セルマの黒いネグリジェ姿を見て一時的に固まったものの、急いで部屋の中に連れ込むフェルとティナ。そして扉の鍵もかける。
「セ、セルマ!?なんて格好してるのさ!?」
「そうですよ!さっきまでその格好で廊下を歩いてたんですか!?」
「ここの廊下を使うの、ほとんど私と2人だけよ?それ以外の生徒は1つ下の階だもの」
「だ、だからって、目のやり場に困るような服をさぁ!」
「というかそれ、誰に言われたんですか?」
「侍女に、よ」
「話の流れは?」
とりあえず立たせておくのも何なので、ベッドに座らせた。セルマの両隣を挟むようにフェルとティナも座った。
「まずはアーロン様との婚約破棄を伝えたの。アーロン様には浪費癖があって、私がいるのにそれ以外の人も侍らせたりせびっていることも」
「そしたら侍女さんはなんて?」
「何かの間違いだろうと泳がせていましたが、申し訳ありません、って言われたわ」
「目撃情報多数って言ってたし、侍女さん自身もその場に居合わせたことがあるんだろうねぇ」
「だから、お父様にも報告が行っているので婚約破棄に関してはすんなり認められるだろう、らしいわ」
ため息をつき、少し元気が無さそうになるセルマ。仕方ないだろう。信じていた婚約者がお金欲しさにセルマに近付いたなどと分かってしまえば、気落ちするのも無理はない。それが分かってるから、2人はセルマの手に自分の手を重ね合わせた。
「それはそうですね。でもまだその格好になった理由が分かりません」
「アーロン様と関係を切るけど、新しい婚約者が2人も出来たと伝えたの」
「待って?」
会話に耳を傾けていたが、フェルはセルマの発言に待ったをかけた。セルマは少し目を逸らした。
「セルマ。記憶が正しければ、フェルは婚約者になると言っていたはずですが、私にはまだ聞いてませんよね?」
セルマは目を逸らした。
「目を逸らさないで話して貰えますか?」
セルマは顔を俯けた。
「私が婚約者にはならないと言った場合はどうするんですか?」
「それは・・・・・・」
セルマは顔をあげようとして逡巡するように元に戻した。
「全く・・・・。別に構いませんが、一つだけ条件があります」
セルマはティナの方に顔を俯けたまま目線だけ送る。
「フェルと必ず一緒でお願いしますね」
そうしてティナはセルマの手に自分の手を重ねて指を絡める。俗に言う恋人繋ぎのような感じになった。驚いて顔を上げてティナの方を見るセルマに対して、ティナはうっすら頬を染めながらはにかんだ。
「ティナ。それは、ズルいわ」
「セルマが始めたことなので、その責任は全てセルマにありますよ」
「それで?セルマがそんな服装なのは、侍女にアピールして離さないようにしろとか言われたってこと?」
「まぁ・・・・・そうよ・・・・」
「フェル、違いますよ。こういう時は本当は何があったかを聞くべきですよ」
「あー、確かに。それでホントにあったことを誤魔化されるのは嫌だねぇ」
ニヤニヤと少し愉悦を含んだ笑みを浮かべながらセルマの方を見る2人。そんな彼女たちに挟まれているセルマは耳も真っ赤にして茹だっていた。もちろん恥ずかしくなったセルマは蚊の鳴くような声で話し始めた。
「婚約者が、2人出来たって、言ったのよ。もちろん、両方女の子で、今日編入してきた2人なの、って」
「あ、女なのは伝えたんだね」
「お父様やお母様を、驚かせる趣味は、無いもの・・・・・」
「正直者ですね。偉いですよ」
「ふふ・・・・。それで、2人の裏取りは、侍女がするって、言ったのだけれど、聞かれたわ。何処を好きになられたのか、って」
「たしかに。私とティナの何処が好きになったのさ」
気になって問い詰めてみると、少し迷っていたが観念したようにポツポツと話し始めた。
「それは、その・・・・・・。一目惚れ、しちゃって・・・・・、何処が好きとか、そういうのじゃ、ないのよ。全部が好きなの・・・・。そうしたら、侍女が『猛アピールして離れていかないようにしておいた方が良いですよ』って、アドバイスしてくれて・・・・・」
「ほほう?一目惚れってどこで私たちを見た時に起こったの?」
「さ、最初の、自己紹介の時に・・・・・」
「待ってください。セルマが顔を赤くしたのはその後ですよね?確かフェルの『末永く大切にしたい』発言の辺りだったと記憶しています」
「あ、あの時にはもう、好きって気持ちになってたから、赤くなってて・・・・・。惚れたのは、2人を間近で見た、自己紹介の時よ・・・・・」
「じゃあ、さっき言ってた『部屋に行く』の時にはもうその服でアピールするつもりだった?」
ニヤニヤが止まらないフェルの言葉に、セルマは意外にも首を横に振った。学校に居た時はサイドハーフアップで結っていたが今は解いており、艶やかな榛色の髪がサラサラと揺れる。
「あの時は、コルセット外しただけの、制服で行くつもりだったの」
「ん?それって一旦制服脱いで、コルセット外してからまた制服着ようとしてた?ってことは、制服をはだけさせた状態で来ようとしてたってこと?」
「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
セルマは声にならない叫び声をあげた。自分がしようとしていたことを客観的に考えさせられた結果、どれだけ恥ずかしいことなのかを自覚したようだ。
「それはそれで、恥ずかしそうですね」
「い、言わないで・・・・・・っ!」
「では、その服装での今の気持ちをどうぞ」
愉悦が止まらない様子でティナが聞くと、頭から湯気が出そうな勢いで沸騰した。ただ表情としては恍惚としたもので。
「は、恥ずかしい・・・・けど、幸せ、なのよ・・・・・。嬉しいのと、恥ずかしいのと、幸せなのが、混ざってて」
「今にも飛びそうな感じ?」
「そう、なの・・・・」
「この辺りにしておきますか?」
「まぁそうだねぇ。セルマの可愛い一面を発掘出来たからよしとしよっか。あ、でも最後に一つだけ」
するとおもむろにフェルとティナはセルマの髪を梳かし、セルマの耳元に顔を近付けた。
「お呼ばれする時、色々楽しみにしてるからね。私の愛しい人」
「ぴゃっ」
「フェル、抜け駆けはダメですよ。私達の、なんですから」
「ぴっ」
「はーい。さて!」
フェルが離れて1回手を叩く。するとハッとしたようにセルマも少しだけ冷静さを取り戻した。
「セルマをイジイジしたから遅くなっちゃったけど、3人での初めてのお茶会、始めちゃう?」
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「一応ティナと二人で飲む用でクッキー持ってきてて正解だったよー」
紅茶は何処にでも売っているものをストレートで。そしてクッキーはなんと少しだけ塩味を効かせたものだった。クッキーといえば砂糖を効かせた甘いものというのが定番だったため、セルマは少し驚きながらも受け入れていた。クッキーのほんのり塩味が、ストレートティーにある甘みを引き出しているからである。
「意外ね・・・。塩にもこんな使い方があったなんて」
「塩加減がダメだとこんな風にはならないんだけどねー。あと塩って一口に色々あるし」
「実際難しいバランスの上ですからね。これ以上は塩辛くなったりクッキーの味が濃くなってしまいますし、だからといって塩を無くすと平凡なクッキーになってしまいますから」
現在3人は、来客用の長方形のテーブルに横並びに座ってお茶会をしている。最初は丸テーブルの予定だったが、それだとセルマとの距離が開いてしまって、セルマが駄々を捏ねたためこのような形となった。また、フェルとティナは自分達が制服でセルマはネグリジェという服装の違いにも気を遣い、ティナは白いワンピースに、フェルは普段着という黒いフリルの付いた青いドレスに着替えた。もちろん生着替えであったし、セルマの姿に勝るとも劣らない露出だったため、セルマは目移りして赤くなったのは言うまでもない。
「それでセルマ。ちょーっと聞きたいんだけど、セルマって魔術使えるの?」
「まだまだ使えるとは言えないけれど、一応使えるわ」
「いいなぁ。私もティナも魔力量が少なすぎるから、セルマにさっき見せたああいう魔導具しか使えないんだ。しかもアレ、普通に魔力持ってる人が使ったら簡単に暴発しちゃうぐらいの鋭敏なやつなんだよねー」
「・・・・2人の魔力量って、大体どのぐらいなの?」
「詳しくは伏せるけど・・・・、2桁あるかどうか怪しいレベルだね」
一般的に、魔力量は多ければ多いほど上級魔術師になりやすいとされている。国に7人しかいない七賢人になる最低条件にも魔力量が150以上というものがある。また、見習い魔術師でも50は欲しいところである。それが2人は2桁が怪しいレベルとの事。ということは、自分達用に弄ってある魔導具を他人に使わせたら暴発するというのも納得のいく話だ。そうなってくると、次の話題は
「セルマはどんな魔術が得意なの?」
こうなる。
「今は水ね」
「今は、ってどういうこと?」
「まだ私自身得意な魔術が何なのか、とかが分かってないの。水の魔術は初めて適正があって使えたからなのよ」
「もしかして、適正があったから使えた水の魔術だけど、アーロンさんの婚約者になったし、別に使えなくても生きていけるから、そこで止まってたとか?」
「そうよ。ただ、アーロン様と別れて2人とってなると、その辺りも考え直さないと」
「でしたら、二年になった時の選択授業で実践魔術を受けるのはいかがでしょうか?」
その言葉に少し悩む仕草をするセルマ。返ってきた言葉はというと、
「少しでも長く、2人と居たいから・・・・」
惚気であった。この返しは想定外だったためフェルもティナも噴き出して顔が熱くなった。
「まったくもー、不意打ちでそういう事言わないでよー」
「そうですよ。まだ慣れてないんですから」
「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
また声にならない嬌声をあげるセルマ。事ここにいたってどういう意味に感じられる言葉を発したのかを悟ったようだ。たださっきとは違い表情は幸せそのものだった。
「あ」
そして何かに気づくフェル。声の先を辿ってみると、そこには空になったお皿があった。紅茶とクッキーを楽しみながら会話していたら、あっという間にお茶菓子が無くなったようだ。
「ごめん。今度からはもうちょっと多く用意しとくね」
「ううん、今度は私の方から茶菓子を持ち寄るよ」
「では、持ち寄った茶菓子でパーティでも開きましょう」
「良いねぇ、それ」
「もちろん、お泊まり会みたいなのを開いて、今みたいな服装でイチャイチャするのもいいですね。セルマ、楽しみにしてますよ?」
当然、その言葉で赤くなるのはセルマだった。
「別に私は何時でもしていいけど、セルマはちょーっと困っちゃうでしょ?」
「あうっ」
「そういえば、夏休みに私達はセルマの家にお呼ばれするんでしたっけ。その時にセルマの部屋に泊まり込みしましょうか。ちょうど良いタイミングにお泊まり会がありましたね」
「あうあう」
「可愛いねぇ」
「可愛いですね。ですが、そんな可愛い可愛いお姫様を隣の部屋に戻さないといけない時間になってきました」
「えー?」
「フェル、えー?ではありませんよ。また明日も会えますから」
「仕方ないなぁ」
そうして寒くならないようにと、フェルの制服のジャケットをセルマに羽織らせて、こんな恥ずかしい格好をしたセルマを誰にも見せたくないから2人で護衛しながら部屋に送り届けた。
「今日はありがとう。また明日」
セルマは部屋の前で2人に向き合うと、1人ずつ抱擁を交わした。2人としては早く部屋に入って欲しかったけれども、抱擁を受け入れた。初めてセルマが2人に対して自分からスキンシップをしたからである。そうしてセルマは部屋に入った。扉が閉まるまで、2人に手を振りながら。
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部屋に帰ったセルマは幸福感満載の今の状態を忘れないように、そのままベッドに入った。
「あ、ジャケット、返し忘れた・・・・・」
フェルから制服のジャケットを借りっぱなしだったことに気付いたセルマは寝るには邪魔だからと脱いで、そのまま畳もうとした。
「お嬢様、何をしていらっしゃるのですか?」
侍女の声にハッとした。フェルのジャケットを畳もうとしていたはずなのだが、実際はフェルのジャケットを抱き寄せて顔に密着させて深呼吸していた。つまり、フェルの匂いを嗅いで、幸せな気分になっていたということである。2人のことが好きすぎてこんなことをやっているのを侍女に見られてしまって顔から火がでた。
「こ、これは、その」
「構いません。お二人のことがお好きになられているのですから」
そうして侍女はセルマの邪魔をしないように離れ、机に向かった。報告書を作成するためだ。このことも報告されるかと身構えたが、よく考えれば報告書に記すのは今回の2人のことについてだから問題ないと気がついた。気がついた時にはベッドに寝転がり、フェルのジャケットを抱きしめながら匂いを吸い込んだ。幸福感を伴いながらリラックスしたセルマはそのまま睡魔に負けて行った。
侍女は主の奇行を見て見ぬふりをした。
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同時刻。自室に戻ったフェルとティナは相談していた。
「それで、何を作りましょうか?」
「まぁとりあえずは訓練場じゃない?物理と魔術とで2つは欲しいよね」
「ぐっすり眠れるように睡眠室も必要ですね」
「あとは調理室と教室みたいな座学ができそうな所?」
「座学は訓練場に椅子と机と黒板で良いのでは?」
「確かに。となると、訓練場の方に休憩室みたいなのが欲しいかも」
「それならその休憩室に調理室と睡眠所を併設するのはどうでしょう?もちろん調理室は簡易的なものになりますが」
「あー、それアリ。場所はどうする?」
「床下で問題ないかと」
「あ、そうだ。簡単な更衣室も欲しいかな。特に物理の方だと汗かくでしょ。部屋に戻ってシャワー浴びる、っていうのも不自然になっちゃうし」
「そうですね。それなら休憩室に更衣室と浴場も入れておきましょうか。時間の流れは?」
「最低1/100。そこはティナの思う通りにやっちゃっていいよ」
「分かりました。では、おやすみなさい。フェル」
「おやすみー、ティナー」