毎日投稿はさすがに無理ですね。
あれから何日か経った日のことだ。
オリーブ畑の木の葉が揺れている。
今日はカエデがジムリーダーとしての仕事をする日だ。基本的にジムリーダーと挑戦者の対決の観戦は認められている。だから僕はカエデと挑戦者の対決を見ることにした。
ここのセルクルタウンのセルクルジムのタイプはむしだ。カエデはむしタイプのポケモンを好んで使うが、それは甘いものを好むむしが好ましく見えるからなのだろうか。
今日の挑戦者はオレンジアカデミーの宝探しの一貫できた学生だそうだ。この町は小さな町であるがゆえに、噂話やら最近の出来事が早く回ってくる。
会場であるジムのフィールドのわきに立ってみてみる。カエデが立っているが今話しかけるのは無粋だろう。しっかりと集中してほしいからだ。
歓声が沸き上げっているフィールドに一人の学生が入ってくる。若い学生だろうか。名前をアオイと呼ばれていて、しっかりとして目をしている。ああいう若者は伸びると思うので頑張ってほしいものだ。
そして今バトルが始まろうとしていた。
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あれからしばらくして、試合は終わりを告げた。
勝負の結果は……挑戦者の勝ち。カエデはいつもの柔らかな笑顔を崩さず、バッジを手渡した。
「おめでとうございます〜。セルクルバッジ、しっかり胸に輝かせてくださいね〜」
その声に偽りはなく、挑戦者も礼を言って去っていった。けれど僕には分かる。ほんの少しだけ、その笑顔の奥に影が差していることを。昔から一緒にいた幼馴染だからこそ気づける、わずかな揺らぎだった。
ジムを出ると、夕暮れが町を包み始めていた。挑戦者の背中が遠ざかり、オリーブ畑の向こうに陽が沈んでいく。
僕は隣を歩くカエデに声をかけた。
「……悔しいだろ、負けるのは」
「えへへ〜……悔しくないと言えば、うそになりますね〜。でも、挑戦者さんが強かったん
です〜。それに、ポケモンリーグ側から言われていますから~。手加減しなさいって~」
カエデはそう言って肩をすくめた。おっとりとした口調は変わらない。けれど、その横顔はどこか寂しげだった。
「なあ、ムクロジに寄っていかないか。甘いものでも食べれば、少しは気が晴れるだろ」
「……ふふっ。やさしいですね〜。そうですね〜、お店に行きましょうか〜」
二人で歩いて『ムクロジ』に入ると、夜の店内はすでに灯りがともり、甘い香りが漂っていた。
昼間の賑わいは落ち着き、客もまばらだ。従業員に任せていたのか、カエデは慣れた足取りでカウンターの奥に回り、棚から何かを取り出した。
「今日は特別に〜……この前作った、オリーブチョコレートを出しちゃいますね〜。お仕事の後の甘いご褒美、ですよ〜」
丸い皿に並べられた小粒のチョコレート。一口かじると、オリーブのほのかな香りとカカオの苦味が混ざり合い、心まで温まるような味が広がった。
「……うまいな。君も食べるといい。自分の仕事を誇りに思えると思うよ。それにほら、負けた気持ちもいくらか楽になるかもしれないから」
そう言うと、カエデは少し驚いたように目を瞬き、それからふんわり笑った。
「えへへ〜、ありがとう〜。あなたにそう言ってもらえると……なんだか救われちゃいますね〜」
柔らかい声。照れくさそうに下を向く仕草。その姿を見ていると、胸がじんと熱くなる。慰めるつもりで来たのに、逆に自分が満たされていくのを感じてしまう。
外では虫の声が聞こえ始めていた。静かな夜の空気と甘い香りの中で、僕は思った。
――この時間が、ずっと続けばいいのに、と。
「なあ、久しぶりにバトルをしないか?もちろん本気で来てもらって構わないよ」
「あなたとですか~?なんだか燃えちゃいますね~。でもいいんですか~?」
「いいんだ。君の気が晴れるならいいんだ」
「うれしいです~!」
カエデは、ぱっと花が咲いたように笑った。その笑顔に、思わず胸が熱くなる。無意識に、彼女の指先に触れそうになって、慌てて引っ込めた。けれどカエデは気づいたのか、くすっと笑って首をかしげる。
「……ふふっ、そんなに見つめられると、ちょっと恥ずかしいですよ~」
「見てしまうんだよ。昔から……でも、今の君は、昔よりずっときれいだから」
言ってから、我ながら歯が浮くような台詞だと思った。けれどカエデは頬を赤く染めて、小さく答える。
「えへへ……そんなこと言うのは、あなたくらいですよ〜。……でも、うれしいです〜」
静かな夜の店内、甘い香りに包まれて、二人の間の距離がほんの少し縮まる。外の虫の声すら、二人だけの時間を祝福しているように思えた。
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「じゃあもう夜も遅いから、1対1のバトルで道具の使用は禁止、これでいいね?」
「いいですよ~。あなたには一回も勝ったことはないですからね~。今日こそ勝ちますよ~?」
そう、僕はカエデとのバトルで一回も負けたことがないのだった。なんだかんだカエデのことは読めてしまうのだった。
そうして夜の誰もいないフィールドに立った僕たちは、真剣になるのだった。
「じゃあいきますよ~。きて、クマちゃん!」
「クマアアアアアア!」
そうして飛び出したのはリングマだった。いつもは最後に出すポケモンだが、1対1の勝負だからか、僕と戦うときはいつも本気のようだ。
「じゃあ僕も行くぞ。行け、フーディン」
「ディン!」
「あなたも本気のようですね~」
そう、フーディンは僕のエースポケモンだ。こいつと一緒に何度も修羅場を潜り抜けてきた。
「いきますよ~。クマちゃ~ん! あなたの羽化した姿を 見せて~」
リングマの体に光の粒子が集まり、一瞬で姿が変わる。宝石のような輝きの先に現れたのは――むしタイプのリングマ。カエデの本気の証だった。
「じゃあ行きますよ~。クマちゃ~ん、れんぞくぎり!」
「テレポート」
爪が振り下ろされた瞬間、フーディンの姿は掻き消えた。残ったのは風を裂く音だけ。
「やっぱり無茶苦茶ですよね~、テレポートで避けることに特化したフーディンなんてあなただけですよ~」
夜のフィールドに、技の光が交差する。フーディンの瞬間移動と、リングマの鋭い爪が、ほんの紙一重でかすめ合う。
「……ふふっ、やっぱりあなたは、容赦してくれませんね〜」
カエデの声はいつもの調子なのに、その瞳は真剣そのものだった。幼馴染として知っている彼女ではなく、一人のジムリーダーとしての顔がそこにある。
僕は息をのむ。この勝負の先にどんな結末が待つのか――それを考えるよりも、今はただ、この一瞬に全力を注ぎたかった。
静まり返った夜に、次の合図だけが響いた。
「……いくよ、カエデ」
「はい〜。わたしも……負けませんよ〜」
勝負の行方なんてどうでもよかった。 ただ今は、同じ熱を分け合えるこの瞬間が愛おしい。
──バトルは、まだ終わらない。
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