遅かった。
ドサリと重いものを落とすような音がした。
「ようこそ、この世界の終着点へ」
目の前の敵は嗤いながら。
「存分に謳歌してくれ!この願いと欲の合唱祭を!!」
と嬉しそうに笑い、哂い、嗤った。
"が―――んぅ"
思わず飛びかかりそうになる鼓動を手で抑え、息を整える。
手にある冷たい感触がびっしりとしがみつくように主張する。
まだ―――まだダメだ。
状況をよく見ろ、まだ何か拾えるものがあるならそれを拾え。
戻るなら…拾えるものを全て拾ってからにしろ。
自分を叱咤し、目の前を見据える。
「意外だね…もっと動揺して突撃してきたりすると思った」
"そうできればしたいんだけどね"
相手は謎の風のような力と念力を使う。
…………あとなにか知らないが銃持ってる、前は使ってなかったことを察するに奥手…のようなものなのか?
まだ相手の手札を全て見た訳では無いから断言は出来ないがあの銃に気おつけるのに越したことはないだろう…そもそも越すもなにも銃受けたら死ぬが。
「まぁこっちはとり終えたし…そっちの『願い』も貰うね」
―――来る。
銃か?風か?念力か?
あらゆる可能性を考えた…はずだった。
神は銃でも、風でも、念力を使うまでもなく…ただ一直線に突進した。
そう突進だ、ただの一直線の突進……これなら銃を使った方が確実だと思うだろう。
その突進が弾丸のようなスピードでなければ、だが。
"ーーーーッ!!!!!"
無意識だ、無意識にただ死が目の前に接近した感覚に沿って横に飛んだ。
ゴロゴロと情けない格好だが、何とか避けられた。
"いまッ―――!!"「捕まえた」
ガシッと異様な腕力で足を捉えられる。
ぁ。
感情が追いつく前に私は上空へと飛翔されていた。
"ぁぁぁぁああああ!!!!???"
グルングルと目が回る、回る。
上、下、右、左、そのどれもが感覚を失い吐き気をもようす浮遊感がただぶつかる。
まるでジェットコースターのようだと薄い意識がぼんやりと思った。
瞬間、ガシャンと硬いものが背中にぶつかる音ともに痛み―――意識を一瞬失った。
"ごぼ"
上下感覚をぶっ飛ばされた吐き気の押しつけは体に相当効くらしい。
無事、口から吐瀉物が出る。
手で抑えようとして、今更ながらにそんな状況では無いことを悟る。
神は―――。
「上だよ、先生」
息をする暇も、思考する暇も、何も無かった。
ただ脳は直情的に避けることだけを意識していた。
行動出来たのは一瞬、首を傾げただけ。
頭があった場所に拳が突き刺さったことを認識出来たのは直後だった。
"ーーー神!!"
思わず、叫ぶ。
神はこちらが悲鳴をあげそうになるほど楽しそうに笑って叫びに応えた。
バキッンとものが砕ける音がする。
"足場が…いや教室ごと!?"
弾けるように、開くように、教室が悲しみの合唱をする。
一か八か―――そんな考えの暇すらない。
窓へ飛び出す。
"うおおおおぉ!!??"
青、青―――鉄柱!?
外は青に塗られたような場所と乱雑に刺さってる鉄柱と信号……まさに夢のような幻想的な場所だった。
そんな感傷は一瞬にして地に落ちる。
"ぐぼわぁ"
―――何とか受け身はとれたが、教室?は3階かぐらいの高さだった。
そこから落ちてよくなんとかなってて我ながら驚く。
"夢だからか…バフのようなものにでもかかってる感じがするな"
普段動けない瞬間も動ける……そんな普段なら錯覚と断言してそうな行動が今では出来た。
"だからと言って……だけど"
振り向く、そこに居るのが当たり前のように、世界にとって当然のように……壊れた教室を踏み台にして神は立っていた。
"馬鹿げた体だ……"
「使ってた本人はそんなに使いこなせてなかったけどね」
ニヤニヤと嗤いこちらを見つめる神。
―――使ってた本人というのはエミコのことを言うのだろう、何故その力を神が使えているのかはわからないが……今は関係ない。
ただ、エミコって本気出せばあんなこと出来たのか…と考えると少しだけゾッとするが。
「今は寝てるさ、そんな心配しなくてもいい」
"―――言いたいことが分かってるのか?"
「あぁ、こんななりでも一応神様を名乗らせて貰ってる者だからね」
"なら「でもね、その質問に答えるほど私はいい神様じゃないんだよ、それぐらい私と先生の付き合いだろ?分かれよ」
"怒ってるの?神様ってのはなかなか沸点の低いやつだね"
「なに、同じ問いを繰り返す馬鹿な奴が居たんでね、それと同じことを繰り返すのはこっちも嫌な思いをするんだよ」
同じ問い…これもエミコのことか?
正直願いやなんだか言われてもあんまりピンとこないが…神は答える気はないらしい。
「それじゃ、客が来る前に…貰うよ」
"それが何かは知らないけど…渡さないよ"
何も言わず、神は近くの鉄柱を持った。
まさか、なんて言葉は飲み込みすぐに逃げる準備をする。
「それ!!」
軽々しい声と共に絶望が降ってきた。
"うおおおおぉ!!??"
走る!走る!右へ!左へ!
砲弾のように降ってくる鉄柱、それを避けるために走る。
幸いまだ傷もなにも受けてないが―――。
"体が!きっっつい!!"
息も絶え絶えで走る!足を止めたら死ぬ、冗談抜きに死ぬ!
走るしか生存の道はないのならば走るしかないが足が悲鳴を上げ続けてついに足が棒のような錯覚も感じてくる。
まだ……まだ大丈夫なわけない!!
「どこまで耐えられるかな?」
もう厳しい…酸素が足りない、呼吸が浅くなる、脳がブレる。
視線が慌ただしくなる、揺れる、揺れた。
「限界だね」
フッと目の前に現れる神まるで瞬間移動でもしたようだ。
みた瞬間、感じたのは絶望や諦めなんて言うものではなく…安心感だった。
足が辛くて、酸素が足りなくて、視界もまともに使えない…これで楽になる。
鬼ごっこで鬼に捕まって諦める感覚のような。
もう疲れて動けないことに理由をつけようとした。
でも記憶が、『私』が、そんな弱い私を許さなかった。
"まだ捕まる訳にはいかない!"
足は壊れた訳じゃない、酸素は足りないだけでない訳じゃない、視界はまとめに使えないだけで見えない訳じゃない。
私が辛いだけで終わるなんて…そんな甘い終わりを許す訳にはいかない。
「その言葉を聞けて良かったよ」
硝子のようなものが壊れる音と一緒に宙に引き裂いたような裂け目が現れる。
「面倒な客が来たもんだ」
ため息をつく神とは反対に私は息を呑んでいた。
"その声は―――セイア?"
その声はその言葉に応えることを待ち望んでたかのようにその問に解を提示する。
「あぁ…先生、君が待ち望んでくれていた百合園セイアだよ」
と。