従者や料理人などカーシュ家で働く人々の居住スペース、三階部分にはセルマやカーシュ卿、カーシュ夫人の部屋がある。地下は万が一の時のための食料庫と貯蔵庫で、もし食料がなくなっても2日程度なら持たせることが可能らしい。
ティナとカーシュ卿が談合している間フェルとフィアはセルマに屋敷の中を案内されていたが、セルマが三階のある部屋の前で立ち往生していた。というか中に案内すべきかどうかを迷っているようだ。
「どしたのセルマ。さっきから扉の前をウロウロしてるけど」
「・・・・・・ここ、私の部屋なの」
「セルマの部屋なんだね。そういえばボク達がお泊まりする間はゲストルームになるのかい?」
「そ、それは・・・・・」
「皆様が宿泊する間はお嬢様のお部屋で一緒に寝てもらうことになります。皆様は大切なお嬢様の婚約者なのですから」
「あ、アリーシャさん」
セルマの落ち着きが無いと思ったら、ただただ恥ずかしくなってるだけだった。そしてついでに気になっていたことをフィアが聞くと、あわあわしているセルマではなくアリーシャが代わりに答えた。ただアリーシャはフェルのことを少し呆れた目で見ていた。
「どうして分かったのでしょうか?」
「アリーシャさんの気配が全然消えてなかったからね。驚かせるなら死角から背後に回ってくるのと、足音とか服の衣擦れの音は消しておかないとね?」
「あと、ボク的には魔力を抑えるのも重要だよ。索敵魔術で簡単に分かるからね」
「アリーシャ、私は分からなかったよ?」
「ありがとうございますお嬢様。それで、開けないのですか?」
「あううううう」
どうやらフェルが全く驚いてなかったどころか気付かれていたことに呆れていたらしい。そして恥ずかしくて鳴き声をあげるセルマを後目に、アリーシャは部屋のドアを開けた。
「あ、ああああああアリーシャ!?」
「お嬢様のお部屋はお客様を宿泊させる為にも使われるので、お待たせするのは忍びないと思いまして。では皆様、お入りください」
「・・・・・いいのかい?」
「・・・・・・何を見ても笑わないで」
「お嬢様もこのように言っていますし」
「アリーシャさん、肝座りすぎでしょ」
そんなことを言い合いながら部屋に入っていく。ちなみにセルマは恥ずかしさのあまり手で顔を覆ってトボトボと最後に入っていった。
ぶつ切り感ありますが、この辺りで切らないとこの後が・・・・