先生は塞翁が馬という言葉を知っているかな?   作:ミサキル

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先生は塞翁が馬という言葉を知っているかな?

名を明かした瞬間であった。

バリッと裂けるような引き裂くような音と共に空間が引き裂かれてゆく。

白い部屋を犯すように黒が侵食する。

 

"―――!!!"

「…………」

 

驚く私と対照的に『神』は……いやイノリはどこか嬉しそうだった。

まるでこれをどこかで待ち望んでように。

なぜそう思うのか。

なぜこの事件を起こした彼女は………

 

"……とりあえずセイアを!"

 

白い部屋を壊すように侵食する黒。

あの黒に飲み込まれるとどうなるかは分からない。

だが、セイアと離れたまま飲み込まれるのは不味い…これ以上離れることはしたくなかった。

棒になってる足へ激痛を伴わせ足を動かす。

 

"いっ……"

 

ただ足が痛いというだけでセイアを見殺しにはしない。

 

したくはない。

 

崩れそうになる足を無理やり動かし、セイアの元へと着く。

 

「…………」

 

―――イノリはただ棒立ちで、何もしてこなかった。

 

それが少し不気味だったが、イノリを確認する余裕も無い。

項垂れて動かないセイアをお姫様抱っこする。

それが限界だった。

 

”―――あ”

 

足元に裂けた黒は逃れようとする脱獄囚を逃がさぬように手を伸ばす。

私は避けることも出来ずに飲み込まれた。

 

 

"―――う"

 

落ちる。

 

"――うおおお"

 

落ちる。

 

"うおおおおおおおおおおおお!!"

 

落ちる。

 

落下の浮遊感、それと共に味わう風の感触。

足場がない不安定さ、そして天蓋を埋め立て、飲み込む蛇のような黒。

 

"なにか―――!"

 

ないだろうか?

黒の中に、少しでもいい微かでもこの黒から出られる、この悪夢から出られるなにかは。

 

なにか、黒の中になにか……

 

小さな異変見逃さないように動く眼。

――――その声に、応えるように小さな光が下に灯った。

 

"そこかああああああああぁぁぁ!!!"

 

なりふり構ってられない、セイアを抱えたままであの光へと突っ込まなければこの先には行けない。

ガシッとしっかり掴み、目を開ける。

滲む黒の中、薄く夏の匂いのする光を視る。

 

―――私は全てを理解することは出来ない。

 

イノリの名を呼んだことがトリガーとなってこうなったとぐらいか。

それだけでイノリが結局なにをしたかったのか、私は分からない。

だけど、そんな、理解出来ない私でも今、1つだけ分かることは

 

この夢から目を醒ますためにはこの光に突っ込まなければならないということだけだ。

 

”―――!!”

 

腑抜けた足、茹だった全身の体温計、溶けた脳。

されどこの手だけは離さないと、離すまいと、強く握った。

 

 

”―――ッ!!!!”

 

脳の処理は言葉を破棄しただ次なる行動だけを示した。

夏の匂い、全てを飲み込む闇の中で天体のように光ったもの。

 

引き込ませる。

 

空間は死に絶え、ただ燃えるように弱く強くそれは光を放つ。

 

だがその全て理解する必要の意味も意義もなにもない。

ただ概念だけを書き殴り突き刺さったこの光景の光を忘れることは無いだろう。

 

今の私にはあの『扉』しか目に入らなかった。

 

落下は止まらない、イノリなどではない、神ではないただの人間風情には少し軌道を変える程度が限度だろう。

だがそれだけでいい、その少しだけで、一瞬だけで。

 

 

"ーーー!"

 

通ることが出来るのだから。

 

 

 

――――どこか遠くで鐘の鳴る音が聞こえた。

 

 

 

"ふぁッ!!?"

 

ガンガンと頭を鳴らす頭痛と共に目が覚める。

 

―――見慣れないが、見たことがある天井が見えた。

 

だが何故だろうか……思い出せない。

どこで見たかは思い出せず、ただ『見た』という情報だけが脳を叩く。

 

"不思議な……デジャブだな"

 

不思議な感覚と共に頭の痛みを抱える。

 

何故か思い出せない…とんでもない目にあった気がするが思い出せない。

 

”なんだろう。比喩抜きで死んだ気がする……”

 

だがこのモヤモヤはすぐに頭の痛みによって消えたのだった。

 

 

”動かないと……”

 

確か、学園の暴徒を制圧するためにシャーレから出たんだ。

そしてその学園の近くで………?

 

”痛っ……”

 

まだ頭が痛む。

少しだけでもいいからこのままでいいだろう。

……たぶん。

 

そう、思考を切り替えた時だった。

 

―――隣のカーテンで仕切られたところから声がした。

 

 

 

 

 

「むにゃむにゃ…それはチョコじゃなくてアスファルトっす〜」

 

聞いたことのあるような、泣きそうになる程懐かしいような。

 

声だった。

 

”―――!!”

 

声を聞いた瞬間の激情をなんと言えばいいのだろうか。

それを理解する前に私は知らない名前を叫んだ。

 

"エミコ!!"

 

声に出した名が誰のことか分からぬまま、隣のカーテンに飛び込むように隣のカーテンへダイブする。

 

が。

 

前提として今までの衝撃展開で忘れていたがここはベットの上だということと、身体が上手く動かないことをまず、私はしっかり認識した方が良かったのだろう。

……濁流のように押し寄せた激情に身を任せたダイブは体の痛みで鈍り、無事ベットから転げ落ちたのだった。

 

"ぐべぇ!?"

 

ガッシャン。明らかに自分が悪い音と床に這いつくばる痛みを感じながら地べたにKISSをしている大人が居た。

 

―――私だった。

 

 

"ふぅーーー"

 

深呼吸をすること10秒、体はロボットみたいなカキカキ動きしか出来ないほどに何故か疲弊してるが!多分……大丈夫だ。と言い聞かせ何とか立ち上がった。

 

―――立ち上がることで見えるものがあるとすればそれは場所の再確認だった。

 

"もしかしてここ…保健室?"

 

今更すぎる事態ではあるがここが保健室であるということを脳が認識する。

少しツンとしたアルコールの匂いがこの場所を保健室だと主張していた。

 

―――いや、今はそんなことはいい。

 

さっきは失敗してしまったが念願のエミコと会えるのだ!まず聞くことは……等と色々考えていたその時。

シャーーッとカーテンが開く爽快な音と一緒に。

 

「さっきの音……なんすか……?」

 

凄く困惑した様子でおよおよとカーテンを開きながらエミコがこちらを見つめていた。

 

この時の感覚をどう表現したらいいのだろうか。

ただそれは前世の恋人を見つけた感覚というには遠く、古い友人と会ったというには長くような。

不思議な感覚だった。

だけど……初めから最初の一言だけは決めていたような気がする。

 

 

"君が無事で……良かった"

 

 

目から出る涙の感覚の理由を知らずに、ただそう呟いた。

 

 

「それで何故か感極まった先生はそのままエミコと抱きつこうとして」

 

やれやれとため息をつきながら。

 

「近くで寝てたエミコが襲われてると勘違いしたヒトミとミトに殴られて扉までぶっ飛ばされたにも関わらず」

「騒ぎを感じた私にも抱きついて」

 

呆れと滲むような嬉しそうな声と共に。

 

「今に至ると……」

 

彼女、百合園セイアは床で正座している私を見下ろしながら私が話した今までの経緯を事細かに説明した。

 

"はい……"

「……」

 

じーと見つめる視線に気付かずただ俯きしょぼりしている私にセイアは。

 

「反省の色はあるようだし、今回のことは私から彼女たちに説明しとくよ」

 

そう言い。

 

「だから顔を上げたまえ……先生がそんな顔をしているとあまり私の心が良くない」

 

しょぼくれた私を許してくれたのだった。

 

「……それにしても記憶がないか……何故、私だけ……やはり神がなにか……」

 

さっきまでの話をまとめ、思考するようにブツブツと呟き始めるセイア。

それに対して私は。

 

「どうしよう……」

 

と何やらもう既に色々と終わっていたこの話にどう突っ込もうかなと思考するのだった。

 

 

学校から2人の生徒の制圧を要請されて来てみれば。

いつの間にか寝てたらしく、その間にこの学校の古くからある伝説として恐れられていた『神隠し』。

それと神隠しで友達のなくしていた生徒の問題が解決してた……なんて話を聞いてしまうと。

 

"私……いる?"

 

なんて、自己肯定感も低くなってしまうのだ。

しかもいつの間にやら私自身も『神隠し』にあってららしいし……

色々な生徒を見てきたがこればっかりはどうも腑に落ちないことが多すぎるが。

 

解決してしまったのだ……

 

なにを言ったところで後の祭りで負け犬の遠吠えである。

例えるならゲームをプレイしようと思ってたらそのゲームがもうエンディング迎えてた感覚に近いのだろうか。

 

―――色々不明なことが多いが、この話は既に解決してしまったのだ。

 

何かこれ以上触れるにも無粋だろう。

 

とにかく今回の頑張ってくれたセイアにはご褒美に何かをあげようかなと考えながらシャーレに戻る準備をするのだった。

 

 

シャーレへ戻るための荷物確認を個室でしてたところだった。

 

コン コン。

 

と軽い扉を叩く音がする。

 

"入って大丈夫だよ"

 

そう言葉をかけると。

 

 

「失礼しまっす〜」

 

 

少しおどおどした様子のエミコが出てきた。

 

"えっエミコ!?"

 

思わず驚いてしまう……てっきりもう嫌われて会わないと思ってしまってた。

なにせ出会い方がアレだったのである。

SRTみたいに元から嫌われているならまだしも…

こう、完全に自分のせいで嫌われても仕方のないことをしたのだからもう会えないと思っていた。

 

「は、はい!エミコっす!」

 

こっちの緊張が伝わったのかエミコもびっくりした様子で返事をする。

少し緊張した心持ちのままで。

 

"と、とりあえず座らない……?"

 

そう提案するのだった。

 

 

―――気まずい。

 

凄く気まずい、かれこれ座ってからもう1分も経とうとしてしまう現状に焦りを覚える

な、何か話さなくては……

 

なんでこんなにも緊張するのだろうか。

 

そんな疑問を脳に挟まないと落ち着かない心に動揺する。

しかし考えても何も思い浮かばない、まるでぽっかりとそこだけ穴が空いたような……

いいや今はとにかく何か話さないと!

 

 

"あ!あの「あ!あのっす!」

 

"あ……"「あ〜」

 

気まずさを加速させるようにピッタリと話すタイミングがあってしまった。

 

――神様がいたとするならば多分、神様のいたずらなんだろうな。

 

なんて、考えしまう。

 

「ふふ……」

”え?”

 

沈黙を我慢できないように笑ったのはエミコだった。

 

 

「あ!す、すいませんっす!」

 

笑ったことを恥じるようにおっかなびっくりに手をブンブン振り回し慌てるエミコ。

 

―――なんだか、私は気を込めすぎた気がする。

 

「べ!別にめっちゃ面白かった訳じゃなくて……あ、いや面白かったんすけど……そういう訳じゃなくて……!!」

 

弁解するエミコにこっちも笑って。

 

"ごめんね、少し気を込めすぎたみたい"

 

そう笑う私を見てポカーンとするエミコ。

 

"な、何か変なこと言った…?"

「え、その…変なことなんすけど、先生とは初めて会った気がしないんす」

 

少し不思議そうに。

 

「それでこそその笑顔が……見た気がするような気がして」

「保健室の時から……そんな気があったんす」

 

「だから、もう一度、今度はしっかり会ってみたいなって」

 

そう答えるエミコに。

 

"そうだね……私もなんだか初めて会った気がしないんだ"

 

答えた私に「えっ!?」っと驚愕するエミコ。

なんだか…からかい甲斐のありそうな子だなあ……

 

"そうだね…話を、しようかな"

「話っすか?」

 

少しニヤッと笑いながら。

 

"『前は』話せなかった私のこととか…その色々"

 

なんで『前』なんてつけたんだろうか。

初めて出会ったはずの生徒なのに、そんな気がしないんだ。

…きっともう答えは分かってるような気がする。

それを言葉にすることはもう無いだろうけど。

 

"少し突飛な話なんだけどね"

 

そう語り始めた。

今度はしっかりエミコと話してみたいなってずっと思ってたから。

 

 

「今日はありがとうございましたっす!」

"また!いつか〜!"

 

笑って手を振りながらエミコに挨拶をしながら帰りのバスに乗る。

 

―――不思議で穴が空いてしまった話だけど。

 

"なんだか、悪い気はしないな"

 

そんな私の様子を横目に見てたセイアがこちらを見つめ。

 

「いい顔をしているね先生、長い夢から覚めて目がスッキリしているようなそんな顔をしているよ」

"そ、そうかな?"

 

そんなことを言われ少し照れる。

照れを隠すように頬を掻きながら。

 

"今回はセイアが頑張ってくれたから、本当感謝してもしきれないよ"

 

そう感謝すると。

 

「そんなこともないさ、今回もしっかり先生は活躍してた」

 

そうかなぁ〜と笑う私にセイアは今回の出来事を振り返るように話す。

 

「先生は塞翁が馬という言葉を知っているかな?」

 

突然そう語るセイアに知らないと話すと、ニヤッ笑って。

 

「その言葉は中国発祥でね、簡単に言うと人生不幸か幸か未来のことは予測できないというものさ」

 

ドヤ顔で語るセイアに質問をする。

 

「なんでこんな状況でこれを喋ったのかって?簡単な話さ予測できないものが予測できた私にとってこの言葉は意味の成さないものだった」

 

嬉しいそうに、楽しかった思い出を語るように。

 

「だけど今は分かる」

 

はにかんで。

 

「明日が幸か不幸かなんて当たり前な程に分からないものだったはずをやっと知れて私は嬉しいんだよ」

 

そう……楽しそうに本当に、楽しそうに話すのだった。

 

 

短かったけど、確かにあった、夏の夢のようなあの日の話を。

 

 

 

 

 

 

 

―――きっと私はあの光と共にずっと忘れない。




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