それは強さか?魔法の威力か?それとも空を飛ぶ速さか?いや違う。
歯並びのの良し悪しだ。
歯並びの悪い吸血鬼は、上手く人間の血を吸えない。
故に、役立たず。穀潰し。無能という不名誉なレッテルを貼られることが多々ある。
歯並びが良いか悪いか。どうでもいいように見えるかもしれないが、それは吸血鬼の世界では途轍もなく重要なことである。
現世の蔵書館に保存される、吸血鬼伝1章 5節 吸血鬼の優劣より抜粋。
魔界にて、ワタワタと慌てながらキャリーケースに荷物を詰める人影があった。
「あああ…えーとえーと、これは要る…これも要る、あれは要らない…」
べしっ、べしっ、べしっ、とキャリーケースに衣服やら歯磨きやらを叩きつけてはあっちへスタスタこっちへペタペタ。
部屋の中をグルグルと回って、要る物をキャリーケースにばしばし投げつけている。
何をこんなに急いでいるのかというと、彼女の境遇故にだった。
少し話を脱線させよう。
ここは魔界。吸血鬼の国であるウザヴォ魔導帝国の首都ヴェヴルに位置する普通の一軒家だ。
彼女… エルフィア・ミスティルは、一般家庭の出の吸血鬼である。
エルフィアがここまで急いでいる理由は、たった1つ。
吸血鬼の間には、代々受け継がれている掟がある。
その掟とは、16歳の誕生日を迎えた吸血鬼は、3年以上現世に行かせよ。というものだ。
なんでも、若かりし頃の初代女王が16歳の時に単独で現世に渡り、帰ってきた後凄まじい技術力を有して帰ってきた事が由来しているらしい。
以降、有能な人材を作る為。という目的の元、16歳を超えた吸血鬼達は現世に渡らされる。
その後は、規定の年数現世で過ごせば帰ってくるもよし。現世で天命を全うするもよしとされている。
エルフィアもあと数日で16歳。誕生日の日には現世に行かなくてはならない。
その為荷物の準備を急いでいるのだった。
「よ〜し!これで終わり!」
エルフィアの元気な声が部屋に響く。どうやら荷物を詰め終わった様だ。
額に浮き出た汗を手でグイッと拭いながらウキウキの上機嫌で部屋を出て行った。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
時と場所は変わって、今日はエルフィアの誕生日だ。
エルフィアは、パンッパンに膨らんだキャリーケースを持ち上げて階下へと向かっていた。
自室のある2階から1階に辿り着くと、リビングのドアを開けてお辞儀をする。
「おじさん!おばさん!今日までありがとうございました!」
エルフィアがお辞儀をする先には、白髪と髭を蓄えた、されど未だに元気そうな老爺と、腰を曲げた背の小さい怪しげな雰囲気を纏う老婆が居た。
彼らは、エルフィアの里親だ。身寄りのないエルフィアを引き取って、今日まで育ててくれたエルフィアにとって唯一無二の恩人だ。
「そんな滅多な事言うんじゃないよエルフィア。あんたはあんたらしくピシッと胸張んなさいな」
「はっはっは、エルフィアが面と向かって私達に礼を言うとは…暫くは雨かのう」
老婆、老爺の順にエルフィアに向かって笑いながら言う。
「ええ?!私ってどんな子だと思われてるの?!」
そんな恩人達にエルフィアは、心外!とでも言いたそうに2人に詰め寄った。
「くくく…元気が出た様だね…」
「おお、これでこそいつものエルフィアだな」
エルフィアに詰め寄られてもまるで怖くもなさそうに2人はケラケラと歳に見合わない快活さで笑った。
エルフィアは、揶揄われていたのだと納得して、リビングのドアのところまで戻った。
誕生日だって昨日祝ってもらった。お別れも言った。もう思い残す事はなかった。
「じゃあ…行ってきます!」
エルフィアが元気な声で言うと、2人は顔を見合わせてから言う。
「おう、元気にやっとれよ」
「風邪なんて引きやがったら承知しないからね?」
とお互い茶化す様に言ってエルフィアを送り出した。
ガチャンと音を立てて、ドアが閉じた。
2人はそれぞれその場で、ふぅ…と息を吐いた。
「嫌だねお前さん。歳なんか取っちまうと涙脆くなっちまってなあ」
「ひひ、それもまた一興じゃろ?」
お互い目頭を押さえながら、呟く様に言う。
ガチャッと音を立てながらドアが開かれたのはそんなしんみりした雰囲気が漂っていた時だった。
エルフィアだ。
2人が何か言う前に、エルフィアは2人の目の前まで行くと、おもむろに2人をギュッと抱きしめた。
「2人とも大好きっ!」
その言葉に、思わず2人はポカーンとしたが、すぐにエルフィアを抱きしめ返す。
少しして、エルフィアの方から2人を離した。
「もう本当に行くね。今までほんっっとうにありがとう!」
エルフィアの言葉に、何か返す間もなく、エルフィアは急足で部屋から出て行ってしまった。
遠くの方から、ガチャンと玄関のドアが開閉される音が聞こえて来た。
2人はしばらく立ち尽くして、2人同時に椅子に沈み込んだ。
「ありゃ反則さね」
「だなあ」
2人は笑いながら言うが、その頬には涙が伝っていた。
…ひーん。続くかなあ…