モニカが目を覚ました時、身体はベッドに寝かされていた。最上級素材のようなふかふかのベッドから身を起こすと、ラナ達も他のベッドに寝かされていた。そして周囲を見渡してありえないことに気付く。先程まで居たセルマ達の部屋ではないということに。むしろセレンディア学園の寮ですらない。誘拐でもされたのかと思って魔術を使って場所を把握しようとしたら、タイミングを見計らったようにモニカに声がかけられる。
「モニカ、おはよう」
「お、おは、よう、フィア」
「皆もそうだけど、ぐっすりだったね。よく眠れたかい?」
「ね、眠れた、というか、その・・・・・」
「そういえばどちらかというと気絶だったね。疲れが残ってないか心配かな」
先程〈氷獄の魔女〉だとカミングアウトしたフィアが、さっき見た魔女としての正装で部屋に入ってきた。モニカは改めてフィアのことを見るが、憧れの人物であるからか、数年一緒に過ごしてきたからか、それともフィアと婚約者になったからか、恥ずかしさのあまり思わず目線を逸らしてしまう。
「そもそも、モニカは働き詰め過ぎだからね?ボクが食を改善したのは継続してくれているみたいだけど、良いところだからって睡眠を削るのはダメだよ」
「ご、ごめんなさいぃ」
フィアに説教されるのは久しぶり、なんて考えてるとラナ達も次々に目を覚ました。特にラナはふかふかのベッドが気にいったのか、押し込んだり手を滑らせたりして材質が何かを調べているようだった。
「皆もおはよう。ぐっすり眠れていたみたいでボクも安心かな」
「ふ、フィア、その・・・・、フィアが〈氷獄の魔女〉だっていうのは・・・・・」
「あぁ、それならフェルと同じくこれを見せれば解決かな?偽装用にあっちもあるけど、話したし偽装する必要もないからね」
ローブのポケットから懐中時計を取り出すと、それをモニカとセルマに見えるように手渡す。フェルやティナと同じく白金でできた外装、蓋を開けるとスケルトンかつ最低限の文字盤。蓋の内側にはフェルと同じくのあの文章が。
───リディル王国初代国王ラルフより、フィア・グレイスにこの懐中時計を贈る。
この者は三賢者が一人〈氷獄の魔女〉であることをリディル王国が保証する────
同じものをさっき見たが、同じく存在自体が国宝級の懐中時計を見せられて、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「本当に、そうなのね・・・・・。ティナが〈静寂の魔女〉だって言われた時はフェルも予測がついたけれど、流石に〈砂糖の魔女〉と〈氷獄の魔女〉が同一人物とは予想出来なかったわ・・・・・」
「フェルとティナは本当に一蓮托生みたいなところがあるからね。どちらかがバレれば芋づる式にもう片方も分かるんだ」
「そういえばティナに助けられた、って聞いたのだけれど」
「それは本当だよ。と言ってもラルフが居るか居ないか怪しいタイミングだけどね」
「・・・・なるほどね。助けられたのは真実だけれど、『いつ』かは聞いていないからかしら?」
「もし授業ならはなまるをあげる方が良いかい?」
そうして微笑まれるが、モニカはそれどころではない重要なことに気がついた。自分たちは気絶するように眠っていた。そしてこの空間には窓がない。つまり、外ではどのぐらい時間が経過したのか分からないのだ。
「ね、ねぇ・・・・・フィア、その・・・・」
「なんだい?」
「わたしたち、どのぐらい寝てたの・・・・?」
「そ、そうじゃない!もしかしてもう朝なんじゃ・・・・!?」
「大体5時間ぐらい寝てたけど、ボクが居るから大丈夫かな」
「5時間!?大丈夫じゃないわよ!?」
「あ、明日の準備もできてないのに・・・・・」
「もしかして・・・・・」
微混乱に陥るも、セルマは何か思い当たる節があったようで。
「〈氷獄の魔女〉様は、時間を好きに出来るって『三賢者の冒険』に・・・・」
「流石はボクの一番弟子。よく覚えてるね。フェルも言っていただろう?あの本は事実を書いているって。ボク達のやってることがあまりにもありえないって事で作り話扱いされてるけどね」
そんなこと言いながらフィアが手をくいっと動かすと、ベッドの上に置かれていた懐中時計がひとりでに空中に浮き、そのままフィアの手に収まった。まるで、懐中時計が手渡した時間を覚えているかのように。
「ボクの手にかかれば時間なんて無限なんだよ。さっきも遮音結界張った時に、部屋の外の時間は止めたし、ここに居る時だけは外の時間の何千倍も加速させてるから、本も論文も書き放題なんだ。簡単に言うとボクの能力を使えば、外では1時間でもこっちでは何百年なんてことが出来るんだ」
「すごいわね・・・・・。そんな力があれば私も・・・・」
「うーん、アリーシャはともかく、それ以外の皆がコレ使えるようになりたいって言われたら、全力で止めるからね?」
「フェル!ティナ!」
「おはようございます。気絶でしたので疲れは残っているとは思いますが、少しお付き合い下さい」
フェルとティナがこの空間に入ってきた。2人とも服装はいつもの見慣れたドレス・・・・というところでセルマが気付いた。
「もしかして・・・・その服装が三賢者としての正装だったの?」
「だねぇ。私とティナは着慣れてるのもあって普段からコレだから、本での挿絵とか描写は結構抑えめになってるんだよね。バレると面倒なことだらけだし。フィアの場合は〈砂糖の魔女〉として動いてるから描写も詳しく書いてたし、絵も付けたんだっけ」
「あとはボクの華麗な・・・・・なんでもない」
誇張表現はしてないまでも、作者権限で少しは脚色をつけていたらしい。
「とりあえず起きたなら着いてきてくれない?ここでも説明は出来るけど、隣の部屋はもうちょっと広いからねぇ。それにここは休憩する場所だし、ちょっと分けたいんだよね」
「分かったわ。ついて行けばいいのね?」
「ここまで来たら洗いざらい話しますから」
ラナは一も二もなく賛同し、セルマとモニカはお互いを見合って頷きあい、アリーシャはセルマに選択を委ねているため全員賛成したことになり、フェルとフィア先導で移動することに。
休憩室からドアを開けるとそこにはだだっ広い空間があった。白一面では無いためどこまで広がっているか分からない、ということはなかったが、それでも教室の数倍の大きさであるのは直感的に分かった。そしてセルマはここに来たことがある。
「あ、あれ?ここって・・・・」
「ここはボクがセルマを鍛えるのに使っていた空間なんだ。セルマがボクの論文を読んで、ほんの少しだけなら水魔術が使えるようになったらしくてね。弟子入りを所望されたし色々と教えているところなんだ」
「で、でもここって、フィアのお店からしか入れないんじゃ・・・・・」
「じゃあここで『三賢者の冒険』フリークな皆に問題だよ。ボク達三賢者には魔術以外の力を使っている、という描写があったはずだけど、誰がどんな力を持っているか答えられるかな?」
唐突に言ってきたフィアの問いに、アリーシャも含めた4人は記憶を頼りに答えることにした。
「ティナ、『静寂の魔女』様は創造と破壊かしら。その場で物を創り出したり、逆に何でも壊す描写があったわ」
「『紅姫』は・・・・・、血術だったはず。確か血の巡りをよくすることで脳を活性化させたり、外に出た血を武器にして戦う、だったよね」
「『氷獄の魔女』様は時間だよ。時間をほんの少し巻き戻したり、止めたり、加速させたりが出来るって書いてるよ」
その言葉にフィアは満足そうに頷く。
「それじゃあ他にどんな力があるか、知ってるかい?」
更なる問いが投げかけられ、全員が戦慄する。何故なら答えはまだ他にもあると言っているのだ。
「・・・・・他にもあるのね?」
「もちろんだよ。むしろこれだけだと思ってたのかい?」
「・・・・・ティナが言ってたわ。重力を操れるって。その力で天井に座ったり、私も一緒に空中散歩をしたわ」
ぽつり、と。ラナが発した言葉に他の3人は驚愕した。重力、つまり人間が地面に立って居られる力のことである。それが自由自在になるということは、空を飛ぶのはもちろん、どんな重いものでも持ち運びが可能ということであり、考え込んでいたセルマが思い出したのか少し興奮気味に言葉が出る。
「あ、あぁ、あるよっ!〈静寂の魔女〉が力持ちになってる描写が!確か14巻の中の方に!街を復興させるのに銅像を軽々持ってた描写!」
「なるほど、力持ちという訳ではなく重さを変えていたのね。それなら力持ちだと言われても仕方ないわね」
「・・・・もしかして」
ハッとなって俯いていたモニカは顔をあげる。そこには何か確信めいた表情が浮かんでいた。
「フィア、この部屋を作ったのはフィア、だよね」
「どうしてそう思ったのかな?理由を聞かせてもらえるかい?」
「さっき、フィア、〈氷獄の魔女〉は時間を操れるって言ってたけど、時間は空間が無ければ成り立たない。空間が無かったら、生物自体が存在できないから。そうなると、時間が操れるというのは空間を操れるのとイコールで繋げられる。それにさっきフィアが結界を張った時、外側の時間を止めたって言ってた。結界の中は空間、結界以外の部分も空間として区切れる。それで時間を止めてるはず。だから時間を止めるには空間が必要」
「それで?」
「時間を操れるのと空間を操れるのが等しいなら、〈氷獄の魔女〉は時間も空間も操れることになる。どこまでの空間が作れるのかは分からないけど、その推論が合ってるならこの部屋を作ったのはフィアになる」
「よくできました、って頭を撫でるべきなんだろうね?」
一気に喋りすぎて喉が乾いてそうなモニカにフィアはコップに氷水を入れて手渡す。モニカは受け取りながら驚いた顔でフィアを見返す。
「それって・・・・・」
「ちょっと違う部分はあるけど、大体は合ってるよ。時間と空間に関してはモニカが言った通り。時間と空間って密接な関係で、時間だけがあっても空間がなければ存在ができないし、空間だけがあっても時間が無いから永遠に動かないんだ。まぁそんな説明はともかく、一番わかりやすいところが抜けてるよ。ボク達3人に共通する部分なんだけどね」
モニカの言ったことをかいつまんで説明してくれたおかげで他の3人も何とか話について行くことができたが、三賢者の一番わかりやすい共通点と言われてピンとくる物がなかった。4人ともなんの事やらと頭を捻っていたが、アリーシャが声をあげる。
「もしかして、3人が今も生きていること、かしら?」
「あっ!も、もしかして不老不死なの!?」
「うーん、そこはちょっと語弊があるかなぁ」
先頭を歩いていたフェルが後ろを振り返り照れるように頬を掻きながら困惑した顔で言った。と同時に歩くのをやめたから目的地についたのだろう、と予測がついた。
「とりあえず皆ー、好きなとこに座ってね〜」
目の前には座る物が各種取り揃えられていた。ソファからカウチに始まり、ローソファにベンチ、安楽椅子にダイニングチェア、デスクチェアにスツールも。果ては何やらよく分からない正方形のクッションやベッド、中に砂のようなものが入った長方形のクッションまで。とりあえず皆思い思いに座ったのだが、問題が発生した。
「・・・・・あの」
「どうしたのかしら、ティナ?」
「説明のために前に出たいのですが・・・・・・」
「嫌よ。そんなことを言って、また変なことをするつもりよね」
ラナはティナの膝の上に座り向かい合うようにしてガッチリしっかりホールドしており、苦笑しながらの渾身のお願いをしてもラナは力を強めてキスをして行かせないようにした。色々教えこんだとはいえ、ラナのティナに向ける恋愛感情がここまで巨大に成長しているとはティナ自身想像していなかった。
「えーっと、これはどういうことかな?」
「それはそのっ、フィアが好きだからっ」
「フィアを捕まえておかないと、どこか遠くに行ってしまいそうだったから・・・・・」
モニカとセルマに挟まれたフィアは2人に腕を抱きつかれてこちらも身動きが取れないようにされていた。それはともかくモニカがフィアに自分の気持ちを出すようになりつつあることに気が付いて、そのご褒美にと頬に口付けを落としたところモニカは少しでろでろに溶けた笑みを浮かべ、セルマは羨ましそうにしながら抱きついていたフィアの腕を引き寄せズルいと言いたげにむくれる。そんなセルマの顔も愛おしくて、交互にキスしてあげると2人とも幸せそうに蕩けるが抱きつかれる力は変わらず、結局フィアの身柄は変わらず拘束されたままだった。
「2人みたいに色々しなくていいの?」
「私もやりたい気持ちはあるけれど、あ後でにするわ。ふ、フェルなら戻ってきてくれると信頼してるのよ」
「そっかそっかぁ。それなら私の方から説明させてもらおうかな。ティナとフィアは相槌とか補足とかよろしく〜」
「こんな状態ですからね。分かりました」
「フェルの説明だけだと少し不安だから仕方ないね」
「なにおー!?」
ふわりとアリーシャの隣から離れたフェルは全員と目が合うように振り返ると、自分達三賢者の身の上話を始めた。
「まぁまず結論から先に言っちゃうんだけどさ。三賢者ってね、物理的に人間じゃないんだよ」
────────────────────────
いつからこうだったかはもう覚えてないんだけど、不老と限定的な不死に気がついた時、原因を調べまくったんだ。そしたらある文献に「人を化け物に変える病原菌が存在する」って書いててね。その過程として「人では扱えない、魔法や魔術とは異なる力が扱える」らしくて、ティナとフィアに情報共有して数十年ひたすら自分たちの限界がどこなのか、どんな力が使えるのかを検証したんだ。あとは同じよーな力を持った同類が居ないかと思って世界中を探し回ったりね。
検証の結果としては、その「魔法や魔術とは異なる力」・・・・長いから「異能力」って呼ぶけど、大体12か13種類あって、3種類までなら使えるみたいなんだよね。ただ、好きな異能力を選べる訳でもないし、何が使えるかはその異能力が使えるようになってからのお楽しみ、みたいな感じになってるせいで調べるのも苦労したよ・・・・。
「フェル。話が逸れてますよ」
あぁごめんごめん。それでその異能力に関しては、ティナがさっき言ってた重力と、あと創造と破壊って言われてたやつもそう。それから重力弄れるついでに確か空間弄れるんだっけ?
「ですね。なので外が見えないドアや扉さえあれば、どこでも繋ぐことができます。例えば寮の扉からセルマの自室を繋いで自由に帰省することもできますし、先程通った休憩室の扉から寮まで繋いだりもできます。この空間自体も、本来はフィアの地下の物置部屋だった場所を拡げてますし、あとはここに来たのもこういったゲートを作って繋げたからですね。こんな感じで入る用と出る用の2つで1セットです。なのでそこのドアから普通に出ると、王都の『シュガーラッシュ』に出ますよ」
これ便利なんだよねぇ。距離を無視出来るからこーいう感じで色んなところに一瞬で行けるんだよ。あと、ティナが色々持ってるのはさっき言ってた「空間を拡げる」のをポケットの中に仕込んでるからなんだよねぇ。皆見たことあると思うけど、ティナの空飛ぶ板もそう。アレは板にかかる重力を無くして、進行方向に緩やか〜に重力かけてるからなんだよね。全部バラすけど、魔力がほんのちょっとしかないのは本当だけど、あの板は異能力で動かしてるんだよ。
「それだとおかしくないかしら?だって板に乗れるから重力は働いてるわよね。それなのに板にかかる重力を消せば、乗ってる私達も浮くわよ?」
いい質問だねぇ。すっっっっごく雑な答え方をすると、「人ではない化け物の力だから、常識とか色々通じない」かなぁ。あ、ふざけてる訳じゃないよ?だって考えても答え出ないもん。ティナができること、かいつまんで教えてあげて?
「流石に無から有を生み出すのはできませんよ?」
「いや、私の目の前でしたじゃない。剣を作ったり大量に作ったりしてたわよ?」
「あぁ、アレは空気を金属に変えていただけですよ」
「はい?」
「錬金術・・・・!?」
ん、あー、錬金術よりも酷いことしてるよあれは。だって錬金術の結論として、卑金属を金に変えることは不可能でしょ?ティナだと出来ちゃうどころか、そもそも卑金属である必要がないからね?
「別に手を翳さなくても出来ますよ?どこに出すかのイメージがしやすいので手を翳しますが、変えたいものが目視出来る場合や、目の前の空間に雑に出す場合は出す座標は適当でいいので手を使いませんね」
「ボクが発表した、頭上に落とす魔術論文に関してはティナのこれを参考にしたよ。座標指定に関してはボクも目からウロコだったんだ」
「そんな繋がりが・・・・・」
んで私、〈紅姫〉の場合は二つ名の元になった血を操るのと、あとは賢くなるのがあるね。ちょっとティナー、紙とペン出してー?
「わかりました。いつものアレですね?」
「賢くなる・・・・・ってもしかして、さっきのチェスも・・・・・」
いつもありがとね。簡単に言えばそんな感じ。やろうと思えば簡単に勝てるし、引き分けにも持ち込めるし、他人の棋譜を全部覚えたり相手の行動を私の思い通りにできる、って感じだねー。ほい、私も書くこと書いたからちょっとここにこの紙置くね。私が良いよって言ったら表に向けて欲しいな。
でも賢くなっていいこと尽くしって訳でも無いんだよ。
「え?勉強しなくていいし、その気になれば教師になれるんじゃ?」
いやー、大前提としてどこかの学園での実績が必要だし、理論とか筆記は出来ても実技が出来なきゃ無理だからねー。魔術系統はからっきしだし隠居してたから貴族社会は何も分からないしそもそも興味が無いしー。あと貴族って真面目なのもいるけど大抵は排斥思考だから、無名の生徒がいきなり教師になった!なんてことになれば誹謗中傷の雨霰でしょ?
「無い、とは言いきれないのが難しいところね」
あの手この手で引きずり下ろそーとするだろうねー。証拠が無くてもお金と集団でゴリ押すとか。実際、アーロンって畜生はそれでセルマと結婚して金づるにしようとしてたし。
「そ、そうだったの?」
「そう、だね。でも、皆と出会えて幸せになれたから・・・・」
嬉しいこと言ってくれるねこんにゃろー!お話終わったら時間も気にせず愛してあげるからそのつもりでねー?
「それは・・・・・その・・・・・ありがとう・・・・?」
「まぁもちろんですが、全員を平等に愛するつもりですよ」
「モニカも、良いかい?」
「た、楽しみ・・・・!」
じゃあこんな所で誰でもいいからその紙をひっくり返してそこに書いてあることを読んでくれるかな?
「私が読むわ。他のみんなは離れたくないみたいだし。えっと・・・・、まずは紙を置いた後にセルマお嬢様が『え?勉強しなくていいし、その気になれば教師になれるんじゃ?』」
「さっき確かに私が言ったけど・・・・・」
「その後にフェルが、教師になるには色々必要だって解説したり、貴族社会の怖さを解説したらラナが『無い、とは言いきれないのが難しいところね』」
「ち、ちょっと待って」
「待ってくれないかしら」
んー?モニカもラナも、2人とも異口同音でどしたの?
「セルマもアリーシャも思い出して欲しいのだけれど、フェルがその紙を置いたのはどのタイミングだったかしら?」
「それは・・・・・、私が『教師になれるんじゃ?』の言葉の前・・・・」
「そ、それなのに、書いてあるのは置いてからの皆の発言なんじゃ・・・・」
「・・・・・確かにそうね。開くまでの言葉が一言一句違わず書かれているわ」
「それって・・・・・」
まぁこんな感じで誰がどんなことを言うとか、何をすれば相手はどう行動するとか全部計算して、未来予知が出来るんだよ。いつもは要らないから切ってるんだけどね。
「もったいなくない・・・・・?」
勿体なくないね。だって相手の行動が手に取るようにわかるし、この国の滅び方から目の前の人の殺し方、世界中にある難題は歩くより簡単だし、相手を自分の都合のいいように行動させるにはどうすればいいか、なんてのも分かっちゃうから正直普通に生活する分には必要ないんだよ。挙句の果てには私が関わったことで行動が変わった人に関わった人の行動まで計算できるし。例えばモニカと関わってる王様と関わった人達まで計算できるよ。
「それって、リディル王国全国民じゃない!」
「それだけじゃない、のよね。王様と関わった人ということは、他の国の王様も含まれるはずよ」
さっすがアリーシャ、よくわかってるぅ!ま、そういうことだよ。この国どころか他の国もやろうと思えば支配出来るけどさ、日常を過ごしたいモノに必要な力だと思う?
「も、モノって・・・・」
「不老不死な上にこんな感じなので、本来のフェルは陰険で自己肯定感が低いんです。いつもは少しテンション高めの仮面を被ってますが」
私の本来の性格とかどーでもいいでしょ。何が嫌って、100年ぐらいかけて何とか制御できるようにはしたけど、見た目じゃ分からないんだよねこれ。内面の話だから制御できてるとは思ってても周りから見たらそうじゃない可能性だってあるし。それに
「も、もうやめてっ!」
────────────────────────
セルマが声を張り上げ、ハッと自分が何を言っていたのか気付いて苦笑し頬を掻くフェル。
「あー、・・・・・心配させちゃってごめんね?」
「わ、私には自己肯定感が低いからって言っておいてっ、フェル自身も同じなのにどうして・・・・・っ」
「それはそうなんですが、あの時はまだ隠していましたからね。実際、後で『フェルが言えた話じゃない』ってことでフェル自身落ち込んでましたから。やけ酒までしてましたよね」
「うぐっ・・・・・、事実だから何も言い返せない・・・・・」
「フェルからしてみれば、『自分と同じような人を増やしたくない』って気持ちでアドバイスしただけなんだけど、後で自分に跳ね返ってきてのたうち回ってるからね。鳥頭なのかいつまで経っても学習しないし」
「ぎゃふん・・・・・」
奇声を上げながらその場に座り込むフェルに対し、セルマとラナとモニカはフェルの前に移動し目を合わせるために座った。
「やっぱり私なんて無駄に生きてきただけの、他人にアドバイスなんてしちゃいけないモノなんだよ」
「フェルっ!」
話をしても目を合わせても聞こうとしなさそうなフェルを見て、セルマは実力行使に移った。
「うわあっ!?な、セルマ!?何して」
「フェルのバカっ!そのアドバイスで私は人生が良い方向に変わったのに!どうしてそんなこと言うのっ!」
「痛い痛い!ちょっとポコスカ殴らないで!ティナ!フィア!見てないで助けて!?」
「自業自得です。存分にボコられてください」
「流石にこれはティナに同意かな。それで人生変わって恩返ししてくれた人達も居るのに、マイナスな方しか見てないからこうなるんだよ。わかったかい?」
「2人の薄情者ォ!いった!?ちょっ、髪引っ張るのダメだって!長いから結構お手入れ大変なんだよ!?」
セルマはフェルの不意をついて地面に押し倒し、馬乗りになったかと思えばそのままフェルの胸辺りをポカポカとグーで殴り始めた。モニカは木の枝でつつくかのように脇腹を的確に突き、ラナは遠慮無く足蹴にする。フェルは他2人の三賢者に助けを求めるも、ため息をつくだけでその場から1歩も動こうとしなかった。むしろ傍観を決め込んでいる。
「本当ならっ!私がこうしてるのもっ!軽々防げるでしょ!」
「それは・・・・・、まぁそうだけど・・・・・」
「それをしないってことは、フェルも分かってるのよね?」
「うぐっ」
ラナがジト目でフェルを見ると、当の本人は蛇に睨まれたカエルのような声を出した。図星なのだろう。モニカも続く。
「わ、わたしは、まだ皆の人となりとかは分からない、けど、フェルは昔の、フィアと出会う前のわたしと似てる気がする、から、その・・・・、じ、時間かけて直していけたら良いなっ」
「・・・・・数百年ぐらい直ってないのに?」
「そこは私たちが居なかったから、っていうことにしたいわね」
「でも、なぁ・・・・・」
何かまた言い訳を続けそうなフェルに痺れを切らしたのかティナが笑顔でフェルの方を向いた。
「フェル」
「ひっ」
目は細くなっているだけで微笑んでいるわけでは無かった。ただそんな表情は一瞬で、ティナは大きなため息をついた。
「全く、彼女達の言う通りですよ。私達は確かにずっと居ましたが、フェルのソレが治ってないということは治すための要素が足りなかったということです。2人でダメなら人数を増やせばいいんです。それに彼女達は私達の婚約者なので、今までよりも状況は良くなるはずですよ。過去に婚約者なんて取ったことないじゃないですか」
「それから、フェルは甘えられる側ばかりでボクとティナに甘えることはあまりしてこなかったじゃないか。今までならボク達だけだったから治せなかったのかもしれないけれど、セルマもラナもモニカもアリーシャも居ることは頭に入れておいて良いんじゃないかい?人が増えればアイデアも増える、というのは昔から見てきただろう?」
昔からフェルを見てきた2人にもそう言われてしまえば、少しは理解せざるを得なくなるもので。
「そんなもの、なのかなぁ・・・・・・」
「ああもうっ!まどろっこしいわね!」
ただ当の本人は理解はしても納得ができないようで難しい顔をしていた。それを見て我慢の限界だったラナは一念発起するかのように声を荒らげると、フェルを馬乗りしてるセルマの隣で座る。つまりフェルはモニカに脇腹をつつかれながらラナとセルマに馬乗りにされるわけで。
「ち、ちょっ!?ラナも!?」
「あら。私達の婚約者サマは私達が乗っても支えてくれるわよね?」
「難題だね!?」
「私はね」
そんなおちゃらけた会話も、ラナが真面目な声を出したことでフェルも身構えた。
「三賢者様の1人であるティナに助けられたわ。成り行きでフェルも三賢者様だって分かったけれど、助けられた恩を返したいというのは地位の高い低いに関わらないと思ってるのよ。もしかしてフェルは、助けてきた側ばかりだったから助けられる側の気持ちが分からなかったりするのかしら?」
「流石にそれはないかなぁ。私もティナやフィアに幾度となく助けられてきたし」
「それなら、恩を返すのは当然って思考なのかしら?」
「うーん・・・・、そこまでは無いかなぁ。助けて助けられての繰り返しだったから、どっちの方が恩が多いとかって数えてられなかったし」
「・・・・・そ、それだと思う」
今までずっとフェルの脇腹をつつき続けてきたモニカが沈黙を破ってフェルに話しかけた。・・・・つつく手は止めずに。
「フィア。フィアもフェルと同じ考え方なの?」
「ん?あーどうだろうね。ボクの場合は助けられたらすぐに助けていた、というのもあるから、恩を量的に考えたことはないね」
「ティ、ティナは?」
「私ですか?そうですね、基本的な考え方はフィアと同じですが、立ち位置的に助ける側の方が多くてですね。恩を返したい人の好意には甘えますが、無理して恩を返そうとする人には気持ちだけもらっていましたね」
そこで一旦モニカは三賢者達の言ったことを咀嚼して整理する。気分はさながら推理小説の主人公。フェルと似ているのはフィアのパターンだからティナの話は一旦脇に置いておく。フィアの言う「助けられたら時間をほぼ置かずにその場で恩を返す」というのはミネルヴァではよく見られたものだ。貸し借りが苦手な彼女は他人を助けると何らかの甘い物もしくは新しいお菓子を作るための材料を要求することで貸し借り無しにし、他人に助けられれば「何でも1回助ける券(期限は卒業まで)」を発行し他人への借りを分かりやすくしていた。
そしてフェルは量的に貸し借りを考えている。つまり、貸しと借りを数値に直しているということ。そうなると例えば10の貸しを作ったところで10の借りがあれば常に借りがあると考える。・・・・・・あれ?
「もしかして、フェルって、貸し借りの量って無くなることを知らなかったりするの?」
「え?貸しはそりゃ清算されるけど借りは無くならないでしょ?」
フェルの答えにフェル以外の全員が頭を抱えた。チラリとティナの方を見ると小指をぶつけて苦しんでいるような、変な顔になっていた。
「フェル、それ貸し借りどころか他人に貸し押し付けてるよ」
「・・・・・・え?」
フェルが凍りついた。それはもう不自然な程にピタッと。そこにティナが追撃する。
「度々フェルが謎行動してたのでどうしてそうなってたのか気になってはいたのですが・・・・、記憶力が無駄に良いせいで過去に助けられた子孫まで覚えてたのですね・・・・・。そして借りはずっとなくならないという謎理論で他人を助けていた、と」
「え、えっ?」
「ボクのことをポンコツだの醜態成だのと言ってたけど、これじゃあフェルもポンコツじゃないかなぁ?」
「ぽ、ポンコツ・・・・!?」
「フェル、分かりやすく言うとね。借りは返したらそれで終わるのよ。貴女のその理論であれば、物を借りて返しても借りた物が手元に残ってるわよ」
「あ、あ・・・・」
そこでようやくフェルは自分の思考の間違いに気付いた。ラナはただ、と付け加える。
「物なら分かりやすいけれど気持ちっていう目に見えないものだから分かりにくいのはあるわね。例えば家が滅びそうなのを助けたら、その一家は末代まで借りだと思って返そうとすると思うわ。現にカーシュ家はそうなってるのだもの。それでカーシュ家がフェルに恩返しして、それをフェルが借りだと思ってしまうと大変なことになる・・・・のはもう分かるわよね?」
「それは・・・・・」
なんとなーくだがフェルも分かってきたらしい。ラナが続ける。
「天下の三賢者様の一人である紅姫様は、原因がわかっても同じ間違いを繰り返すのかしら?」
「流石にそれはないかなぁ」
「数百年かかっても間違ってたこと、直せるね」
「あっ」
モニカがしたり顔で放った言葉に、フェルは実感とともに納得した。
「い、意外と、簡単なことだったんだねぇ・・・・」
「これでフェルもボクと同じく醜態成仲間だね?」
「ちょっ!?いーやーだー!そんな変な仲間になりたくないー!しかも醜態成って言ったの私だし!」
「言い出しっぺの法則、ですね」
フェルは返事をするが目が泳いでいるし、その上冷や汗をかいていた。フィアがそんなフェルの肩を叩く。そんなホッコリとした空間になったことで自然とセルマ達にも笑みが浮かぶ。
「関わる人が変われば、難題だとしても解決できるのよ。フェル、分かったかしら?」
「身に染みて分かったよ・・・・・トホホ・・・・・」
ようやく醜態成を理解したようで、ずーんという効果音が聞こえてくるほどフェルはへこんでいた。もちろんこの場にいる全員がフェルの自業自得と分かっているのであえて励ますようなこともしなかった。
────────────────────────
「これからどうする?ボクとしてはこのまま皆と愛を育みたいところなんだけど」
「ふ、フィアっ!」
「ん、んっ。そ、それよりも、よ。モニカが〈沈黙の魔女〉って言った方が気になるわ」
「そ、それは・・・・・そう、だよね」
あまりにも恥ずかしすぎるフィアの言葉に対して無理やりラナは話題を変える。そうして飛び火したモニカは、周囲に待機させていた杖の透明化を解除する。それで現れたのは全体が金の、厳かな装飾を持つモニカの背丈よりも長い杖。
この国では杖の長さによって魔術師や魔女の位が決まる。その中でも背丈を超える長さの杖を持つことが出来るのはこの国でも7人だけ。
「こ、これで、いい、かな?」
「・・・・・そんなに杖が長いと大変よね?」
「それは、その・・・・・」
「モニカ、言ってやりなよ。前は使い方が分からずに物干し竿にして洗濯物を干してたとか、七賢人としての部屋に書類と共に埋蔵してたとか」
「フィアっ!や、やめてぇっ!」
「確かによく考えれば、フィアの知り合いの『モニカという人物』であれば苗字もノートン姓じゃないわよね・・・・・」
「モニカ・エヴァレット、魔法伯・・・・」
セルマがそのように呼ぶと、モニカは少し苦虫を潰したような顔になる。あんまりそういう風に呼ばれたくないようだ。慌ててセルマは手を振る。
「あ、その、ごめん・・・・・」
「わ、わたしもその、気心知れた親友以上の人には、モニカって呼んで欲しいから・・・・・」
「・・・・・私もふくまれてる、の?」
「・・・・さ、さっき決まった、けど、わ、わたしも、その、こ、恋人、だから・・・・」
たどたどしく顔を真っ赤にしながら、しかし強い意思表示をするモニカの発言に、セルマは数秒遅ればせながらその意味を理解するとボフッと音が出るぐらい急激に顔を赤らめた。
「あの、本の虫でコミュニケーション能力か不足してていつも1人で居た方が幸せなんて言ってた天下の〈沈黙の魔女〉が、こんな風に他人を誘惑するなんてね。流石にちょっと面白い」
「ふぃ、フィアっ!言わないでっ!わ、わたしもはず、恥ずかしいからっ!」
涼しげな顔でモニカを煽るフィアに対して、モニカはそんなフィアの元に移動してポカポカと軽く叩く。だがセルマはフィアの頬にも朱が入っている事を見逃さなかった。
「ふ、フィアも嬉しいの?」
「・・・・・もちろん嬉しいよ。ミネルヴァでよく一緒にいたモニカも輪の中に入ったからね。それに・・・・」
「それに?」
「ボク達が三賢者だってことも、モニカが〈沈黙の魔女〉だってことも、秘密を共有する仲でもあるから気兼ねなく話ができるようになるからね。もちろん、衆人環視のあるところでは色々と気を付けないといけないけど」
そうして口元に笑みを浮かべてセルマに視線を合わせると、モニカもセルマの方を向く。
「こ、これからその、末永く、おねがいしますっ」
「こ、ここに来る前に、同じこと言ってた、ね」
「フィアのことを知らせる前の、ですね。三つ指を立てていましたが・・・・・、あ、三つ指を立ててもう1回やれ、という訳では無いですよ?」
「そ、そうなの?」
指摘されて膝を折って座り三つ指を立ててお辞儀をしようとしたモニカに、慌ててティナが修正する。言われたモニカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になり、どうしてなのか分からずティナの方を見返す。
「こういうのは形式も大事ですが1番は気持ちですからね。気持ちがこもってるかどうかで変わってきますから。その点で言えばモニカは十分すぎるほど気持ちを乗せてくれていたので大丈夫ですよ」
「そ、それならよかった・・・・・」
そうしてモニカが〈沈黙の魔女〉であることにも一段落が着いた時、少し気まずそうな顔でフィアが口を開く。
「ちょっと質問なんだけど、セルマを虐めてたカロラインって、カロライン・シモンズで合ってるかい?ノルン伯爵のところの」
「合ってる、けど・・・・・」
「そういえばフィアは教師も兼ねるんだっけ。名簿とかで見たんでしょ」
「そうなんだけどね・・・・」
「おや、珍しく歯切れが悪いですね。カロラインとも何か因縁が?」
全員がフィアの方を向く。皆が注目する中フィアが重々しく開いた口からは驚くべきことが飛び出した。
「ボクにも意図は分からないんだけど、あの子は目が特殊でね、色んなものが見えるらしいんだ。初対面の時に既に彼女にはボクが〈氷獄の魔女〉だっていうのはバレてるんだよ。フェルとティナとそれからモニカのことも、多分正体バレてるんじゃないかな」
『・・・・・・・はい?』
なんかカロラインにフラグが立ちました