それからのセルマの時間は飛ぶように速かった。保健委員としてのお仕事をフェルやティナに手伝ってもらつたり、ラナとも色んな意見を交換して仲良くなったり、休みの日になれば2人に連れて行ってもらってフィアのところで魔術のお勉強。放課後や魔術の勉強の合間には他の人に見られていないからとかご褒美などと理由をつけて婚約者同士でイチャイチャと。実は保健室を閉めてのイチャイチャも何度かやっている。
カロラインやその取り巻きからの弄りも心強い婚約者2人とラナのおかげで回避することが出来た上、むしろよく居るグループとして認識されたため多数対一人への弄りが得意だったカロラインとその取り巻き達は迂闊に手が出せなくなった。もちろんラナも巻き込んで愚痴を言ったり対処法を相談するようになったためセルマは今までよりも明るく儚げになった。それこそ、ラナもたまに顔が赤くなるほど。セルマという少女の魅力は荒削りの状態でこれだから、もし本当の輝きを取り戻した時にはどうなるのかフェルとティナは楽しみになった。
そうして月日は早いもので夏休み前最後のイベント、卒業式の日となった。といっても卒業式自体は出席するだけの簡単な作業である。首席でもないし生徒会役員でもない一般生徒のため送辞を言う必要も無い。そしてこの卒業式とその後に行われる夜の舞踏会が終われば夏休みに突入である。そのためさっさと舞踏会を抜け出して夏休みに突入したかったのだが、フェルとティナの眼の前には一つ上の学年を示すスカーフを首元に巻いた男子生徒が居た。そしてその男子生徒が2人に問う。
「君たちはここで何をしているのかな?」
「えーっと、貴方は?」
「フェル、生徒会長兼第2王子殿下ですよ」
「殿下ぁ!?」
リディル王国の第2王子が立ちはだかった。
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リディル王国第2王子、フェリクス・アーク・リディル。クロックフォード公爵を母方の祖父に持つ、所謂王族である。送辞も述べたそんな彼が舞踏会ではなくこちらに興味を示したことに、一抹の不安を覚えた。
「君たちはどうして舞踏会から逃げ出したのかな?」
「この舞踏会は言ってしまえば先輩とのお別れ会だからですね。私達は時期が悪かったのもありますが2ヶ月ぐらい前に編入したばかりで、先輩方とは関係を結べていません。そうなるとお別れ会に参加したところで食事を摂るぐらいしかできません。それでは場違いになってしまうためですね」
「なるほど、確かにそれはそうだね。そういえばどうして2ヶ月ぐらい前に編入することになったのかな?」
「あー、それは・・・・・」
「本来であれば夏休み後のタイミングで編入予定だったのですが、住んでいる場所がケルベック領のさらに辺鄙なところでして。早めの行動を心がけた結果2ヶ月半前にセレンディア学園に到着してしまいまして、校長の計らいもあって2ヶ月前倒しで編入という形になりました」
「なるほどね」
「その辺りは校長に聞かれた方がよろしいかと」
ここまでの質問は想定通り。対して納得したように頷く殿下だったが、唐突に内緒話をするかのように声を潜めた。
「そういえば生徒会会計のステイル伯爵令息がよく癇癪を起こすようになっていたけど、君たちの仕業かな?」
「ステイル伯爵令息?」
「確かアーロンさんのことだと記憶しています。彼は婚約者のはずのセルマからお金を貢がせて豪遊に使っていたのですから。あと豪遊の規模からして生徒会のお金を無断で使用している可能性があります。会計との事なので帳簿などの改竄はお手の物かと」
「あぁ、アーロンさんのことね。私としては政略結婚だからって愛も与えられずに金づるになるのを黙って見過ごす、なんて事は出来なかったからね。そしたらそこから仲良くなったって感じ。アーロンさんがまともなら私もあんまり関わらなかったんだけどね」
「なるほど。君たちからすれば自業自得だと」
「むしろアーロンさんは女の敵だと思ってます。婚約者を財布代わりにしていますし、他のお金にも手をつけて婚約者以外の女性を侍らせて遊び呆けているので。それに、アーロンさんが生徒会予算を使い込んでいることは殿下もご存知なのでしょう?」
フェリクスは少し目を見開いた。予想通りの話の中身だったから、ティナが仕掛ける。
「先程のアーロンさんに対する文句で殿下は驚いていなかったので。もちろん王族なので腹芸をこなさないといけないために顔の皮が厚い可能性も捨てきれませんが」
「そんなに分かりやすかったかい?」
「私でも見逃しそうになったほど微細でしたよ」
そんな駆け引き?をしていると、遠くから誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。その人物は誰かを探しているようだ。
「フェルー、ティナー」
「あ、セルマの声だ」
「申し訳ありませんが、私達はここで失礼します」
そうして離れようとしてティナだけ振り返る。
「最後に一つだけ、よろしいでしょうか?」
「何かな?」
「トカゲは焼くと美味しいですよ。白いと毒の危険性もありますが」
それでは、と言いつつセルマの声の方に向かう二人。後に残されたフェリクスはというと。
「ウィル」
「ここに」
「君から見た2人はどうだった?」
「何ということは無い2人でした。魔力も殆どない一般人かと」
「でも、君の事には気がついていた」
「まだ彼女達は隠しているものがある、と?」
「どうだろうね。でもただの一般人では無いのは確かだよ」
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セルマの声が聞こえた方にフェルは小走りで、ティナは地面に足を付けずに滑るように移動していた。そんな中でフェルはティナに疑問を投げかける。
「あんなにヒント与えて良かったの?」
「答えに辿り着いていないなら、ヒントでもなんでも無いですからね。ただ・・・・・」
「ただ?」
「こんなことなら見た時に即座に焼けば良かったと、少し後悔しています。あの感じだとただのトカゲではありませんし」
「だよねー。魔法生物か、もしくは精霊か」
「その場合、魔術が使えないはずの殿下が魔術関連を身につけているという矛盾が発生しますね」
「あの感じだと殿下は魔術関連知ってるね。向こうも何かは隠してるってことでいいんじゃないの?」
「何話してるの?」
声のするほうを見ると探し人のセルマが見つかった。制服ではなく、夜色のドレスをその身にまとって。
「あ、聞いてよセルマー。さっき第2王子殿下と会って、舞踏会の辞退に対して白い目で見られたとこなんだよー」
「で、殿下と!?どんな話をしたの!?」
「舞踏会から逃げようとしたら咎められたー」
「ちゃっかり探りも入れられましたね。私達はまだ普通だというのに」
「〈砂糖の魔女〉の幼馴染というだけで普通じゃないと思う・・・・」
「いや、その辺りは後付けだからね?〈砂糖の魔女〉になる前は魔法とか大好きなただのフィアだったし、最初から上級魔術師資格持ってた訳じゃないし」
「・・・・・確かにそうだけど、そういう人が友達に居るのがすごいことだと思うよ」
そう言いながらセルマは婚約者2人のことをまじまじと見つめる。
フェルはいつもの普段着と主張する青黒のドレス。月明かりに照らされて白とも銀ともつかないロングヘアが輝きを放ち、意外と露出の多い肌はいつもよりも白く美しく見える。あとティナに負けず劣らずな胸元もかなり素肌を見せている。
対してティナはというと布を着ていた。そうとしか表現出来ない服だった。長方形の長い布を二つに折り、折り目に首を通すための穴を空けただけという、服と呼んでいいのか怪しいモノだった。もちろん殆ど素肌をさらけ出して居るためセクシーの度を超えた暴力的な色気を感じた。もちろん前と後ろを固定している訳でもないため、脇腹などは露出し放題であった。
「ティ、ティナ・・・・?」
「なんでしょうか?」
見ているセルマの方が恥ずかしくなる格好だというのに、ティナは平常運転だった。
「その格好で殿下と・・・・・?」
「流石にこんな格好では殿下とは話せませんよ。上にローブを羽織っていました」
「それじゃあ・・・・」
「はい」
ティナは薄く笑みを浮かべる。セルマはティナがそんな格好だからだろうか、それとも笑みのせいなのか見蕩れて顔が真っ赤になる。
「ここにはフェルとセルマしか居ませんから。それに今日は舞踏会なので、ここで踊りませんか?」
月明かりが照らす天然の舞台で、セルマに手を伸ばす2人の婚約者。そんな2人の綺麗な手を見つめて、セルマは両方の手を取った。
「いやいや、セルマ?3人同時には踊れないよ?」
「じゃあその、フェルからで、良い?」
「やった」
「セルマはデザートを後に取っておく派なのですね」
「ティナがそんな格好なのがいけないからっ」
「セルマも同じ格好になれば良いのでは?」
「2人みたいに肉付き良くないし、胸も・・・・」
自分と2人の胸元に圧倒的差があるのを見てセルマは自分の胸に手を当てて項垂れる。が2人は全く気にしていなかった。
「そんなのこれから成長しますよ」
「そーそー。それに大きすぎるのは服のサイズが合わなくなるから結構もったいないんだよ?新しく仕立ててもらってお気に入りになった服が着れなくなるとか」
「それは、その・・・・胸元だけ変えられるようにすれば・・・・・」
「あー、その発想はなかった。でも色変えるならダサくならないようにしないといけないし、同じ色なら手に入りやすさも考えないとね?」
「まぁ、まだ起こってもいないことを考えるのはやめませんか?」
そう言いながらティナは大きな胸でセルマの頭を挟み込んだ。セルマは背後から挟み込まれたせいで生暖かく柔らかいものが何なのか分からずソレを手で触ってしまった。ティナの素肌だと判明した時には目の前が真っ赤に染まるほど顔も体も熱くなり、幸せメーターの限界値が壊れそうになっていた。
「ここには3人だけなので、こういうのも許されるとは思いませんか?」
「わーお。だいたーん」
「てぃなぁ」
フェルと踊るために幸せな感触から抜け出すと、フェルに抱き寄せられそのままフェルの胸の谷間にセルマの顔がダイブした。そのままフェルが踊り出そうとするので足がもつれて転けそうになる。が、フェルはセルマの体を引っ張り上げて回避する。これでは踊っているというより踊らされている。操り人形ように好き勝手されて踊らされている。
「フェル、その・・・・」
「ん?どしたの?」
「これじゃあその」
「幸せだけど私の顔が見えないし、何よりキスできないって?」
「そ、そこまでは」
「ごめんね。セルマが可愛すぎて美しすぎてハメとかタガとか色々外れちゃってたや」
すると踊りながらセルマの顔をフェルの胸から出して見つめあえるようにする。フェルの胸から離れる時セルマは思わず「あっ」と声を出してしまい、声が出たことにセルマは赤面、その声が聞こえたフェルとティナは蠱惑的な笑みを浮かべる。
「へー。そういうこと、好きなんだ?」
「あうっ」
「後で、いっぱいしてあげますよ」
「ぴゃっ」
ゆったりとしたリズムでセルマはフェルにリードされる。リズムはゆったりなのにステップは激しい。でもセルマが転けそうになるとアドリブや移動でフォローする。初めてとは思えないその足捌きに、不安になってセルマは口を開く。
「もしかして誰かと踊ったことがあるの?」
「ん?あー、フィアとティナとだね。あとは母親にみっちり仕込まれたりもしたけどねー」
「後で私と踊るのでしたら、リズム変えてやってみますか?」
「えっ、でも音楽が・・・・」
「大丈夫だよ。適当でいいなら弾いとくよ」
何が大丈夫なのかは分からないが、一旦置いておいてフェルとのダンスに興じることにした。フェルの長い白銀の髪が靡き大きな胸が揺れる。それに見蕩れて足がもつれて転けそうになると程度によってフェルのフォローが入る。軽くつまづく程度であれば抱きしめてフェルの体を支えにするように。バランスを崩して転けそうになると抱き上げてセルマの足を地面から離し、落ち着いたら下ろしてくれる。それでいてダンスは止まらない。ゆったりとした社交ダンスではなく、それこそ演劇で使われるような舞踏だった。ただフェルのリードが上手過ぎて激しい舞踏だというのにセルマの息が全く上がらないし、セルマを軽々と持ち上げるが華奢な腕のどこにそんな力があるのか、もし細い腕のままで鍛えられる方法があるのなら聞いてみたいと思った。
「フェル、交代です」
「えー?もうちょっとやらせてよ」
「それを許可すると永遠に『もうちょっと』になるのでダメです」
「仕方ないなぁ」
「あぁ、そこの木陰にあるので」
「ほいほい。あ、これね。弾き語りとかした方がいい?」
「そこはお任せします」
フェルと踊っているとティナの方に移動し、そのまま勢いを付けてセルマはティナの方に飛ばされる。つまづいて転けそうになるがいいタイミングでティナがキャッチ。セルマはまたティナの胸に顔を埋める羽目に。耳まで赤くなるのは当然の帰結である。フェルはというとそのままティナが指定した木陰に向かい、何かを持ってきた。
「弾き語りといえばこれでしょー」
「えっと、ギター?」
「そうそう。お、良さげな切り株あるじゃーん」
「・・・・・弾けるの?」
「大体のものは全部出来るよー。あ、疑ってる目しないでよ。えーっと、ここがこれでアレだから、こうかな?」
そう言ってペグを回してチューニングしつつ、完成したと思ったところでフェルは足でリズムを取りながら頭を振り始めた。
「フェル。その曲は社交界には合わないですよ。音楽ライブする時にソロでしてください」
「えー?このぐらい激しい方がいいんじゃないの?」
「私の格好、分かってますよね?」
「それは着てきたティナが悪い」
言いながらも頭を悩ませるフェルだったが、今度はスローテンポな曲を弾き始めた。フェルの歌唱付きで。
「その曲の方が良さそうですね。ではセルマ、踊りましょうか?」
「わ、分かった」
セルマとしてはティナの服装が服装なので彼女の一挙手一投足に注目してしまい恥ずかしくなっていたが、ティナはいつもの表情から動いていなかった。
「これでも恥ずかしいんですよ?表情には出ていないと思いますが」
「・・・・そんなに分かりやすかったの?」
「えぇ。見てて面白いですよ。私の服が揺れたりして素肌が見えそうになると顔を赤くしながら背けたり、たまに見てしまって目を閉じたりしてますから。可愛いですね」
ボッと点火したかのように赤くなるセルマの顔。反射的に手で顔を覆おうとしても、ゆったりと一緒に踊るティナが手を掴んで離さないためセルマの赤くて緩みきった表情が晒される。その表情の主成分は―――幸福。
「これからは、そういうのを全面に出していきましょうか。幸せなのは喜ばしいことなので」
「そーそー。そういうの振りまいてさ、セルマは幸せだってアピールした方がいいって」
間奏に入ったのかフェルも話に入ってくる。ダンスの方はゆったりした曲調だからかフェルの時とは一転してよくある社交界での踊りとなっていた。ティナのリードは素晴らしく、セルマのペースに合わせた上で最高のパフォーマンスを引き出していた。もちろんティナ自身も、型破りとまでは行かないがところどころ既存の踊り方をアレンジして舞っていた。
「だって、今のセルマの表情、すっごく幸せそうだし、見てるこっちが惚れてしまうぐらいだからね」
「そうですよ。今の表情を他の人にも見せてあげたいですね」
2人のその言葉に対して、もっと幸せになりたくて、2人の尻に敷かれたくて、コクンと頷いた。
世界に3人しか居ないと錯覚するほど静かで月が照らす自然の舞台で、全員幸せそうな表情で舞い踊り続ける。記録しておきたいと思うほどの幸せ空間のことは、記憶から消え去ることは絶対にないだろう。