アルバトリスの渡り部   作:さくらぎ おきの

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第二話 『アルバトリスという少女』

 

 

 

 私の目的は彼女から北部戦線の詳細の経過を聞き出すことである。

 

 だが、その前に病み上がりと言っても差し支えない状態のアルバトリスの顔をもう一度見てみよう。

 

 アルバトリス・ノーザンラックという少女はまさに人形の如く美しく静かな佇ずまいをしていた。薄い金色の睫毛(まつげ)に覆われた灰色の瞳はどこまでも覗かれているような不思議な魅力、乳白色の肌に浮かぶ桜色の頬、薄肌色でうるやかな唇。

 

 どこをとっても欠けることのない、それでいて成長の余地を感じさせる風貌。

 

 瞬きさえしなければ、等身大の人形と言われてもなんら疑わないだろう。

 

 私は自分で言うのも恥ずかしいことだが、世俗全般に疎いタチだった。新聞も雑誌も読まず、人付き合いも公的なものを除けば数えるくらいだ。

 後で世間一般の女性の理想像というものがどのようなものなのか、後ほどポーラから聞かねばなるまい。

 

 だが、そんな私でもわかる。

 

 

 彼女はあまりにも整い過ぎている。

 それ故に、不気味に感じられてしょうがないのだ。

 

 

 今まで直接対話したことはなかったが、彼女と面識がある人間が『機械のようだった』と述べるのも頷けるぐらいには無表情で、崩れない。

 

「何か私の顔についているのでしょうか、大佐」

「……ああ、いや。蜘蛛がついているな」

「……そうですか」

 

 気が付かないうちにかなり鮮明に彼女のについて語りすぎていたようだ。不審に思ったのだろうアルバトリスは私に声をかけた。

 少しだけからかいの意も込めてジョークを言ってみたが、アルバトリスは一言だけ言って顔中を弄り、何事もなかったかのように元の体勢に戻った。

 

「何もついていませんでした、と。結果報告を述べます」

「あ……ああ……」

 

 やはり、彼女の顔には一寸の歪みもない。

 普通、年頃の少女であれば蜘蛛は恐怖の筆頭だろうし、それがたとえ軍人であろうと多少の狼狽くらいあるはずだ。

 それがほんの少しもないと言うことはどう言うことを意味するか。

 

 欠落しているのだ。人間としての感情の機微が。

 

 私は意図して彼女の異質さを今回もまた感じ取ってしまった。

 

 

 さて、私の目的は彼女の風貌について語り尽くすことでもなければ、少女を揶揄うことでもない。

 そろそろ審問のために動き出すとしようか。

 

 

「だが、その前にポーラ元軍医官」

「何?」

 

 少し聞きたいことがあったため、ポーラを呼び、一旦アルバトリスから物理的距離を取る。

 

「彼女の精神状態はあれで正常なのか?」

「私だってあんな行動をとったの初めて見たわよ。でも、リンゴを切ってあげるために果物ナイフを置いておいたのは私の責任ね。ごめんなさい」

 

 ポーラもポーラで先ほどのいざこざに気が引けているようで、要求してもない謝罪をしてきた。

 

 傷痍軍人の起こした問題や案件は軍医官の責任でもある。

 元軍医官ということもあってそのあたりの責任問題関係には自分に対しても含めて厳しいのかもしれない

 

「いや、いいんだ。ただ、何かが一連の行動の引き金になったとしたら、原因を知っておきたいと思ってな」

 

 戦地から帰還した兵士は戦場後遺症に囚われがちである。

「戦場後遺症」は、戦争の体験によって身体的、精神的な症状特を引き起こす。

 

 悪夢や再体験症状、過覚醒、注意や記憶力の低下などの精神症状や、アルコール依存、攻撃性などの行動症状などと多岐にわたる。

 これらの症状は、戦後長年にわたって本人や家族の生活に影響を与え、社会的な問題にも関わってくるのだ。

 

 私は幾度となくその症状を見てきた。

 酒に溺れ退廃的な生活を送っていた者もいれば、廃人と化し間も無く自死を選択した者もいた。

 

 仲間を戦地に残したまま生き残ったものほど余生は残酷なのだ。

 

「……アーリィは目を覚ましてからずっとあんな調子よ。食事も最低限しか取らないし、ずっと何もしないでただ横たわりながら窓を見ているだけ」

「……他に何か?」

「たまにペンと紙を借りて何か書いてるみたいだけど、全部ゴミ箱行きね。ほら」

 

 そう言ってポーラは少し離れたところにあるゴミ箱の中身を見せてくれた。

 

 中に入っているのはインクで文字か何かが書かれた紙の数々。

 だが、何の文字が書かれているのかを判別することはできなかった。

 

「これは……」

「ええ、文字なんて読めないくらいにびりびりに破かれちゃっているのよ」

 

 見つけたのは文字としての役割を捨てさせられ、無惨にも切り離されているインク。

 そして、鋏などを使わずに手で乱雑に破かれたであろうことが窺える切り口の紙。

 

 少しだけ想像した。

 彼女がペンを持ち、文字を書き、そしてそれらを台無しにしていく姿を。

 

 もちろん、ただ淡々と書いて淡々と捨てるだけのようにも思える。

 つらつらと書き、上手く書けなかったから破く三文小説家のように。

 

 だが、

 

「これは..........」

 

 紙切れの山の中から一枚だけ違和感を放つ紙片を見つけた。

 それには強い力で握られた後に破かれたであろう目立つ(しわ)と液体に濡れ、乾いた跡と考えられる染みがついていた。

 

「彼女がこれを書いているところを一度でも見たことはあるか?」

 

 もしアルバトリスがこれをどんな気持ちで書いていたか。

 それ次第では先ほどの「三文小説家」という表現は撤回しなければならない。

 

 一縷の望みをかけてポーラに問いかけてみるも、ただ申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。

 

 他のアルバトリスの担当である看護師たちにも聞いてみたが結果は相も変わらず。

 いつも彼女の部屋を訪れた時には破り捨てられた紙とインクが乾き始めているペンしか残っていないのだそうだ。

 

 

 あの衝動的な暴力の原因と解決方法を模索するための手掛かりが乏しい。

 

 すなわち行き詰まりだ。

 

 ポーラの言うことが本当であるならば、アルバトリスはおそらく戦場後遺症に陥っている。

 最低限の行動しか取らず、衝動的な攻撃行動はその典型例だ。

  

 そんな状態の彼女にむやみに審問すれば、何が起こるか分かったものではない。

 もし突発的な行動の対象が自分なのであればまだいい。被害を受けたとしても、それを罰するかは上官かつ被害者になるかもしれない私の一任だからだ。

 

 だが、その行動の矛先がポーラに向いたら?もしくは他の担当医に向いたら?

 彼らは軍に協力してはいるものの軍医官と言うわけではない。 

 

 もしくは、アルバトリス自身に刃が向けられたとしたら。

 想定しうる最悪の結果は何も情報を得られずにアルバトリスが死んでしまうこと。私としてもそれは望んではいない。

 

 幸い時間はある。ゆっくりと時間をかけて方法を模索していくとしよう。

 

「もう帰るつもり?」

 

 ポーラは顔に皺を作りながら思案する私にふと声をかけた。

 その声色には心配の意味も含まれているのかもしれない。

 

「ああ、今日は彼女に会えただけでもよかった。今の彼女は刺激しないの方が得策だろうからな」

「良いの?まだ来て1時間くらいしか経ってないわ。流石にまだお出迎えも来てないんじゃないの?」

 

 そうだ、送迎はどうしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、空いている日を見繕い私は例の診療所まで足を運んだ。

 

 ポーラからの連絡があり、アルバトリスの行動に多少の変化がみられたらしい。

 具体的には、病室から出ようとしなかった彼女が敷地内に出るようになったのだとか。

 

 もちろん、ポーラや他の看護師の保護下に置かれた上での行動ではあるのだが、それでも回復の方向に進んでいるのは紛れもない事実。

 そしてもう一度会い、そして再度接触を図ってみよう、と考えた次第である。

 

 ちなみに、食事は今も変わらず最低限。何かを書いている目撃情報もないらしい。

 

 

 

 今回はポーラの出迎えはなく、私は正門前に1人で立っていた。

 前回の反省を活かすなら裏門に直行すべきなのだろうが、不思議と正門を一目見てからにしようと考えたからだ。

 

 門に絡みついていた蔦はより一層生い茂っており、建物自体の名前が刻まれた刻印を完全に覆い切ってしまっていた。

 季節は春から夏に移ろうかというところ。生え盛るのも無理はない。

 

 前回訪れた時から期間がそう会いているわけでもない。だと言うのに、草木の成長はどうしてこうも人間の心を動かすのだろうか。

 

 十分にノスタルジックを感じたら、次はようやく裏門へと向かう。

 前来た記憶が正しければ、裏門には小さな庭と寂れたベンチがあったはず。

 正門が変わっていたのだ。裏門も何かしら変化があって然るべきだろう。

 

 だが、私は裏門について真っ先に見たものは、少ししか入らない太陽の光に照らされた庭でもなく時の経過を暗に教えてくれる寂れたベンチでもない。

 

「あれは………」

 

 裏門につくや否や、目に入ったのは1人の少女、アルバトリスの姿だった。

 

 無表情であるはずなのに憂いているような表情にも見えてしまう彼女は空を無機質な目で見つめる。

 物悲しさを感じさせる場所と相まって色彩画を見ているような心地になったのは言うまでもないだろう。

 

 いくら市井の文化に疎い私だからと言って、絵画の目利きくらいはできると自負している。

 公的な会合では邸に招かれることもよくあった。その度に壁面に飾られている絵画は自然と目に入ってくる。

 どの箇所が良いだとか、技法が巧みだとかの詳細はわからない場合もある。

 だが、良し悪しくらいならわかるつもりだ。

 

 もし、目の前の光景が絵画だったとしたら_______

 

 私を含め多くの人が『良し』とされる部類に含めるだろう。

 

 それほどまでに美しく、そして不完全で、引き込まれる『何か』があった。

 

 

「オーヴァン・ヴォーダイム大佐」

「ッ………」

 

 

 しまった。

 語りに耽っている間に彼女に気づかれてしまったようだ。

 気づいた時にはもうすでに遅く、眼前に敬礼をしたアルバトリスの姿が。

 

「………………」

「………………」

 

 2人の間には数秒の間静寂が流れた。

 彼女は上官である私の言葉を聞くために。かたや私は急に目の前に現れた彼女の目に狼狽してしまったから。

 

 その静寂の時間に耐えかねて、アルバトリスは意を決したように口を開く。

 

()()()()()()()()()()。今すぐ用意をしてまいります」

 

 彼女の口から飛び出した言葉は私の脳裏を突き抜けた。

 

 何を言うのだこの少女は。

 自身が傷痍軍人であり、そして唯一北部戦線の撤退戦にて戦場に残りながら生きて帰ってきた重要な参考人であるのにも関わらず、それでもなお戦場へと向かおうと言うのか。

 

 自分よりも一回りも小さなこの少女が。

 風景と一体化してしまうほどの完璧さを纏わせるこの少女が。

 

 いうことに欠いて、真っ先に思い浮かんだのが戦争の招集だと?

 

 

 そして私は思い出した。

 

 自分の価値を戦場で命を散らすことだと考え、今もなおその考えに傾倒している。

 このアルバトリスという少女は

 

 

 

 戦争のために育った兵器なのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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