月見秘帖   作:七川透光

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月見秘帖~密偵~

 

 嫌になる程蒸し暑い夜の事であった。

 守月スズミは寮へ帰る為にトリニティ・スクエアを通り抜けようとしていた。

 この日のパトロールは夜間にまで及び、スズミの他にも十人近い自警団員が同時刻まで出払っていた。

 何しろこの頃はヘルメット団を含め不良集団が夜間のトリニティに〝何かを運び込んでいる〟という噂が立ち、生徒会ティーパーティーの議題にもこれが挙がり、ティーパーティーを通じて正義実現委員会へ調査指示が下り、正義実現委員会副委員長の羽川ハスミを通じて自警団に協力要請が届いたという訳だ。

 スズミとしても連邦捜査部〝シャーレ〟の創設メンバー同士であり、自警団を興してからの付き合いでもあるハスミの頼みを断る訳にも行かず、団員の中から交代で夜間パトロールに出る事になった。

(今日は何も見つからず終いですか。ま、何も起こらないに越した事は無いのですが・・・)

 そう心の中で呟きながらトリニティ・スクエアへ差し掛かったところで、一人の少女が今にも倒れ伏しそうな足取りで街路樹に寄りかかっているのを見つけた。

 その生徒はスケバンの格好をした銀髪の生徒だったが、脚部からは出血しているらしく、彼女の脹脛の辺りは血が相当染み込んだ白いタオルがきつく巻かれていた。

「大丈夫ですか?」

 スズミは咄嗟に声を掛ける。

 幾ら常日頃喧嘩に明け暮れているスケバンとは言え、これだけの出血を伴う程の怪我ともなれば尋常では無い事態が起こっているというのは中学時代にスケバンをしていたスズミがよく分かっていた。

「あ、あの・・・あなたは?」

 銀髪の生徒は痛みに顔を歪ませながらも声を絞り出す。

「私はトリニティ自警団の守月スズミと言います。止血の処置はご自身で?」

 こくりと頷く。

「見たところ何か事情がありそうですね・・・一旦私の寮室まで行きましょう。そこには優秀な看護師もいますので。」

 スズミはこの生徒を背負うと、傷口が痛まないようにゆっくりと歩き始めた。

 それでもこの生徒は時折痛みに呻くのだが、それはもう他の人の手助け無しで運ぶのだから仕方が無い。

 スズミがこの時パトロールに出ていた自警団員にモモトークなり電話で助けを求めなかったのは、この生徒を急ぎ外の目が届かない寮室に運び込む必要があると直感したからだ。

 もしも彼女がただのスケバンで足抜けしたのなら、元の仲間達が連れ戻そうと躍起になっている筈であるし、仮に何らかの事情があってスケバンの格好をしているだけなのだとしたら、追手が探し回っている筈なのでこれもまた急ぎ匿わなければならない。

 スズミが寮に入ると、寮の宿直をしていた生徒は机に肘をつきながら船を漕いでいた。

(しめた!)

 管理人室の前を通り抜けてエレベーターホールに着くと、スズミが幼馴染の鷲見セリナと暮らしている三階のボタンを押し、既に一階にいたエレベーターに乗り込む。

「後少しの辛抱ですからね。」

 背負っている生徒にそう声を掛けるとエレベーターは三階に付き、少し足早に寮室に入った。

 セリナは眠たそうにしていたが、スズミが帰って来るのを待っていたらしい。

「お帰りなさい・・・ってあれ、この人は・・・?」

「トリニティ・スクエアで拾った怪我人です。眠いところすみませんが処置をお願いします。」

 セリナは慌てて救急箱を持ってくる。

「どうしたんですかこんな酷い傷・・・!?」

「私にもさっぱりです。あ、セリナさん・・・くれぐれも手違いの無いように。」

「分かってます!気が散るし外から帰って来たならさっさと手でも洗って来て下さい!」

 セリナに怒られてしまったのでスズミは洗面所に手を洗いに行く。

 洗面所から戻ってくると怪我をした生徒の足の血塗れのタオルは取り払われ、清潔な包帯が巻かれていた。

「少し痛いかもしれませんが我慢してくださいね!」

 セリナが包帯をしっかり巻き付けるので生徒は時折痛みに声を上げるが、セリナは構わず包帯を巻く。

 処置が終わるとセリナとスズミの二人掛かりで生徒はスズミのベッドに寝かされた。

 すると緊張の糸がここに来てぷっつりと切れてしまったのか、生徒の頭上のヘイローがすうっと消えていき、眠りについたらしかった。

「セリナさん、ありがとうございました。」

「それはいいんですけど・・・あの足の怪我でよく立っていられましたね・・・」

「そんなに酷かったんですか?」

「だって、弾が貫通した痕がありましたから。しかも骨を掠めるように突き抜けたので骨にも損傷があるかもしれませんし筋肉がズタズタになっているのは確実ですよ?」

 つまるところ、とても通常の生徒であれば歩ける筈も無い程の怪我であったのだ。

 そうなるとこの生徒もただのスケバンで無い可能性がある。

「では、歩けるようになるのはかなり先ですね。」

「傷自体が治ったとして、リハビリの期間も計算に入れて二ヶ月近く掛かります。それに、寮室で出来る治療には限界がありますので、明日にでも救護騎士団本部に連れて行った方が良いです。」

「それは待って下さい。」

「何故ですか!?」

 セリナが大声を上げるが、スズミは彼女の唇の前に人差し指を立ててそれを止める。

「しっ・・・もう日を跨ぐかという時間なんですから。」

 セリナは大変不服そうだ。

「この方、何か事情がありそうに思えてなりません。」

「すると、ただ不良グループから足抜けしたスケバンが元の仲間達に報復されたという訳では無いと?」

「ええ。もしかすると、近頃トリニティで噂されている〝何かを運び込んでいる〟不良集団の手掛かりを持っているかもしれません。まあ、明日になってみてこの方が起きないと真相は分かりませんがね。」

 セリナはスズミの説明で少しは納得したのか、不服そうな表情をするのをやめた。

「スズミさんが言うならそうしますけど・・・」

「それより、私のベッドに寝かせてしまいましたが、私は何処で寝ればいいのでしょうか。」

 セリナは自身のベッドの方へ目線を向ける。

「・・・セリナさんは寝相悪いので一緒に寝るのはちょっと。」

「いいじゃないですか!中学校の修学旅行以来久々に一緒に寝ましょうよ!」

「あの時ただでさえ暑い夜だったのに寝ぼけたセリナさんが私の布団に潜り込んできて抱き着いたせいで暑くて一睡も出来なかったんですよ?」

「っ、そんなの覚えてません。そんな事よりお風呂に入って来て早く寝ましょうよ。」

 その後、セリナの強引な勧めを断れなかったスズミはセリナのベッドで眠りについた。

 修学旅行の時と違ってセリナは抱き着いてこなかったが、スズミの意識が消える直前まで寝言を何やら喋っていたようだった。

 

 

 二

 

 翌朝、スズミは五時半にふっと目を覚ました。

 元々早起きなので六時にアラームをセットしていてもこのくらいの時間に目が自然と覚めてしまうのだが、それに加えて何やら玄関に向かう足音が聞こえたからだ。

「何処へ行くんですか?」

 スズミは覚束ない足取りで壁に手を付きながら玄関に向かおうとする生徒に声を掛けた。

 彼女は身体をびくりと震わせ、スズミの方へと向き直る。

「どうしても、帰らなきゃいけないところがあるので・・・」

「その足じゃ追手に見つからずにトリニティから出るのは難しいでしょう。それに足に包帯を巻いて痛みを堪えながら歩いている生徒なんて目立ちますし・・・」

「あの、一つお願いが。」

 銀髪の生徒も自身の足を見てとても逃げ切れそうにないと踏んだのだろうか、スズミに頼み事をしてきた。

「何でしょうか。出来る限りの事はしますが。」

「私、ミレニアムサイエンススクールから来たんです。理由は・・・あまり口には出来ないんですけど。」

「安心して下さい。私はセミナー会計のユウカさんとはそれなりに親しくさせて頂いていますので。」

 そう言ってスズミはスマートフォンを取り出し、連絡先の中に〝早瀬ユウカ〟の名前がある事を見せた。

 するとこの生徒は何か決心したかのように話を始める。

「・・・実は、私はミレニアムで最近盗み出されたマイクロチップを追ってトリニティまで来たんです。」

「マイクロチップ?」

「はい。エンジニア部とその他ミレニアムの名の知れた技術者が総力を挙げて作った超小型の集積回路なんですが・・・あまりにも性能が高過ぎるせいで仮に悪意ある者の手に渡れば兵器への転用もありうるとして厳重に管理されていた代物が突如として盗み出され、トリニティを経由してブラックマーケットに出回っているとの知らせを受けて、セミナーからトリニティ内でのマイクロチップの行方を追う為に私は密偵として派遣されました。」

 密偵。

 スケバンやヘルメット団を始めとして、キヴォトスの裏社会に暮らす者達からは狗と呼ばれ、蔑まれている。

 不良上がりの人物が治安組織に今まで犯してきた罪を見逃す代わりに密偵として働く事を持ち掛けられる場合が多い為、裏社会では裏切り者の象徴として扱われ、仮に狗である事が知られたのならば裏切り者には容赦しないという裏社会の道理に基づいて命を奪われてもおかしくは無い。

「それで、任務中あのような目に?」

「トリニティの工業地区を根城にしている不良集団の一派がカイザーコーポレーションと裏で繋がっていて、マイクロチップもミレニアムを根城とする不良集団から受け取った物をカイザーの手に引き渡している事まで掴んだのは良かったのですが、そこで見つかってしまいまして・・・本来なら私が持ち帰った情報を元にC&Cの方々が出動する手筈になっていたのですが、私がこのような有様ではとても・・・」

 不良集団なら使っていた弾薬も違法な改造が施されていたに違いない。

 それならば銃弾の一、二発では痣にすらならない筈のキヴォトスの生徒の身体に穴を開ける威力というのも納得がいくのだ。

「よく話してくれましたね。さ、後は私達に任せてベッドに戻って足を治す事に専念して下さい。七時くらいになったらユウカさんに連絡してあなたが無事ミレニアムに戻れるよう手筈を整えますので。」

 そうスズミが約束すると密偵の生徒は肩の荷が下りたように穏やかな表情になってベッドに戻った。

 しかしながらもう二度寝する程でも無かったのかぼうっと天井を見つめている。

(さて・・・ここからどう事を運ぶか・・・)

 スズミはユウカにこの密偵の事を伝えた後どうするかについて考えを巡らせていた。

 まずトリニティ自治区から脱出させる事が先決だが、相手だってミレニアムから盗み出したマイクロチップを捌いているのだから探りに来た”狗”である事くらい察しがついていよう。

 そうなると、下手にミレニアム自治区まで連れて行くと待ち伏せに遭わないとも限らない。

 スズミ一人なら不良の十や二十はものの数にも入らないが、何しろ怪我人を庇いながらの戦闘となると色々勝手が違ってくる。

(トリニティ自治区から逃がしつつ、安全が確保出来る場所へ移す必要がありますね・・・)

 スズミの持つ人脈の中でそれが可能なのはただ一箇所である。

(シャーレまで連れて行くより他に仕方がありませんね。)

 連邦捜査部、シャーレの先生に事情を話してシャーレ居住区を使用させて貰ってミレニアムからの迎えを待つのが良いように思われた。

「あれ、スズミさんもう起きてたんですか?」

 ここでセリナも起き出してきた。

「セリナさん。車椅子の手配って可能ですか?」

「私から頼めばすぐに用意して貰えると思いますが。」

「なら、これから少々段取りを踏んであの人をD.U区内まで運びましょう。」

 スズミは先程密偵の生徒が話した事をセリナにも共有した。

 件の密偵の生徒は起きていてその会話を聞いていた筈だが、スズミとセリナの事を完全に信用しているのか特に口を挟む事も無い。

「確かに、カイザーコーポレーションと取引している不良ならそれくらいの事して来る可能性はあるかも・・・」

「シャーレ居住区には誰でも素通り出来るオフィス区画と違って限られた人間しか通れない区画があります。そこに先生の自宅などがある訳ですが、そこの一室に匿ってしまえば不良集団が厳重なセキュリティを突破して侵入するのはほぼ不可能と言ってもいいでしょう。」

 仮眠室がほぼ自宅のようになっている先生だが、シャーレ居住区に一応自宅がある。

 先生のプライベート空間という事で生徒すら無断で立ち入る事は出来ないがスズミやハスミ、ユウカ、チナツの四人は創設時に〝いざという時の為〟を想定して合鍵を貰っている。

 当初はそこまで部員が増えるとは思ってもみなかったので何の気無しに合鍵を渡したが、徐々に部員数が増えていき、先生に少なからず好意を抱いている生徒も比例して増えていたので、特別扱いと受け取られて無駄な争いが起こる事を避ける為に先生はこの四人に合鍵の返却を求めたがスズミ達も他の生徒に対するアドバンテージを捨てるのは憚られて、のらりくらりと返却要求を躱していると何だかんだその後もシャーレが襲撃されたり爆破されたりと先生の身に危険が迫る事態があった為有耶無耶になってしまった。

(いよいよこの鍵を使う時が来たようですね・・・)

 スズミはこの合鍵を使って密偵の生徒を先生の自宅に匿い、事後承認で先生の協力を取り付けようと考えた。

「じゃあ、私は車椅子を調達してきますね。」

 セリナはさっさと着替えを済ませて出て行った。

「では、こちらも作戦開始と行きましょうか。朝一でシャーレに運びますよ。」

 スマートフォンを取り出して連絡先の中から早瀬ユウカの名前を探し出して電話を掛ける。

 数コールした後に電話が繋がり、寝起きのユウカの声がスマートフォンから聞こえてくる。

「もしもし・・・スズミじゃない、珍しいわね。」

「ユウカさん。朝早くで申し訳ないのですが、お宅の密偵を昨日の夜その辺で拾いましてね。」

 するとユウカの声は眠たそうだったのが突然にして目が覚めたようにはっきりとしたものへと変わった。

「本当!?」

「ええ、足に違法弾薬を受けて怪我の程度こそ酷いですが命には別条ありません。」

「良かった・・・定期連絡の時間になっても連絡が来ないから心配してたのよ。」

「これから私とセリナさんでシャーレ居住区まで一旦連れて行こうと思っているのですが、それでよろしいですか?」

「ミレニアムまで連れて来れない程怪我が酷いの?」

「それも若干ありますが、ミレニアムの密偵だと恐らく勘付かれている以上口封じの為にミレニアム自治区に刺客が配置されていないとも限りませんので。」

 そうすると、ユウカは納得したらしくシャーレでユウカと合流する事が決まった。

 流石に連邦捜査部の創設時から一緒に仕事もしてきただけあって、これらが取り決められるまで五分も掛からなかった。

 

 

 三

 

 スズミとユウカが電話を切ってから十分経った頃、セリナが救護騎士団本部で借りて来たと思しき車椅子を持って帰って来た。

「スズミさん。調達してきましたよ!」

 その時のスズミは密偵の生徒にトリニティの制服を着せていた。

 すると、スケバンの衣装を脱がせた勢いでポケットから小さなものが転がり落ちる。

「これは・・・」

 スズミが咄嗟にハンカチで包むように拾ったのはUSBメモリであった。

「ヘルメット団が根城にしている倉庫のパソコンから抜き取った証拠のデータです。カイザーとヘルメット団員の取引の記録が克明に記されています。」

「成程、大事な証拠品という訳ですね。」

 スズミとセリナは二人掛かりでこの密偵の生徒を車いすに乗せ、セリナが車椅子を押している。

 スズミはその隣で愛銃〝セーフティ〟を持って護衛している形となっている。

 エレベーターに乗って一階に降りると流石に朝なので管理人室にいた寮長を務める生徒が詰めていて、車椅子を押しながら寮を出て行く二人を不思議そうに見ているが、普段から自警団活動と救護騎士団の仕事で人助けをしている二人なので特に呼び止められる事も無かった。

 まだ六時を少し過ぎた頃なので流石に生徒は表へ出てはいない。

 セリナは流石に救護騎士団員だけあって車椅子を押すのも手慣れたもので、怪我人の負担にならない速度で押し進めている。

 とは言え二人の普段の歩行速度より若干遅いくらいなので、駅までは然程時間も掛からない。

 十分もすれば駅まで着いてしまった。

「大丈夫ですか?何か気分が悪いとかそういった事があればすぐ教えて下さいね?」

 セリナは座っている密偵の生徒にそう声を掛ける。

「はい。今のところは大丈夫です。」

 二人で車椅子を浮かせて電車に乗せる。

 ここからシャーレのあるD.U郊外までは三十分ちょっと掛かるが、まだ早い時間帯なので他の乗客は少ない。

(そう言えば、食事も摂り忘れてしまったような・・・)

 何しろ急いで出たので、朝食すら食べていない。

 シャーレ居住区の先生の自宅の冷蔵庫には何か入っているだろうか、しかしながらあの不摂生な暮らしぶりで有名なシャーレの先生の家の冷蔵庫だからあまり期待は出来ない。

 スズミがそのような事を考えながら電車に揺られていると三十分経ったらしく、電車は定刻通り駅に到着する。

 再び車椅子を二人掛かりで浮かせて電車から降ろし、改札を抜けるとその真正面にシャーレの建物がある。

「・・・やっと着きましたね。」

 これで一安心とシャーレの建物に入ろうとした矢先である。

 スズミ一行は建物の近くの路地からヘルメット団員が十人近く出て来たのをこの目でしかと見た。

 その後ろにはカイザーPMCと思しき機械兵が三人いる。

「・・・そんな、つけられていたなんて。」

 密偵の生徒が青ざめた表情でそう呟く。

「大人しくそいつをこちらに引き渡せば、お前達には何もしないと約束しよう。どうだ?」

 ヘルメット団のリーダー格らしい少女はガスマスクで顔を覆っているので表情は伺いしれないが、スズミ達に放った言葉の端々から〝してやった〟と思う心が滲み出ている。

「お断りします。それに、私はこの方から色々聞いてもう引き返せないところまで知ってしまっているので。」

 そう言って、スズミは背後にいたセリナに目配せする。

 セリナは心得た顔付きになって、車椅子を押してシャーレの建物内に逃げ込んだ。

「・・・成程、交渉決裂という訳か。」

「いや?最初から交渉なんてする気ないんですよ。」

 先に仕掛けたのはスズミであった。

 何時の間にか手に握られていた手榴弾を敵の群れに向かって投げ打った。

 それはこのリーダー格のヘルメット団員の足元に転がって来たが、閃光弾だと決め込んで逃げも投げ返しもしない。

 このヘルメット団員のヘルメットには防音素材が用いられており、視界も覆われているので閃光弾などはさして効果が無いのだ。

 しかし、この決め付けが命取りになったと言っても過言では無い。

 閃光弾だとヘルメット団員やカイザーPMCが思い込んでいたそれは白い煙を一気に噴き出し、煙がたちまち周囲を包み込んでしまったのだ。

「げえっ、発煙弾だ!」

 その隙を突いてスズミが肉薄する。

 白煙の中なのでヘルメット団員達は何が何だか分からないが、次々と銃声に人体を殴打する音などが聞こえている。

 すると、何処をどうされたものか先程まで威勢の良かったリーダー格の団員が煙の中から這う這うの体で出て来て、スズミも追って煙の中から飛び出し、回し蹴りを浴びせた。

「うわ・・・」

 リーダー格のヘルメット団員が装着していたガスマスクが跳ね飛ばされる程の威力があったらしく、それを顔にまともに受けてしまったのでそのまま倒れ込んで動かなくなった。

 まだ白煙は幾らか残っていたが、カイザーのPMCが煙幕の中に銃弾を乱射している。

 こうすればまず近づけまいと踏んだのだろう。

 この点は流石に傭兵、ヘルメット団などのごろつきとは違うのである。

(さて、どう攻めましょうか・・・)

 スズミは街路樹の影に隠れながら考えている。

 煙幕が晴れてきて、カイザーPMC三人の姿が見えるようになった。

「さあ、隠れてないで出て来い!」

 傭兵の一人が声を張り上げたかと思えば、その傭兵の頭部に銃弾が斜め上の角度から撃ち降ろされた。

 スズミが上を見上げると、セリナがオフィス三階の道路に面した窓から身を乗り出し、愛銃〝タクティカルセラピー〟のスコープでカイザーPMC兵に狙いをつけて単発射撃している。 

 傭兵達はそちらに気を取られているらしく、シャーレのオフィスに射撃を始めたところでスズミが街路樹の影から飛び出し、セーフティで射撃した。

 如何に頑丈な機械の身体とて、銃弾を何発も受ければいつかは限界が来る。

 スズミが撃った弾丸が一人の胴体の装甲を貫通し、機能停止させた。

 次にセリナが撃った弾丸も首の比較的装甲が薄い箇所を貫いて機能停止に追い込んだ。

 最後に一人に銃口を向けると、その傭兵は一目散に逃げて行ってしまったのでスズミは銃を降ろし、道端で伸びているヘルメット団員を木に括り付け始めた。

 しかしながらスズミは傭兵が逃げたのを見てすぐ背を向けたので、その傭兵の後を球状のドローンがついて行ったのには気付かなかったのである。

 

 

 四

 

 先程スズミ達にしてやられたカイザーPMC最後の一人は、あの後脇目も振らずに逃げに逃げ、ブラックマーケットの一角にあるカイザーPMCの拠点に辿り着いた。

 その背後から球状のドローンがぴったりと着いてきていたが、先に述べたように脇目も振らずに逃げたので全く気付く様子も無い。

 ドローンは拠点の周りを二、三周回ってから何処かへ飛び去っていった。

 さて、スズミ達の方はと言えば、無事に密偵の生徒をシャーレ居住区の先生の自宅へと運び込んで一息ついていた。

 連邦捜査部の先生は連絡無しに突然やって来たスズミ達に驚きはしたものの、今では気を取り直して朝食を振舞っている。

「・・・ごめんね。簡単なものしか出せなくて。」

 簡単なものとは言いながらも、出てきたのは麦飯と蜆汁に沢庵漬としっかりとしたものだった。

 密偵の生徒は久し振りに温かい食事にありつけたのが嬉しいのか、非常に美味しそうに食べている。

「先生もようやく自炊するようになったんですね。」

「書類と睨めっこする時間が減って気分転換になるからね。」

 今までは朝にゼリー飲料を飲んで仕事をし、昼にはカップラーメンかコンビニ弁当、夜も値引きシールのついたコンビニ弁当で済ませていた先生だったが、今は料理に凝っているらしくゲヘナ学園の給食部が幾つか採用した品もあるという。

 料理中は書類の山脈と対峙しなくてもよいからか先生の機嫌は良い。

 すると、食事がそろそろ終わろうかという時にユウカがやって来て、その後ろからミレニアムのハッカー集団〝ヴェリタス〟所属の小鈎ハレも部屋に入って来る。

 周囲にはハレの自作ドローン〝アテナ三号〟が浮遊している。

 ユウカがこの先生の自宅の鍵を持っているので入るのは訳も無い事であった。

「スズミ、お待たせ。」

「ユウカさん。朝早くから申し訳ありません。そしてあちらがご連絡した・・・」

 スズミが言い切る前にユウカが密偵の生徒の前に立ち、彼女の手を取った。

「危険な目に遭わせてしまったみたいね。ごめんなさい。」

 ユウカが謝罪の言葉を述べると、この密偵は目からぽろぽろと涙を流している。

「いえ・・・私こそ肝心なところでしくじってしまい、申し訳・・・」

 声が震え、言葉も途切れ途切れになっている。

 すると、ハレが先生とスズミに手元のタブレットを提示した。

「スズミさんが締め上げた傭兵の内、逃げ出した奴の後をアテナ三号でつけさせたところ、D.UにあるカイザーPMCの拠点に入っていったのを記録したよ。」

「よく追跡出来ましたね。」

「昨日泊りがけのサーバーメンテナンスをしたところでユウカからの連絡が来て、アテナ三号をシャーレ前に配置したら銃撃戦になったから後をつけさせる事が出来たって訳で・・・」

「取引記録も抑えた以上はカイザーも言い逃れ出来ないね。」

 先生は事件が落着したと思ったらしいが、ユウカとスズミは実のところもう一暴れする予定だった。

「先生。まだ事件は終わっていませんよ?」

「最後の大掃除までして事件解決ですからね。」

「・・・と言うと?」

「まず、カイザーPMCは先程のスズミとの戦闘でシャーレの建物に対し発砲しました。これは由々しき事態であり、PMCにはけじめをつけて頂く必要があります。なので、この後ミレニアムからC&Cを出してカイザーPMCを強襲します。その後このC&Cによる強襲をミレニアムサイエンススクールにおけるマイクロチップの盗難事件の〝証拠品押収〟であり、連邦捜査部の先生の承認済みの事項であると発表します。」

「自警団はトリニティ自治区に残っているヘルメット団の残党を一斉摘発します。勿論セミナーの密偵がトリニティ内で調査活動をしていた事は伏せて正義実現委員会に報告する事になりますが。」

 先生の承認と言う事は処理しなければならない書類が増えるという事でもあるので、先生は内心穏便に済ませて欲しいとは思ったものの、二人が上記の事を何でも無いかのように言うので怖くて言い出せなかった。

 して、正午過ぎになるとミレニアムサイエンススクール最強と言われるC&CのエージェントがカイザーPMCの小さな拠点に殴り込みを掛け、激闘の末に建物を半壊させてしまったというのは翌日のクロノスニュースで大々的に報じられたものの、ユウカがカイザーコーポレーションの会見より先にマイクロチップの盗難事件とカイザーの関係を証拠付きで公表してしまったので、カイザーはヴァルキューレ警察学校と連邦生徒会の家宅調査を受ける羽目となり、芋づる式にその他の悪事も露見してキヴォトス最大手の企業の座から追い落されるのだが、それはまた別の話である。

 そしてC&CがカイザーPMCの拠点に殴り込む十分程前、スズミとセリナもまた自警団員と一緒にヘルメット団の拠点のあるトリニティの工業地区へと集まっていた。

「・・・皆さん。私が閃光弾を倉庫内に投げ入れますので、その炸裂を合図に突入して下さい。セリナさんは怪我をした団員の治療をお願いします。」

 スズミが小声で言うと、集まった団員はこくりと頷いた。

 今朝は発煙弾だったが、今度こそ閃光弾のピンを抜いて室内に投擲する。

 あまり遮蔽物の多くない倉庫なので奥の方まで転がっていき、凄まじい音と共に炸裂した。

 室内でヘルメット団員の叫び声が上がったと同時にショットガンや盾を装備した自警団員が先頭となって突入して、室内は銃弾が飛び交い乱闘になった。

 スズミも後を追って突入し、射撃で前線を支える団員を援護した。

 後で分かった話だが、このグループは〝ギラギラヘルメット団〟とか言うグループらしく、そのリーダーは今朝スズミに回し蹴りを浴びせられた生徒だったとの事で、リーダー不在のヘルメット団は指揮系統が混乱しきっていて自警団の相手になる筈も無く全員が捕縛された。

 

 

 五

 

 捕縛したギラギラヘルメット団員を正義実現委員会に引き渡し、副委員長のハスミに今回の摘発の経緯をミレニアムのマイクロチップ盗難事件を除いて語ったスズミは、セリナと今回の一斉摘発に参加した自警団員を労う為に既に夕食後で閉まっている筈の食堂を借りて宴会をしていた。

 ハスミの計らいか、食堂のテーブルの上にはポテトフライやサラダ、ピザなど学生が好きそうなものは大抵並んでいて、スズミやセリナも事件解決祝いとして大いに楽しんだ。

「そう言えば先輩、正義実現委員会には何て報告したんですか?」

 団員の一人がそう聞いてきたので、スズミは手元のコーラを飲みながら言った。

「違法弾薬所持、使用の疑いで捕縛したと報告しましたよ。何せ嘘は言っていない訳ですから。」

 ミレニアムの密偵は違法弾薬で足を撃ち抜かれていた。

 証拠の弾薬も提出したのでミレニアムの関与を全く知らない正義実現委員会には疑う余地は無い。

「それにしても・・・正義実現委員会には気の毒な事をしましたね。ティーパーティーから調査指示が下ったのは正義実現委員会なのに、ただのボランティアの自警団が全て解決してしまったのですから。」

 トリニティの拠点に残っていたギラギラヘルメット団員は下っ端だけで、箱の中身がミレニアム製マイクロチップだとはリーダー格から知らされておらず、違法弾薬輸送の中継をしていたと信じきっている。

 つまり、スズミやセリナ、摘発に参加した自警団員が漏らさない限りミレニアムのマイクロチップ盗難事件は闇から闇に・・・という具合になった訳である。

「皆さん、改めて言っておきますが、今回知りえた情報は決して他言してはいけませんよ。これは団長命令です。」

 形式上自警団団長に就いているスズミの命令ならば団員も聞かざるを得ない。

「は~い!」 

 自警団員の元気の良い声が食堂に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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