サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女と三賢者   作:イェーレミー

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第12話〜 ティナの───

「ラナが誘拐されてしまったんだ」

「はい???」

 

コレット男爵──つまりラナの父親の言葉に耳を疑った。

ラナは帰宅前に馬車を犯罪者グループに囲まれたとの事。御者や従者が抵抗したものの多勢に無勢でラナを守れなかったらしい。そしてさっき御者や従者が憔悴した顔で帰還したが、犯罪者グループは身代金を要求しているそう。その金額はコレット男爵が今の地位を放棄しなければならない程のものらしく、父親としてはお金を投げ出したいものの犯罪者グループが本当にラナを返してくれるのかという不安があって憲兵に相談したところだそうだ。

 

「ラナは誘拐されてどのぐらい経つのでしょうか?」

「半日は経っていないが・・・・・」

「ただ、衰弱している可能性を心配していると?」

「そうだ・・・・。ラナは喪いたくないが、そのために今の商売を畳むと、それこそ本末転倒になってしまう。貴族に疎まれているから、ラナに迷惑をかけることになる・・・・・」

「なるほど。一生貴族から陰口を叩かれるかもしれませんからね。それで、犯罪者グループの居場所は割れているのですか?」

「町外れの森の中の廃墟にラナも一緒にいる、と言っているらしいが・・・・、待ってくれ」

 

コレット男爵がハッとしてティナを見る。彼女が見せる表情は先程まで温和だったはずなのに、今では目の奥に怒りの炎を湛えていた。

 

「まさかキミが、ラナを助ける、と?」

「そうですね。話を聞いてしまいましたし、乗りかかった船です。なるべく頑張ってみますよ」

「学生さんなんだから、私達憲兵に任せておきなさい」

 

憲兵が宥めようとするが、ティナの意思は固かった。

 

「憲兵が出るよりも迅速に出来ますよ。────あぁ、そういえば」

 

思い出したかのようにティナは自分のポケットの中に手を入れて、懐中時計を取り出しコレット男爵に手渡す。

 

「もし一日経っても私が帰らなかった場合、それを然るべき場所に売ってください。価値は・・・・コレット男爵には分かると思います」

 

そうして、ティナは店を出て行った。彼女を追いかけることもなく、憲兵とコレット男爵は立ち尽くすばかり。

 

「・・・・・この懐中時計に、それほどの価値が?」

「骨董品だから、というわけでは無さそうだが・・・・」

 

そうして懐中時計に焦点を合わせるコレット男爵。すぐさま彼は懐中時計をテーブルに置き、手袋を嵌めてから手に取った。

 

「コレット男爵、どうされたのですか?」

 

憲兵が聞くも、コレット男爵はそれどころではなかった。

真鍮よりも白銀に輝くこの懐中時計の素材は白金。それがこの懐中時計の外装として使われている時点で価値が跳ね上がる。シンプルなデザインのため修理もしやすいようになっているが、外蓋を開けた途端目を疑った。普通の懐中時計にはほぼ存在する文字盤がほとんど存在しないのだ。薄いガラスの向こうには職人が作り上げた精緻な世界が広がる。文字盤はその世界を隠さないように最低限のみで、変わった装飾も無いシンプルなモノであった。

確かに全体的に白金であるのと精巧な芸術品のような懐中時計ではあるから骨董品としての価値としては申し分ない。だがこれだけではラナを返してもらうための身代金には足りない。頭を抱えてテーブルに懐中時計に置いたところ、ふと憲兵が何かを見つけた。

 

「コレット男爵、蓋の裏側に何か彫られていますよ」

「なに・・・・?」

 

憲兵の言う通り、そこには文字が彫られていた。白金で出来た物に彫りを入れるというだけでは価値が下がるがもしや作成者の刻印か。そう思って彫られている文字の一部を読み、頭の中で咀嚼し、幽霊でも見たかのように勢いよく椅子から崩れ落ちた。

 

「コレット男爵!?どうされましたか!?」

「あぁいや、大丈夫だ・・・・・・」

 

テーブルを支えにして立ち上がり、蓋の裏が変わっていないことを確認して現実だと認識する。蓋の裏にはこう彫られていた。

 

─────リディル王国初代国王 ラルフより

 

 

 

──────────────────────────

 

何度目を覚ましても、薄暗い倉庫らしき場所の中であることにラナはため息をつく。頑丈な柱に手首を括り付けられ、足も一定範囲以上には行けないようにリードのようなものをつけられているのも変わらない。廃墟らしく屋根は一部が欠けており、外の空気や光が入ってきているがそこからは物理的に距離が足りず脱出できそうにもない。仕方が無いのでラナは思考を巡らせることにした。

何者かが犯罪者グループに金をばらまきラナを誘拐させ、身代金を要求する。犯罪者グループに身代金が渡ればそのまま国外に逃げ、捕まったとしても指示した貴族には疑い自体が向かない。よく考えられた誘拐である。憲兵などが来ない、となると父は悩んでいるのだろう。確かに身代金を用意すればお互いに干渉しなくて済むが、そもそも犯罪者なのだから約束を守るかどうかも怪しい。だからといって憲兵で囲えばラナ自身の命が危なくなる。自分の父のことだからその辺りの損得勘定に間違いは無いだろうが、それでも空腹で精神が削られるため少し不満が湧いてきた。どうして助けてくれないのか、と。

 

「そういえば、あの本にも同じようなことが載っていたわね・・・・・」

 

思い出すのは、子供の頃に読み耽った本。愉快痛快な3人による珍道中。言わずもがな、ロングセラーとなっている三賢者の旅の記録だ。その中に、誘拐された子供を救うために3人が切った張ったの大立ち回りをする、というものがあった。今のラナの状況に似ていたからか、藁にもすがる思いで呟く。もし今でも生きているのであれば────

 

「助けてください、三賢者様・・・・」

 

その時、にわかに外が騒がしくなった。聞き耳を立てると、誰かが助けに来たらしい。

 

『おい!誰か助けてくれ!』

『何があった!?』

『そいつが、ぐわっ!?』

『な、なん、ガッ!?』

 

外の見張りがやられたらしく、ラナを直接見張っていた犯罪者がラナを一瞥したあと苦虫を噛み潰したような表情をして外に向かった。それと同時に、建物内に霧が発生した。もちろん建物内に霧が発生することはほぼ無いため魔術によるものだろうと思っていたのだが。

 

『なんだ!?風を起こしても吹き飛ばない!?』

『な、やめ・・・・・!!』

『何が居る!?おい!返事をしろ!』

 

外の様子から聞くにどうやら魔術の霧でもないらしい。犯罪者の中に魔術師が居たことにも驚いたが、魔術でも消せない謎の霧というのも不可解だった。

 

「ラナ、大丈夫ですか?」

「えっ?」

 

ラナのほんのすぐ近く、振り向けば見える位置から此処にそぐわない落ち着いた声が聞こえた。それはラナも知っている声で。

 

「ティ、ナ・・・・?」

「そうです。助けに来ましたよ」

「その格好は・・・・・?」

「こっちの方が動きやすいからですね。わざわざ着替えるのも面倒だったので」

 

ティナがえっへんといった様子で近付いてきた。それもポニーテールにして長い髪を後ろで結び動きやすくしている。だが不思議なのはその格好だった。彼女はセレンディア学園の男性用の制服を着ていた。胸元は流石にサラシでは誤魔化せないのか大きな胸が主張していたが。

 

「お腹が空いているかと思いますがもう少し我慢してください」

「ち、ちょっと待ちなさい。外に見張りとか結構な人数が居たはずよね・・・・?」

「死なない程度に痛めつけておきました。すぐには起きないと思います」

 

会話しながら手際よくラナの手首と足につけられたロープをナイフで切断する。まだ圧迫による痛みはあるもののラナは自由になり、その手際の良さに舌を巻く。

 

「ティナ。貴女、見かけによらず武闘派なのね」

「否定はしません。歩けますか?」

「なんとか・・・・・あれ」

「無理は禁物ですよ」

 

ラナの手を引いて立たせたティナだったが、ラナがすぐにティナの方に倒れ込んだ。ティナもその予測はしていたためそのまま抱きとめることに成功した。

 

「どうして・・・・?」

「今まで無意識のうちに恐怖と戦っていて、私が来たことで安心したのでしょうね。どっと疲れが出たのだと思います。誰も見てませんし、泣いてもいいですよ」

 

そんな提案をして安心させようとしたが、ラナは強かだった。

 

「まだ終わってないの。それなら全てが終わってから泣かせてちょうだい」

「構いませんよ。・・・・強いですね」

「ティナ程じゃないわよ」

 

手を繋いで歩きだして逃避行をしたかったが、やはりラナは恐怖で足が竦んでしまったらしい。ティナは一つため息をついた。

 

「ごめんなさい・・・・。お荷物よね」

「歩けないとなると別の手段を取るまでですよ」

「へっ?て、ティナ!?何してるのよ!?」

「これならラナが歩けなくても移動できますね」

「だ、だからといってこんな、お姫様抱っこだなんて・・・・!」

 

ラナが歩けないと分かるや否や、ティナはラナの体をひょいっと持ち上げて、自分の体の前で抱きかかえた。もちろんそれはお姫様抱っこというものであり、ラナは男装しているとはいえ同性であるティナに人生初のお姫様抱っこされることに異議を唱えていた。

 

「恥ずかしいし、そもそも同性同士でこんなことって・・・・!」

「実は背負うよりも実用的なんですよ。背負ってしまうと敵からの弓矢などを防ぐ盾みたいになってしまいますし、その上もしラナの容態が悪化した場合すぐに反応できないのもマイナスです。あと私が走りやすいから、というのもあります」

 

顔を真っ赤にしていたラナがサァッと今度は青くする。背負われている間に弓矢がラナ自身の身体に突き刺さった想像をしたのだろう。ラナがお姫様抱っこに対して文句を言うことはなくなった。

 

「ではここから脱出しますね。しっかり捕まっていてほしいのと、激しく動くので口を閉じていてください。舌を噛んで大変なことになりますよ」

「ティナ?どうして天井を見ているのよ。ティナ?ちょっと、聞こえてるのかしら?」

『居たぞ!逃がすな!』

 

遠くで犯罪者がこちらを視認したようで声を荒らげた。少し痛めつけるのが弱かったか、とティナは反省しつつそちらを一瞥する。ラナが何故か顔を青くしているが気にしない。先程犯罪者を痛めつけたことで準備運動は終了済み。心配事は一つ以外は解消済み、という訳で。

 

「では、行きますよ」

「ティナ!?ちょっ───」

『は???』

 

ラナの反論虚しく、ティナは1歩で踏み切り2歩目で柱を蹴り、3歩目で天井のメンテナンスの為に支柱に取り付けられたハシゴを踏み抜き、4歩目で錆びなどで天井に空いた穴から外に脱出し屋根に降り立った。周囲の安全と敵の様子を一瞬伺って、そのまま振り返らずに屋根をつたってその場から離れた。

 

────────────────────────

 

「ここまで来れば一安心ですね。ラナ、大丈夫ですか?」

 

大通りに近い路地裏に着いてからのティナの問いに、ふるふるふるふると首を横に振るラナ。思い出したかのようにお姫様抱っこから降ろしてあげると、ラナはそのまま膝から崩れ落ちかけた。

 

「ティナが、あそこまでの武闘派だとは思わなかったわ・・・・・」

「まぁ、そうですね」

「特にだけれど、何よ!修繕用の仮設梯子に地面から駆け上がるだなんて!どれだけ高さがあると思ってるのよ!」

「大体大人二人分はありますね」

「それを脚だけで蹴って登るだなんて正気の沙汰じゃないわよ!?」

「ですが、あの方法しか無かったのも事実です。正面突破も出来なくはなかったのですがラナに危害が加わるのは出来るだけ避けたかったので」

「頭が痛くなってくるわ・・・・」

 

ラナが頭を抱える。クラスメイトとして転校してきてラナ自身は友達だと思っていたティナが、まさかこんなにも常識を破壊してくるような存在だとは思わなかったからだ。肉体を極限まで鍛えぬいた存在でも、こんなことが出来るのは一握りあるかどうか。リディル王国では肉体を操作するような魔術は禁術扱いだが他の国では・・・・、と考えたところで彼女らの出身がケルベック領の辺鄙な場所だと言っていたことを思い出す。それに、魔術であれば一人を除いて無詠唱は出来ない。そうなると肉体のみで先程の常識外を行ったことになる。鍛えぬいたとは思えない華奢な身体のどこにそんな力があるのか分からなかった。

 

「ティナ、貴女は──」

 

言いかけたところでティナに口を手で塞がれる。先程まで少し微笑みが漏れていたのに、今は冷酷な表情で前を見つめていた。

 

「そこに居るのは見えてるので出てきてくれませんか?ラナを誘拐した犯罪者ご一行さま?」

 

煽るようなティナの言葉に、ぞろぞろと姿を現す男性達。逃げようとしたところを捕まえるために角待ちしていたようだ。ラナの顔が恐怖で彩られる。出てきた犯罪者の中に、ラナを誘拐し脅迫した男たちがいたからだ。

 

「ラナ、今は私が居ますから。安心してくれませんか?」

 

ティナが声をかけるが、効果は今ひとつだった。なので庇うようにラナの前に立つと、男たちはギャハハと嗤った。

 

「見ろよオイ!女の護衛のために女が男みたいに庇ったぞ!」

「女が女を護れる訳ねェだろ!」

 

そんな風にティナは罵られ、ラナは悲痛な顔になってしまうがティナはというと何処吹く風だった。

 

「はッ!いっちょ前に守る気でいやがる!そんなに護りたきゃ護らせてやるよッ!」

 

男のうちの一人が手斧を振りかぶり、ティナの頭をかち割ろうとした。その後に起こるであろう光景を見たくなくて、ラナはしゃがみながら目をぎゅっとつぶった。だが、いくら待っても音がしない。恐る恐る目を開けてみると、そこには常軌を逸した光景が広がっていた。

ティナの頭上数センチのところで振りかぶっていた手斧が止まっていた。力を込めてもビクともしないのか、苦悶の表情を浮かべる男。それに対してティナはいつもよりも数段真面目な声音でラナに話しかける。

 

「申し訳ありませんが、ラナにお願いがあります」

「な、何よ・・・・・」

「これからここで起きることに関して、他の人に言いふらしたりしないで欲しいんです。説明する、ってなった時に説明しますので」

 

振り返って真摯な眼差しでラナを見つめるティナ。その間も男は手斧でティナを攻撃しようとしているが、凶刃がティナに届くことはなかった。目の前で異様な光景が繰り広げられているのは分かっているが、どうしてもラナはティナから目が離せなかった。

 

「他の二人にも言わないで欲しいのよね?」

「二人は・・・・多分言うと大爆笑するか、もしくは微妙な顔をすると思うので・・・・・」

「目に浮かぶわね。・・・・・分かったわ。ただし条件を追加していいかしら?」

「・・・・・何でしょうか?」

「説明できるようになったら、キチンと全部説明しなさいよ」

「・・・・・分かりました。ありがとうございます」

 

少し目を伏せた後、ティナは吹っ切れたようにラナに薄く微笑みかけた。今まで見た事ない笑みに同性ながら見蕩れてしまったが、ティナが男たちに向き直った途端一瞬で空気が変わった。

 

「さて」

 

その一言だけで目の前に見える男達は震え上がった。手斧で襲いかかっていた男は距離を空けたが、浮かぶ脂汗は誤魔化すことができなかった。

 

「一応私としてはラナのことを親友だと思っているのですが・・・・、そんな大切な人が貴方達によって誘拐されたとなるとですね」

 

ティナは魔術を発動するかのように空中に手を翳すと、手品でも見ているのかみるみるうちに細身の剣が出現した。

 

「どんな事情があったとしても、許す気にはなれません。なので」

 

持ち慣れた武器なのか、その剣を手に持ち軽く振る。足元にあった石ころが、研磨されたかのような切断面を残して真っ二つに割れる。

 

「懺悔の用意は、出来ていますね?」

 

───────────────────────

 

「や、やれ!」

 

声が震えながらも部下というか下っ端に命令する男。風の魔術で高い位置から襲わせようとするところを見るに、戦闘には慣れているらしい。

 

「な、ァッ!?」

「どうしました?もしかしてこのタイプは想定していなかったと言いたげですね?流石に自分たちの戦法がどの相手にも通用する、とは思わない方が良いかと」

 

ラナは今起こったことに目を疑った。異常な高さまで魔術で飛び上がった4人が次の瞬間、轟音と共に地面にめり込んだ。しかもただ叩き落とされただけではなく、地面にめり込んだあとも沈み込んでいた。

 

「おぼぼぼぼぼぼぼぼ」

「先程言ったところなのですが、そちらの理由がなんであれラナを襲った時点で慈悲は与える気がありません。そしてそれは部下の方々にも同じことが言えます。といっても、私に襲いかかった時点で分かっていたことだとは思いますが」

「つ、潰れ・・・・!」

「はい。遠慮なく潰れてください。ラナの前なので命までは、とも思いましたが復讐されても困りますからね。あぁそうそう、足りなければ言ってください。まだまだ追加できますので」

「テメェ・・・・!」

 

ラナが初めて見る冷酷というよりもはや感情のない目で男たちを見下すティナ。眼前には地面に叩きつけられた衝撃で気絶した男が2名、叩きつけには耐えたがその後の圧力により液状化した地面で溺れる男が2名あった。そして部下をやられて戦闘態勢を崩さないリーダーらしき男が残る。

ティナが氷のような無表情で男を睨みつけているのを見て、ラナは粟立ち不安が押し寄せた。魔術を無詠唱で使う人物など、この世には1人しか存在しない。だが彼女───〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット魔法伯の素顔を知っているのはごく一部の人間だけで、公の場だとしてもフード付きのローブを目深に被っている姿しか知られていない。正体を隠したいからというのが一般論だが、あの被り方は恥ずかしさや怯えがある、というのが一度だけ見たことのあるラナの印象だった。それから考えると、今のティナは堂々とし過ぎているため〈沈黙の魔女〉ではなさそうだが、友人がどこか遠くに行ってしまう錯覚に囚われてしまった。

 

「大丈夫ですよ、ラナ。私はここにいますので」

「死ねェ!」

 

そんなラナの気持ちを知ってか知らずかティナは声をかける。リーダー格の男はそれを挑発と受け取り、ティナに向かって突進する。風の魔術で勢いを増した、何度も敵を屠ってきた必殺の一撃。それをティナは剣で受け止めた。

 

「さっきも言ったでしょう?貴方達の戦法がどの相手にも通じる、というのは世間を知らなさすぎですよ」

「な、にィッ!?ゲボァッ!」

 

手斧で襲いかかった男の必殺の一撃を、その場から動くことなく手斧自体を真っ二つに切り落として流れるようにがら空きの胴体を回し蹴りして壁に磔にした。動けないように剣を投げて手首を壁に縫い付けることも忘れずに。

 

「さて、ラナ。帰りましょうか。・・・・・ラナ?」

「ご、ごめん。ちょっと腰砕けになっちゃったみたい・・・・・」

「はぁ・・・・仕方ないですね。お姫様抱っこでいいですか?」

 

ラナの方に駆け寄るとそのままヘナヘナと地面にお尻をついた。大人の男に襲われるという恐怖体験を経験したから腰が砕けたようで、ティナは腕と肩を貸し急いで立たせる。すると今度は膝が笑っているようでその場から動けなくなっていたのでさっきと同じ提案をすると少し逡巡するも頬を赤くして無言で頷いた。

 

「こなくそがァッ!」

 

唐突に男が吠え、力任せに拘束された剣を引き抜こうとした瞬間だった。ため息をつきティナは振り返った。ティナが振り返るということはラナも振り返ることになり、チラッとティナの顔色を伺った。その表情は冷酷というより呆れだった。

 

「セット。パラレル。王手(チェック)

「え?」

 

小声でティナが何かを呟き、ラナがそれを聞き返そうとして目の前の異常に気がついた。先程投げつけられた剣が、ティナが伸ばした手の先に浮いていたからだ。慌てて男の方を見るとそちらにははっきりと剣が突き刺さっていた。そしてティナがかざした手の先にどんどんと同じ剣が出現していく。一本が二本に、二本が四本に、四本が八本に、加速度的に増えていく。最終的に1000を超えた剣が宙に浮き、ティナが手を振るうとそのまま投げつけた時と同じ勢いで男に向かって殺到した。

最終的に。壁には剣で作られた人型のアートが出来上がった。見る者全てをゾッとさせるような、恐怖に満ちた芸術が。

 

「ティ、ナ」

「大丈夫ですよ。命は奪ってませんから」

 

怯えながら目の前にあるティナの顔を見ると、何故か勝ち誇ったようなスッキリした表情をしていた。どう見ても男を殺したようにしか見えないのに。

 

「コレをよく見てください。こういう風にして交差させることで、簡易的な檻にしています」

 

男の場所に連れていかれるとハサミのように剣が突き刺さっており、それが男の動きを完全に止めていた。だがラナの疑問は尽きない。ティナの剣はどこから現れたのか、どこに持っていたのか、どうやって飛ばしたのか。それらがグルグルと渦を巻き、質問したくてうずうずしてきて、衝動的に口を開き

 

「ティナは───」

「しーっ」

 

ティナの人差し指をラナの唇に乗せられた。片目だけ閉じて薄く微笑むティナの表情つきで。そんなことをされてしまえば、ラナは少し挙動不審になってしまいオロオロとどうすればいいかわからなくなってしまった。

 

「先程言った通り、今はまだ、というやつですよ。なので我慢してもらえれば。等価になりそうなものを貢げば良いですか?」

「い、いらないわよっ!」

 

ガルルルルル、と犬が威嚇するような幻視をしてティナは思わず笑ってしまった。その笑みに釣られてラナも苦笑した。

 

「さて。では、帰りましょうか。お姫様?」

 

ティナが微笑みながらラナの顔を覗き込むと、ラナは顔を背けた。

 

「そ、そうね」

 

耳まで真っ赤になっていたのは隠しきれていなかった。

 

────────────────────────

 

コレット商会に辿り着くと、コレット男爵が出迎えをしてくれた。・・・・恭しい態度で。

 

「ありがとうございます!何とお礼をすればいいか・・・・・」

「私の友達を助けただけですよ。なのでそんなに畏まらないでください」

「いえ、かの有名なお方に助けられたとなれば」

「すみません。私は私の友達を助けた。それだけですよ」

「も、申し訳ありません」

 

すこし語気を荒げてみると思う通りにしてくれたのでまだギリギリセーフだと思いたい。お姫様抱っこ継続中のラナが父親の反応を見て唖然とした表情でティナを見ていたからアウトに片足突っ込んでいる気がするが。

 

「それでは少し、ラナを借りますね」

「そ、その前にこちらを!」

 

慌てた様子でコレット男爵は懐中時計をティナに手渡した。ラナは以前フェルとお揃いで持っているという懐中時計の話を思い出した。これがそうなのだろう。一瞬見えた懐中時計の作りがあまりにも精巧だったためプレゼントされたというのも頷ける。

 

「ありがとうございます。では」

「ちょっと待ちなさいよ!?ティナ!貴女、わたしにしなきゃいけないことがあるわよね!?」

 

ラナを抱っこしたまま歩こうとして、そのラナ当人に止められた。はて?とティナは首を傾げるが思い出したのかしきりに頷いた。

 

「あぁ、確かにそうですね。ラナ、泣かなくて大丈夫ですか?」

「ち!が!う!わ!よ!こんなところで泣けるわけ無いじゃない!」

 

鋭いツッコミが返ってきた。何か選択をミスったらしい・・・が他の選択肢がティナには思い浮かばなかった。思案しているとさっきと同じ大きな声でラナが模範解答らしきものを宣言した。

 

「降!ろ!し!な!さ!い!よ!」

「え?」

「え?じゃないわよ!?同性に対してお姫様抱っこされるのはかなり恥ずかしいのよ!?」

「いえ」

「いえもだってもないわよ!早く降ろしなさい!」

 

だが、ティナは降ろさなかった。というより、降ろせなかった。

 

「・・・・・何よ」

「降ろせというのであれば、大切そうにしっかり私の首に抱きついている腕を離してから言ってください。お姫様抱っこしてからずっと、首にかなりの力がかかっているのですが」

「え、・・・・・・あれ」

 

ラナは自分から抱きついていることに気がついていなかった。ティナに指摘されてやっと自覚したが、何故か抱きつく力が強くなった。どうやっても離したくないようだ。

 

「こういうことですので、しばらくラナをお借りしますね」

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

「わ、分かりました」

「ま、待ちなさいっ!待ってっ!止まってぇ〜〜ッ!」

 

ラナの悲痛な懇願も虚しく、コレット商会に背を向けてティナはラナをお姫様抱っこしたまま歩き出した。

 

────────────────────────

 

ティナが向かったのは見るからに高級そうなレストランだった。貴族、それも国の重鎮御用達が会食をするような。そんなお店にも無反応でズカズカと入っていくため抱えられたラナは気が気でなかった。自分も男爵令嬢であるとはいえ、精々高級なものといえば同じく貴族が向かうようなレストランであったり貴族の流行りにいち早く反応して仕入れる商材であったりで、こんな格式張った最高級のお店に入るのは初めてだったからである。

店の中はエントランスから巨大なシャンデリアがいくつも吊り下がっており、夜会の会場だと言われてもしっくりくるような贅の限りを尽くした空間だった。そんなお店の豪勢な様子には目もくれず、受付らしきカウンターに向かうと先程返された懐中時計を取り出した。何をするのかと思えばカウンターの中の人にその懐中時計を見せただけだった。だが見せられた人達は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 

「・・・・・降りられますか?」

「うぐっ」

 

そんな中でも平然としていたティナはラナに耳打ちする。流石に場所が場所なので、ということなのだろう。何かを喉に詰まらせたような声にならない声を響かせたラナは、素直に降ろされた・・・・・のだが。

 

「ごめんなさい・・・・・。少しの間良いかしら」

「構いませんよ。お好きな時間まで」

 

やはり襲われたというのは精神的に堪えたようで、幼児化までは行かないものの少し怯えが見られるのは不可抗力である。そのせいか人目を憚らずにラナはティナを背中側から抱きしめていた。先程までの恥ずかしがり屋なラナは、今出てきている本来のラナを隠すための仮面なのだろう。ティナ以外周囲にラナを知る人が居ないからか精神的に余裕が無いからかは分からないが、そのせいで仮面が剥がれて素顔が露わになっているのだと、ティナは想像した。が、次の瞬間には頭を切り替えた。カウンターの奥からやってきた支配人の先導のもと、案内されることになったのだ。

 

「では、行きましょうか」

「・・・・・・うん」

 

本当に少し幼児退行も入ってそうなラナに歩幅を合わせながら、案内の元レストランの奥へと歩みを進めた。

 

────────────────────────

 

「ラナ。少しの間動かないでくださいね。洗いますので」

 

どうしてこうなった、とラナは部屋に備え付けられた浴場で思考をまとめようとする。

支配人自らがティナを案内した先はレストランではなく宿泊施設だった。ティナ曰く、このレストランは古くから高い位の人達の宿泊施設を兼ねているとの事。そして部屋に入った途端ドアの鍵を閉め、備え付けられた浴場に向かい、あれよあれよという間に身包みを全て剥がされ、同じく生まれたままの姿になったティナに浴槽に入れられ、現在ラナの身体は泡だらけになっていた。

 

「ち、ちょっとティナ!は、恥ずかしわよっ!」

「私もラナの2人だけなので問題ないですよ。同性同士ですし」

「そういう!問題じゃ!無いのよ!」

「それに、身体がかなり汚れていたので、食事の前のマナーとしても洗うのは必須事項ですよ。汚れたままで食事したくないと思いますし。一応ドレスコードが必要ではあるので、表向きの理由付けというのもありますね。洗うのはフェルで慣れてますから」

「・・・・・もういいわよ。好きにしなさいよ・・・・・」

 

そんなことを言われて半分諦めの境地に達したラナは、ティナにされるがままとなった。そんなティナの手際が良すぎる。どこを洗うにしてもマッサージをしながら泡を伸ばすため、その痛気持ちいい感覚にラナは意識を手放してしまった。

次に意識が浮上した時、ラナはピッカピカのホカホカで体についた水を一滴残らず取り除かれ、スベスベの状態で椅子に座らされ、着せ替え人形みたいになっていた。

 

「ティナ!?何してるのよ!?」

「お召し物は必要ですからね。ただラナに合う服が多すぎて、どれにすればいいか迷っているところです」

「あぁもう!好きなのを好きなように着せなさいよ!」

「ラナ?それだとこれとこれとこれを着てもらうことになるので負担が大きくなりませんか?」

「せ、せめて一つに絞りなさいよ!?」

「絞れなかったから困ってるんですよ・・・・」

 

結局。3着ともラナとしても気に入ってしまい、悩みに悩んだ結果重ね着することになった。3着とも重なる部分が少なかったため着心地が悪くならなかったのはティナの見立てとラナのコーディネートセンスが良かったのは不幸中の幸いか。ともあれ、重ね着したラナはこのレストランの受付待ちをしていたような豪勢な人々と遜色ないドレスコードを手に入れた。

ベースは身体のラインがしっかりと出る白のマーメイドワンピース。コルセットを着けていない上にオフショルダーなのでどう支持するのかと思ったが、ワンピースの上半身部分がコルセットのようなしっかりと固定する仕組みになっていたため、ジャンプしてもワンピースが着崩れることは無かった。不安だったのは生地がモスリンでボディラインどころか肌色が透けてしまっていたことだろうか。

その上に重ねたのは細い肩紐のついた夜色のナイトドレス。こちらもモスリンではあるがサラサラとした布地で光沢があり懸念していた薄地による素肌をほぼ晒した状態は重ね着によりうっすらとボディラインが見えるまでになっていた。それに白と夜色、ほぼ正反対の色同士が組み合わさったことによりお互いを強調する形になった。また素肌も白のワンピースで一層輝き、ナイトドレスでこちらも美しさを強め合う結果となった。なお重ね着することになった原因はナイトドレスの形状にある。なんと肌に吸着するような形になっており、恥部を最低限隠すようなものだったからだ。ただそれが恥ずかしいのはティナも分かっていたようで、下地としてマーメイドワンピースを提案したのはティナが1枚上手だったからだろう。

そんな2着の上から羽織るように着ているのは、極東の異国文化が融合した変わった形のドレスだった。フリソデというらしい光沢とはまた違った艶のある布地の上半身と、同じ素材で作られたフリルたっぷりの膨らんだスカートタイプで、袖が長いのが特徴らしい。本来は2着を重ね着するつもりだったが、好奇心に勝てずこの異国情緒溢れるドレスも着ることになった。なお流石に夏なのに3枚も重ね着すると暑くなりそうだったためフリソデドレスは着崩して肩出ししてはだけるように着た。着崩さずに重ね着して鏡を見た時はこういうものかと納得したが、着崩して鏡を見たところ溢れ出る色気に目を疑った。ラナ本人が自分自身に惚れそうになるほどの妖艶さに、ドレス自体に魅了効果のある魔術が仕込まれているのかと勘違いした。赤黒い暗めの色だから髪や肌とのコントラストで更に色鮮やかになり色気が出たのだろう、とはティナの談。

 

「この、フリソデ・・・・だったかしら。普段着には出来ないけれどもパーティ会場とかなら人気が出そうね。商材として仕入れようかしら」

「ありだと思いますよ。柄や色によって雰囲気も変わりそうですし」

「そ、それで・・・・・ティナ。どう、かしら」

「大人の色気のある、魔性の女って感じがしますね」

「あ、ありがとう・・・・・・」

「いっその事、その服装で家に帰ってみます?途中でどれだけ男の人から誘われるか試すのは」

「流石にやめておくわ。それはそれで、危ないことに目覚めてしまいそうだもの」

 

ティナにリップサービスかは分からないが褒められて嬉しくなって顔が赤くなるのを自覚した。そして自分では恥ずかしくて思わず否定してしまったが、このドレスでどれだけ口説かれるか試してみたさもあった。

 

「では食事の時間にしますか?」

「そ、そうね。もうお腹が空いて力が出てこなくなってきたわ」

 

支配人に料理を部屋まで持ってくるように言伝を頼んだティナを、ラナはまじまじと見つめた。

ラナと同じくティナも着替えていたのだが、いつも寮で見ていた普段着と言い張るドレスでは無かった。黒いオフショルダーのワンピースを着ていて、肩出しはもちろんのこと胸も上半分と外側を露出させていた。横から見るとコルセットのように紐で前後の布地が繋がっていたが、素肌が丸見えになっており見たラナの方が恥ずかしくなってしまった。その上から薄手のドレスケープを羽織っており、見事に上乳を強調していた。ワンピースのスカート部分はラナのフリソデドレスと同じくフリルたっぷりで、同じようにふんわり広がっていた。ただしラナは重ね着しているため素肌は見えておらずボディラインが浮き出ているだけだったが、ティナはドレスで隠れない太ももから下の素肌をさらけ出していた。

そんなどう見ても痴女のような姿のティナを見て、ラナの心臓が早鐘を打っていた。それを隠したくて平静を装いたくて、ティナに質問する。

 

「ど、どうしてそんな変な服を着てるのよ!寮で着ていたいつものドレスで良かったじゃない!」

「一応これが私にとっての正装ですからね」

「み、見てるこっちが恥ずかしくなるのよ!」

「それ、今のラナが言いますか?」

「う、うるさいわね!」

 

そんな話をしているうちに、テーブルごと料理が運ばれてきた。最高級なレストランらしく、テーブルに載った料理は一つ一つが宝石のような美しさを持っており、今の自分たちの服装に相応しい品の数々がこれでもかというほど運ばれてきた。そして程なくしてまた2人きりとなった。

 

「それでは、頂きましょうか」

「ぁっ・・・・」

 

ラナがそんな料理の前に座らされ、そのままティナが対面に座ろうと移動しようとした時、ラナは思わずティナのドレスを掴んだ。怪訝そうな表情でティナはラナを見つめる。

 

「い、行かないで・・・・」

「向かい側に移動するだけですが・・・・・、少し待っていてくださいね」

 

ラナの手を優しく振り払い、向かい側に移動したかと思えば、椅子を持ち上げラナの左隣に移動した。

 

「これなら、どうですか?」

「・・・・ありがと・・・」

「どういたしまして、ですね」

 

そのまま座るかと思えば、ラナの座る椅子にピタリと密着するようにティナが持ってきた椅子をくっつけて、それでやっと座った。お互いのフリルたっぷりのドレスが重なり合い、フリルドレス越しにお互い足が触れ合っているような感覚があってラナはドギマギした。

 

「あ、そういえばなのですが」

「・・・・・・何よ」

「2人きりですし泣いても良いですよ。怖かったでしょうし」

「・・・・・・それは・・・・・・」

 

だがラナの反応はいまひとつだった。何か言いたげに口を閉じたり開いたりしている。そして何か覚悟を決めるように左手を握りこむ。その手をティナは右手で優しく包み込んだ。

 

「ティナ、あのね」

「はい」

 

後に続くラナの言葉は、ある意味予想通りで予想だにしなかったものだった。ラナの握り拳の震えが止まらない。

 

「私、ティナのこと、好きになっちゃった・・・・・」




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