サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女と三賢者   作:イェーレミー

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第11話〜 長かった1日と初夜

結論から言うと、カーシュ家で働く従者達を集めてフェル達の顔を覚えてもらうという集まりだった。ついでに小さくはあるが歓談の場となり、フェル達はカーシュ家の従者達に質問攻めにされていた。やれどこを好きになっただの、やれどこに惹かれただの。その度にセルマが顔を真っ赤にして答える羽目になっていたので可哀想で可愛かった。なお、セルマの従者は変わらずアリーシャが務めるとの事。

 

「セルマ、ベランダには何もないし冷えるよ」

「あ、フィア・・・・。ちょっと夜風に当たりたくなっちゃって」

「興奮して暑くでもなったのかい?」

「それはちょっとあるかも。嬉しいし幸せだから」

「最初敬語だったのは今でも覚えてるよ?」

「・・・・・フィアは憧れの人だから・・・・」

「好きと憧れだったらどっちの方が上なのかな?」

「・・・・好きぃ」

 

フィアが目ざとくベランダで1人佇むセルマの姿を見かけて、歩きにくい服装ながら外に出た。少しひんやりとする夜風がたしかに気持ちいい。

 

「それに、これからは堂々とボクとイチャイチャしても大丈夫だからね」

「・・・・・うん」

 

耳まで真っ赤にしたセルマが頷く。そんなセルマが可愛くて、フィアは胸元に抱き寄せる。

 

「フィアっ」

「ボクも嬉しいかな。こんなに可愛いのがボクの妻になるんだし」

「・・・・・うん」

「だけど、魔術の訓練はまた別の話だからね。流石にそこは分けるよ」

「それは・・・・うん」

「ボクが居ないと魔術が使えないとか、そんな風になるのは嫌だし。ボクとしては、遠くでも見えるからセルマが一人で頑張ってるところを見て、それで褒めたいんだよ」

「その、褒めるって・・・・」

「うん?」

「どんなふうに・・・・?」

「あとのお楽しみの方が、セルマ的には燃えないかな?」

「それは・・・・・」

 

遠慮がちに返事するセルマ。だがその表情は待てと言われている犬のようなものだった。

 

「正直に言ってくれないかい?」

「その方が良い・・・・・・」

「だと思ったよ。イチャイチャする時も、何時でもそうだけど、ボク達には素直でいて欲しいんだ。我慢は体や心に毒だからね」

「さっき私を襲ったのも・・・・?」

「あれはセルマニウムが足りなかったからなのと、あとは趣味が似ていたからね。本棚の後ろに全巻揃ってたの、知ってるからね?」

「えっ」

 

フィアの胸に頬擦りしていたセルマがハッとしたようにフィアの顔を見る。少し怯えた感じが小動物のようで可愛い。

 

三賢者の冒険(ワンダー・オブ・トリスメギストス)が全巻揃ってるのは初めて見たかもしれないね。著者はリディル王国三賢者が一人、氷獄の魔女。リディル王国が建国される時に初代国王に助言をして建国に携わったとされる三賢者、その冒険譚であり歴史書としても価値のあるものだ。彼女たちの旅路は面白おかしく書かれているためあまり評価はされないが、背景として描かれている地理や建造物、彼女達が関わったとされる出来事などはその後の研究からほぼ一致していたことが判明し、今でも増版され続けている・・・・・だったかな」

「・・・・・フィアも知ってるの!?」

「3人でよく見たからね。覚えてるよ」

 

すると怯えた表情から一転してセルマは目を輝かせた。もし尻尾があったのならブンブンと振っていたに違いない。

 

「お父様が紹介してくれた本だけど、一巻を読み終わった時に続きが気になっちゃって全部揃えたの。特に氷獄の魔女様が好きで、描写されてるところから考えて衣装も再現したの。もしかすると細部は違うかもだけど、それでも会心の出来だと思ってるよ」

「33巻辺りの表紙とかに全員の服装のイメージ絵が載っていた気がするけど?」

「その前に作っちゃって、33巻を見た時にはほぼ完璧に出来てたから震えちゃった」

「描写から再現するなんてすごいね。もしかして魔術への憧れもそこが最初なのかい?」

 

するとセルマはばつの悪そうな顔をしてフィアの顔色を伺い、おずおずと口を開いた。

 

「・・・・嫉妬しない?変なこと、言わない?」

「何がどうしてそうなったかを聞いてから、だね」

「・・・・その、最初の推しが、氷獄の魔女様で・・・・」

「続けて?」

「小さい頃に読んでた時、氷獄の魔女様のきったはったの大立ち回りに憧れちゃって・・・・・。超人的な身体能力は流石にホラだとは思うけど、それでも憧れずにはいられなくて、魔術の勉強を始めたの。そうして過ごしている内にフィアの魔術論文を読んで感動して推しになったの」

「なるほど。つまり氷獄の魔女はセルマにとって原点ってことだね?まぁ彼女の功績を考えれば当然か。当時存在するか不明だった精霊王の存在証明、印刷技術への貢献、様々な魔術理論の発表・・・・。今日に至るまでのリディル王国の魔術規制の一部は彼女の知恵を参考にしたとまで言われているね」

「だから、一目で良いから見てみたいの」

 

あれ?とフィアは首を傾げる。

 

「三賢者が確認されたのは確か数百年も前じゃなかったかい?」

「確かにそうなんだけど・・・・、でも、今でも三賢者の椅子はあるって聞いたことがあって、それなら、会えるんじゃないかって思って・・・・・」

「なるほどね。三賢者の席がある以上存在はしているかもね。もし会えたら、何をするとか決めてるのかい?」

「それは・・・・・サイン、とか?」

 

その言葉にフィアは不意をつかれて噴いてしまった。セルマと最初に会った時にもサインを求められたからである。

 

「有名人と出会ってすぐサイン求めるのは、セルマの悪い癖だね?」

「そ、それは・・・・」

「そこはね。例えば魔術を教えて欲しいとか、護身術を教えてもらうとか、あとは彼女が書いたんだからあの本の真偽を聞くとか、そういうのでいいと思うんだ」

「た、確かに・・・・・。そ、そもそも会えるかどうか分からないし、もっと夢を見た方が良かったのかな」

「サイン貰うだけで止まらない方がいいかもね」

 

どちらからともなくクスッと微笑んだ。フィアが「3人で見た」と言っていたからフェルやティナも知っているのだろう。本来であれば怒ったり怯えたり驚いたりするところなのだろうが、婚約者達が同じ本を読んでいたことで情報もネタも共有できるという意外な事実に親近感と安心を覚えた。そして安心するということは、好きという感情がさらに爆発するわけで。

 

「セルマ?全く、人前でそんなでろでろに蕩けた顔は見せないように」

「ふぁい」

 

注意するつもりだったのに、返ってきたのはゆるゆるな言葉だった。やれやれと言った感じでフィアはセルマの頬をつねる。

 

「いふぁいいふぁい」

「全く、緩い返事をするのはこのすべすべほっぺかい?それとももちもちほっぺかい?」

「ひゃ、ひゃめ」

「あー!こんなとこにいたー!」

 

そうしてフィアがセルマ弄りを楽しんでいると、背後からフェルの叫び声が。少しふくれっ面になりながら振り返ると、こちらもふくれっ面なフェルと目が合った。そのフェルが腰に手を当てて形だけぷんすか怒り始めた。

 

「フィーアー?セルマの独り占めは良くないって私達には言ったのに、当の本人は独り占めするのかなー?」

「ボクだからね。問題ないよ」

「理由になってないっ」

「それに、最初にボクが一人でいるセルマを見つけたんだから、所有権はボクにあるよね?」

「セルマをモノ扱いしないでねー?」

 

傍からはキャットファイトしているようにしか見えないが、今のセルマなら2人とも楽しんで会話しているのが分かる。そんな関係に憧れつつ立ち上がった。

 

「ご、ごめん。ちょっと質問攻めに酔っちゃって。すぐ戻るね」

「私とティナでちょっと言っておいたから、そんなに質問が来ることはないと思うよ。流石に無礼講といえども従者がセルマに対してそういうことするのは、ちょーっと、ね?」

 

笑顔ではあるのだが、フェルは許嫁が従者たちによって手玉に取られて少し怒っていた。

 

「ま、まぁ、他の従者さんも、悪気があった訳じゃないと思うから・・・・・」

「セルマが良いならいいけど」

 

もちろんセルマにそう言われれば、少し困惑しながらではあるが矛を収めた。従者たちはセルマが小さい頃から世話をしてきたのだ。性別が同じだったこともあって娘のように思っていたセルマが恋人を連れてきたとなれば、女子トークが盛り上がるのも仕方の無いことだろう。ましてやその恋人が複数人かつ同性なのであれば尚更。

 

「それじゃあ、戻ろっか。私達のお姫様?」

 

恭しく手を差し伸べるフェル。そしてそれを視界に入れながらセルマに対して微笑むフィア。もちろんセルマの答えは1つだった。

 

なお、アリーシャは酔っ払いになって泣いていて他の従者達ももらい泣きしており、ティナはアリーシャから渡されたグラスに入った飲み物を平然と飲んでいたことを記しておく。

 

 

───────────────────────

 

 

「にしても、まさかセルマが『三賢者の冒険』の大ファンだったとはねー。驚きだよー」

「私達も見ていたので知っていますよ。ただ、セルマが全巻揃えてるのには若干畏敬の念を表そうと思います。書籍もお高いですからね。発売された日が日なので増刷されているとはいえ数十年は昔ですが保存状態も良好ですし」

 

華々しい?宴が終了し、アリーシャ含めた5人は仲良くティータイムに勤しんでいた。やはりセルマの専属従者だからかほんのり甘さを感じられるような紅茶が注がれており、紅茶の育てかたが上手なんだなという感想を抱いた。

 

「人気で長い間売れ続けている本ですからね。旦那様やお嬢様の頼みで町中を走り回ったものです」

「最近は印刷技術が上がったから、少しだけ絵が入るようになったの」

「絵が入るだけで想像とか妄想とかしやすくなるよねぇ。それはそうと、氷獄の魔女様の描写から衣装を作ったんだって?」

 

するとセルマは全力で目を逸らしつつ顔を赤くした。フィアはその理由に気付き、気付かないフェルとティナは頭の上にはてなマークが大量発生した。

 

「あれ。セルマ?」

「どうかされたのですか?」

「そ、その・・・・・」

「セルマはきっとこう思ってるんだ。『氷獄の魔女の衣装は作ったけれども、採寸はセルマの身体だったから、個人の趣味でしか着ていない。だから恥ずかしい』。そんなところじゃないかい?」

「おっしゃる通りです・・・・・・」

 

思わず敬語になったセルマが耳まで真っ赤にした。その理屈なら確かに赤面すると2人は納得した。再現した衣装を見せるということは、セルマが着てコスプレしたのを見せてくれ、と言っているのと同義である。そもそも再現した衣装も個人で楽しむために作った物のため、他人に見せるようにはしていないのだろう。ただ、顔を赤くしたセルマは無言で立ち上がり、アリーシャを連れてクローゼットへと向かった。覚悟を決めてその衣装を見せてくれるのだろう。

数十分後。セルマはクローゼットの方からこちら側にひょこっと顔を覗かせた。頑張って衣装を見せないように、器用に顔だけ。ただそれも長くは続かず観念したようにその衣装を3人に見せた。

 

「ど、どうかな?」

「ふわ・・・・・」

「すごい再現度ですね」

「もういっその事、氷獄の魔女を名乗るのはどうかな?」

「そ、そんな!恐れ多いよ!」

 

服は紺色一色のシャツドレス、ワンポイントとして胸元に薄紫色のリボンを付けており、その上から青白いローブを羽織っている。そんな一見シンプルな格好こそが氷獄の魔女がしていたとされる礼装である。いつもは編んでいる髪も全て下ろしており、美しい艶のある榛色のロングヘアがセルマの動きに合わせてサラサラと揺れる。

 

「本当なら氷獄の魔女様が魔術を発動するのに使っていたとされる本も再現したかったんだけど・・・・、本の形や大きさが分からなくて」

「いやいやいやいや、これ全部本の描写から再現したんでしょ!?十分だよ!」

「しかもまだ挿絵のない時に、ですよね。参考にしたものが小説の中の小さな解説からでしょう?」

「で、でも・・・・・」

「でもとかだってとかじゃなくて、そこは誇るべきとこだよ。推しの氷獄の魔女様の衣装を作るために色んなことを調べたと思うんだ。どういう衣装なのかを描写から考えたといっても、細かい部分は省かれがちなんだよ。例えばシャツ部分のボタンはいくつなのかとか、ローブのサイズはブカブカなのかスッキリしてるのかとか、ドレスの丈はどのぐらいなのかとか。でも、知ってる人が見て『あ、これは氷獄の魔女様の衣装だ』って一発で分かるようになってるんだから、せめてそこぐらいは誇って欲しいな」

 

セルマのいつもの卑下モードに入りかけたため、必死にフェルが説得するとその熱意が伝わったのか儚げな笑みを浮かべて頷いた。そんな中フィアは1人黙って何かを考えている。

 

「フィア、そんなに考えてどうされましたか?」

「ん?あぁいや、セルマの衣装が似合い過ぎてるのが気になってね。たしかにセルマに合わせて作られたのだから似合うのは分かるけど、それ以外の要素もありそうなんだ。例えば『カーシュ家の遠い先祖や縁の深いところに氷獄の魔女が居る』とか、あとはセルマがそういう人達の先祖返りだからとか」

「そ、それはさすがに・・・・・」

「というかフィア。セルマがこんな素敵な衣装を着てくれたのに、褒め言葉の一つも無いのはどうかと思うよ?」

「むぐ・・・・・・」

 

フェルの言葉のパンチがフィアにクリーンヒットして何も言えなくなった。ばつの悪そうな顔になり、そのままセルマの方を向く。

 

「セルマ、ごめん。ボクが考え込んだばかりに褒めることすら忘れてしまって」

「う、ううん、大丈夫だよ。私の方こそごめんね?」

「セルマが謝る必要なんてないと思うけど?」

「考え込む原因は私だから・・・・・」

「いやいや、それは考え込むような思考回路してるフィアが悪いよ」

「フェルの言う通りだよ。ボクが勝手に思考に耽ったがために起こったことだからね。セルマ、して欲しいこと言ってくれたらするよ」

「何でも?」

「何でも」

 

するとセルマは悶え始めた。欲望に素直になっていいのか、それとも抑え気味にしないといけないのか、その辺りで迷っているのだろう。フェルはそんなセルマを見ると背後から近付き、肩を押さえて身動きが取れないようにして口を耳元に近付け囁いた。

 

「セルマ」

「ぴゃっ、フェル、擽ったいよ」

「私としては、セルマの欲望をさらけ出して欲しいな。怖いもの見たさではあるんだけど、やっぱり欲望なんて叶える方が良いからね。それに、披露宴みたいなのは終わったんだから、あとは欲望とかに任せて色々しちゃおっか」

 

背後に居るフェルでも分かるぐらい耳まで真っ赤にしたセルマは、頭の中で何かが切れる音がした。するとそのまま背後のフェルに振り返り、ベッドまで押していき最終的にはベッドに押し倒した。豹変したセルマに驚きながらフェルはされるがままに。そのままセルマが覆い被さるとフィアにされたのを真似したか啄むようにキスをする。そうして少し満足したのかセルマはフェルに覆いかぶさった状態で欲望を吐露し始めた。

 

「色々、するなら、アーロン様のこと、赤の他人だって思えるぐらい、激しく染め上げて欲しいの。私のことも、アリーシャのことも、アーロン様との記憶を3人で塗りつぶして、」

「分かった。もう我慢しなくていいからね。好きなこと、いっぱいしよっか」

「よく頑張りましたね、セルマ。アーロンさんにはもう無関心になって良いですよ。今後は私達が傍に居ますから」

「アリーシャさんもこっちに来なよ。セルマがこう言ってるし、それにキミも、セルマに心無いこと言われて我慢してたんだろう?」

「で、ですが」

「それとも。キミは主の言うことが聞けないのかな?」

「アリーシャも、一緒じゃなきゃいや・・・・・」

「・・・・・・・分かりました。お嬢様、地獄までお供します」

 

色々我慢していたのかポツポツとセルマの口から落ちていくのを見て、言い切る前にフェルはセルマを優しく抱きしめる。それを見てティナもフィアもベッドに寝転がりティナは頭を撫で、フィアは背中をさすりながらアリーシャに手を伸ばす。アリーシャは逡巡するかのように目を逸らしたが、セルマの言葉で吹っ切れた。

 

「いっぱい、一緒にいてね。私の婚約者さん達」

「お嬢様と一緒ですが、末永くよろしくお願いします」

 

2人の発言に3人は答えない。言葉で答えるより、身体で行動で応えた。セルマとアリーシャの中からアーロンを消すために色んな方法で攻めていく。2人がアーロンによって付けられた心の傷は深く広いが、3人はそれを的確に切除し摘出し新しい物でポッカリ空いた部分を隙間なく埋めていく。その度に2人は安心し喜び、3人はそれを見て安堵する。その繰り返し。

部屋の外は何も変わらないのに、部屋の中は時間が圧縮されたかのように彼女達の動きが加速する。そんな異様な光景を、満月だけは優しく照らしていた。

 

──────────────────

 

「ん・・・・・」

 

外から微かに聞こえる鳥の囀り声でセルマは目を覚ました。アリーシャが整えてくれたのか、あんなに乱れていた氷獄の魔女様の衣装は綺麗になっていた。と思ったら当の本人はフェルの隣で幸せそうに寝ていた。

 

「・・・・・じゃあ、一体誰が・・・・」

 

そんなことを呟きながら見回してみると、ベッド脇のサイドテーブルに1枚の便箋が置かれていた。中は几帳面な書き文字でシンプルに一言。

 

『セルマへ。誘われていたので、ラナのところにも顔ぐらいは見せに行こうと思います。会えないからといって心配しないでくださいね

                  ティナより』

 

ハッとなってもう一度辺りを見ると、確かにティナの姿がない。つまりセルマの衣装を直したのはティナだろう。

 

「んー?セルマー、どしたのー?」

「ティナがこんな置き手紙を・・・・・」

「どれどれ・・・・?あー、これいつものだ」

 

ガサゴソ音を立てたからかフェルが瞼を擦りながら起きてきた。セルマは手紙を見せるがフェルに驚いた様子は無い。

 

「ティナって結構律儀というか、約束守ろうとする意識が強くってねぇ。昨日ラナに誘われてたでしょー?あの約束を守りに行ったんだと思うよ〜」

「・・・・・昨日?」

 

色々あり過ぎてもっと時間が経っていたものだと思っていたが、全て昨日のことだったらしい。

 

「私たち、昨日来たばっかりなんだけどー?」

「いや、その、濃密過ぎて、てっきり一昨日だと思ってたの」

「御三方のテクニックが凄かったのもあるので、お嬢様が勘違いされるのも仕方の無いことかと」

「あ、アリーシャもおはよー」

「おはようございます。まるで1日どころか1週間ずっと飲まず食わずで仕込まれていたような感覚でしたね」

「ちょっとー?昨日の夜の話なんだからそんなお腹が減るようにはする訳ないでしょー?」

 

流石に昨日の夜に1週間という時間が経った、とは考えづらいためセルマも苦笑せざるを得なかったが、ただそれでもみっちり仕込まれたことを考えると本当に昨日の夜だけで時間が足りるのか?とも思った。

 

「まぁティナのことに関しては心配しなくていいよ。昨日のお披露目会でカーシュ卿に許可もらってたし」

「そ、そうなんだ・・・・・」

 

だが、婚約者の1人が居ないのは寂しい。しかもそれが、セルマに勇気をくれた存在なのだから尚更だ。

 

「そういえばフィア様が起きてきませんね。どうしたのでしょうか?」

「ん?ああ、フィアのことは気にしなくていーよー。朝に弱くて大体こうなってるよ。まぁ起きなきゃいけない時は起こすんだけど、そういう時は糖分が足りないって言ってお菓子をよく食べてるんだよねぇ」

「あぁ、だから砂糖の魔女・・・・・」

「そういうことー」

「ま、まぁ魔力使ったら糖分切れ起こす人も居るから・・・・・」

 

何か慌てるようにセルマが慌てながら同意した。多分フィアから口止め料として魔術のお勉強の時にフィア特製のお菓子を貰っているのだろう。あのフィアのことだからそういうことはやりかねない。

 

「あ、そういえばフィアで思い出したんだけどさ。魔術の訓練って順調?」

「順調、なのかな・・・。今までより確かに水が出るようになった、けどなんだか上手く行き過ぎてちょっと怖いかも・・・・」

「あぁそれはフィアの育成方針だね。フィアって結構素質見出したらその方向に尖らせたくなっちゃうんだよ。もちろんこれはフィアが勝手にやってることだから、彼女に言ったら止めてもらえると思うよ」

「実際、セルマはかなり優秀でね。1を教えて10は不可能だけど2ぐらいは覚えてくれるから、ボクも教えがいがある弟子だなと思っているんだ」

 

のそり、と音を立てるようにフィアが上体を起こした。寝相が悪いのか所々髪が跳ねているし、まだ眠いのか欠伸をしながら寝ぼけ眼を擦っていた。

 

「あれ、珍しいね。フィアがこんな時間に起きてきてる」

「さっきからボクの名前を何度も呼ばれたら、そりゃ起きる人は起きるよ。それとも、フェルは昔のボクのままだと思ってるのかい?ボクだって改善ぐらいはするよ」

 

そんな真面目な回答を、跳ねた髪を揺らしながらドレスを着崩して肩出ししながらするものだから、セルマもフェルもアリーシャも噴き出してしまった。当然気付いていないフィアはジト目で3人を見る。

 

「どうして笑うのかな?」

「フィア、今の格好を鏡で見て。絶対笑うから」

「フィ、フィアが、その、格好で・・・っ」

 

セルマはツボに入ったのか言葉がたどたどしくなっていた。アリーシャは必死に笑いを堪えているのか口を手で押さえてうずくまっていた。目尻に涙を浮かべて笑っているのが見える。そんな酷い状態だったので、フィアはのそのそとドレッサーの前に移動して自分の容姿を確認した。確認して頭を抱えた。そりゃ笑うはずである。どう考えても事後な格好に髪はボサボサ、その上寝ぼけ眼。他人に笑われない要素が1つもなかった。仕方が無いのでフィアは手で服装を、魔術で寝癖を直した。というか、このドレスは借り物なのだから、返さないといけないものであることに遅まきながら気付いた。

 

「そういえば、このドレスはいつ返せばいいのかな?流石に借りっぱなしというのはボクもメンツというのがあるからね」

「昨日カーシュ卿にそれ聞いたんだけどさ。借りっぱなしで良いって。セルマの婚約者である限りは、って条件みたいだけど」

「わ、私も、同じように聞いてる、わ・・・・・」

「え」

 

フィアがキョトンとした顔になった。メンツがどうのこうのと言っていたのに、それが台無しにされた気持ちが顔に出たのだろう。また、恥ずかしそうに顔を隠しながら、オフモードにしようと頑張っているアリーシャにも少し驚いたのもある。

 

「まぁ私とティナはアレだけど、フィアに関しては恩を返すのもあるみたいだよ。だってフィアってセルマの先生、でしょ?」

「それは確かにそうだけど・・・・」

「まぁカーシュ卿の方からそういう申し出があったんだし、素直に受けとっておいたら?」

「そ、そうしようか・・・・な・・・・・?」

 

返事したフィアの声が不自然に止まる。フェルがフィアの見ている方向を目で追いかけると、そこには

 

「私の服をいっぱいフィアに着せられる・・・・。ふへへ・・・・」

 

顔のパーツが落ちそうになるほど蕩けた表情のセルマが居た。確かにあの顔は本能的に恐怖を感じてもおかしくはない。

 

「セルマー、帰っておいでー」

「フィアぁ、フィアに着せたい服がいっぱいあるから、私を着せ替え人形にする代わりにフィアも私の着せ替え人形にぃ」

 

蕩けた表情のままフィアに抱きつくセルマ。セルマの方が力が強かったら、多分そのまま押し倒すか組み伏せていたことだろう。

 

「仕方ないね。けど、着せ替え人形にはフェルやアリーシャも一緒にね」

「わ、私も・・・・!?」

「ちょっとフィア!?」

「他人の不幸は蜜の味だからね。それにこんな楽しいことなら2人にも共有しないと、ボクの楽しみも減るし」

「・・・・本音は?」

「ボクにも目の保養をさせてくれないとね」

 

やはりフィアは別のことを考えていた。アリーシャは顔を真っ赤にして表情を見せないようにそっぽを向き、フェルは困ったように頬を掻く。そしてセルマはというと、自分が楽しむことばかり考えていたのを恥じていた。それでいて自分も相手も着せ替え人形になれば、お互いに楽しめることに目を輝かせた。

 

「じ、じゃあフィア、着せ替えした後にお出かけしようよっ」

「か、構わないよ。ただ、フェルも道連れだね」

「それを言うならアリーシャもだからね」

「わ、私も!?が、頑張ってみるわ」

「ティナはどうするのかな?」

「ここに居ない罰として、決定事項にしちゃおう。居ない方が悪い」

「賛成だね。ティナのことだから織り込み済みかもしれないけど」

「あー、ありそー。まぁティナだし大抵の服なら着るでしょ」

 

ワイワイと朝から仲の良い会話が弾む。アリーシャは綻んだ顔で婚約者と話すセルマを見て薄く微笑んだ。今までは強迫観念に似た使命感で悲痛な顔をすることが多かったから。だが今の婚約者達はどちらかというと仲の良い姉妹の方が近い。しかもその輪の中にアリーシャ自身もいつの間にか加わっていた。まだ関わったばかりだが微睡みのような優しさに触れて、すぐに心の氷を溶かされていた。こんな時間が何時までも続けばいいのに、と考える時間が増えてきたのもある。

 

「おーい、アリーシャ〜。そんなところに居ないでもっと寄ってきてよー」

「わ、分かったわ」

 

フェルに呼ばれて思考を中断した。もしこの時間が続くのなら、カーシュ家は元婚約者が居た時よりずっと良くなりそう、と幸せな未来を予感しつつフェル達のところに向かった。

 

──────────────────────────

 

「帰ったら私も覚悟しておかないと、ですね」

 

クスッと微笑みながらその様子を遠く離れた地で見ていたティナは、慣れた手つきで懐中時計を閉じてスッと真面目な顔になる。

 

「さて、私は私のやることをしましょうか」

 

短く一息ついて目の前にそびえ立つコレット男爵の商会を見上げる。これを一代で作り上げたというのだからその商才は目を見張るものがある。とりあえず立ち止まって感心していても何も始まらないので建物の中に歩を進めた。

建物の中は貴族が好みそうなドレスや贅沢品が満載で、通常なら賑わっていたのだろう。実際人は沢山いた。だが賑わう人ではなく、まるで──

 

「慌ただしい、ですか」

 

そう。貴族というより憲兵らしき制服を着た人達が関係者らに事情聴取していた。何かあったのだろうか、と気にはなってみたもののラナに貰った紹介状を手に歩き回って誰に話しかけようかを決めることにした。

 

「お嬢さん、少し厄介なことが起こっているから関係者以外立ち入り禁止になってるんだ。今日お店はお休みなんだよ」

「厄介事、ですか」

「ああ。だから店から出てもらえると助かるんだが」

「そうなんですか。いえ、学友のラナから招待を受けまして。少し到着が遅れたことを詫びなければと思ったのですが・・・・・」

「・・・・・・・その紙、少し見せて貰えるかな?」

「構いませんよ。ただ、学園に出る直前に貰ったものなので・・・・」

 

そう言ってラナから貰った紙を大人達に渡すと数人が集まって会議をしだした。数分後には紙を返してもらえたが、その後に告げられた内容は衝撃的なものだった。

 

「確かにラナの文字だ。すまない、気が動転してしまってね」

「貴方はもしかして、コレット男爵でしょうか?」

「あぁ。・・・・・ラナは犯罪者グループに誘拐されたんだ」

 

ティナは3秒間きっかりと呆然として口を開く。

 

「はい?」

 

 




(本編開始まで)もうちょっとだけ続くのじゃ
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