一話 始まり
遥か遠くの地平線が見えるほど開けた路面を、ガタンガタンと音を鳴り響かせながら走る電車の車内、俺は側面に沿うように設置されている座席に腰を下ろして座っていた。
窓から外の様子を見てみれば、丁度夜明けのタイミングだったようで、少しずつ太陽が昇り始めている。地平線の先からは太陽の光が周囲の闇を払うかのように照らしていく。そして、その光は次第に窓から車内へと差し込み、暗かった車内も次第に明るくなっていく。
『……私のミスでした』
俺の対面に座る少女は唐突にそう口にした。
俺は少女が言葉を発したタイミングで、初めて少女の存在に気が付いた。すぐに周囲を見渡して俺と少女以外に誰が居るか、ここは一体どんな場所なのかを把握しようとした。けれど、朝日が昇るような時間だからなのか、俺と少女の二人以外人の影は見えず、他の車両の中にも人の姿は見えない。どうやら、この電車に乗っているのは俺と対面の少女の二人だけのようだ。
『私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況』
正面に向き直り、少女の顔を見ようとした。けれど、少女は丁度太陽を背にしていたため、少女の背後から太陽の強い光が差し込み、少女の顔には逆光によって濃い影が落とされてしまっている。この暗さでは少女の顔を見てどんな顔をしているのか認識することができない。
体を動かして少女の顔を覗き込もうとする。けれど、不思議なことに体は金縛りにでもあってしまっているかのように、まるで石になってしまったかのように動かない。
そして遅れて気が付いたが、「万能探知」が上手く機能していないのか、俺の視界の補助が行われていなかった。いきなり見ず知らずの場所に加えて、謎の視界不良、これらが同時に起きれば焦りが生まれるはずだが、不思議な事に俺の心の中では何故か焦りは生まれてこなかった。
『結局、この結果に辿り着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……』
そういえば、この状況になってから少しの時間が経っているにも関わらず、相棒、シエルの声が聞こえてこない。この手の事象ならば俺よりも圧倒的に早く気が付き、誰よりも早く気が付いて、問題の対処をしている。それなのに未だにシエルが動いている様子が無い事に疑問を覚える。
『……今更図々しいですが、お願いします』
《
『リムル先生、きっと私の話を忘れてしまうでしょうが、それでも構いません』
目の前の少女が話しをしているが、少女の話に割り込むかのように、聞き馴染みがあり頼り甲斐のある声が聞こえてきた様な気がする。
『何も思い出せなくても、恐らくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……』
《
『ですから……大事なのは経験ではなく、選択。あなたにしかできない選択の数々』
少女の顔は相変わらずはっきりとは見えない。それでも、少しずつ見ることができる。そして、顔だけでなく少女の全体像を見るために、焦点を手前へとずらしていく。
何故今まで気が付かなかったのだろうか、少女の顔か頭部に怪我があるのか、頬に血が伝っている。腹部には何かに刺されたのか、服に穴が空いていて酷く出血している。服も全体的にボロボロで直前で戦闘でもあったのかと思わせる程のものだった。今直ぐにでも手当を行わなければいけない程に、危険な状態であるにも関わらず、少女は自分自身の体に怪我があっても気にせずまるでどこ吹く風、平然とした表情のまま話し続ける。
すぐにフルポーションを取り出して、少女の傷口にかけようとするが、やはり俺の体は動かない。
『責任を負う者について、話したことがありましたね。あの時の私にはわかりませんでしたが……今なら理解できます。大人としての、責任と義務。そして、延長線上にあった、あなたの選択。それが意味する心延えも』
《
『ですから、先生。私が信じられる大人で、世界を救ったあなたなら、この捻じれて歪んだ先の終着地点とは、また別の結果を……そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです』
《
『だから先生、どうか……』
《
突然、俺の体が何かに勢いよく引っ張られて電車の外へと放り出される。独特の浮遊感に襲われながら、ただ世界が崩壊していく様子しか見ていることができない。
「うおぉ!?」
変な声を出しながら被さっていた布団を蹴り飛ばし飛び起きる。そして、周囲の状況を確認する。
ここは
「今のは……夢だったのか?」
どうやら、俺が先程まで見ていた光景は夢だったようだ。そして、あそこで覚えた違和感や不自然さは夢の世界だったからと納得がいった。
それにしても、電車なんてかなり懐かしいものが夢の中に出てきた。俺がこっちの世界に来てからもうかなりの時間が経っている。異世界に行って電車を見ることはあったけど、それも大分前の話だった。そんなものが夢に出てくるなんて意外なものだ。
夢の中に出てきた物に懐かしさを覚えつつ、別のことに疑問を覚える。結局夢の中に出てきた少女は一体何者だったのだろうか。立場上多くの人達に関りを持つことがあれど、ああした少女に出会った覚えはない。出会った事がない少女が夢に出てきたことが不思議であり、あの少女は一体何者だったのだろうか。
「シエル、一体何があったんだ?」
夢の内容に疑問を覚えつつも、このことは一先ず置いておく。今は俺の夢の件よりも、寝ていた俺にシエルが何度も呼び掛けて起こそうとしていた方が大事だ。
《何があったではありません。一向に起きる気配が無かったので心配いたしました》
「え? そんなに俺寝てたか?」
そんなに俺って寝ていたのかな?そこまで寝ていたつもりはないんだけど。ほら、障子からは光が通り抜けて……通り抜けて?
直ぐに障子を開けて外の様子を見る。既に太陽は大分高い所まで昇ってしまっている。
「うげぇ、やばい。今日も業務があるってのに」
俺は急いで支度を済ませる。こうした時、スライムの体は食事が必要ではないことと、物を体内に仕舞っておける事に利便性を感じる。
それにしても、どうして俺は寝ていたんだっけか。スライム生になってから寝る必要なんて無くなったし。前に夢を見た時だって、ベスターの新薬の治験で俺が薬を飲んだ結果、やばい夢を見ることになったから研究をやめさせたし。第一、俺はその薬を飲んだ覚えもないし。
《先日、お忍びで遊びに来たルミナスと一緒にお酒を飲みましたよね?》
「あ……」
シエルに告げられて、昨晩俺が何をしていたのかを鮮明に思い出した。
先日お忍びで遊びに来たルミナスと一緒に新作のお酒を試飲と言って、結構な量のお酒を呑んでいたんだっけか。それで、ルミナスが毒耐性を弱めて気持ち良く酔っている所を見て、俺も毒耐性を弱めてアルコールに気持ちよく酔っていたんだっけか・それで、俺は記憶を飛ばす程に飲んで酔って、自室に戻って布団を敷いて寝ていたと。
《本日の業務に差し支えるので解毒してありますが、次はありませんよ》
はい、ごめんなさい。
シエルに釘を刺されつつも、また新たな疑問を覚える。
「俺が寝るなんて珍しいよな」
前提として俺が寝る必要は本当にないのだ。スライムの体は魔素さえあれば生命としてのサイクルは完結しているため、仮にひどく酒に酔っていたとしても寝る事はないはずだった。
《突然
「は? どうして?」
《わかりません。前回毒耐性を弱めて酔い潰れた際には
スライム生で寝ることは何度かあれど、
過去に俺が
「まぁ、なんともなかったのならいいかな?」
異常事態と言えど、事が起きたのは
《状態異常無効を再起動してあります。なお、この耐性への再干渉は当分の期間受け付けられません》
シエル先生が真面目に怒っている事だろう。
俺はシエルに怒られつつ執務館へと向かい、職場である執務室へ入った。既に俺の机の上には山積みになった木の板がある。
紙の製造ができるようになっても、未だに数は多くなく書類仕事に使うのには向いていない。そのため木の板を使ってそこに文字を書いているが、紙よりも厚みがあり容易に見上げるほどの高さに積み上げられるため、思わず気がめいってしまう。
それでも俺はそれらを片付けていく。山積みとなった書類の多くは、先日遊びに来たミリムが破壊してしまった建物の外壁、街路樹、街頭等々の修繕費用の請求書、巻き込まれた住民への医療費や慰謝料。ルミナスと話していた国交に関わる正式な書類、これには貴重な紙を使っていく。
「しっかし、平和になったなぁ」
書類にサインをしながら言葉を漏らす。
ユウキとの決戦からかなりの時間が経った。あれ程の大規模な決戦の話は直ぐに世界中へと伝わり、俺達の国
昔の様に俺の独断と裁量であれこれを決めていた時から、今では部下達の成長と俺の隠居生活をすることができるようにと、部下達の裁量で色んなことを決めてできるようにと、常に俺に頼らなくても国家運営が行えるように少しずつ移行させている。
「リムル様失礼します。追加の書類です」
執務室の戸をノックして入ってきたのはリグルドだった、その手には両手で抱える程の大量の書類があった。
「ああ、リグルド。そこに置いておいてくれ」
「わかりました」
「それと、こっちの書類は確認してハンコが押してあるのと、そっちは差し戻す書類があるから運んでおいてくれ」
「はい」
ようやく終わりが見えてきていた書類の山が再び見上げる程に成った事に思わずため息を漏らしたくなる。いくら業務と権限の移行を進めていると言えど、俺が対応と確認しなければいけない書類が沢山ある。特にミリムとヴェルドラ、ラミリスの三人がやらかした問題に関しては、俺が直接出向かなければいけない問題が大半である為、未だに俺が休めるような暇はない。
「そういえば、リムル様」
「ん?どうしたリグルド?」
持っていた大量の書類を置いたリグルドは何かを思い出したかのように話し出す。
「最近、こちらに就職したいと言っている方が居るのですがどうしましょうか?」
「え?就職したいって、ここ執務館に?俺の記憶が確かなら執務館は求人なんて出していないし、働き口なら商工業地区や観光娯楽地区とかで沢山出ているはずだろ」
「ええ、ですが、その方はりれきしょ?なる物を送ってきておりまして、それがこちらです」
「履歴書って・・・こっちの世界でそんな言葉を聞くなんて思いもしなかったよ。異世界人かな?」
リグルドから履歴書と言うモノを受け取り目を通す。流石に写真は張り付けられておらず、線も定規を使ってか手書きで書かれたもの。来歴もまあ、この世界で見て何か役に立つかと聞かれると怪しいものだ、出身地にも目を通し。
「ん?リグルドこの砂漠の地名って何処だか知ってるか?」
「いえ、私も存じ上げませんね。もしかしたら私達が知る国よりもずっと遠くの場所か、一般的には知られていない場所かもしれませんね」
履歴書に書かれている聞き覚えのない砂漠の地名に疑問を覚える。リグルドが知らないことはそこまで驚かなかったが、なんでもシエル先生もこの地名を知らないそうだ。適当に書かれた地名か、誤字かもしれない。そう思いつつ履歴書を机の隅へ置き、後日その人の面接をすることにするとして処理する。
リグルドは書類を持っていき、俺は黙々と目の前の書類を片付けていく。そんな時だった。
《不明な転移術を観測……
「ん?」
突然、シエルがそんなことを告げた。俺はその事に不思議を思い、周囲を見渡すが何かが行われた様な痕跡は見えなかった。かと言ってシエルがこうした悪戯をする質ではない。となれば、実際に何かが起きていて、シエルがそれに対処したはず。
「シエル、一体何があったんだ?」
《外部からリムル様を狙った転移術を確認しましたが、迅速に無力化を行いました》
「逆探知、誰が何処でやったかわかるか?」
《逆探知には成功しましたが、術者の特定には至りませんでした。また、問題が一つ》
「どんな問題だ?」
《この世界からの干渉ではありません》
「この世界からじゃないって……異世界からか?」
この世界が異世界に関わる事なんて初めてではない。俺は地球から転生してこの世界に来た、知り合いの何人かは転移あるいは召喚によってこの世界に来ている。過去には|日本から別の世界に転生した少年はその世界の神を転生特典として連れて行き、転生した先の世界で出会った仲間を連れた集団がこちらの世界に来たり、アイドルが来たり、魔王一行が来たり、別の世界の魔王を倒した勇者一行の一人だった魔法使いとその仲間が来たり。この世界に異世界の人達が来ることは初めてではなく、そこまで珍しいことではない。
《はい、ですが、先程の転移術を解析した結果、類似する形式の術式を使用している世界はありません》
「なら、まったく関係ない世界からの干渉ってことか?」
これまで俺が知る限り関りを持ったどの異世界とも一致しない、全く知らない異世界から俺を狙って転移術が使われた。何故自分が狙われただけでなく、全く関りのない異世界のものがこんなことをしたのかと新しい疑問が生まれる。
《リムル様。この転移術を行使した相手について調べてみませんでしょうか》
「どうしてだ?」
シエルの提案に疑問を浮かべるが、正直に言ってこれまでシエルがやってきた行いから嫌な予感しかしない。純粋にシエルの知識欲が刺激されてしまい、遂には他の世界について調べに行きたい。そう思っているよな気がしてならない。
《他の世界に対して干渉できる転移術を行使できる相手ならば、いつもう一度行使されるかわかりません。その際はリムル様以外の人物が狙われるかもしれません。たとえば、国民など》
シエルに最もらしい理由で返されてしまった。おまけにこう返されてしまっては、俺はこの事態に対して真剣に取り組まなくてはいけなくなってしまった。
俺は目の前の書類を片付けると、思念伝達を使い役職持ちの幹部達全員に緊急招集を行った。ただし、その中にヴェルドラとラミリスは居ない。
平和な日々を送っていて、各々が自分達の仕事をしていたにも関わらず緊急招集に応じて、皆は自分達の仕事を中断して執務館に在る会議室に集まった。
「リムル様、全員到着いたしました」
ディアブロがそう告げて、俺の隣に立つ。
「皆急で呼び出してしまってすまない」
「いえ、構いませんよ。俺達は何時でも動けるようにしていますから」
「業務は他の者達に任せてきています。少しの間抜ける程度ならば問題ありません」
俺の謝罪に対して、ベニマルとゲルドは問題が無いと返してくれる。他の者達も頷いていて問題ないことを示していて、それよりもこれから話す議題に向けて真剣な表情をしていた。
「それで、リムル様。一体何があったのでしょうか、全ての部門トップ全員を招集することとなればただ事ではないと思いますが」
「ああ、先程異世界からの干渉を確認した」
「また異世界からですか・・・以前の様に異世界から来た方々を捜索しましょうか?」
部下達も異世界の人達と関わる事は初めてではない。これから起きるであろうトラブルを想定して、自分達ができる範囲で対処できることを提案しようとする。
「ああ、頼む。警備隊、
「「「わかりました」」」
それから、各部署たちに緊急時対応の指示を出してきて、いつ異世界人がトラブルを起こしてもいいように準備する。最善なのはトラブルを起こす前に異世界人を保護することができればいいのだけれど。
「そういえば、リムル先生はどうするのでしょうか?」
「ん?俺か?俺は転移術を使ってきた相手が居る世界に行こうと思う」
「それならば、この私シオンもご一緒に」
「いいえ、ここは私ディアブロが同行いたします」
何時もの様に秘書二人が互いにバチバチと火花を散らせながら睨み合っている事は無視して、俺は二人の提案を真っ向から却下する。
「悪いけれど、今回は誰一人動向を認めることができない」
「な、何故ですか!!」
一緒に行けないことを知って残念がるシオンと露骨に小さるなるランガ。
「今回俺が行くのは、何も知らない異世界だ。相手の実力もどんな世界なのかも不明である以上、俺がお前達の事を庇い切れない可能性がある。俺一人だけならば最悪こっちの世界に戻る形で離脱することができるが、皆の安全を保障できないことには変わりない」
「・・・わかりました」
シオンは不服ながらも、自分達の身を案じて言っている事は分かっているため大人しく引き下がった。
「それと、これは一番大事なことだが、全員この一件は他言無用かつ、ヴェルドラとラミリス、ミリムには絶対に漏らさないように」
これには全員がうなずいた。この三人に知られれば、確実に面倒なことになる。変に耳がいい、ルミナスとギィのことも警戒しなければならないが、それよりもこの三人は警戒しなければいけない。
準備を終えると、俺はヴェルドラとラミリスに見つからないように自室へと向かい、転移術を始めた。
虚無からエネルギーを持ち出して、シエルのサポートの元転移先とこの場所を繋げる。そして、実際に転移術を使って初めて分かったことだが、虚無からエネルギーを持ち出さなければいけないほどの大量のエネルギーを使ってようやく繋げられるほどの場所との転移。
俺に対して転移術を行使した相手も、虚無からエネルギーを持ち出せるのか、それだけのエネルギーをどうにかし
らさないように」
これには全員がうなずいた。この三人に知られれば、確実に面倒なことになる。変に耳がいい、ルミナスとギィのことも警戒しなければならないが、それよりもこの三人は警戒しなければいけない。
準備を終えると、俺はヴェルドラとラミリスに見つからないように自室へと向かい、転移術を始めた。
虚無からエネルギーを持ち出して、シエルのサポートの元転移先とこの場所を繋げる。そして、実際に転移術を使って初めて分かったことだが、虚無からエネルギーを持ち出さなければいけないほどの大量のエネルギーを使ってようやく繋げられるほどの場所との転移。
俺に対して転移術を行使した相手も、虚無からエネルギーを持ち出せるのか、それだけのエネルギーをどうにかして賄うことができるのか、まだ見ぬ相手に警戒を示しながら、相手の世界へと渡った。