アルバトリスの渡り部   作:さくらぎ おきの

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第一話 『その後の物語』

 

 

 

 

 

 

「到着いたしました。ここでお間違えないでしょうか?」

「………ああ、間違いない。住所に加えて、景色も文面に書かれている特徴に一致している。送迎、感謝する」

「それでは我々はここで。数時間後に機を見てまた参ります」

「…ああ」

 

 

 車に揺られてはや6時間。

 たいして座り心地も良くないシートに身を委ねて私は今ここにいる。

 

 ついこの前の出来事ではあるのだが、車という乗り物が市井でも使われ始めた時、多くの人が移動手段の進化に歓喜した。

 

 黒光った車体に四輪の車輪。

 馬という生物と荷車という道具をそれぞれ組み合わせなければならなかった時代から、それらがいらない新時代へ。

 

 当然、私も『乗れる』と聞いた時、いつしか置いてきた少年心を久方ぶりに取り戻し、胸を躍らせたものだ。

 

 だが、そんな期待と熱望を背負った新時代の乗り物は予想に反してあまり好ましくなかった。

 

 というのも結論から言って仕舞えば単純で、乗り心地が悪かったのだ。

 街の中心や運搬道路はともかくとして、そういった主要な運搬経路以外の場所は舗装が間に合っていない。

 それに時によっては馬車よりも揺れる。

 

 もちろん、馬の調子の管理や飼育費などカットできる部分もある。

 それを実感できるのは馬車の担い手の類の者なのだろうけれど。

 

 結局のところ、いくら技術が進歩しようと、いかに高尚な技術を持っていたとしても、それをうまく使うための準備ができていなければ物事は理想通りには、いや、理想よりもひどくなりうるのかも知れない。

 

 と、新たな時代と勝手な期待に無様に踊らされてしまった私の体験談は以上で終わるとしよう。

 

 

 私は今、ある目的を果たすためにわざわざここまで足を運んだのだ。

 

 ボーデン、正式名称はエンディミオン王国ボーデンへルゲイア市

 

 国の南西部に位置し、首都から離れているにもかかわらず、貿易の中心地として栄えた都市だ。

 海に面しているという関係上、外交においても一定の役割を果たし、各国との窓口となり、煉瓦作りで揃えられた街並みはどこか上品な雰囲気を纏わせる。

 

 そんな都市の郊外も郊外。有名であるはずの海すら見えない田舎。

 春は花溢あふれる山河が民衆の視覚を楽しませ、夏は名所として歴史深い大滝に癒しを求め、秋は落葉の雨に心打たれ、冬は世界全てがしんとした静寂を与えてくれる。

 

 四季の移ろいがとてもわかりやすく、観光で季節の折に訪れるには充分目を楽しませてくれる場所だ。

 

 風に靡く草原、澄んだ空気を運ぶささやかな風、やさしく一体を包み込む柔らかな日光。そして、それら全てを引き立たせる湖。

 おそらく人々はこの風景を自然に囲まれた隠れた名所、と言うのだろう。

 

 その一角、ポツンとひとつの影が湖に映る。

 

 ある人はそれを寂れた慎ましい建物と言い、ある人は趣深い味のある建物と言う。

 門はある程度の蔦が生えつつもちょうど良い装飾品となり、自然と一体化した壮大な迫力を放つ。

 

 その影は、太陽の光を余すことなく反射し煌めく湖畔のほとりにある一つの古びた診療所。

 

 どうやらそこに件の彼女がいるらしい。

 

 名をアルバトリス・ノーザンラック。

 

 齢15歳である彼女は戦場で戦果を振るう兵士だ。

 彼女の戦績は凄まじかった。当時1兵士でしかないはずの彼女の名前が私の元に届くくらいには。

 

 

 ある人は言う、命令されれば働く機械だ、と。

 ある人は言う、人の心を持たないただの兵器だ、と。

 

 

 そんな彼女は、先日北部戦線に部隊の一員として派遣された。

 

 北部戦線は敵国との国境線にあたり、国防の要でありながら侵攻の起点にもなる重要な戦地。そこを奪うことができれば戦況が一気に好転すると言われ、目下最優先の任務とされていた。

 

 だが、結果は失敗に終わる。

 

 多大な人的、資源的損害を排出しながら、北部戦線を占拠することはできなかった。

 その結果を受けて上層部は戦線からの一時撤退を命令。だが、都合よく全軍撤退ができたわけがなく、半数以上もの兵士が戦線にとどまり、敵兵の侵攻を食い止めなければならなかった。

 

 その中には彼女らの指揮を担っていた中佐もいたと言う。

 それほどまでに戦場からの撤退は至難の技だった、ということなのだろう。

 

 撤退した兵士の名簿の中には、彼女の名前はなかった。

 

 その後、戦争は北部戦線奪還戦の泥沼化と同時に敵国内で起こった革命運動の影響などが絡まり合い、一時停戦へ。

 

 そして後日、北部戦線の戦後処理のために派遣された部隊が戦線より数千メートル離れた湖近辺で彼女の生存を確認。

 

 彼女の所属部隊で生存が確認されたのは唯一戦線より離れられていた彼女のみ。

 そして、派遣部隊の報告によると他のメンバーたちは皆死亡が確認されるか行方不明になっているらしい。

 

 一部身元不明の遺体もあったが、おそらく彼らのものと見て間違いないだろう。

 

 そう、ただ1人だけが置き去りにされた戦場から生還した。命を祖国のために散らし、時には非道にならざるを得ない凄惨な戦場から。

 その事実が私の脳裏に引っかかって離れない。

 

 彼女の降り立った戦場で何が起こって、そして彼女はどのようにして戦線から1人距離を取ることに成功したのか。

 そしてそこに本人の意思があったのか。

 

 もし、彼女が意図を持って戦場を離れたのであれば、場合によっては敵前逃亡ということもありうる。もしそうなのであれば彼女は重い罪に問われることになってしまうだろう。

 

 だが、

 

「元戦争孤児で名前も正式なものじゃない。軍隊登録日もあやふやでいつから所属してたのかも不明。の割には敵兵、敵陣制圧成績は他よりも頭ひとつ抜けている」

 

 元戦争孤児で身寄りのいない彼女が軍隊に所属?

 名前は偽名で身寄りもいない。敵兵を容赦なく殺し回り、言って仕舞えば「兵器」と言っても過言ではない。

 

 もちろん名前の偽装同様、戦績の偽装の可能性も万に一、いや、億に一ある。

 だが、それこそ隊務規定違反であり、なによりそうする動機が浮かばない。

 

「しかも15歳だ……全く」

 

 自分が15歳の時、何をしていただろうか。

 軍学校に通い、戦場の『せ』の字も知らないような私が実際に戦場に出たとして、彼女のように立ち回れるとでもいうのか。

 

 答えは否。

 

 しかも謎は一つではないのだ。本当に頭が痛くなる。

 

 ともかく、そんな「兵器」とも形容できる彼女がなにも考えなしに敵前逃亡するとは思えない。

 人間の行動には少々理解に及ばない例外こそあれど、たいていそこに動機が存在する。

 

『なぜそうしたのか』『なぜそうなったのか』

 

 北部戦線で一体何が起こったのか。そして、アルバトリス・ノーザンラックという少女を取り巻く不可解な状況。

 

 私はそれを紐解くために、こうしてここにいる。

 

 

 

「何が『こうしてここにいる。』よ。こっちもこっちで忙しいんだから早くしてちょうだい」

「……もしかして、聞こえていたのか?」

「ええ、それはもうバッチリと。何か覚悟を決めた様子で『ここにいる。』ってね」

「はぁ……揶揄うのはよせ、ドボレアンス軍医官」

「ちょっと!そっちの方で呼ばないでっていつも言ってるでしょ!あと、『元』よ」

 

 

 気がつくと、いかにもな看護師服を着ている妙齢の女性がいた。

 名はポーラ・ドボレアンス。

 本人曰く姓が『なんだか調子に乗ってるみたい』と気に入らないらしい。

 私個人としてはどちらも恥ずかしくない姓名だと思うのだが、本人が嫌というのならばそれに従った方が身のためだろう。

 

 と、彼女は今現在、軍医官を退き、こうして一般の看護師としてこの診療所で働いている。

 

「これは失敬。ポーラ元軍医官」

「で、こんな小さな診療所になんの用?一応言っておくけど、慰安を求めても無駄よ」

「冗談はやめろ。私はそんなことのためにここへ足を運んだわけではない。」

「なによ、頭が硬いところだけは昔と変わらないわね。『私』だなんて似合わないわ。」

「言っておくが、これは形式で言えば軍部審問だ。当然、あらたまるべきと言える。よって君の口調も上官に対するものに直したまえ」

「はいはい、どうせあの子のことでしょ?」

 

 ポーラは私の指摘を適当にあしらうようにして話題の転換を試みた。

 早く会話を切り上げたかったのか。都合の悪いことはさっさと流してしまうのが彼女の欠点とも取れる特性だ。

 いや、彼女の真意は彼女にしかわからない。憶測で語るのはやめにしよう。

 

 気を取り直して私は大きく目の前に広がっている門から診療所への中へと試みた。 

 

「そっちじゃなくてこっち。」

「……裏口か。だが、なんのために?」

 

 どうやら正門らしき門を通るのはポーラ的には憚られるらしい。

 

「他の傷痍軍人もいるから。それに……」

「彼らの中には私のことを知っている人間もおそらくいるだろうな」

「そ。あなたが正門から入ったら騒ぎになって養生どころじゃなくなるわ」

 

 案内された裏口は思ったよりも広く、対面側には少しだけ芝生の生えた空間があった。

 

 少し離れて見ると、視界に入ったのは風化した一面の壁と寂れた雰囲気。

 

 修繕をする気がなさそうな朽ちた赤煉瓦の壁。屋根瓦はあちこち割れ、かつては整然としていたのであろうそれは無残に削がれている。

 

 診療所の裏口のすぐ横には蔦が絡まり、誰も使うことのできなくなったベンチが。それはこの診療所かつて生活に使われていた証拠でもあり、今では真の意味で生活する人間はいないという証拠でもあった。

 

 正門から見た時は反射した光が視界一面に広がり、華々しく見えていたはずだったのに。

 表では清廉で煌びやかな雰囲気を醸し出しつつ、裏では陰気で寂れた物悲しい。

 

 私はそれを見てなんとも言えない感情を得た。

 

「何黄昏ているのよ。まだ夕方には程遠いわ」

「いや……この診療所にはかつて誰かが住んでいたのだろうか、とふと思ってな」

「ああ、そうね……確かに住んでいたわ……」

 

 彼女の話によると、この診療所は元々大きな一軒家を改築したものなのだそうだ。少々一軒家にしては大きすぎるような気もしなくはない。

 診療所になってしまう前にここに住んでいた人はさぞ裕福で、幸せだったのだろう。

 

「そんなことより、彼女に会うのでしょう?こっちよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今は寝てるけど、意識自体は先日回復したわ。多分、会話もできると思う。」

 

 そう言って彼女は一角の病室のドアを開けようとした。

 ノブは地獄の叫びのようなきしんだ音を鳴り響かせ、しばらくすると扉が開かれた。

 

 視線の先にいたのは今もなお目を閉じ、本当に生きているのかと疑念を抱いてしまうほどの薄い息をしている少女。

 本来であれば病床は隔離されておらず、簡単な布で仕切られているはずなのだが、目の前の少女はどうやら違うようで広い病室の中でポツンと一つの病床にふせている。

 少し距離が遠かったため顔はぼんやりとしか見えない。

 

 こうしてみれば、なんら市井の15、6歳の少女と変わらない、少々幼さを残しつつ大人びた雰囲気の一端を持っているだけの少女。

 事情を知らない人間がみればただのうら若き1人の人間。されどその正体は兵器とも形容できる戦場の悪魔。

 異名に似ても似つかわしくない風貌を見て私は先ほどまでの緊張は取り越し苦労だったかもしれないと、少しだけ警戒をといた。

 

 だが、この浅はかな行動を後悔するまでにそう時間はかからなかった。

 

「………ッ!」

 

 先ほどは遠くからだったためあまりよく顔が見えなかったが、今は違う。

 病床の横に近づき、顔を鮮明に見るために前髪をはらおうとした瞬間のことだった。

 先ほどまで横たわっていた少女の体はいつの間にか立ち上がっており、気づいた時には私の体は地に伏していたのだ。

 

 目前には無表情の少女の姿があった。

 馬乗りの体勢で首に手を添えられている身である私は一瞬の出来事に呆気に取られ、言葉を発することもできずに苦悶の表情を浮かべることしかできない。

 

 やや白みがかった金色の髪に無機質な灰色の瞳、整っている容姿と相まって、人間でなく機械や人形のよう。

 見る物全てを吸い込んでしまうような瞳から私は目を離せずにいた。

 

「ちょっと、アーリィ!大佐に何してるのよ!」

「大……佐……?」

 

 あまりにも一瞬にして起きたためか、少しだけ遅れて焦ったようにポーラが反応する。

 少女はそれを聞いてようやく自分が首に手をかけている人間が誰かに気付いたのだろう。ゆっくりと私の首から手を離し、体をどかせて立ち上がった。

 少し離れたところにある机に近づき、皿の上にある林檎と果物ナイフを一瞥。

 

 そして果物ナイフを流れるように首にかけ、少女は言った。

 

「申し訳ございませんでした。咄嗟のことだったとはいえ、大佐に手をあげ、ましてや大佐の首に手をかけてしまったこと、死んで詫びを申し上げます」

「待ッ……ゴホッ……」

 

 今にも自死をしそうな彼女を止めようと静止を呼びかけるが、首を押さえられていた影響か咳が混じりうまく声にならない。

 まずい。このままでは何の情報も得られずにただ彼女が死ぬだけになってしまう。

 

「止めなさい、アーリィ!」

「で、ですが………」

「やめなさい、と言っているでしょ!」

 

 またしても動けなかった私に変わってポーラが少女の手首を握り、無理やり首から引き離そうとしていた。

 だが少女の意思も力も強いようで、せいぜい果物ナイフが首に触れる寸前から動かさないことしかできない。

 

 その時間がありがたい。

 その猶予のおかげで私は息を整え、声を発することができた。

 

「止めろ。これは上官命令だ。アルバトリス・ノーザンラック」

「…………」

 

 ようやく彼女も力を抜いて両手を下ろした。

 ポーラが引き抜いたのか、手にはもう果物ナイフは握られていない。

 

 そして少女は深く頭を下げ、前を向き直し敬礼の姿勢をとる。

 

「改めて、先ほどは失礼いたしました。自分はアルバトリス・ノーザンラックと申します」

「あ、ああ。私はオーヴァン・ヴォーダイムだ」

「オーヴァン大佐……本日はどのような御要件でしょうか」

 

 一悶着あったものの、本題に移れそうで内心安堵であふれていた。

 だが、今の一件で納得した。

 

 彼女はやはり『兵器』なのかもしれない。

 とっている行動があまりにも人間からかけ離れている。

 死ねと言われれば死に、殺せといえば殺す。そんな雰囲気を纏っていた。

 

 私は今からそんな彼女から当時の状況を聞かなければならない。

 

 全身から血が抜けていく、そんな感覚が広がっていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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