『死』となった男の話 作: 燃える空の色
―――それはまだ、世界が産まれて間もない頃。
後に地球と称される星に、漸く生命が姿を現し始めた頃に、ソレは現れた。
『―――』
ソレは、姿形を持たぬ存在だった。
ソレは、意志を持たぬ存在だった。
ソレは、生命が生まれた瞬間に、この世界に存在するようになったモノ。
ソレが吐息を吹けば、枯れ果てた大地に緑が戻った。
ソレが指を振るえば、どれだけ強靭な生命だろうと命を落とした。
ソレが呼吸を止めれば、世界は一時その存在を見失った。
ソレは、やろうとすれば、それこそなんだってできた。
けれども、ソレに確かな意志はなく、目標はなく、心はなく。
ただそこに在り、ただそこで、あらゆる生命を見送り、見届け、世界の果てを見続けた。
幾千の時が流れて、幾万もの命がソレの元へと帰り、幾億もの命がソレを糧として産まれた。
ソレはあらゆる命、あらゆる形を含むモノ。
ソレは命あるところに産まれ、命喪う時にこそ現れるモノ。
ソレは本来、姿形も意志も、何も持たず、ただあり続けるだけの存在――しかし。
なんの気まぐれか、一体どんな奇跡か。
ソレが僅かに身震いをした。
同時に、遥か遠いどこかで、ひとつの生命が永遠の眠りにつき、その魂が天へと昇る―――そして、数奇な運命を辿ることとなった。
その魂は、遥か遠い、世界の果てよりも遠い場所で、何の因果か、ソレによる抱擁を確かに受けた。
故に、ソレとその魂の間には僅かながらの縁が紡がれ、そこから何万何億年と近い時間、あるいはもっと短い時間をかけて、その魂はソレの元へと馳せる。
ソレの―――『死』の恩寵を授かった魂は、たとえ幾年の月日が流れようと摩耗することなく。
そしてやがて、魂は『死』へと辿り着く。
遠い遠い旅路を送り、そして見事たどり着いて見せたその魂を、『死』はありのまま受けいれた。
そのままでは己の中で崩壊してしまうであろう魂を、ゆっくりと自身に馴染ませ、確実にひとつとして。
本来なら、ソレが真っ当な意志を持つまでに、あと何万年とかけるはずだった。
本来なら、ただ機関として、存在として、自然として、在るだけのはずだったソレは、―――幾億年の果てに目覚め、この世界に降り立つ。
形無きカラダは人の輪郭を覚え、浅からぬ呼吸を披露する。
意思無きココロは確かな思考を果たし、明確な感情を定義する。
気づけば、ソレの周りには、無数の生命がいた。
かつて、ソレが――『死』と、その片割れが創り出した生命たちが、ソレの真の生誕を祝うようにして囲っていた。
ソレは周りを見渡し、そして重々しげに、形を為した口を開く。
『―――ここ、どこ』
―――そしてここに、存在するはずのなかったイレギュラーが発生した。