昼休み。セレンディア学園の生徒の大半は校内の学食を利用する。一部の裕福すぎる生徒は自前の料理人を呼んだり、校内の料理人を抱え込んで自室に持ってこさせるパターンもあるらしい。ここの生徒会長である第二王子はこのパターンであるらしい、というのは目の前にいるラナの談。
現在フェルとティナは仲良くなったラナとセルマに連れられて、校内を案内するという名目の元学食に来ていた。学食があるという話は聞いていたので酒場のようなものを想像していたのだが、その実態は高級レストランであった。受付で人数を聞かれ係の人にテーブルまで案内され、注文すると料理が席まで運ばれてくるというものだ。しかも料金は学費とともに後で請求されるタイプだからこの場での金銭問題も無い。金銭問題はないが、やはりここも小さな社交界だなぁというのがフェルの抱いた感想であった。
「これ、どう座るの?」
「じゃあこうしましょ」
誰がどこに座るのか、を聞いてみるとラナはいいことを思いついたと言わんばかりに指示をした。座席は4つなので、フェルとティナが向かい合うように、そしてラナとセルマが向かい合うように、である。座ってラナの意図に気付いた他3人は、さっきのことを思い出してしまいボフンッと音が出るほど顔が赤くなってしまった。ラナも平常心を保つことに失敗し、ちょっと頬が赤く染まっていた。
「ラ、ラナ!?」
「こ、こうすれば問題ないでしょう?」
「ラナ、顔が赤いですよ」
「そ、そう言うティナもだよ」
「フェル、鏡でも見ますか?」
埒が明かないので空気を変えるために注文をしようとする。だが、
「メニュー、多くない?」
「凄いですね。こんなにも料理があるとは驚きです」
「ここの料理人は一流レストランで修行してきた人であったり、それこそ一流レストランから引き抜いてきた人が作ってくれるから、多種多様な人に合わせるのもあってメニューの数が多いのよ」
「一生セレンディア学園に住もうかな・・・・・」
「お金がどれだけあっても足りないわよ」
フレンチやイタリアンなメニューをメインとしつつも和や中もあり、バーガー系列も存在しているのだ。ナイフとフォークが出ている状態でバーガー系列を注文すると型崩れしないように串に刺さったのが出てくるのだろうか、とティナは少し興味を惹かれたが、今度注文してみようということで今回は周りに合わせることにした。
「ここのオススメは何かありますか?」
「それなら魚のソテーがオススメね」
「魚のムニエルも良いわよ」
「であれば、私はソテーを頂きましょうか」
「じゃあ私はムニエルかなー」
そうして料理が運ばれてくるまでの間は雑談に花が咲く。やはり令嬢と言っても少女なのだ。ということは気になることが色々出てくるのである。
「そういえばだけど、2人はどんな化粧をしてるのかしら?」
「ん?いやすっぴんだよ?」
「えっ?」
「化粧をすること自体がまず無いですね。お金があったら研究費に回す、みたいな感じだったので」
「化粧無しでその素肌・・・・、つまり何か気をつけてることとかあるのよね?」
「うーん、気をつけてることかぁ。まずどんなに忙しくても睡眠時間は確保だよね」
「寝ないと肌が荒れてしまいますからね。それを隠すために化粧をして、となってくるとどんどん白粉とかが厚くなってきますし」
「あぁ、あとはやっぱりだけど」
「「やっぱりだけど?」」
「適度な運動だねー。ずっと座りっぱなしとか同じ体勢とかそういうのだと不健康な身体になっていくし、それに何より緊急時に攣ったりするから危ないしー」
身を乗り出すように聞き逃すまいとしていたラナとセルマはフェルとティナが秘密を明かすまいとしていると感じて聞くのを諦めた。ただフェルは気にせず話しているが、セルマとしては少し思い当たる節があったようで。
「・・・・アーロン様とデートする時は、近所だとしても大抵馬車で移動だったわね」
「まぁ『俺はこんなにも権力があるんだぞー』っていうセルマと周りへのアピールじゃないかな?」
「街で馬車を使うとなると、大抵はそのパターンが多いですね」
「ただ、今思うとそのお金はどこから出ているのかと気になってしまって・・・・・」
「確かに。お金をせびってくるってことは懐事情はそんなに良くないはず、なのにお金のかかるようなことをするってことは」
「裏がありそうですね。例えばセルマに対して、それが常識だと思わせるためとかでしょうか?」
「うーん、けどそれだと他の人を侍らせるのが変じゃない?セルマにしてるのと同じようなことを他の人にもしてるなら、お金って膨大なことになる気がするし」
「・・・・・今、すごく最悪な想定をしてしまったのですが。セルマ、聞きますか?」
改まってティナがセルマに話しかける。対してセルマはというと、こちらも覚悟が決まっているようだった。そうこうしている内に料理が到着して、食事をしつつ会話することになった。料理自体プロが作ったものなので美味しい以外の語彙力が低下してしまったため美味しいと言おうとしたが、感想としては味気ないものになりそうだったので、結局言わずじまいになった。
「覚悟の上よ」
「分かりました。最悪な想定というのは、アーロンさんの後ろにお金を使う人物が居る、というものです」
「つまり、ティナは『アーロンさんは集金係で、犯人は別に居る』ってことを言いたい訳だよね?」
「そうです。貴族からお金をせびるということは、平民が求める額では無い可能性が高いです。しかも複数からとなると、金額としては莫大な数字になります。ですが聞いている限りアーロンさんが一人で使うには余り過ぎるのです。確かに複数人とデートするとなると使う金額も多くなるのでせびるのは分かるのですが、わざわざ婚約者であるセルマにだけせびるのはおかしいです。せびったお金でセルマとデートするとなると、他の人にも同じことをしているのか?ということになります」
「もしそうだとしたら、お金の流れがおかしいという事ね?」
「あー、ちょっと見えてきたかも。他の人からせびってセルマとデート、セルマからせびって他の人とデートだと、アーロンさんの家が貴族だってことと矛盾するってことで合ってる?」
「その通りです。お金が無い貴族の可能性も捨てきれませんが、その辺りはセルマが見たものを信じたいと思っています。どうでしょうか?」
すると手が止まっていたセルマはぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始める。
「アーロン様の家は・・・・、貴族らしい家だったわ。使用人もいて、とても困窮しているとは思わなかったけれど・・・・・」
「そういえば、フェルとティナ。2人はこの学校に政治が絡んでいることは知ってるかしら?」
セルマはぎゅっと手を握り、体は震えていた。そんな中でラナは別の話題を切り出した。もちろんその話題に関しては事前に見学もしていたため知っている。
「お金を積む貴族も多数存在している、という話も聞いたことがあります。・・・・まさか」
「これは噂程度だから話半分に聞いて欲しいのだけれど、スネイル伯爵はここの生徒会長の第二王子というか、その背後で牛耳っているクロックフォード公爵に対してかなりお金をつぎ込んだらしいのよ。そしてその結果、気に入られてアーロン様は生徒会の会計になることが出来たみたいよ」
「ということは、賄賂として渡したお金で家計が苦しくなったから、お小遣いが減り、けれども今までの生活は失いたくないからせびるようになった、と?」
「あくまで噂よ」
「それだとおかしくない?」
だが、それに待ったをかけたのはフェルだ。
「セルマ、アーロンさんが生徒会の会計なのは本当?」
「・・・・・本当よ」
「ありがと。さっきティナが言ってた『アーロンさんが集金係で、本当の黒幕が別に居る』っていうのを結論として仮定すると色々辻褄が合うんだよ。例えば『小遣い減らされたけど今までの生活は失いたくないから』っていうのは、他の人を侍らせていたりセルマ以外とデートしてるから変でしょ?だってデートに馬車使うけど、その馬車代も結構バカにならないし。御者さんとか馬車の維持費とかも出てくるし、それからデートの日にその馬車が他の人に使われてると馬車自体使えないっていう問題もあるし。そんな中でセルマにせびったお金だけで全部できるかと言ったら無理でしょ」
「確かにそうね・・・・」
「だからといって他の人侍らせて同じようにせびってデートしても、プラスにもマイナスにもならないでしょ」
「なるほど、その辺りから私の言った仮定が成立してくるわけですね?」
「そうなんだよ。しかも今聞いた通り、アーロンさんは生徒会の会計なんでしょ?ってことは会計の帳簿から改竄すれば、差額は懐に入れられる訳だし。でもそんなことするとしたらお金の桁がとんでもないことになるし」
「でも改竄されてることが分かったら退学じゃないかしら?」
「そこなんだよねー。でも退学してないってことは学校内に協力者が居るってこと、になると思うんだけどなぁ・・・・。」
そこで八方塞がりだと言わんばかりにムニエルにパクついて、目を輝かせるフェル。
「作法とかは知ってるのね」
「いやー、その辺りは常識だからって親が居たときに叩き込まれたからねー。まさかここに来てやっと役に立つなんて思ってもみなかったけど」
「魚のソテーも、魚自体の鮮度が落ちてませんが、これもやはり魔術で?」
「そうよ。氷系統の魔法を使えば冷凍も出来るのよ」
「なるほど、そういう使い方がありましたか」
「それ以外に氷系統の魔法の使い道なんてあったかしら・・・・?」
「ただ単に冷やすというのもありますが、そこまで瞬間的に凍らせることも可能なのかと驚いていたところです」
「驚いてたのね。表情があまり変わらないから分からなかったわ」
「まぁ昔からティナは表情が硬いからねぇ。たまにほっぺた伸ばしたりしてるんだけど、効果も無いし」
そんなことを言っていると、セルマは何か思いついてしまったのか、顔が青ざめる。
「そんな、もしかして・・・・・でも、それなら・・・・・」
「セルマ、顔真っ青だよ。何か嫌なことでも思っちゃった?」
「大丈夫ですか?セルマ、息も乱れてますが・・・・」
「とりあえず、皆ご飯食べ終わってるしだし、一旦保健室に行こっか。場所が分からないから案内してもらうことになっちゃうけど」
「分かったわ。私が案内するわよ」
そう言ってラナ先導の元、セルマはフェルが肩を貸す感じで凭れかかりながら歩くことになった。殿はティナで。
「着いたわ、ここが保健室よ」
「ティナ、先に教室に戻っといて。後で授業の中身書き写させてもらうから」
「分かりました。ラナはどうしますか?」
「私も戻るわ。セルマは心配だけれど、フェルが一緒に居るなら多分大丈夫でしょう?」
「・・・・お願いね」
「セルマは早く元気になってください」
そうしてフェルとセルマは保健室に入り、ラナとティナは教室に戻っていった。保健室に先生は居なかったし人自体居なかったので、フェルはセルマをお姫様抱っこにしてベッドに寝かせ、自身はベッド脇の椅子に座った。
「フェルは、大丈夫なの?」
「編入初日だけど、まぁ大丈夫でしょ。今のセルマのことと比べたら、授業なんてそんなに重要じゃないし」
「そうなの?」
「だって編入して初めて友人になってくれたのに、そんなセルマの婚約者が怪しいからって疑ったから、セルマの体調がおかしく、なっちゃったんだし、私がっ、セルマの身体を、おかしくしたも、同然、だから・・・・・っ」
フェルは途中から俯き手を握りこぶしにしたが我慢できず、涙がポロポロと落ちてきた。セルマが覚悟してくれていたけど噂や仮定の話で婚約者のアーロンが怪しいという話をすれば、その相手方であるセルマにも少なからずショックを与えてしまうことになる。それを気にせず話してしまっていたのだから、フェルは責任を感じていた。
対してセルマはベッドで身体を起こし、泣き喚かないようにしているフェルの握りこぶしに手を重ねた。
「セル、マ・・・・・?」
「フェルは勘違いをしてるのよ」
「勘違い・・・?」
「私もアーロン様を少しだけ疑っていたから、仮定の話とかされた時は、色々と納得することが多かったわ。それに、調子が悪くなったのはもっと別の事なの。だからフェルが抱え込む必要なんて無いのよ」
そうしてセルマはフェルを抱き寄せる。びっくりしてフェルは顔が真っ赤になり、軽く離れようとするがセルマはそれよりも強く抱きしめる。
「もし、責任を感じているなら、私のお願いを一つ聞いて欲しいわ」
「な、なんでも言って。出来ることなら何でもするから」
「ありがとうね。もしアーロン様がそういうことをしていたら、フェルとティナを婚約者として迎え入れても良いかしら?」
「セ、セルマ!?」
重大発表みたいな重苦しい空気や悲しい空気はどこへやら、セルマの口から飛び出したのはまさかの告白であった。もちろんフェルは反論する。
「セルマ、私とティナに会ったのは大体5時間前だよ?そ、それなのに、そんな私達に対してプロポーズ発言はだ、大丈夫なの?信用も無いし・・・・・」
「アーロン様がおかしくなってきたことを話したら、いち早く私の心配をしてくれたし、フェルの身が危険にさらされる可能性もあるのに探りを入れるって言ってくれたもの。私はそれだけでアーロン様より信頼出来るわ」
「いやでも、女同士で婚約なんて・・・・」
「あら。なんでも良いと言ったのはフェルの方よ?」
「うぐっ」
「それに、私も恥ずかしいのよ?」
フェルが食い下がってみるが、セルマの覚悟は既に決まっているようで固かった。フェルはセルマの顔を見つめるために身体を離してみた。するとさっきみたいに耳まで赤くなったセルマの顔があった。
「ティナにも話すよ?ティナも入ってるみたいだし」
「もちろん構わないわ」
「話はそれからで良い?」
「待ってるわよ」
「セ、セルマ!も、もう元気になったみたいだし、私、授業に戻るね!」
「待ってほしいわ」
顔が熱くなるのを否応がなく感じてしまうフェル。誤魔化すためにもそそくさと離れようとするとセルマに手を掴まれて阻止される。仕方なく椅子に座ると、さっきみたいに深刻そうな顔をするセルマ。
「またさっきみたいに具合が悪くなっちゃったの?」
「違うのよ。私が言いたいのはそうじゃないの」
一呼吸入れて、少し落ち着いたセルマがフェルに聞こえるだけの声量で囁く。
「アーロン様を操っている真の黒幕に、1人だけ心当たりがあるの」