一
Basis Scholaというのはトリニティ総合学園の部室会館に隣接している旧館である。
古くは救護騎士団の本部が置かれ、随分と多くの生徒が出入りしたようだが現在は殆ど人の出入りは無い。
しかしながら、面白半分でこの建物に入る生徒は少なからずいる訳である。
大抵は不良だが正義実現委員会の生徒なども時々いて、それらの多くは度胸試しが目的だった。
今までの侵入者は皆無事に戻って来るが何れも顔が青ざめていて、こう言うのである。
「二階から三階への階段で死に装束の女の幽霊を見た。」
救護騎士団の本部という事はつまるところ病院だった訳で、この手の施設で幽霊が出るというのはさして珍しくも無く、この噂自体は何十年も前からあった。
更にここは学園都市〝キヴォトス〟である。
遊園地に残った人々の感情の残滓から奇妙な存在が顕れ、都市伝説が実体を持って暴れ出す地なのだから今更幽霊の一人や二人出てもおかしな事は無いし、未だ幽霊に関して何か事件が起こった事すら無いので放置されていた。
だが、この建物で失踪事件が起こってしまえば放って置く訳にもいかない。
トリニティ自警団の守月スズミが深夜にこの旧館を訪れたのも
「放って置く訳にはいかない・・・」
という意識があったからである。
「セリナさん・・・どうしてついて来たんですか?」
「だって、スズミさん一人で行ったら幽霊にやられちゃうかもしれないじゃないですか!」
「私が呪い殺されたら骨は拾って下さいね。」
「縁起でも無い事言わないで下さい!」
この二週間程で不良が三人、正義実現委員が二人。旧館の補修工事に来た業者二人が行方不明になっている。
正義実現委員会も生徒会も看過出来ない事態であるが、仮に館内に何か潜んでいた場合に並大抵の者では行方不明者の二の舞になるだけであるし、ミカやツルギ、ハスミなどの重役方を行かせて何かあったらトリニティの損失は甚だしいものとなるので困り果てていた。
そこで名乗りを上げたのがスズミであった。
正義実現委員会の幹部達とも互角に争えるだけの戦闘技術を持ち、特に委員会などにも入っておらず身軽である事が最も良かったらしく、スズミが様子を見に行くというのはほんの十分程で決まった。
本来ならスズミ一人で行くところを、勝手に後を追って来たのが救護騎士団の鷲見セリナであった。
スズミとセリナは小学校以来の仲で、中学時代にスズミが不良をしていた時期もついてきてスズミの片腕のように振舞っていたし、救護騎士団と自警団に所属が分かれても寮の部屋は一緒で時折互いの仕事に力を貸し合っていた。
なので、スズミがこのように特別な任務を帯びた時に無理矢理にでもついて来るのはおかしな事でも無い。
「セリナさん。怖いならもう帰っていいんですよ?腕にしがみつかれると銃が使えないので・・・」
「別に怖くなんか・・・」
その瞬間に、天井の板がぎいと音を立てたのでセリナは余程驚いたらしくヘイローがすうっと消えていきそうになったので、スズミはセリナを揺さぶって無理矢理に起こした。
「全く・・・そんな事で夜勤の時どうするんですか?」
スズミがそのままずかずかと奥へ進んでいってしまうので、セリナはその後ろからまるで産まれたての子鹿みたく足を震わせながらも銃を構えてついて来る。
さっきの天井の音を除けば後は物音一つしないので、二人の足音が余計に響く。
ぎい、こん、ぎい、ぎい・・・と一歩ずつ進む毎に床が鳴るのだが、周りが静かなのでその音だけがやけに大きく聞こえる。
二階に上がると空気ががらりと変わった。
廊下の両側には部屋があって二〇二号室とか二〇三号室という札が掛かっている。
(流石に救護騎士団の元本部だけあって病室の造りは本格的ですね。)
二〇二号室の引き戸を開けて中を確かめるとスズミはそう感じた。
流石に不良共の巣食う廃墟を幾つも踏破してきただけあって迷いも恐れも無い。
(さて、次の階が問題の・・・)
そう思い、閃光弾を握り締めて階段の一段目に足を掛けた時に異変は起こった。
上の階からゆっくりと階段を降りてくる音がし始めたのである。
「!」
スズミは三歩後ろに下がり、後から恐る恐るついて来たセリナに目配せした。
セリナはびくっと身体を震わせたが意を決したかのように銃口を階段に向ける。
すると、上の階段から足首が見えた。
次に白装束が見え、最後に長い黒髪の天冠をつけた女の全身が露になった。
「ふふ、ふふ・・・」
女は笑った。
「ふふっ・・・」
と、同時に何がどうなっているのか、スズミも笑い出した。
セリナには何が何だか分からない。
「世の中には、頭隠して尻隠さずという言葉がありますが・・・貴方は寧ろ頭が隠せていないみたいですね。」
「スズミさん、どういう事ですか・・・?」
「頭というよりかは頭上をよーく見て下さい。」
セリナは目を凝らしてよく幽霊の頭上を見た。
すると暗がりの中でもはっきりと緑色に発光するヘイローが見えたのである。
「あっ・・・」
「キヴォトスの生徒は死んだらヘイローが消えます。然るに、ヘイローが灯っている貴方は生きている人間という訳ですよ!」
スズミは握り締めていた閃光弾をピンを抜かないまま投擲した。
閃光弾は幽霊の額に吸い込まれていくかのように飛翔し、鈍い音と共に命中した。
「ぐえっ・・・」
痛みからか階段を踏み外した幽霊擬きは四段程落ちて床に転がったと思えばそこで意識が途切れたらしくヘイローがふっと消えた。
スズミは足早に近づいて、自警団活動の時は常備している縄を幽霊擬きに掛け始めた。
「ほら、セリナさんも手伝って下さい。この人が目を覚ます前に外に運び出しますよ。」
二
外に運び出したこの幽霊擬きをスズミがどうしたかと言えばティーパーティーの本館に送った。
この本館には嘗てエデン条約事件の際に聖園ミカが収監されていた牢がありそこに放り込まれた。
牢の中で気を失っている間にセリナが閃光弾をぶつけられて出来た額の怪我や階段から転げ落ちた時に出来た擦り傷などを処置し、それが済んだら牢に手錠と足枷で繋がれたのである。
「スズミさん、セリナさん。この度はご協力ありがとうございました。」
ティーパーティーホスト、桐藤ナギサが直接二人に感謝の言葉を述べた。
二人が帰って来たのが深夜の三時近かったというのにティーパーティーの制服に身を包み、一切の乱れが無い。
「いえ、しかしながらまだ行方不明になった方が見つかっていません。見つけるまでは一安心という訳には・・・」
スズミがそう答えるとナギサは少し考えてからこう言った。
「・・・お二人にはもう少しだけ力を貸して頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「勿論です。トリニティの平和を守る事が使命ですので。」
「私も、勝手についてきただけですが力になれるなら・・・!」
そこから小一時間程ナギサとスズミ達は話し合い、この日はティーパーティーの本館内の一室を宛がわれ、そこで休む事となった。
「まさか、幽霊がただの人間だったなんて・・・」
セリナがそう呟く。
「セリナさんは怖いのが駄目なのですから、寧ろ生きた人間で良かったのではないですか?」
「それはそうですけど・・・少しだけ、本物を見たかったような気がして。」
「怖がりの癖に好奇心は人一倍強いのは昔から本当に変わりませんね。」
スズミがそう言うと、セリナはむっとした顔になる。
「スズミさんに言われたくないです!」
「何か言われるとムキになるのも昔からでしたね。」
翌朝、二人が起き出して来たのは七時頃だった。
ナギサの計らいで暫く公欠扱いになっているので学校の心配は一切無い。
セリナは一旦牢内の幽霊擬きの様子を見に行き、スズミは先にナギサが待つテラス席に向かった。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「ええ。まるで高級ホテルみたいな部屋でしたよ。」
「お二人が寝ていらっしゃる間に私共で少しあの幽霊に扮した方を少しばかり責めてみたのですが・・・」
「素直に吐きましたか?」
「それが全く。行方不明事件に関わりがある事だけは確かなのですが。」
ナギサが手の者を使って件の女を二時間尋問したのだが、全く口を割らないどころか尋問に当たった者に唾を吐き掛けて暴言を浴びせたらしい。
「ま、そうなるでしょうね。」
「ナギサさん。次は私が少しばかり責めてみても?」
「構いませんよ。何しろ行方不明になった方々の身の安全が掛かっているのですから、厳しくしても・・・」
そんな話をしているとセリナがやって来て、ナギサに一礼してから席に着いた。
「様子の方はどうでしたか?」
「別にこれと言った事はありませんでした。怪我も軽傷で済みましたので二、三日も経てば治るでしょう。」
じきに朝食が運ばれてきた。
トーストに目玉焼き、フルーツの盛り合わせなどシンプルなものだったがジャムが六種類も出て来たのにはスズミも驚いた。
しかも全てナギサの手作りだという。
「よくスコーンを焼くので、どうせならジャムも手作りしてみようと思いまして。」
スズミが手に取ったのは苺のジャムだったが、パンに塗って一口食べてみるとこれがまた美味い。
「いや、これは中々の・・・今度の文化祭で売ってみては如何ですか?」
「ジャムを作るのは初めてだったので、そう言って頂けると嬉しいです。」
和やかな朝食の時間は一時間程続き、腹を満たしたスズミはナギサやセリナと一緒に例の幽霊女の押し込められている牢へと向かった。
本館の階段で地下に降りると、既に牢前にはティーパーティーの生徒が二人立っている。
「それで、スズミさんはどのようにして情報を吐かせるおつもりですか?」
「今回は、これを使ってみようかと。」
スズミが取り出したのは楊枝であった。
地下牢に向かう前に台所から拝借してきたもので十本握られている。
「ま、お二人共見ていて下さい。中学時代にブラックマーケットで教わった〝本格〟の技をお見せしますよ。」
ナギサとセリナは顔を見合わせた。
ナギサはまずスズミがブラックマーケットに出入りしていた事自体初耳だった訳であるし、セリナもブラックマーケットに出入りしていた事は知っているが〝本格〟の技とかいうのを何処で教わったかは知らなかった。
「そこのバケツに水を汲んできて頂けますか?」
ティーパーティーの生徒に頼んでスズミは牢内に入った。
幽霊の女はスズミを軽蔑するような目線で見ている。
「昨夜・・・というか日は跨いでいたので今朝、貴方が階段から転げ落ちた時は危うく本物の幽霊にしてしまうかと思いましたが、まだまだ元気そうで何よりです。」
女は何も言わない。
「貴方、これより前にも幾つか悪事を働いてきましたね。そういう顔をしていますから。」
ティーパーティーの生徒が運んで来た水入りのバケツをしっかり掴むと、スズミはその中身を死に装束の女に向かってぶち撒けたのである。
女はにやついた顔をしてスズミをじっと見つめている。
「これで頭もはっきりしてきたでしょう、どうです?そろそろ消えた方々の居場所と目的を吐いてしまっては?」
スズミは少し微笑みながら聞くが女はにやついた顔を崩さず
「知らない。」
と言った。
「そうですか・・・なら致し方ありませんね。普段はなるべく相手を傷つけない事をモットーにやっていますが、今日の私は自警団の守月スズミでは無いので・・・少々手荒なやり方にしてみましょうか。」
スズミは女の足を掴み、手に持っていた楊枝を爪と足の肉の間に刺し込んだ。
「ぎゃあっ・・・」
女はここに来て初めて絶叫した。
スズミが容赦無く次々と爪の間に楊枝を刺し込んでいくのでその痛みは尋常では無い。
しかもただの楊枝では無い。
先端がより鋭く削り込まれているので刺されば相当に痛い筈である。
血が爪の間から流れ出した。
周囲にいた者達も女の叫び声が凄まじいので顔を背けている。
「う、ううっ・・・」
「まだ言う気になれませんか?」
スズミが爪の間に刺さった楊枝を更に深々と刺す。
これはスズミが中学時代に不良をやっていた頃、ブラックマーケットにいた元SRTの傭兵から教わったものだ。
これでも情報を吐かなかった時は蝋燭の溶けた蝋を傷口に垂らしていくという凄惨極まりない技だが、相手によっては楊枝が釘になったりする。
「すみません、蠟燭を持って来て頂けますか。」
外に向かって声を掛けると、ティーパーティーの生徒が何処かへ取りに行った。
「貴方、これ以上苦しい思いはしたくないでしょう?それに、そこまでして義理立てするような相手でも無い筈です。さ、早いところ吐いて楽になりましょうよ。急がないと蠟燭が間に合ってしまいますよ?」
蠟燭を頼まれた生徒が蝋燭立てを手に現れた時には女は全て白状してしまっていた。
行方不明事件の首謀者は百鬼夜行の方から流れて来た盗賊集団〝土蜘蛛一座〟、女は土蜘蛛の一味では無くただの流れ者でトリニティ出身だった事から今回の計画に誘われただけだった事、連中の狙いはBasis Scholaが建つ前にその地にあった教会の隠し財産である事などが明らかとなった。
三
Basis Scholaからスズミ達が出て行ってから二時間程経った頃、一階の床板の隙間からぼんやりとした光が漏れ始めた。
先程、スズミが廊下をずかずか進んでいった時に一箇所だけ音が違ったところがその床板である。
光は段々と強くなって、床板の下から足音が響いてくるかと思えば、床板がずれていって中から古い石の階段が姿を現した。
ところどころひび割れていて、作られたのが相当昔である事は誰の目にも明らかなものだが、まさかスズミもこんな階段が自分の足元にあったとは夢にも思わない。
その階段を上がって来たのは洗いざらしの着物を着た小柄な少女だった。
片手にはスマートフォンが握られていて、さっきの光はこれのライトから発せられていたのだろう。
「おうい、今日のところは終いにするぞ!」
少女が声を張り上げた相手は先程スズミにピンを抜かないままの閃光弾を投げつけられて気を失った死に装束の女である。
何故女と呼ぶかと言えば既に退学処分を受けて生徒の身分で無いからだった。
「おうい、どうしたんだ、おい・・・」
幾ら声を張り上げても返事が無いどころか物音一つしないので不審に思って、少女は二階から三階にかけての廊下へと向かった。
「あっ・・・」
そこには誰もいなかったが、真新しい閃光弾と白と桃色の羽根が落ちていたので、はっとした様子で一階へと駆け戻り、元通りにした床板をずらして地下へと降りていった。
「お頭、お頭!」
地下に降りると、広い石造りの部屋があって床には筵が何枚も敷かれている。
そこにはスケバンの制服を着たのが三人、正義実現委員会の制服を着た生徒と犬の獣人が二人ずついた。
その人々は莚の上で寝かされている訳だが、服も身体も土に汚れていたし、それらが妙な真似をしないか見張っている者が三人ついていた。
「おう、どうした。」
少女がお頭と呼んだのは身なりの良い、これまた生徒である。
この生徒が百鬼夜行を騒がせ、次にトリニティで一仕事やろうという土蜘蛛一座の首領、〝土蜘蛛のお由利〟であった。
「奴がどうやら自警団に捕まったらしく・・・」
「何・・・」
「どうしますお頭、雇われ者の彼奴から情報が漏れないとも限りませんぜ。」
「ふうむ。トリニティでの初仕事だから、せめてこの辺の事情に明るい奴をと思って引き入れてみたがそれが裏目に出たか・・・」
「奴を急ぎ始末してしまわないと、口の軽そうな奴だったから不味い事に・・・」
「だが、連れて行かれた先も分からねえのに始末するも何もあるかよ。それに、奴は土蜘蛛一座の仕事だという事と狙いの品は知っているがこの地下室の事までは知らねえ筈だ。」
「何しろ念には念を入れて彼奴が幽霊の格好で驚かせて気絶させた連中は一旦一階の部屋に押し込めておいて、奴が昼間帰ってから地下室に運んだのだから、床板の一つが外れる事も奴は知らない、と・・・」
「ま、この稼業は口の軽い流れ者に深入りさせねえのが肝心よ。」
「それにしてもお頭、他の仲間は何時頃こちらに?」
「今朝方百鬼夜行を発った筈だから、夜には着くだろうよ。」
駅などの交通機関は陰陽部の目が光っているので、街道を使って徒歩でトリニティ入りする手筈になっているのだ。
「では、私は自警団の方を探ってみます。」
「頼むぜ。」
少女が出て行ってから、土蜘蛛のお由利なる生徒ははあ、と溜息をついた。
(やはり百鬼夜行での仕事とは勝手が違う。この仕事を終えたらトリニティからさっさと出て行くに限るな。)
土蜘蛛のお由利なる生徒が裏稼業に手を出したのは九歳の頃だったという。
百鬼夜行の中でも西方の村に生まれ、本名はユリと言った。
この村はかなり貧しく、ユリが一歳の頃に起こった冷害で作物の殆どがやられ、暮らしも立ち行かなくなって両親はやむを得ずユリを親戚に預けた。
その親戚というのはエビス自治区でも指折りの豪農で、夫婦に子供がいなかったので喜んで引き受けたのである。
もしも、この親戚の元へ無事ユリが辿り着いていれば土蜘蛛などと異名を取る盗賊にはなっていなかっただろう。
父親がエビス自治区までユリを送り届ける道中で元々悪かった心臓が発作を起こし、亡くなってしまったのだ。
冷たくなった父親の側で泣くユリを拾ったのが先代の土蜘蛛の頭であった。
そこからの流れは簡単で、七歳になると盗みの技を仕込まれて九歳で先代の仕事を手伝うようになり、十七歳になって二代目を襲名する運びとなったのである。
(今思えば、先代のお頭も貧しい漁村の生まれで父親は早死にしたと言っていたから、一目見て私が同じような境遇と見抜いたのだろうなぁ・・・)
盗みの用意をしていると、ふとそんな事を思わない事も無かった。
(その内、きっぱりと足を洗って父さんの供養をしなければ、街道脇に埋められたままじゃ可哀想だ。)
しかしながら供養にも金が要る。
それなりに盗みに入った土蜘蛛のお由利にはある程度の金はあったものの、手下の者を養ったり色々裏社会で手を回すのに入り用なので供養代は後回しになってしまっている。
そこで目をつけたのがBasis Scholaの前に建っていたとされる教会の隠し財産だった。
何しろこの教会にあったのはトリニティの名のある聖人が処刑前夜に使った杯や皿などで、それらは万が一に備えて地下室の奥に安置されていたという。
売れば何億にもなるお宝で、その教会が火事で焼け落ちた翌日には焼け跡を沢山の住民と生徒が必死に掘り返して宝探しをしたとされている。
その時に発見自体はされていたのがこの石造りの部屋と階段である。
この莚を敷いている部屋の先にも通路が幾つもあって、まるで蟻の巣みたくなっている何処かの部屋にその杯と皿があると考えられていた。
しかしながら、焼け跡を掘り返すのは罰当たりでは無いかという意見があって、この石造りの階段と部屋はそのままにして上にBasis Scholaが建てられたのだった。
この土蜘蛛のお由利はそこを掘り返そうというのである。
杯と皿を売った金で父親の供養をする以前に手下に十二分な分け前をやって、自らも暮らしていくのに困らないだけの金が無いと盗人が足を洗うのは難しいのだ。
四
セリナは図書委員会の古書館へと向かっていた。
例の死に装束の女が吐いた情報から、連中の目的が嘗てあった教会の隠し財産である事は明らかとなった訳だが、先程書いたように渡り者に過ぎない女は地下室の事は全く知らない。
よって当時の教会に関する記録が残っているであろう古書館に行って、財産の隠し場所に関する情報を集める必要があった。
スズミとナギサはBasis Scholaに再度踏み込む計画を練っていたので、セリナが行って図書委員長の古関ウイから情報を引き出す流れになったのである。
幸いにもセリナとウイは面識がある。
図書委員長のウイは滅多に外に出ないし不摂生な暮らしをしているので救護騎士団の生徒が時折見に行くという図書委員会との約束になっていたのだ。
なので、セリナも五、六回様子を見に行った事がある。
ウイは大分人見知りをするが、セリナの事は嫌ではないらしかった。
(確か、今度来たらコーヒーをご馳走するとか何とかって言ってた気が・・・)
セリナが記憶の底からウイとの会話を思い返していると、古書館に着いてしまった。
「失礼します。救護騎士団二年、鷲見セリナと申します。古関委員長はいらっしゃいますか?」
セリナは救護騎士団長の蒼森ミネにさえ使った事が無いくらい丁寧な言葉を選んで発した。
「ああ、ティーパーティーから連絡のあった・・・それにしても久し振りですね。まあ掛けて下さい。」
ウイが古書館に置いてあるソファーに腰掛けるよう勧めるのでセリナはそのようにした。
「ティーパーティーからの連絡はいつも急で、しかもとんでもない事ばかり頼んでくるので困っていましてね・・・今回もBasis Scholaの前に建っていた教会について急ぎ調べてくれ、と言われたものですから本棚を幾つひっくり返したか覚えていません。」
「それはご迷惑をお掛けして・・・」
セリナがそう言うと、ウイはくすりと笑った。
「別にあなたが気にする事でもありませんよ。後でナギサさんにでもお恨みを言っておきますので。」
ウイがコップに注がれたアイスコーヒーを持って来て、セリナの前に置くと、セリナの対面に座った。
「さて、頼まれた件についてですが・・・結論から言えば、Basis Scholaの下には地下室があります。」
「地下室・・・ですか?」
「ええ、教会か火事で焼けたのはもう七十年も前の事なのですが、当時の資料によると焼け跡から地下への階段と大きな地下室、そこから蟻の巣みたいに広がる幾つもの部屋が見つかったとされています。何でも焼け跡からこの教会が所蔵していたトリニティの聖人が使っていた杯と皿が見つからなかったので、何とか見つけて一儲けしようという生徒や住民が集まって来て焼け跡のあちこちを掘り返していったところ、偶々見つかったとか・・・」
「それで、地下室は当時の生徒会の探索の手が入ったのですよね?」
「いえ、別の本の記述にはなるのですが、当時のシスターフッドが〝教会の焼け跡を掘り返すなんて罰当たりだ〟とか何だとか言って猛反発したので結局調査は行われず、翌年にはその階段の真上にBasis Scholaが建てられたと。」
「シスターフッドには調査されたくない理由があったのでしょうか?」
「案外大した理由では無いかもしれません。今回の盗賊も、嘗てのシスターフッドも。大した理由でも無い事が積み重なって騒動になっているなんて事はありがちですから。」
セリナが古書館を出たのは午後十一時頃であった。
既に地下室の事はモモトークでスズミに伝えてあったので、後は戻るだけである。
古書館からティーパーティーの本館までは大通りを突っ切って公園に入り、十分も掛からない。
セリナが公園の木々が生い茂っているところまで来ると、ふと背後に視線を感じた。
(・・・もしかして誰かにつけられてる?)
流石にスズミと一緒に活動しているだけあって幽霊以外にはよく勘が働く。
銃のセーフティを切って何時でも撃てるようにし、背後に注意を配る。
セリナが公園を抜けようとしたところの池の傍で相手は仕掛けて来た。
「!」
背後から短刀を突き入れようとしたのでセリナが身を翻して躱す。
幾ら銃弾に対しては無類の耐性を誇るキヴォトスの生徒であっても、刃物は尋常の人間と同様に効く。
なので刃物で襲って来るという事は相当の殺意を持っているという事である。
「あなた・・・一体誰ですか?」
セリナは相手の顔をはっきりと見た。
洗いざらしの着物を着た少女、土蜘蛛のお由利の手下であるがセリナは当然だが見覚えが無い。
「お前、幽霊騒ぎについて嗅ぎ回っているらしいな?」
「ええ、何しろ裏で人攫いの連中が動いてるとなったら探らない訳にもいきません。」
「そうか。なら、少し痛い目に遭って貰わなきゃあな!」
短刀を突き付け、セリナに向かって突進して来るかという時に、この少女はもんどりを打って池に落ちた。
セリナの背後から投げ打たれた小石が鼻に直撃して体勢を崩して池に落ちたらしかった。
「いきなり襲い掛かるなんて、感じ悪いんじゃない?」
セリナが振り向くと、そこに立っていたのはジャージ姿の聖園ミカだった。
「み、ミカ様・・・?」
「ナギちゃんが昨日の夜から面白そうな事やってるな~と思ってたら、結構大事になってきたね。ま、スズミちゃんもナギちゃんも待ってるからさ、〝これ〟は私に任せて行きなよ。」
池に落ちた少女は何とか水から上がろうと必死になっている。
「ありがとうございます!」
セリナが走ってその場から立ち去ると、ミカは池の縁に手を掛けて這い上がろうとしている少女へにっこり笑い掛けながら言った。
「私さ、ナギちゃんに仲間外れにされてちょっと機嫌悪いんだよね。気晴らしに相手してあげるよ。」
五
夜の七時である。
スズミとセリナ、そして昼間に土蜘蛛の手下で遊んだミカに加えてティーパーティーの役員生徒が五人、Basis Scholaに集まっていた。
これから例の地下室に突入するのだ。
「皆さん。セリナさんを襲った手下が帰らなければ土蜘蛛一座は警戒して、トリニティから逃げる恐れもあります。そうなれば他の自治区でも盗みを働くでしょう。今夜ここで捕らえます。」
その場の全員が頷いた。
建物に入ると、床には幾つもの靴の跡がついていて、ある床板の前で途切れている。
役員達が床板を持ち上げてみると、例の石段が現れた。
「これが古書館の資料にあった石段ですか・・・まさか足元にこんな物があったとは。」
一行が階段を降り、中から光が漏れている扉の前まで行き着いた。
スズミが手榴弾を見せ、他の面々へと目配せする。
今回の物は閃光弾では無い。
人質がいる事も考慮した発煙弾である。
ピンを抜き、扉を思い切り開け放つとそれを室内に向けて投げた。
「何だ!」
室内で何人もの声がしたが、炸裂音と共に煙が噴き出すのを見てスズミが室内へと転がり込んだ。
相手の視界を奪い、近接戦で制圧するのは自警団の常套手段である。
室内には百鬼夜行から追っ付け到着した土蜘蛛一座の連中がまだ旅装も解いていなかったのに加えて、突然の襲撃に戸惑っていた。
スズミが一番手前に居た旅姿の大柄な生徒の脾腹を打って気絶させ、次に何とか状況を飲み込んでこちらへ銃を向ける奴の手首を狙い発砲し、銃を落としたところで首筋を銃身で打った。
「むう・・・」
ミカは的確に手下の一人の額に銃弾を数発当てて昏倒させ、床に転がされていた行方不明者を抱き起こすと、役員に命じて室外へと運ばせた。
セリナも役員と共に行方不明者の救助に当たっている。
煙が薄くなって、スズミとミカが自分達の手で昏倒させた盗賊共を縛り上げて壁に立て掛けておく。
「スズミちゃん、リーダー格の奴がいなくない?」
「恐らく、この先の階段を降りたところに隠れているのでは。」
「私が先に見に行ってみようか?」
「いえ、上から増援が来ると不味いのでミカさんはここに残って下さい。後は私が。」
銃をリロードして、スズミは足早に階段を降りていく。
最後の一段に足が乗せられようとした瞬間に銃弾がスズミの足のすぐ近くを通っていった。
「これ以上近づくと、足が吹き飛ぶ事になる。何しろブラックマーケット製の違法銃弾だからな。」
冷静な声が響く。
その声の主は勿論土蜘蛛のお由利である。
「貴方が土蜘蛛の頭領ですね?」
「そうだとも。」
「何故こんな、盗掘のような真似を?」
「金が必要だからだ。手下に手切れ金をやり、自分が一生暮らせるだけの金が無けりゃ足を洗おうにも洗えない。それが盗人稼業ってものだ。」
「・・・因果な商売ですね。」
「因果な商売にけりをつける為、元々あった幽霊の噂を利用して幽霊騒ぎを起こし、度胸試しに来た連中を捕まえて穴掘りをさせていたが、まさか幽霊役の奴がしくじるとはなぁ・・・」
「いい加減、銃を捨てて投降したらどうですか?」
「そうはいかねえ。折角蟻の巣状の通路の一本一本を調べて、やっと怪しい通路を見つけたんだ。だがその通路は途中から土で埋められていた。石で囲まれた通路に一箇所だけ土の壁。どう考えてもこの先が目当てのお宝に違いねえ。」
話は平行線のまま、一向に進展しない。
先程スズミの足を掠めた弾丸は尋常で無い威力と弾速らしく、石の壁に小さな罅を作って深くめり込んでいる。
下手に突っ込んではいけないとスズミの勘がそう告げていた。
そのまま十分、無言のまま対峙している。
「ぎゃあっ・・・」
唐突に土蜘蛛のお由利の悲鳴が上がった。
スズミはお由利の真正面に飛び出すと、驚くべき事にお由利は彼女の背後に居た白い修道服を着た少女に向かって銃を乱射している。
しかし、一発も当たる気配は無い。
弾が全て突き抜けてしまうのだ。
(今だ!)
スズミの愛銃〝セーフティ〟から放たれた数発の弾丸が背中を見せているお由利に命中し、土蜘蛛の首領は倒れ伏した。
それを見届けると白い修道服の少女はすうっと透けていって消えた。
「スズミさん、大丈夫ですか!?」
セリナが悲鳴と銃声を聞きつけて降りて来る。
「ええ。幽霊に助けられまして。」
「幽霊?あれは偽物だったんじゃ。」
「よく考えれば、死に装束の女の幽霊の噂はこの盗賊が人攫いをするずっと前からあったじゃないですか。銃弾が当たらなかった事からして、私が見たのは間違いなく本物の幽霊だったに違いありません。」
「でも、何故その幽霊はスズミさんを助けたのでしょう。」
「さぁ?死人に口なしという言葉もあるくらいですから、真相は本人のみぞ知るといったところでしょうね。」
六
「恐らくその白い修道服の幽霊とは、教会の火事の際に杯と皿を守る為に例の地下室で息絶えたシスターの霊なのだろう。詳細は不明だが恐らく土の壁の奥には部屋があって、そこから何らかの仕掛けを作動させると土で通路が塞がるように出来ていたんだろうね。」
スズミやセリナ、ミカ達がBasis Scholaに踏み込んでから三日後のティーパーティーの会議で百合園セイアはそう私見を述べた。
それを受けてナギサが口を開く。
「シスターフッドのサクラコさんや図書委員会のウイさんとも協議しましたが、あの地下室と通路はそのままにしておくという事で宜しいでしょうか?」
「それがいいだろう。無理に土の壁を取り除いて中の宝物を回収しようというのは盗賊達と何も変わらないし、仮に中にシスターの亡骸があった場合はそこは墓所と同じだ。私達は墓荒らしにはなりたくないからね。」
「でも、どうして白い修道服のシスターの霊が死に装束の女の霊だなんて噂になってたんだろ?」
ミカが紅茶を飲みながらそう呟く。
「単なる見間違えだったんだろう。黒い修道服ならまだしも白というのは珍しいから死に装束と誤認しても仕方が無い。」
「ふ~ん・・・そんなものなのかな?」
「そういうものさ。」
「ああ、そう言えばナギちゃんさぁ、スズミちゃん達にあれだけ働いて貰ったんだからご褒美の一つもあげたらどうなの?」
ミカはナギサに向かってそう投げかけると、ナギサは紅茶を一口飲んで言った。
「私もそう思って先日、お二方にお越し頂いて何か欲しいものは無いか聞いてみたのですが・・・そう言うならと仰ってお二人とも私特製のジャムを一瓶ずつ持って行かれました。」
「ジャム一瓶で良いんだ?」
「はぁ・・・それ以上は要らないと言って帰ってしまいましたので。」
ティーパーティーの三人はスズミとセリナの粋な対応に感心したという。