何故こいつがホシノの退学届けを持っている。その疑問が俺も、後ろにいるシロコ達も覚えた。
「魔王相手に冗談を言うなんて相当肝が据わっているんじゃないのか?」
俺は黒服が持っている退学届けを奪い取り確認する。署名の欄には小鳥遊ホシノ、彼女の名が記されている。書体は本当に彼女が書いたものなのか判別ができない。
「いえいえ、そのような冗談を申しているつもりはありませんよ」
「へぇ?じゃあ、聞き方を変えるよ。これはお前が書かせたのか?」
ホシノがこの退学届けを自主的に書いたのか、こいつの指示によって書かされたのかによってこの退学届の意味は大きく異なってしまう。だからこそ、その点を問わなければいけない。
「そうですね、リムル先生にとってはそこが気になってしまうでしょう。その質問の答えは彼女が自分の意志で書いた物でもあり、私が書かせた物でもあるといえるでしょう」
曖昧な回答、この退学届けには二人が関わって記入したと言うのだろうか。
「小鳥遊ホシノと私の間で一つの契約を交わしました。そして彼女と話したうえで用意したものですから」
「契約だと?一体どんな契約をしたんだ」
一体いつホシノが黒服と契約を交わしたのか。おそらく先ほどこの場所から離れていった時に契約しただろうが、こいつが契約の時に提示する条件がろくなものではなさそうだ。
「それを聞いてどうするのですか?あなたには関係のない話だと思いますが」
「関係ないか関係ないかは俺が決める。それに俺は先生の役職に就いている。先生ならば生徒達の身の安全を考えるのは当たり前だろ?」
「なるほど、つまりリムル先生は小鳥遊ホシノが私と関わっていることは安全ではないとお思いと」
「ああ」
刀はまだ収めていない。振るおうと思えば黒服の首を跳ね飛ばすことができる、それは黒服も理解しているはずなのに、こいつは一切の怯えも恐怖も見せていない。それどころか俺の圧にはどこ吹く風、全く気にしていなかった。
「その理屈で言うのでしたらば、リムル先生が小鳥遊ホシノを守ろうとするのは筋が通らないのではないでしょうか?」
「なに?」
「小鳥遊ホシノは退学届けを出しました。小鳥遊ホシノはすでにアビドス校の生徒ではありません。生徒でなければあなたが守る対象ではないでしょう?」
「退学届は申請書類だ。申請は受理されなければ意味をなさない。それに現状アビドス校の教職は俺が務めていることになる、責任者の退学届の受理がしなければこれはただの紙切れだ」
俺はホシノの名が記されている退学届を破り捨てる。
お互いに言っていることはただの屁理屈でしかない。黒服のホシノに関わっていたタイミングはいつ頃からかは知らないが、少なくとも俺がこちらに来てからも何度かはあった筈。それならば、契約する前のホシノを守る口実になる。
一方で、この退学届の扱いは面倒なものだ。現状アビドス校に責任者はいない。いや、正確には一人だけ残されていた。アビドス生徒会副会長小鳥遊ホシノ、彼女がアビドス校の最終決定権を持っていた。そんな彼女が自主退学を申し出ているのだから、誰がそれを受理するのかの話になる。外部の組織である俺がホシノの退学届を拒否することができるかと言われればなんとも言えないところだ。
「ふむ、面倒ですね」
「ああ、そうだな」
「まあ、退学届けが受理されない可能性は考慮していました。ここは引くことにしましょう」
黒服はあっさりと身を引いた。けれど、何も問題が解決した訳では無い。
「ホシノに一体何をした?」
「いえ、まだ何もしていませんよ。ただ、場所は移してもらいましたが」
「ホシノをどうするつもりだ?」
「それをお答えする義理はありませんよ」
「ホシノはどこだ?」
「どこでしょうね」
ホシノの実力を考えれば並大抵の相手にやられることは考えられない。そもそもホシノはキヴォトスでも上澄みの実力者として見ていいはずだ。そんな彼女が力付くで何かをされたとは考えにくい。ならば、この黒服に弱みを漬け込まれたか?
思考加速した中で考える、何故ホシノがこのタイミングで黒服と契約を交わした。アビドス校舎が崩壊した直後に何ができる?黒服はカイザーと関わりを持っていても、その関係を捨ててまで何ができる。黒服の目的は何だ?
《推察 個体名「小鳥遊ホシノ」の神秘は観測された生物の中で一番の神秘を保有しています。黒服の発言から個体名「小鳥遊ホシノ」を実験の素体にする可能性があります》
ホシノが狙われる理由はあったのか。
「話がそれてしまいましたが、もう一つ、これはアビドス生徒の方々にお渡しするものがあります」
黒服が次に取り出したモノ、シロコ達は黒服相手に敵意剥き出しではあるものの、引き金を引くのを抑えて話を聞いている。そして、アヤネがそれを受け取った。
「!?これは」
「今の貴方がたには必要なものでしょう」
渡されたモノを見て驚いたアヤネ。一体何を渡されたのかと思って覗き込んで見れば、かなりの枚数がある書類だった。
「アビドス生がアビドス校舎再建しようと思うのでしたら、私の方から支援をさせていただきます。もちろん無償でです」
現状藁にも縋る思い出窮地に立たされているアビドス校、そんな状態で自分達の敵かもしれない、利用しようとしているのかもしれない相手から助けの手が差し伸ばされた。
「え、いいんですか!?」
「ほ、本当ですか」
無償でアビドス校舎再建の支援がしてもらえる。あまりにも自分達にとって都合がよく、甘い密のようにも思える聞こえのいい言葉。けれど、俺はそこに水を差す。
「その代わりホシノを諦めろってことか?」
「はて、どういうことでしょうか」
「お前がカイザーに関わっていたって自分の口で言っただろ、少なくともカイザーと協力関係であったお前は、アビドス校とは対立関係だ。そんなお前がどうしていきなりアビドス側に付く?少なくともカイザーを裏切るだけの利益が必要だろ」
「それが、ホシノ先輩ってこと?」
「ああ、ホシノの身柄と引き換えにアビドス校舎再建の支援、そんな契約をホシノと結んだんじゃないのか」
こいつとそこまで言葉を交わしてはいない。けれど、こいつの狙いがホシノであることはわかる。ここまで話してきた内容で黒服が何かを手に入れられそうだった内容は、カイザーを裏切ることでシャーレとの対立を避けること、カイザーの不祥事が表に出てしまえば、ゲマトリアの存在の露見と連邦生徒会にマークされてしまう可能性等が上がる。けれど、それらを懸念しているのならば今こうして俺と話すわけがない。
「回答は差し控えさせていただきます」
「沈黙って訳では無いが、それが答えだろ」
だとして、ホシノを退学させる理由は・・・
《連邦捜査局シャーレの権限及び、キヴォトスにおいて生徒の権限と保証は強力なものです。不確定要素と干渉を排除するためだと思います》
そうだった、ここって生徒主体の場所だった。
ここでは、生徒に何かをしたというだけでも大きな話になってしまう。けれど、生徒じゃなければその話はそこまで大きくならない上、連邦生徒会もシャーレも干渉は難しくなる。それが狙いか、それにホシノは現在三年生、あと一年程度待てば卒業だ。黒服が手を引いたのもそういうことだろう。
「黒服って言ったな、お前は俺の敵か?」
「私は誰の敵でも味方でもありません。私は探求と研究を至上とし、他はおまけです。探求と研究のためならばどんな手でも使いますよ」
「そうか」
「さて、私の目的は果たしました。私はここで失礼させて頂きます」
そう言って黒服は俺達に背を向けて敷地の外へと出ていった。
「リムル先生!あいつのこと」
「大丈夫、追手は付けた。まずはホシノの身の安全を確保だ」
ソウエイが黒服の後を追いかけている。ホシノが居る場所へと行ってくれればいいのだが。
俺は真上まで昇った太陽を見る。
「信用されてないとは思ってたが、ここまで無力だったなんてな」