カエデさんと幼馴染   作:柊真夜

3 / 7
砂糖多めです


第三話

リングマの爪が空を裂いた瞬間、フーディンの姿はまたも掻き消えた。次の瞬間、彼は背後に現れ、鋭い眼光で相手を見据える。カエデはくすっと笑った。

 

「ふふ〜、ほんとにいたちごっこですね〜。でも、クマちゃんはあきらめませんよ〜!」

 

「クマァアアアアッ!」

 

 リングマの雄叫びが夜のフィールドに響く。続けざまに繰り出されるれんぞくぎり。フーディンは寸前でテレポートを繰り返し、まるで光の残像のように宙を舞っていた。

 

「……いつも思うけどさ、カエデのリングマって、すごい執念だよな」

 

「むしタイプになったクマちゃんは〜、どんな時でもあきらめないんです〜。だから、わたしも絶対にあきらめないんですよ〜」

 

 おっとりした口調なのに、その声は芯が強い。僕の胸の奥に、熱いものが走った。

 

「フーディン、サイコキネシス!」

 

 フーディンが杖のように掲げた腕から、紫色の念動力が奔流のように放たれる。リングマの巨体を持ち上げ、地面すれすれまで押し下げた。

 

「くっ……でもまだです〜! クマちゃん、がんばって〜!」

 

 リングマが雄叫びを上げ、サイコキネシスの重圧を押し返そうと踏ん張る。爪で地面をえぐりながら、少しずつ姿勢を取り戻していく。

 

「こんな力技で返すのか……!」

 

 僕も驚かされた。カエデの指示というより、彼女とリングマの信頼が生んだ力に違いない。押し合う力は拮抗し、紫色の光とリングマの体毛に宿るむしの輝きが交錯した。夜空の下で火花のように散る。

 

 やがてカエデが声を張った。

 

「クマちゃん! かみくだく〜!」

 

 リングマが跳ね上がり、サイコキネシスをねじ伏せてフーディンに迫る。鋭い牙が迫るのを見て、僕は息を呑んだ。

 

「テレポート!」

 

 ギリギリの瞬間、フーディンが消える。だが避け切れず、頬をかすめるように牙が突き抜けた。

 

「フーディン!」

 

 フーディンがよろめく。ほんの少しの傷でも、彼の集中は鈍る。カエデはその一瞬を逃さなかった。

 

「今です〜! クマちゃん、れんぞくぎり!!」

 

 鋭い爪が、夜空を切り裂く。フーディンは再びテレポートで姿を消すが、連撃はまるで彼の行き先を読んでいるかのように追いすがる。

 

 僕の心臓が高鳴る。――そうだ、これがカエデの強さだった。おっとりとした笑顔の奥に隠された、譲らない意志。

 

「フーディン、落ち着け! 念力で受け止めろ!」

 

「ディン!」

 

 フーディンの目が光り、迫る爪を念力で止める。爪と念動力がぶつかり合い、空気が軋む音が響いた。

 

 一進一退。決着はどちらに転ぶのか分からない。僕は口の中が乾くのを感じた。やがて、わずかな隙が生まれた。

 

「フーディン、サイコカッター!」

 

 光の刃が放たれ、リングマの肩を斬り裂いた。大きな体が揺らぎ、後ずさる。

 

「クマちゃん……!」

 

 カエデの声が夜に響く。けれど彼女の目は、まだ折れていなかった。

 

「まだ立てますよね〜? わたしたち、ここで終わりませんよ〜!」

 

「クマァ……!」

 

 リングマが再び立ち上がる。その姿に、僕は思わず笑ってしまった。

 

「ほんと、すごいな。君とリングマの絆って」

 

「えへへ〜……ありがとうございます〜。でも、あなたに勝ちたいんです〜!」

 

 幼馴染の彼女の声が、まっすぐ僕にぶつかる。胸が熱くなる。この勝負に、変な駆け引きはいらない。

 

「フーディン、全力で行こう。サイコキネシス!」

 

「ディン!」

 

「クマちゃんも、れんぞくぎりです〜!」

 

 二つの力が正面からぶつかり合う。光と爪の閃きが夜空を焦がし、空気が震えた。どちらも譲らず、ただ相手を倒そうと全力で押し合う。幼馴染の笑顔を守りたい僕と、幼馴染に勝ちたい彼女の想いが、ポケモンたちを通じてぶつかり合う。

 

 そして――

 

「……っ、フーディン!」

 

 最後に押し切ったのは、フーディンだった。念動力の奔流がリングマを大きく吹き飛ばし、地面に倒れさせた。

 

「クマァ……」

 

リングマは立ち上がろうとしたが、その場に崩れ落ちる。

 

 夜のフィールドに、風がそよいだ。カエデはリングマをボールに戻し、静かに微笑んだ。

 

「……やっぱり、今回も負けちゃいましたね〜」

 

「本気だったのは分かってる。だからこそ……胸を張れよ。いい勝負だった」

 

 僕がそう言うと、カエデは目を細めて、少し照れくさそうに笑った。

 

「えへへ〜……あなたにそう言ってもらえると、やっぱりうれしいです〜」

 

 夜空には星が瞬いていた。二人の間を流れる風が、どこか心地よかった。

 

 カエデは小さく息を吐き、それでも笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。頬にかかった髪を直す仕草が、なんだか子どもの頃の彼女を思い出させる。

 

「でも、すごく楽しかったよ。君が本気を見せてくれるのは、僕にとっても特別だから」

 

「えへへ……そう言ってもらえると、うれしいです〜。でも悔しいから……次はもっと練習

してきますね〜」

 

 そう言って笑う彼女の顔が、ランプの光に照らされて柔らかく輝いていた。僕は思わず近づき、手を差し出す。

 

「おつかれさま」

 

 カエデは少し戸惑ったように見えたけど、次の瞬間、恥ずかしそうに笑って僕の手を取った。指先がかすかに震えていて、そのぬくもりが夜の冷えた空気の中で心地よく伝わってくる。

 

「あなたと手をつなぐの……なんだか懐かしいですね〜」

 

「昔もよく、一緒にオリーブ畑を歩いたよな」

 

「はい〜。でも……今は、少し違いますね〜。大人になったからでしょうか〜」

 彼女の言葉に、胸が高鳴る。昔とは違う感情を抱いているのは僕も同じだ。

 

「……カエデ」

 

「はい〜?」

 

 少し言葉を選び、息を整えてから口にした。

 

「カエデは、僕の希望なんだ」

 

 その一言で、彼女の瞳が大きく見開かれる。次の瞬間、頬がほんのり赤く染まり、視線を逸らしながら小さな声で答えた。

 

「……そんなこと、急に言われたら……照れちゃいますよ〜」

 

 彼女の声は震えていたけど、つないだ手は離れようとしなかった。僕はその温もりを確かめるように、指先を少し強く絡める。

 

「本気で言ったんだよ。今ジムリーダーをやっていて、パティスリーの店長だなんて誇り以外の何物でもないよ」

 

「……わたしも……あなたがいてくれるから、がんばれるんですよ〜」

 

 その告白のような言葉に、胸が熱くなる。ふたりの間を満たす沈黙は、不思議と心地よかった。

 

 ジムの外に出ると、夜空が広がっていた。街灯の少ないセルクルタウンの空は驚くほど澄んでいて、星が宝石のように瞬いている。

 

「わあ……きれいですね〜」

 

 カエデが空を見上げ、子どものような声を漏らした。その横顔があまりにも美しくて、僕はしばらく星よりも彼女を見てしまう。

 

「……何ですか〜?そんなに見られると……恥ずかしいです〜」

 

「星より、君の方がきれいだから」

 

 また口が勝手に動いてしまった。けれど、もう止められなかった。カエデは顔を覆って「もう〜」と笑い、けれど指の隙間から覗く瞳は、嬉しそうに揺れていた。少し行き過ぎたのかもしれない。これも勝った余韻だろうか。

 

 そのまま僕たちは並んで腰を下ろし、夜空を見上げた。

 

 静けさの中に、虫の声が優しく響く。彼女の肩がそっと触れる。少し距離を詰めれば、もっと寄り添えそうだった。

 

 けれど僕は今、この距離感が愛おしいと思った。夜風と甘い香りと、彼女のぬくもり。それだけで、世界が輝いて見える。

 

――そして僕は心の中で繰り返した。

 

「カエデは、僕の希望なんだ」と。

 




すごいだろ。
これで付き合ってないんだぜ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。