―――誰?
言われた人については全く知らない、本当に誰なんだ……?
知らない人。知らないもの。
まったく知らないことを自慢げに語られてもそれは困惑にしかならない。
「知らないのか?」
「知らないっす」
「そうか……」
……なんでイノリはそんなに悲しそうなんだ。
話の流れからしてその先生…?とやらにこっぴどくやられたというのにそんな顔をするのは…………ある意味面の皮が厚いのではないかと思う。
「でもすごいっすね、あの超人の連邦生徒会長が選ぶとか…まぁ連邦生徒会長とかニュースでしか見たことないっすけど」
とてもすごい人なんだなぁとしか分からない、世間に疎いと言われたら否定はしないが…そんなニュースあったっけ?
「説明するのはめんどくさいな……その人に会ったらまた聞けばいい」
少ししょんぼりしながら切り替えるように喋るイノリ。
「そのうち会えるさ」
ニヤリとまた笑っているような感じがする…今更だがこの蛇、感情豊かすぎる。
ニヤリと笑うその顔は人ではないのにも関わらず人のような笑みが張り付いていた。
「それで?ここからどうするんすか」
ラストトークというのが気になるが、あの事態を放っておけない。
険しい顔をする私を見つめ蛇は………
「まぁこの会話もそろそろ終わりだな…言いたいことは言ったし、帰らせるか」
「―――へ?」
そう話を切った。
「なんだ、嬉しくないのか?久しぶりの『本物』を見れるんだぞ。ああ……そうか君、自分が死んだ思っていたから帰れないと思っているのか」
「は?死んで……ない?」
「そうそう、死んでない。よくよく考えてみれば当たり前だろ?死んだ人間が神様に願うことなんてできるか?できないんだよ、現実問題として。だからね黄エミコ、君は死んではない。山の中で死にかけて意識を失い瀕死の状態だったのを死んだのと勘違いしたんだよ。まぁ…世間では山奥で死んだ死体の見つからない可哀想な生徒って話にされているだろうけどね」
「――――――――」
どくん。
痛い。痛いほど。
脳が痛む。
初めて知った衝撃の事実、今私の脳を打ち砕くにはあまりにも事足りてしまうほどに有益な情報だった。
が。
―――そんな情報を超えてしまいそうなほどに、心はじくじくと蠢いていた。
「なんで、私を普通に帰らせようとするんすか……?」
なぜ今にもなってこんな感情が湧き上がるのだろうか。
普段感じない汗の感覚が蛇のように背中に這う。
「ん?それはさっきも言ったが負けたからだよ」
そうだ、それは納得できる答えだ。
負けたから帰らせてる。
先生という存在は分からないが、こんな場所まで来てそして神を倒すまでいったのだ。
なにか悪心を抱いてやったわけではないのはさすがの私でも分かる。
…………悪心でここまでやったのなら逆に褒め称えたいほどだ。
恐らくだ。
推察でしかないが先生という存在はきっと悪ではない。
今目の前にいる蛇がこんな表情にもなるほど…先生という存在には蛇を影響させる何かがあった。
その結果としての言葉だ。
その結果としての行動だ。
だけどそれが……私には、よく分からない…分かる、分かるけど、分からない。
わかりたく…………ない。
「負けたら…そんな、あっさりと」
なんなんだろうかこの湧き上がるこの思いは。
足元から心臓に向かって脳天まで巡るこの衝動は。
「あぁ、負けたんだからな、潔く認めるよ」
―――違和感があった。
それは多分『こっち側』の『私』の方の違和感だ。
「そ、そんな……そんな」
寂しさがあった、でもそれは永く共に居た故の感傷だ。
じゃぁ最初は?最初は何を思ったんだ?
ここまで走ったのは何が理由だ。
分かる。
分からない。
「どうした?」
無限と思えるほど永い…時間を、苦痛を与えて、はいそうですかとならない。
無為に消えてしまった時間はずっと変わらない。
この厭な思いは消えてなくならない。
呆気なく、こんなにも呆気なく帰れたってこの思いは消えない。
「そんな!簡単に!帰れるって言われても納得しないっす!!」
怒りが溢れる。
そうだ、私はこいつに怒りたかった、そうだったはずなんだ。
忘れてた、ここに慣れ過ぎて…か?
最初の理不尽に晒された思いを忘れてた。
怒りがあったんだ、確かにそれはこの胸は『怒り』のカタチをしてた。
この蛇に…神に……怒りたかった。
相手は勝手に反省して、それで納得できるほど私は大人ではなかったんだと分かってしまった。
「勝負してくださいっす」
思い出した…やっとだ。
でもこれでいいのかと言う思いもある。
それはイノリの話を聞いたというのもあるし、それは長い間一緒に居たというのもある。
それはきっと悪い思い出だけど……いいや思い出なんて言葉が似合わないくらいくらい厭な事だったけど。
それだけで一緒に居た時間がなくなったわけではない。
だけど、それでも納得しきれない自分が居た。
納得しきれない自分が異常なのか、納得してしまうのが異常なのか。
私にはわからないけど、今あるこの気持ちは消えなかった。
「非効率だな、そんなに私が嫌いか?……まぁ嫌われることはしたと思ってるが」
あいも変わらず軽々しい態度を崩さずヘラヘラと…ヘラヘラとしてるイノリがそこに居た。
「そもそも、私に何を求める?正式な決闘か?こんな蛇に?」
チロチロと舌を這わせ語る蛇。
黒い身体が光に照らされテラテラと光る。
………目が、痛い。
「……人型には成れないんすか?」
「成れないな、名を明かされて力もほとんど失った状態だ……無力なただの蛇である私自身本来の姿の状態をずっと晒してるのが証明になってると思うが」
「た、確かに……それもそうっすね」
こ、こんなに言われるとそうだ……と納得しかける。
「で?そんな蛇に対して君はどう戦うんだね?それとも無力な弱者を痛めつける趣味が?」
「そんなのはないっす!」
はァ……とため息つく様子をして蛇は言う。
「ではどうするんだ?思考するのは君の気が済むまでしてもいいが、あんまりしすぎると帰る時間も無くなるぞ」
―――この蛇は本当に…イラつく!
これじゃぁずっと負けっぱなしだ!そもそもここまでこいつに口論で勝ったことなんてなかった、だからこそ…絶対に。
「分かってるんだろう?」
絶対…………に。
「……」
ゆらゆらと首を振り。
「遅すぎる、その感情は…お前はもう私を嫌いきれない、ここで吹っ切れて私を殺せばまだよかったものの…その顔だとそんな発想も出来なさそうだな」
「でも……納得いかないっすよ」
そうだ、私は1回も神に勝ったようなことなんて……
「そうか?私はもう証明しきっていると思うが」
―――なにを言ってるんだこの蛇。
「私に勝ってるという証明だよ」
は……?
なに、言ってるんだこの蛇。
「そんな……そんな場面なんて!」
「場面でしか物事を語れないのか?全体をみろ」
ないと言おうとした言葉を蛇が押し込める。
そしてこんなことも気づけないのかと、ため息つく蛇は一言。
「エミコ、君はずっと諦めなかっただろう?こっち側が辟易としてしまうほどのその精神性だけは完敗さ」
そんな誰も信じない頓珍漢なことを言った。